アーカイン帝国3
「ゴホンッ!」
シエルがわざとらしく咳払いをした。
「どうやら我々三人には、少々難易度の高すぎる問題のようです」
そう言って、真剣な顔でノアイライトを見上げる。
「助っ人を呼んでよろしいでしょうか?宰相府の三席なのですが、最近結婚しまして。新婚生活を謳歌している人間です」
ノアイライトは一瞬だけ目を丸くしたものの、すぐに頷いた。
「………ああ。頼む」
シエルは皇帝の私室をいったん退出すると、扉の外で待機していた護衛たちに声をかけた。
「宰相府三席のルバーンを呼んできてください」
「承知しました」
護衛の一人がその場を離れるのを見届けると、シエルは再び部屋の中へ戻った。
それからしばらくの間、三人は部屋の中で静かに助っ人を待っていた。
やがて。
控えめなノックの音が響く。
「………失礼いたします。お呼びと聞き、宰相府三席ルバーン参りました」
扉が開き、そこから一人の細身の男性がおそるおそる顔を覗かせた。
しかし、そこにこの帝国のトップ3が待ち構えていることに気づいた瞬間、その身体がビクリと強張る。
明らかに緊張しているらしく、肩を小刻みに震わせながら、ぎこちない足取りで部屋へと入って来た。
「こちらへ、座りなさい」
シエルがそう言って、自分の隣の席を指し示す。
「は、はい………」
ルバーンはおずおずと歩み寄り、勧められた席に腰を下ろした。
「ルバーン。ここから先の話は、帝国最重要機密です。決して誰にも他言しないように」
「………はい」
ルバーンは緊張した面持ちで頷いた。
部屋の空気が、にわかに張り詰める。
シエルは、今日、皇帝陛下の身に起きた出来事を簡潔に説明した。
一通り説明を終えると、シエルは三人の顔を順番に見渡した。
「さて………」
少し考えるように間を置いてからルバーンに問いかける。
「あなたは、なぜリリ様が怒ったのだと思いますか?それから、もし何か改善策があるのでしたら、教えてください」
ルバーンはしばらく考え込むように眉を寄せた。
そして、ふと思いついたように皇帝へ顔を向ける。
「その………つがい様は、何歳くらいでしたか?」
ノアイライトは少し考えた。
しかし、年齢を尋ねられても、そもそも子供の身長から年齢を推測するための基準そのものが分からない。
「……分からないな」
そう答えると、ノアイライトは椅子から立ち上がった。
そして、自分の腰辺りに手を添える。
「頭が、この辺りにあった」
「で、あれば7歳から10歳程度でしょうか」
ルバーンは皇帝が示した高さをしばらく眺めたあと、再び考え込んだ。
「うーーん………」
しばらくして。
「このぐらいの年齢の子供は、大人ぶりたい年頃ですからね。子供扱いされたことが嫌で、怒ったのかもしれません」
そこで、一度言葉を切り、少しだけ眉を寄せる。
「………それとも、子供扱いされることで、何か嫌なことを思い出したのかもしれません。いずれにせよ、今後しばらくは、つがい様の背景について気にはなりますが、詮索しない方がいいのではないでしょうか?」
断定はせず、あくまで可能性として挙げてきた。
「まずは、つがい様と少しずつ距離を縮めていくことが大事だと思うのですが………」
シエルはルバーンの言葉に感心したように、「なるほど…」と呟いた。
「さすが、新婚です。良いことを言いますね」
思いがけない言葉にルバーンがきょとんとする。
シエルは、ノアイライトに視線を向け
「確かに、リリ様が怒った理由は、大したことのない理由かもしれませんし………逆にとても深刻かもしれません。分からないのなら、とりあえず今はそこにこだわらず仲良くなる方法を考えましょう。おいおい話していただけるかもしれませんしね」
「つまり………今から考えるのは、つがい様に喜んでもらう方法ということだな!」
それまで、黙って話を聞いていたブレンダンがぱっと顔を上げた。
どうやら、ようやく自分にも分かる話になってきたらしい。
「そうですね………。まずは、つがい様が何を不快に思われたかが分かりませんので、無難に帝都の土産でも持参して、少し話ができれば良いですね。いきなり距離を縮めようとするのではなく、まずは自然に顔を合わせ、会話をする機会を作ることが大事かと思われます」
「手土産ですか………。何が良いですかね」
宰相は顎に手を当て、真剣に考え込みーー
「指輪とかアクセサリーですかね?」
「………」
ルバーンの目が、これ以上ないほど大きく見開かれた。
「え?」
あまりの反応にシエルがきょとんとする。
「…何かおかしいですか?」
「おかしいだろう! 土産といったら、相手の喜ぶ物だ!女の喜ぶ物………」
その通りとばかりに、ルバーンが何度も頷いている。
だが、
「壺とかか?」
騎士団総長すら、残念な発言をしだした。
ルバーンは思わず、
「宰相閣下や騎士団総長はおいくつでしたか?」
と問いかけてしまった。
「俺は、149だ」
「私は153歳ですよ」
「………」
(この人たち、人望もあるし、とてもモテるのに、女性関係の話をまったく聞かないと思ってたら………そういう関係では、ポンコツだったんだな)
ルバーンが思わず宰相たちを生暖かい目でみてしまう。
「指輪もアクセサリーも、さらには壺なんて、とんでもありません。指輪などは重たいですし、壺をもらって喜ぶ女性は、そうそういませんよ」
きっぱり切り捨てる。
「まずは、お菓子など軽いものがいいと思います」
そして、少し考えてから付け加える。
「それも、今人気のものだといいですね。”これ、最近人気なんですよ”って話を始められますし、そこから自然に話を繋げることができるかもしれません」
「「なるほど…」」
シエルもブレンダンも、感心したようにも頷いている。
ノアイライトは黙って聞きながら、真剣な顔で考えていた。
その後も、話し合うべきことは次から次へと出てきた。
「不可侵の森へ行く頻度は、どのくらいがいいでしょうか?」
「毎日、行く」
「毎日では、さすがに押しかけすぎだと思います」
「では、三日に一度くらいか?」
「いえ………七日に一度くらいでしょうか?」
「!?そんなにか………」
さらに、どんな話し方をすれば警戒されないか、皇帝陛下の職業についてや、何を話題にすれば会話が続くのか。
どこまで踏み込んでいいのかーー。
相談事は多岐にのぼり、気がつけば、窓の外はすっかり暗くなっていた。
それでも話は尽きず、四人での作戦会議は結局、深夜まで続くこととなった。




