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皇帝ノアイライト・オーガスタス・アーカイン1

皇帝は、青空を駆けていた。


皇城に詰めている日々が続いていたため、こうして空を飛ぶのは久しぶりだ。

翼を大きく広げ、風を全身で受ける。

「………気持ちいいな」


地上の景色が、あっという間に後方へ流れていく。普通なら何日もかかる距離を竜はものともせず駆け抜ける。

その巨体からは想像もつかないほど軽やかに空を駆けーー。


およそ三時間後。

ノアイライトは、不可侵の森へとたどり着いた。


不可侵の森の入り口へ降り立つと、翼を畳む。

次の瞬間、瞬きをする間もなく、その巨体は人の姿へと戻っていた。


周囲を見渡し、魔獣の気配を探りながら、ノアイライトは森の奥へとゆっくり歩みを進めていった。

森は静かだった。

鳥の声や、葉が風に揺れる音だけが聞こえてくる。


ーーそのとき。

ふわり、と風に乗って何かの香りが漂ってきた。

「………ん?」


ノアイライトの足が止まる。

思わず鼻を鳴らした。

「なんだ、この香り………」


森の中には似つかわしくないほど、甘く、心地よい香りだった。


ノアイライトは、良い香りの漂ってくる方へ向かって歩き出した。

最初は、いつもどおりの穏やかな足取りだった。


だがーー。


一歩、また一歩と進むうちに、その歩みは次第に早くなっていく。


やがて歩くことさえもどかしくなったのか駆け出していた。

木々の間を縫うように走り、枝葉をものともせず突き進んでいく。


「………っ!」


香りが強くなる。


それに呼応するかのように、ノアイライトの表情から普段の穏やかさが消えていった。


険しく、鋭い眼差し。


ノアイライトは、ただひたすら香りのする方へと駆けていった。


やがてーー。


たどり着いたのは、細い川が静かに流れる、森の中のひらけた場所だった。

木々に囲まれたその一角だけ、ぽっかりと開けている。


そして、その先にーー見慣れない建物があった。

この国では見たことのない様式。

一体、誰が、こんな危険な森の中に建てたのか。


だが、今は建物よりも気になるものがあった。


ーー香りだ。


先ほどから、ノアイライトを引き寄せていた、あの甘く心地よい香り。

その香りは、川のほとりにある大きな岩の上から漂っていた。


ノアイライトは岩へと視線を向ける

そしてーーそこで、初めてその「香りの主」を目にした。


岩の上には、幼い子供がひとり横たわっていた。


ーーなんだ、これは。


胸の奥を、何かが激しく揺さぶる。

ノアイライトは、生まれて初めて感じるような衝撃に襲われた。


しばらくその場から動けなかったが、ーーやがて。

まるで引き寄せられるように、足が動いた。


一歩。

また一歩。


夢でも見ているかのような感覚で、子供に近づいていく。


その子は、静かな寝息を立てながら、穏やかな表情で眠っている。


陽の光を受け、淡くきらめく白銀の髪。


神の手によって作られたのではないかと思うほど、精巧で、現実離れした美しい顔立ち。


吸い寄せられるように近づいていく。

そして、気づけば、眠る子供の上へ覆いかぶさるように身を屈めていた。


整った顔立ち。白銀の髪。無防備な寝姿。

目の色は何色だろうか………?


ノアイライトの胸の奥から、これまで感じたことのない激しい感情が沸き上がってくる。


………かわいい


かわいい

かわいい!

かわいい!!


俺のだ!!

俺のつがいだ!!!



そんな熱い感情を持て余しながら、ただじっと見つめていた。

可愛い………何度そう思ったことだろう。


そのときだった。

子供の瞼が、かすかに動いた。

ゆっくりと開いていく。


現れた瞳は、淡い水色だった。

透き通るような色合いの瞳が、眠りから覚めたばかりのようにぼんやりと、すぐ目の前にいる自分を映し出す。


息をすることさえ忘れたように、その瞳を見つめていた。


ーーその瞬間。


ガン!!!!


激しい音が響くと同時に、己の鼻に火花が散った。

いや、散った気がした。

………というより、実際に火花が散っているのではないかと思うほど、猛烈な痛みが鼻を襲った。


「いっっっっだ~~~~!!!!」

「ぐっ!?」


あまりの衝撃にノアイライトの思考が一瞬、完全に停止した。


何が起きた?


しかし、子供の姿を目にし、ハッとする。


ーーつがいが、額を押さえている。


そこでようやく、自分の頭の中で先ほどの出来事が一本につながった。

額を押さえたまま、涙目で動けずにいるつがいを見た瞬間、さっと血の気が引いた。


…俺のつがいが”痛い”と言った!

俺のせいだ!!


己の痛みなど、どうでもよくなった。


「すっ、すまない!!」


回復薬を!!

自分の服をまさぐり探すがどこにもない。


俺は、魔力には自信がある。

強力な魔法を扱うことにも慣れている。

敵を吹き飛ばす魔法でも、森を焼き払う魔法でも攻撃魔法なら誰にも負けないほど得意だ。


それでも、聖魔法だけはやはり、取得できないでいた。


いつも、シエルが言っていたではないか。

「陛下、出かける際には回復薬ぐらい持ち歩いてください」

何度も言われていたのに。


つがいが痛がっているのに、見ているだけの己はなんと役立たずなのだろうか………。



「っ、本当にすまない!俺は聖魔法が使えないんだ!回復薬の持ち合わせもない!!」


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