ひきこもり4
背中をかがめ、入口から巣の中へ入ってみると、思いのほか生活感があった。
中央には、木の枝や草などを組み合わせて作ったのだろう、小さな台が置かれている。
そして、部屋の隅には、どこから拾ってきたのか、冒険者が落としていったと思われる道具や荷物らしきものがいくつかまとめて置かれていた。
「どじょ」
台の前に座るように促され、そう言って差し出されたのは、草を丁寧に編んで作られた、小さなコップだった。
中には湯気の立つお茶が入っている。色は沼色だ………。
………。
せっかく出してくれたのだし………。
私は聖魔法を取得しているわ。
何かあっても大丈夫大丈夫………。
アマリリスは恐る恐る一口すすってみた。
口に広がったのは、なんとも青臭く、えぐみがある味わい。
まさに野草を煮出したような味だった。
でも、皆同じものを飲んでるわ。
これがこの子達の普通なのよね。
味に言及することなく、お礼を言い、妹のむぅについての話を切り出した。
「るぅの妹さんが病気だと伺ったわ。その子のことね?」
私は、るぅに支えられているむぅへ視線を向ける。
「治せると豪語することはできないけれど………。もしよければ、私に治癒魔法かけさせてもらえないかしら?」
「ほ、ほんとでしゅか………?」
「むぅをたしゅけてくれるでしゅか!?」
二匹の両親が、期待と不安が入り混じった潤んだ瞳で私を見つめてくる。
妹を支えていたるぅも、縋るような表情で何度も頷いた。
「おねがいでしゅ。むぅをおねがいでしゅ!」
私は、むぅの前まで歩み寄ると、安心させるようにその場にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、治癒魔法をかけるわね。怖がらなくていいから、気を楽にしてね」
そう、声をかけるとそっと手を伸ばした。
そして、治癒のスキルを発動させる。
私の手から淡い光が溢れ出し、弱り切ったむぅの身体を優しく包みこんでいった。
しばらくすると、身体を包み込んでいた淡い光が、ゆっくりと消えていく。
光りが収まったあと、そこにいたのはーー。
先程までの弱弱しい姿が嘘のように、自分の足でしっかりと立つ元気そうなむぅの姿。
それどころか、心なしか毛艶まで良くなったように見える。
「にちゃ、苦ちくないでちゅ………。いたくないでちゅ!」
「………立ちぇるでちゅ!!」
その元気を取り戻した姿を目の当たりにした家族たちは、再び籍を切ったかのように泣き出した。
「よかった………。よかった………!!」
「うわーーーーん!」
安堵と喜びが入り混じった涙が次から次へとこぼれ落ちていく。
ーーいい家族だわ。
目の前で互いを気遣い、涙を流しながら喜び合う姿を見つめ、今世の家族を思い出す。
魔獣の方が、人間よりもずっと温かい心を持っているのかもしれないわね。
ひとしきり涙を流し、ようやく家族が落ち着きを取り戻したのを見計らって、私は静かに口を開いた。
「じゃあ、そろそろ私はお暇するわね」
そう言って立ち上がろうとしたとき、「「まっ、待つでしゅ!」」るぅ達から一斉に声が上がった。
「お、おれいしゅるでしゅ!」「何かないでしゅか!?」「人間が好きそうなもの!?」「これ?だめでちゅか!?」「あれは!?」
るぅ達は大慌てで部屋の中を駆け回り始めた。
あちらを探し、こちらをひっくり返し、何か良いものはないかと、必死になって探している。
その様子があまりにも微笑ましくて、思わず苦笑してしまった。
ーーその気持ちだけで十分だわ。
「お礼なんて、大丈夫よ。」
そう、声をかけると皆がピタリと動きを止めた。
「だから、これからは病気にならないようにちゃんと身体を大事にしてね。それから、るぅ、あなたは無謀な冒険は、もう控えるのよ。」
るぅとむぅはコクコク頷いている。しかし、るぅが何かを思い出したように、突然はっと顔を上げた。
「しょうだ!」
そして、目を輝かせながら私に向かって声を上げる。
「ぼく、小間使いしましゅ!」
「………小間使い?」
きょとんとする私に、るぅは得意げに胸を張った。
「ぼく、知ってるでしゅ!人間のえらい人は、小間使いつかうでしゅよね?」
どこで、そんな知識を得てくるのやら………。
「むぅも!むぅも小間使いちゅるでちゅ!!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
どこから突っ込めば良いのか………。
「まず、私は人間の偉い人ではありません。ごくごく、普通の一般人です。」
「あまりりしゅしゃまは偉いひとでしゅ!!しゅごいひとでしゅ!!」
「しょうでちゅ!えらいでちゅ!」
真正面から、”偉い人”だの”すごい人”だの言われるとどうにも面映ゆい。
そんなふうに、まっすぐな瞳で褒められてしまえば、否定するのも気恥ずかしい。
「………そんなに褒められると、ちょっと困るわね。でも、ここから私の家まで通うのは大変すぎるわ。また怪我をするかもしれないから駄目よ」
るぅ達は顔を見合わせた。
すると、先程から黙って話を聞いていたすぅが何かを決意したように口を開く。
「問題ないでしゅ。私たち、あまりりしゅしゃまの家の近く、引っ越しゅでしゅ。」
「え?」
「ちょっと、待つおねがいしゅるでしゅ!」すぅはそう言うなり、勢いよく家を飛び出して行った。
「えぇ?」
一方、残された三匹はーー。
「引越でちゅ!」「準備しゅるでしゅ!」「いしょぐの!」
三匹は荷物をまとめたり、持って行く物を選んだりと、嬉々として引越しの準備に取りかかり始めた。
「えぇ………。本当に引っ越して来るつもりなの?」
しばらくすると、家を飛び出して行ったすぅが戻って来た。
「ただいまでしゅ!このお家、お隣しゃんにあげてきたでしゅ!」
まさかーーもう家まで手放す話をつけてきたというの?唖然としている私をよそに、家族は「これで安心して引っ越せる」と嬉しそうに顔を見合わせていた。
「あまりりしゅしゃま!私たち何でもやるでしゅ。がんばるでしゅ!よろちくでしゅ!」
父親であるすぅを筆頭に、家族全員が揃って深々と頭を下げた。
「え、ええ………。こちらこそ?」
あまりにも突然のことで、私は戸惑いながらも、つられるように頭を下げた。
こうして私は、思いがけず可愛いお手伝いさんをゲットしたのだった。




