閑話ーその頃カルラと王妃はー
カルラは、目の前に突きつけられた現実をどうしても、直視することができないでいた。
大神官の問いにも答えられず、ただ、呆然と言葉を失っている。
そんな、カルラの態度に焦れたのだろう。
「答えよ!カルラ!」国王が声を張り上げた。
カルラはしばらく黙り込んでいたが、やがて観念したように渋々ながら口を開いた。
「………わたくしの身近にいた、成人を間近に控えた人間はアマリリス様だけです」
その瞬間、大広間にいた貴族たちの視線が一斉にガーランド公爵に注がれた。
「アマリリス様が………」
「しかし、アマリリス様は噂では現在………」
その返答を聞いた瞬間、国王の表情が凍り付いた。
「あ………」口から洩れたのは、たったそれだけであった。
「アマリリス様とおっしゃるのですね。ぜひ、私がその方のスキル取得の儀を執り行いたいものです。そうです!アマリリス様のお誕生日はいつでしょうか?」
重苦しい空気が漂う大広間に、大神官の弾むような声が響いた。
「…誕生日は、………十日以上前に過ぎました」
「そうなのですね!それでしたら、いつでもスキル取得の儀に挑めますね!」
大神官は、大聖女のスキル取得の儀を自ら執り行えるーーその可能性にどうにも嬉しさを隠し切れないようだった。
嬉しそうに目を輝かせている。
「では、さっそく日取りをーー」
嬉々として話を進めようとする大神官に、国王が静かに手を上げた。
「…お待ちください。これから先の話は別室で行いましょう」
「………そうですね」
大神官は、途中で話を遮られたことが不満だったのか、憮然とした表情を浮かべているが、それでも国王の意向には逆らわず、素直に従う。
国王は大広間を見渡し、静かに口を開いた。
「ーー本日の議は、これにて終いとする。各々、速やかに退出せよ」
国王の言葉を受け、貴族たちはそれぞれ頭を下げ、静かに大広間を後にしていく。
やがて、人の気配が薄れたところで、国王はガーランド公爵へと視線を向けた。
「ガーランド公爵は、私達と一緒に来なさい」
大広間を出ていく貴族たちの視線がカルラに向けられる。
その眼差しには、隠しようのない冷たさが宿っていた。
ーーお前のせいで、大聖女がいなくなった。
わたくしがいなければ………。
アマリリスがスキル取得の儀を経て、ジルを治癒する。
すべてうまくいっていた。
皆、そう思ったに違いない。
公爵家令嬢の専属侍女であるお前が、使える主を裏切らなければ………と。
誰一人として口にはしていない。
けれど、その視線がそう語っているように思えてならなかった。
カルラと王太子の関係は、決して公になっていたわけではない。
けれど、知る者は知っている。ーーそんな、半ば公然の秘密だった。
アマリリスが大聖女だったのだ。
これまで曖昧に見過ごされてきたものが、今度は逃げ場のない現実となって、自分へと襲いかかってくる。
わたくしは……ただの男爵家の娘だ。
聖女であることを前提に結んだ、養子縁組だ。
公爵はすぐにでも縁組を解消するでしょう。
そうすれば、わたくしは、男爵令嬢に戻る。
そしてーー。
わたくしは王妃になれない。
いくら、ジルの寵愛があっても下級貴族では無理がある。
ふと、隣に立つジルへ視線を向けた。
けれど、目が合った瞬間、彼は気まずそうに視線を逸らした。
その仕草が、カルラの胸にさらなる不安を搔き立てた。
まさか、わたくしを捨てるつもりでは………。
………あんなに、わたくしを愛しているといってくれたのに。
何度も囁かれた甘い言葉が、脳裏に蘇る。
所詮、聖女でないわたくしなど必要ないとおっしゃるの………?
わたくしは………これから、どうなるの?
カルラは俯いたまま、迫りくる未来を思い、唇を嚙みしめた。
※※※
別室へ向かう道中、王妃の心中は、荒れ狂っていた。
まずい!………まずいわ!!
あの娘の方が大聖女だったなんて……。
せめて、………せめてジルベルトが病に倒れる前に、アマリリスのスキル取得の儀が行われていれば!!
カルラがジルベルトを治癒しなければ!!
王妃は悔しさに唇をぎりぎりと噛み締めた。
ほんの少しだけ……時期がずれていれば、ジルベルトは大聖女で公爵令嬢の後ろ盾を得られたのだ。
第二王子や側妃など、脅威でも無くなる。
ほんのわずかな時の差だった。
それさえ違っていれば、アマリリスがジルベルトを救い、お飾りでも王太子妃になる。
わたくしは、王妃として盤石の地位を手に入れられていたかもしれない。
そう思うと、アマリリスもカルラもどうしようもなく恨めしかった。
ーーこれからは………第二王子の陣営も動き出す。
カルラが聖女でないなら、公爵も手を引くだろう。
ジルベルトを支える大きな後ろ盾の一つが失われたのだ。
第二王子側が、この機会を逃すはずがない。
王太子を廃そうと動き出すだろう。
陛下だって、今回の責任をジルベルトに負わせて、自分は責任から逃れたいと思っているはず………。
しかも、現在陛下が寵愛しているのは、わたくしではなく側妃であるシルビア―ナだ。
王妃は強く拳を握り締めた。
ならば、ジルベルトを王太子の座から外すことに、陛下がためらう理由などないではないか。
ジルベルトを廃して、第二王子を後継者に………。
そこまで考えたところで、王妃の背中に冷たいものが走った。
もし、本当にそうなればーーわたくしもただでは済まない。
駄目。このままでは、本当にすべてを失ってしまう。
あの娘を……。アマリリスを見つけないといけないわ!!
それしかない。
アマリリスが帰ってきたら、あの娘をもう一度、婚約者に据えましょう。
そうすれば、全て元通りだわ。ジルベルトも王太子のまま、自分の立場も守られる。
失いかけている未来もーーすべて取り戻せる。
その考えだけが、今の王妃の心を支える最後の支えだった。
何としてでもーーアマリリスを見つけなければ!!




