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幽霊不信者は幽霊暗殺屋  作者: 蜜傘


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10/14

十 歌屋ノ裏

人間は、人間として産まれ、人として生き、そして、人間として死ぬ。

人間には、見えるものと見えないものがある。

見えるもの。それは、信号機、ビル、スマホ、ハンバーガー、コーヒー、スプーン、蝶、花、猫。

見えないもの。それは、空気、時間、音楽、価値、心、嘘、神様、幽霊。

人には、ミエル者とミエナイ者がいる。

ミエル者。それは、幽霊が見える者。

ミエナイ者。それは、幽霊が見えない者。


西見 友里恵 (にしみ ゆりえ)

兎澤 朱美 (とざわ あけみ)

羽賀根 朋子 (はがね ともこ)

松廣 神奈 (まつひろ かんな)

 9


 創業七十年の歴史を持つ古い遊園地ヒュッゲパークには、もう使われていないミラーハウスがある。

 遊園地オープン当初はその扉を開ける人も多かったが、そのあと周囲に新しくできたサーカス場や絶叫アトラクションが話題を呼び、次第に看板は外されてしまった。

 人が近寄ることもなくなったそんな洋館でひっそりと暮らしているのは、一匹の黒猫と二人の子どもの幽霊。四年前に、この世に産まれることなくして命を落とした双子だった。

 眠っていた黒猫が耳を立てて起き上がった。

 「どうしたの?ねこさん?」

 女の子は、耳を立てて遠くを見たままの黒猫に言った。ぬいぐるみに洋服を着せている最中だった。

 女の子の向かいには、別のぬいぐるみを抱えた男の子がいた。半目になって、うとうとしている。

 「おきゃくさん?」ぬいぐるみから手を離し、女の子は猫を撫でた。

 うっすら目を開けて、男の子は言った。「・・・まま?」

 「たぶん、ちがうわ。そんなことあるはずないもの」

 幽霊になってから今まで、母親も父親もこの遊園地には一度も訪れたことはないから。

 両親は、双子が産まれることを喜んだ。この遊園地に訪れて安産を祈願をした。愛する我が子と無事に会えますようにと、腹を撫でた。

 でもそれは、指が折れる回数だけだった。

 変な宗教に騙された母親は、信者としてなのか、身篭った二人を堕ろした。

 黒猫は、ミラーハウスから出てどこかへ行ってしまった。

 「・・・だれかくるのかな」男の子は、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

 女の子は男の子に近づいて、自分の持っていたぬいぐるみを渡した。「だいじょうぶよ」

 男の子は、ふたつのぬいぐるみを両手で抱きしめた。

 前に、遊園地の警備員がミラーハウスに来たことがあった。定期的な設備点検だった。

 幽霊の二人の姿が生者に見えるはずがないが、二人は身を隠していた。

 そこで物音を立ててしまったのは、男の子だった。クラスターライトに足を引っ掛けてしまったのだ。

 ひとりでに動くはずがないクラスターライトが移動していて、不気味に思った警備員は早足で出口を探した。

 女の子は親切にも、見つけやすいように扉を開けてあげた。

 勝手に開いたドアに悲鳴をあげて、警備員は走って出ていった。

 あの時は少し怒られた、と女の子は思い出していた。

 しばらくして、ミラーハウスの扉は開いた。

 入ってきたのは、男の人だった。

 警備員ではない。服装が違う。

 お客さん?でも、今日は定休日。

 二人は手を繋いで、互いに握りしめた。

 静かに。

 両手をポケットにつっこんだ男の人は、何も言わないままミラーハウスを歩いた。それは、普通に。至ってシンプルに、鏡の世界を歩いた。

 「こんにちはー」

 中央あたりで立ち止まった男の人は、急に声を出した。

 ミラーハウスには、男の人と幽霊の二人以外に誰もいないのに。

 二人は、こたえなかった。

 静かに。

 すると、男の人はまた話しかけた。

 「大丈夫。怒ったりしないよ。赤い手紙のおじさんの知り合いなんだ」

 「おじさんの?」

 「しー!」ぴんと立てた人差し指を唇に当てて女の子が言うと、驚いた男の子は抱いていたぬいぐるみを落としてしまった。

 男の人に動じた様子はなかった。幸いだった。

 「ごめんなさい」

 「へいきよ」

 女の子は考えていた。

 赤い手紙のおじさん。

 女の子は思い出した。

 ここで暮らすことが決まった時、赤い紙をくれた人がいた。

 「チョコレートくれるかな」男の子は、小声を作った。

 二人は、赤い紙のおじさんからチョコレートをもらっていた。またくるね、とおじさんは言った。

 「ごめんよ。今日は持ってきていないんだ」また男の人は話しかけた。「代わりに、もっといい物を持ってきたよ」

 女の子は、男の子の手をぎゅっと握りしめて、一歩前に出た。「ほんとう?」

 「・・・いいもの?」

 手を繋いだ二人は、少しだけ男の人に歩み寄った。だけど、幽霊の二人の姿は、男の人には見えない。

 こわいのもあったし、なんだか寂しいのもあった。

 二人は、ふいに、男の人と目が合った気がした。

 赤い紙には、こう書かれていた。『おうたがじょうずな きみたちへ』

 「それじゃあ、俺におうたをきかせてくれる?」

 『・・・きたら、おうたをうたってあげなさい。』

 そうだ。

 このお兄ちゃんは、大丈夫だ。

 女の子は、歌い出した。

 歌い出した女の子は、男の子と目を合わせた。

 男の子は、共に、歌い出した。

 歌声は重なり、連なった。

 寂しい時も、幸せな時も、歌ううた。

 大好きなうた。

 二人が歌い終わると、拍手がミラーハウスに響いた。一人分の大きな拍手だった。

 「素敵な歌だった。ありがとう」

 「ほんと?」「ありがとう!」

 二人は拍手をする男の人に歩み寄った。

「ねえねえ!お兄ちゃんはわたしたちがみえるの?」「いいものってなに?いいものってなに?」

 男の人は腰を落として、しゃがんだ。カバンから必要なものを取り出して、鏡の床にひとつずつ置いた。「それじゃあ約束通り、お礼をしなくちゃね」床には、一輪の造花と、空間を作って、金が入った金袋が置かれた。

 「なにこれ?」男の子が花に触ろうとして、女の子がそれを制した。「まだよ。誰かがみている時に、物を触ったり動かしたりしてはいけないわ」

 「おにいさんはあっちで待ってるから」男の人は、立ち上がった。「決まったころに、また見に来るね」二人の相談を見ないようにするように、少し離れた場所に移動した。

 男の人が、二人のことを見ていない状況が訪れた。

 鏡に落ちた造花を、女の子は手に取った。

 「お花?」男の子はそれを覗き込んだ。「うそもの?」

 「うそもの」

 『おもちゃのおはなは、きみたちのきらいなひとを、ころすよ。

 もし、もうしんじゃってておばけなら、まんなかをえらぶよ。

 そうじゃなければ、おかねをえらぶよ』

 赤い手紙には、そう書かれていた。

 ひとを、ころす。

 それがどんなことなのか、知る前に二人は死んだ。

 「きらいなひと・・・」造花を、女の子は眺めた。

 「おかねがはいってるよ!これでままのところにいっぱい行けるよ!」男の子は、袋の中の硬貨を両手に拾い上げた。

 すきなひと。

 二人が、選択に迷うはずもなかった。

 女の子は口が開いた金袋を男の人から離す方に移動して、それ以外をそのままにした。

 手に持った一枚の硬貨を宝物のように見つめる男の子の手を、女の子は引いた。「これでまた、ままに会いに行こう」

 二人が選んだのは、金だった。

 「うん!」

 片手にぬいぐるみを抱えた男の子が、硬貨をポケットにしまいそこねて、鏡の床に落ちた。高い音が、響いた。

 男の子はすぐに、落ちた硬貨を拾った。

 女の子が振り返ると、男の人は二人の選択に気づいたようだった。

 二人はまた、鏡に身を隠した。

 男の人は造花を拾い上げて、移動した金袋の前に立った。

 女の子は、男の子に囁いた。「おかねをくれるはずよ」

 男の子は、それに頷いた。

 男の人は、その場で立ち尽くしていた。「素敵な歌だった」ぽつりと、呟いた。「ありがとう」

 手を繋いだ二人は、忍び足でゆっくりと、また男の人のもとへ近寄った。「どうしたの?」

 「生まれてきて、会えるはずだった?」

 二人は、顔を見合わした。

 「愛されるはずだった?」

 「ちがうよ」男の子は、男の人の手に、手を伸ばした。「ぼくらは、ままがすき」

 女の子も、男の人の手に、手を伸ばした。「うまれるまえに、しんでよかったっておもう。うまれてしまったら、たぶん、あいされてしまうから」

 「あいされてしまったら、にんげんは、しににくくなるんでしょ?ほんのおにいちゃんがいってた」

 「だから、あいされてしまうまえに、しんでよかったっておもうよ」

 「母さんは」男の人は、また小さく呟いた。

 「おにいちゃんも、ままがすき?」男の子は、訊いた。

 「わたしたちは、ままがだいすきよ」女の子は、また歌った。

 男の子も、それに合わせてまた歌った。

 男の人に、やっと表情が戻った。

 「ありがとう」

 「「どういたしまして!」」

 口が開いた金袋の口を閉じて、男の人は言った。「ところで、その歌はなんの歌なの?」

 「ままのうたー!」「ままが歌ってくれるうた!」

 男の人は、造花も、二人が選んだ金袋も、カバンにしまってしまった。

 女の子は言った。「あれ?」

 カバンを持った男の人は、そのままミラーハウスから出ていった。


 次の日、二人と一匹は、昨日の十倍もの金が詰まった金袋と共に朝を迎えた。


 ムクドリスーパーのアルバイトを退職した西見は、『アルバイト 西見』の名札とクリーニングに出したエプロンを持ってスーパーの休憩室に訪れていた。

 従業員用ノートをパラパラ捲っていると、予想通りの時刻に兎澤(とざわ)は現れた。

 「おつかれさまでーす」

 おつかれさまですと、西見は言った。「もしも知っていたら、でいいんですが」切り出した。「兎澤さんって、羽賀根(はがね)さんって人知ってます?」

 「あー知ってるわよー」兎澤に、動揺した様子はなかった。「ここにいた人でしょー?」

 「そうです」西見は、従業員ノートの過去のページを開いた。「体調不良が続いて、辞められたんですね」

 兎澤は身支度しながら言った。「そうねー」

 「お二人とも仲がよかったそうですが、羽賀根さんがここを辞めてから、お会いになりましたか?」

 「仲いい?まさか。あんなのと一緒にしないでよ」兎澤は、鏡に向かって化粧直しをした。

 「あんなの。そうですか」西見は、ひらいていたノートをパタンと閉じた。「それにしては、随分()()()ですね」

 兎澤の動きは一瞬だけ止まったのを、西見は見逃さなかった。カマをかけた発言は、的中した感触があった。

 「なにがいいたいの?」

 それもそのはずだ。西見が一ヶ月間、わざわざバイトをして得た情報だった。

 兎澤と元パートの羽賀根は、互いに家を行き来するほどにプライベートでも仲がいい様子だった。その仲の良さは、職場友達以上の関係があると噂になったのは、二人とも首筋に同じ日にキスマークがあったからだ。

 宗教事件の捜査報告書の被害者リストには、兎澤も羽賀根も名前があった。どちらかが勧誘したのだろう。

 しかし、しばらく経ったあとで、羽賀根の妊娠が疑われる。従業員ノートにも体調不良を訴えている記述が残されている。悪阻だろう。

 団体に妊娠がバレてしまい夫に相談するが、堕ろすことを決意。

 羽賀根は、双子を堕ろした。

 「あ、いや、何か癇に障るようなことを言ってしまったのなら謝ります」西見は焦ったふりをした。「この前お客様に、人の入れ替わりが多い店と言われたものですから従業員ノートをたまたま見ていただけなんですよ」すいません。西見は、透明な液体が入ったシリンジを服の裾に隠し持っていた。

 「あっそう」兎澤は、再び鏡に向き直った。「今日で西見くん退職でしょ?遅くならないうちに、帰りな」眉を描きながら言った。

 はい、と西見は立ち上がった。

 化粧直しをする戸澤の背後に立って、西見はドアノブに手をかける。その時、服に忍ばせたシリンジが、きらりとのぞかせた。

 「失礼しまーす」

 西見より先に、反対側から松廣(まつひろ)がドアを開けた。

 「おつかれさまでーす」兎澤が言った。

 「おつかれさまー。あ。ごめんよー、西見くん」びっくりさせちゃったね、と入ってきた松廣は忙しそうに掃除用ロッカーを開けて雑巾を取り出し、バケツに水をはった。「お客さんがお弁当落としちゃって大変、大変」

 暗くなる前に気をつけて帰るのよ、と松廣は雑巾を絞りながら西見に言った。


 六畳のその一室は、人形や動物やキャラクターのぬいぐるみで溢れかえっていた。

 低いテーブルのうえで小さな服を縫うのは、羽賀根朋子(はがねともこ)

 完成した服は、三十センチほどの小さなクローゼットにしまわれた。ぬいぐるみ用のクローゼットには、おもちゃのハンガーにかかったぬいぐるみ服が丁寧に並んでいた。

 インターホンが鳴って、玄関をあけた。スーツを着た夫が仕事から帰ってきた。

 晩御飯の支度を始める朋子を見ながら、男は別室の写真の前に座った。エコー写真。

 エプロン姿の朋子もあとから隣に座り、二人で手を合わせた。

 「今日ね、変わった子に話しかけられたの」

 二人分のワインを注ぎながら、朋子は言った。

 「へえ。なんて?」

 「私、無意識に鼻歌を歌いながらゴミ出しをしてたみたいで。素敵な歌ですねって」

 男は、笑った。「なんだそれ。ちょっと恥ずかしいな」

 「そうね。でも」

 ワインを一口のんだ朋子は、柔らかく笑った。

 そうだ。あの子たちを待っている時もそんな顔をしていた、と男は思った。

 「大好きな歌ですって言ったの、彼」

 「別に変な話じゃないだろ?」

 「それが、私が鼻歌でうたってた歌は母がよく歌ってくれた歌で、実は母が作った歌なのよ」

 朋子がこんなに嬉しそうに笑ったのを見たのは、久方ぶりだった。

 「だから、不思議だなって」


 神は、これがお望みだったのでしょうか。

 でも、でも。いまひとつ。私の願いをお聞きください。

 私の独り言を、お耳にいれないでください。もう、二度と言わないから。

 貴方様のお耳をお汚しにならないことを祈ります。許してください。

 あぁ。会いたかった。愛したかった。

 どうかあの子たちが、来世ではもう私の元へ現れませんように。

 きっと嫌われてしまっただろうから。

 あの子たちは、私をママと呼んではくれないだろうから。

 見えない二人は、愛する母親に今日も寄り添った。


 *


 小さい頃、学校の課題で提出した観察日記が県のコンクールで優勝したことがあった。

 「すごかったよ!友里恵の観察日記、図書館に飾られてたよ!」

 「わたしも見たー!わたしのお父さんも、こりゃすごいって言ってたよ!」

 小学生部門で「日の当たりにくい陰という困難な環境での花の育成」を課題に提出した西見の作品は、見事多くの審査員を魅了し好評を得た。

 「明日、おじいちゃんのお墓参りが終わったら、友里恵くんの日記を見に図書館行こっか」

 団地のアパートの一室。家族三人分の洗濯物を畳みながら、母は言った。その時は、病院にも通ってなかったな。

 翌日。快晴の中、祖父の墓参りに行った。

 「今日だけは天国から降りてきて、おじいちゃん、そばにいるかもね」

 「いるよ!おじいちゃん」

 「そう?」母は花を新しいものに替えて、周りの雑草を抜いた。「友里恵くんが頑張ったこと、ちゃんとおじいちゃんにも教えてあげて?」

 「おじいちゃん俺ね、みんなの前でかっこいい表彰状もらったんだー!」

 母は、老人のような口調を作った。「えらいぞ。友里恵くん。それじゃあ帰りに、友里恵くんの好きなチョコばななぱんを母さんに買ってもらいなさい」

 小さな西見は、ケラケラと笑った。

購買人は、提供された商品やサービスへの代金をテーブルの上に提案する。

店主は、商品の代金を選択できる。

購買人によってテーブルに置かれる品は、造花と金が入った金袋。

では店主に提案する代金は、造花か金か。実はそうではない。

それは、人間が見える情報であるだけ。店主は、人間ではないかもしれない。

代金として提案されるのは、みっつ。

一つ目は、生者の殺し。

ふたつめは、亡者の殺し。

三つ目は、金。

このみっつの選択から、店主は代金を自由に選択する。

金を選ばなかった店主を、以降、依頼人と呼称する。依頼人は、最も恨む人間の殺しを依頼する。

それは生者でも、もしくは、亡者でも。

生者の殺しは簡単。暗殺するだけ。

でも亡者の殺しは、どうするか。亡者はその通り、もう死んでいる。

亡者を殺しは、蘇生だ。

生き返るんだ。人間として。

浴びせられるような悲劇と絶望を伴う豊かな人生を、また最初から始めてもらう。

そうだろ?この自殺願望で咲き乱れた世界で、亡者にとってそれが一番の殺しだろ?

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