第16話 それぞれの道標
カフェでの展示会から一週間が経ち、五人にはそれぞれの現実が押し寄せていた。期末試験が近づき、進路相談の季節が始まる中、彼らは初めて「夢」と「現実」の狭間で足踏みしていた。
「俺、このまま写真で食べていけるのかな」
放課後の美術室で、森川がポツリと呟く。彼の手には、専門学校のパンフレットと、四年制大学の芸術学部の資料が握られていた。
「お前までそんなこと言うなよ」赤城がため息をつく。「俺なんて、まだ何になるかすら決まってないんだ」
藤原が心理学のノートを閉じ、静かに口を開いた。
「私の父は、まだ完全には納得していません。『心理学を学ぶなら、医師免許を取った上で』と言われています」
神崎だけは相変わらずパソコンに向かい、キーボードを叩き続けている。
「おい、神崎」赤城が声をかける。「お前はどうするんだ?もう企業から直接オファーきてるんだろ?」
「ああ」神崎の手が止まる。「三社からだ。だが…どれも面白くない」
夏希はそれぞれの悩みを聞きながら、そっとカバンから五粒のキャンディを取り出した。今日のは少し苦めのダークレモン味だ。
「みんな、一度深呼吸してみない?」
彼女の言葉に、一同がはっとした表情を見せる。
「確かに」藤原がうなずく。「私たち、ずっと走り続けてきましたね」
その時、ドアが開き、担任の先生が顔を出した。
「ちょうど良かった。進路希望調査表、まだ提出していない者が多いようだが…」
先生の手には、白紙のままの調査表が何枚も握られている。
「すみません」藤原が代表して謝る。「すぐに書きます」
先生はため息をついた。
「君たちのプロジェクトは素晴らしいと思う。だが、大学進学や就職はまた別の問題だ。現実を直視しなければならない」
先生が去った後、重い沈黙が流れた。
「現実か…」赤城が窓の外を見つめる。「俺、ずっと現実から逃げてきたのかもしれない」
森川がカメラを置き、真剣な表情で言った。
「俺は…写真を撮ることでしか、自分を表現できない。でも、それで食べていく自信はない」
「私もだ」藤原が続ける。「心理学を学びたい。だが、それだけでは生きていけないかもしれない」
神崎が突然立ち上がり、ホワイトボードに図を描き始めた。
「聽け。私たちには三つの道がある」
一つ目は、それぞれが現実的な進路を選び、プロジェクトは趣味として続けること。
二つ目は、全員で起業すること。
三つ目は…」
神崎の手が止まる。
「いったん解散することだ」
「そんな!」赤城が叫ぶ。「せっかくここまで来たのに!」
「現実を見ろ」神崎の声には棘がある。「お前たちはまだ高校生だ。資金も実績もない。いつまで理想を追い続けるつもりだ?」
夏希はそれぞれの顔を見渡した。苦悩する藤原、迷う森川、焦る赤城、そして現実を突きつける神崎。
「私たち」彼女が静かに口を開いた。「もう一度、なぜこれを始めたのか思い出してみませんか?」
彼女の言葉に、一同がはっとする。
「そうだ」藤原の目が輝き始める。「私たちは、人の心に寄り添うためにこれを始めた」
「お前の言う通りだ」森川がカメラを握りしめる。「食べていくためだけに写真を撮るつもりはない」
赤城がテーブルを叩く。
「ならば、続けようぜ!道はきっと見つかる!」
神崎はしばらく沈黙した後、ゆっくりとうなずいた。
「わかった。だが、計画を立て直す必要がある」
彼らは再び話し合いを始めた。今度はより現実的な視点から。
「まずは大学に進学しつつ、小さく始めるのはどうか」藤原が提案する。「私は地元の大学の心理学部を目指す。それで親の理解も得られる」
「俺は写真の専門学校だ」森川が決意を込めて言う。「技術を磨けば、仕事の幅も広がる」
「俺は…」赤城が少し照れくさそうに続けた。「カウンセラーの資格を取ることにした。人と話すのは得意だし」
神崎が資料を投影する。
「計算し直した。全員がアルバイトをしながら、小規模で事業を続けることは可能だ」
夏希はほっと胸を撫で下ろした。彼らは現実から逃げず、しかし夢も捨てない道を見つけた。
その夜、家に帰ると父親が待ち構えていた。
「夏希、進路はどうするつもりだ?」
「私は…文学部を目指します」
「文学部?」父親の眉がひそむ。「就職は大丈夫なのか?」
「大丈夫です」彼女は微笑んだ。「だって、私はもう…」
彼女は言葉を止めた。もう一度十八歳を生きることを選んだのだ。今度は後悔のない道を進むと決めたのだ。
「自分の選んだ道で、幸せになります」
父親はしばらく彼女を見つめた後、深くうなずいた。
「わかった。お前はしっかりしているからな」
部屋に戻り、スケッチブックを開くと、新しいページに五人の将来の姿を描き始めた。大学生の藤原、カメラを手に旅する森川、笑顔で誰かを励ます赤城、そして最新の技術を開発する神崎。
その中心には、彼らを見守る自分の姿があった。
携帯が震える。グループチャットにメッセージが届いている。
藤原:「親了承しました。条件付きですが」
森川:「専門学校、願書を出した」
赤城:「カウンセラー講座、申し込んじゃった!」
神崎:「新しい事業計画書を作成した。明日確認してくれ」
夏希:「みんな、おめでとう。私はみんなのことが、とても誇りです」




