第15話 現実の階段
企業との最初の打ち合わせは、街の中心にある近代的なオフィスビルで行われた。五人は少し大きめのスーツに身を包み、エレベーターの中で互いの緊張を感じ取っていた。
「大丈夫?」夏希が小声で聞く。
「もちろんだ」赤城が力強くうなずくが、額にうっすら汗が光っている。
会議室のテーブルには、名刺入れが整然と並べられている。相手は地元で有名なIT企業「イノベート」の開発部長、五十嵐だった。
「では始めさせていただきます」
五十嵐はきびきびとした口調で、プロジェクトの概要を説明し始める。しかしその内容は、彼らが想定していたものとは大きく違っていた。
「えっと…」藤原が慎重に口を開く。「私たちの提案は、児童の感情表現を支援するプログラムだったのですが…」
「それは承知しています」五十嵐の笑顔はビジネスライクだ。「ですが当社としては、より商業的なアプローチを考えています。例えば、広告媒体としての活用など」
森川の表情が曇る。
「私たちの目的は、子供たちの心に寄り添うことです。広告ではありません」
「わかっていますよ」五十嵐の口調は変わらない。「ですが現実には、資金が必要です。慈善だけではプロジェクトは続きません」
神崎がノートパソコンを開き、淡々と述べる。
「私たちのプログラムの核心は、情感の理解と表現にある。それを広告媒体に転用することは、技術的に可能だが、理念に反する」
会議室の空気が張りつめる。
「では」五十嵐は書類を閉じる。「今回は見送らせていただきます。商業的な可能性が見えていないプロジェクトには、投資できません」
エレベーターを降り、ビルの外に出た五人は、しばらく無言で立ち尽くした。
「ああ…」赤城がため息をつく。「つまみ出されたみたいだな」
「私たちの考えが、甘かったのかもしれません」藤原の表情は暗い。
森川はカメラをぎゅっと握りしめていた。
「あの人は…私たちの想いをまったく理解していない」
神崎は突然立ち止まり、ノートパソコンを開いた。
「待て。これはチャンスだ」
「どういうこと?」夏希が尋ねる。
「あの企業は私たちを理解していない。ならば、私たちだけの道を行けばいい」
その夜、美術室で緊急会議が開かれた。机の上には、コンビニで買ってきたおにぎりとお茶が並んでいる。
「まずは現実を直視しよう」藤原が静かに話し始める。「私たちには実績も資金もない。ただ熱意だけがある」
「熱意だけでは食っていけない」赤城がため息混じりに言う。「でもな、諦めたくない」
森川が一枚の写真をテーブルに置いた。文化祭で撮った、障害を持つ少女が彼らのプログラムに触れて笑顔になる瞬間だ。
「これが、私たちの目指すものだ。お金や評価のためじゃない」
神崎が新しい資料を投影した。
「計算した。最小限の設備とサーバー代で、テストプロジェクトを始められる。資金は…」
彼の言葉が止まる。
「俺の貯金を使う」突然の宣言に、一同が息を飲む。
「まさか…」藤原が驚いて言う。
「馬鹿なこと言うな」赤城が立ち上がる。「みんなで出し合おうぜ」
夏希は鞄から小さな箱を取り出した。
「私も…少しですが貯金があります。お手伝いさせてください」
その時、ドアがノックされた。小林美桜が立っている。
「みんなの話、聞いちゃった」彼女は申し訳なさそうに笑った。「私も協力したいの。バイト先のカフェで、ミニ展示会を開けるかもしれない」
さらに後ろには、他のクラスメート数人が立っている。
「私たちも手伝いたい」
「技術面では力になれないけど、資金面なら…」
藤原の目に涙が光った。
「なぜ…そこまで?」
美桜は微笑んだ。
「だって、みんなのプロジェクト、素敵だもの。人の心を温めるものって、絶対に必要なんだよ」
その週末、カフェでのミニ展示会が開かれた。クラスメートたちが手分けして宣伝をし、地域の人が次々と訪れた。
「これ、すごいわ」小さな女の子を連れた母親が感嘆の声をあげる。「うちの子、あまり笑わないんですけど…」
プログラムに触れた女の子の口元が、ほんの少し緩む。
森川が静かにシャッターを切る。
「これだ」彼は呟く。「私たちが追い求めるべきは、こういう瞬間だ」
一日の終わり、カフェの店主が近づいてきた。
「もしよかったら、ここを定期的な展示場所にしませんか?経費はこちらで持ちます」
一同が驚いて見つめる中、神崎が計算を始める。
「採算が合う可能性がある。ただし、コンテンツの質を維持する必要が…」
「もちろんです!」藤原が熱く答える。「私たちは、質には妥協しません」
月明かりの中、五人は公園のベンチに座って一日を振り返っていた。
「今日は…たくさんの人に支えられていることを実感した」夏希がほほえむ。
「ああ」赤城が大きく伸びをする。「でもな、責任も感じるよ。期待に応えなきゃ」
森川がカメラの写真を見せながら言う。
「この笑顔のために、私たちは歩みを止められない」
藤原は心理学の本を抱きしめていた。
「もっと勉強しなければ。知識がなければ、適切な支援はできない」
神崎は新しいプログラムの設計図を描き始めている。
「次のバージョンでは、もっと細かい感情のニュアンスを読み取れるようにする」




