第14話 新しい朝の予感
文化祭から二日後、学校は平穏な日常を取り戻していた。しかし何かが変わった――廊下ですれ違う生徒たちの笑顔が少し優しく、教室の空気が以前より柔らかく感じられる。
夏希は窓辺に立ち、紅葉し始めた校庭の銀杏を見つめながら、そっと鞄の中を確認した。今日は特別なキャンディを持ってきている。五粒すべてがレモン味だが、それぞれに微妙に風味が違う。
「おはよう、相沢さん」
藤原の声に振り向くと、彼の表情が以前よりずっと生き生きしているのに気づく。
「おはようございます。なんだか楽しそうですね」
「ええ」彼はカバンから分厚い心理学の本を取り出した。「父がくれたんです。『まずは基礎から学べ』と」
その本には、たくさんの付箋が貼られている。彼の熱意が伝わってくる。
「すごい...もう読み始めてるんですか?」
「昨夜、少しだけ」彼は照れくさそうにうつむいた。「でも、とても面白いです。人の心の動きには、ちゃんと理由があるんですね」
教室の隅では、森川が数人の女子生徒に囲まれている。彼の撮った文化祭の写真を見せながら、丁寧に説明している。
「森川さん、人気ですね」
藤原が微笑んだ。
「彼の写真には、人の心を動かす何かがある。審査員もそう言っていました」
その時、赤城が教室に飛び込んできた。相変わらず元気だが、今日の笑顔にはどこか落ち着きがある。
「おーい、みんな!すごいニュースだぞ!」
彼の手には、地元の新聞が握られている。文化祭の特集ページに、彼らのプロジェクトの写真が大きく掲載されていた。
「これ、今朝の新聞だよ!俺たち、載ってる!」
一同が集まって記事を読む。見出しには「高校生が開発した心を癒すテクノロジー」とある。
「すごい...」森川が感嘆の声をあげる。
神崎も珍しく興味を示した。
「記事の内容は...まあ妥当だな」
赤城は神崎の肩をポンと叩いた。
「おいおい、もっと喜べよ!俺たち、有名人だぞ!」
「そんなことより」神崎はノートパソコンを開いた。「この記事を見て、ある企業から連絡が来た。共同開発の打診だ」
一同が息をのむ。
「本当ですか?」藤原の声が少し震える。
「ああ。ただし条件がある。私たち五人でチームを組むこと」
しばらく沈黙が流れた。それぞれがこの提案の重みを考えている。
「でも」森川が慎重に口を開く。「私たちはまだ高校生だ。そんなことできるのか?」
「できる」神崎の目が確信に輝いている。「技術は俺が担当する。藤原は心理学の知識を、森川はアートディレクションを、赤城はコミュニケーションを」
そして彼の視線が夏希に向けられた。
「相沢は...私たちの心の支えだ」
その言葉に、夏希の胸が熱くなる。
放課後、五人は美術室に集まった。企業からの正式な書類が神崎のノートパソコンに表示されている。
「給料も提示されている」神崎が淡々と説明する。「しかし、私たちは金のためにやるわけじゃない」
「もちろん」藤原がうなずく。「これは私たちの想いを形にするチャンスです」
森川がカメラを置き、真剣な表情で言った。
「一つ条件をつけよう。私たちの創作の自由は守られること」
「同意だ」赤城が腕を組んだ。「俺たちは誰かの操り人形じゃない」
夏希は皆の熱意を見つめながら、そっと提案した。
「まずは、小さなプロジェクトから始めてみませんか?いきなり大きな契約を結ぶのは危険だと思います」
神崎がうなずいた。
「賢明な判断だ。テストケースとして、まずは地域の児童施設向けのプログラムを開発しよう」
話し合いが終わり、それぞれが帰路につく頃、外はもう暗くなっていた。
「相沢さん」藤原が声をかけてきた。「今日もありがとうございました。あなたがいてくれるおかげで、私たちは前に進めるんです」
「そんなことありません。みんなが努力しているからです」
駅までの道で、五人は自然に将来の話で盛り上がった。
「大学はどうする?」赤城が聞く。
「私は地元の大学の心理学部を考えています」藤原が答える。
「俺は写真の専門学校だ」森川がつぶやく。
「俺は...まだわからない」赤城の表情が少し曇る。
「俺はすでにいくつかの企業からオファーが来ている」神崎が淡々と言う。
それぞれが違う道を歩むかもしれない。でも、このプロジェクトが彼らをつなぎ止める。
家に着くと、夏希はスケッチブックを開いた。新しいページに、未来に向かって歩く五人の姿を描き始める。
携帯が震える。グループチャットにメッセージが届いている。
神崎:「テストプロジェクトの仕様書を作成した。明日確認してくれ」
藤原:「了解しました。私も児童心理学の文献を調べておきます」
森川:「ビジュアルコンセプト、いくつか考えておく」
赤城:「じゃあ俺は施設との連絡役やるよ!」
夏希:「みんな、無理しないでね。私はお菓子でも焼いて持っていきます」




