↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『戦わないで生きたい俺、最弱のマナゴケに転生したので美少女たちにスキルを貸して経験値を徴収します』  作者: 浅入燈馬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/36

第22話 聖樹

 里に入った瞬間、空気が変わった。


 木々の間に、白木で組まれた家々が並んでいる。枝の上に渡された吊り橋、風に揺れる薄布の飾り。美しい里だった。


 ただ、視線が痛い。


 家の窓から、橋の上から、枝の陰から、エルフたちがこちらを見ていた。好奇心ではない。警戒と、拒絶に近い色だった。


 特に、セルフィーナへの視線が厳しかった。


「……あれが、死域の」

「近づくな。何が染みるか分からん」


 小さな囁きが、風に乗って届く。


 セルフィーナは、背筋を伸ばしたまま歩いていた。微笑みは崩れていない。ただ、両手を胸の前で組む指が、白くなっている。


 ――セルフィーナ。


「大丈夫ですわ、コウイチ様」


 ――違う。大丈夫じゃなくていい。


 彼女が、驚いたように俺を見た。


 ――嫌なら嫌でいい。俺の隣を歩いてくれ。


「……はい」


 小さく頷いて、彼女は半歩、俺に寄った。反対側では、アリシアが無言で距離を詰めてくる。二人に挟まれて歩くと、視線の圧が少しだけ和らいだ。


 約束は守られている。今のところ、表立って何かを言う者はいない。リオネルが先頭で、目を光らせているおかげだ。


     *


 里の中心で、足が止まった。


 見上げる。


 首が痛くなるほど見上げても、梢が見えない。


 巨大な幹は、十人で手を繋いでも回りきれないだろう。太い根が地面を割って四方に伸び、その一本一本が、小さな丘のようだった。空を覆う枝葉の隙間から、淡い光が降っている。


「これが……聖樹か」


 思わず、声が漏れた。


「でかい……」


「はい。この里の、命そのものです」


 リオネルが静かに言った。


「世界には、聖樹の中の聖樹と呼ばれる世界樹があるそうです。この聖樹は、その分枝に連なるものと伝えられております」


 ――世界樹。


 いつか見てみたい。そう思った。


 だが、今はそれどころではなかった。


 幹の表面に、黒い染みが浮いていた。ところどころ、墨を垂らしたように、樹皮がどす黒く変色している。葉も一部が枯れ、力なく垂れ下がっていた。


「ひどい……」


 アリシアが呟いた。


     *


 植物鑑定を発動する。


 ――聖樹を、調べさせてください。


「お願いいたします」


 幹に枝の手を当てた。ざらついた樹皮の奥から、魔素の流れが伝わってくる。


 【聖樹:世界樹の分枝。里の魔素循環の中核。状態:魔素汚染(中度)】


 確かに、汚染されている。魔素感知で確かめると、黒ずんだ部分に濁った魔素が溜まっていた。


 ただ、その質を探るうち、違和感が生じた。


 (この濁り……死の領域の酸とは、違う気がする)


 セルフィーナの酸性魔素は、鋭く、刺すような感触だった。だが、ここにあるものは、冷たく、粘りつくように重い。


 (何か、引っ掛かる)


 言葉にならない。ただ、どこかがちぐはぐだった。


 ――セルフィーナ。ここを、見てもらえるか。


「はい」


 彼女は聖樹の前に立った。おそるおそる、幹に掌を当てる。


 里の者たちが、息を詰めて見ている。酸で聖樹をさらに傷つけるのでは、という恐れが、視線に滲んでいた。


 セルフィーナが目を閉じた。魔力濾過が発動し、掌から淡い青の光が広がる。


 黒ずんだ樹皮の一部が、ゆっくりと色を薄めていく。


 ――どうだ?


「……はい。濾せますわ。ただ、量が膨大で。少しずつになりますが」


 彼女は目を開けて、ほっとしたように微笑んだ。


 里の者たちの空気が、わずかに変わる。誰かが、「本当に」と呟いた。


     *


 水と魔素を濾過する作業が、本格的に始まった。


 セルフィーナは、聖樹の根元に座り込み、幹に手を当てたまま動かない。額に汗が滲んでいる。魔力を大量に使っているのが、見て分かった。


 ――無理はしないでくれ。


「ええ。でも、続けさせてくださいませ」


 ――倒れたら、意味がないんだぞ。


「分かっております。ですが、これは、わたくしにしかできないことですもの」


 声は静かだった。けれど、譲る気配はなかった。


 自分の魔素で傷ついたかもしれない木を、自分の手で治す。彼女にとっては、償いであり、初めて自分の力を誰かのために使える機会でもあるのだろう。


 俺は、引き止めるのを諦めた。


 ――夕方まで、そのままでいい。でも、日が暮れたら迎えに来る。それまでは、俺の言うことを聞いて、休憩を挟むこと。


「まあ。コウイチ様は、心配性ですのね」


 ――そうだ。覚えておけ。


 セルフィーナは、ふわりと笑った。


     *


「コウイチ殿、屋敷にご案内いたします。少しお話を」


 リオネルに促され、俺とアリシアは聖樹の広場を離れた。


 振り返ると、セルフィーナの背中が、大樹の根元で小さく見えた。周囲のエルフたちは遠巻きに見守っている。


 (何も起きなきゃいいけど)


 嫌な予感が、胸の奥で小さく鳴っていた。


 アリシアが、俺の隣で足を止めた。


「主様。アリシアは、セルフィーナのそばに残りましょうか」


 ――いや、大丈夫だ。お前は俺と来てくれ。


「……はい」


 答えたものの、アリシアの視線は、最後までセルフィーナの背中を追っていた。


 あの二人は、いつも張り合っている。けれど、いざというときは、互いのことをちゃんと見ている。


 リオネルの屋敷は、里の高台にあった。木の上に建てられた、大きな一軒家だった。


 扉が開く。


 中は静かで、ほのかに樹の香りがした。リオネルが振り返り、二人きりで話したいことがある、という顔をして、俺を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。