一緒に
~~時は現在~~
教会を出たイグニスは、一人で歩き出す。足取りは軽い、軽すぎて気づけば全力で走っていた。地面を強く蹴りつけて、前へ前へと進んでいく。何も浮かばないイグニスの左手の甲を見た人々の怒鳴るような声も嘆くような声も聞こえる、イグニスはそれに構わず周囲の景色を置き去りにして駆け抜ける。
「ナラ!!」
視界に入った地面に座る少女、その前で息を切らしながら止まる。今の自分が全然かっこよくないことを分かっている。息を切らして汗をかいているし、スキルをもっていなければ、他人を守られるだけの後ろ盾だってない。
「俺と一緒に来てほしい」
けれど、今のイグニスだから、手を差し伸べることができる。
「……イグニス様」
緑の瞳に浮かぶのが、呟くように読んだ声が、深い悲しみと不安に揺れていた。
「私がいたからですか?」
少女は地面に座ったまま、イグニスの手をとらない。だから、それは全部イグニスが悪い。
「違う、俺が女神を信じてないからだ。善人を救わない女神なんて初めから信じてない、もしそんなのが本当にいるなら悪い神に決まってる」
女神を信じている少女が大きな瞳を更に丸くする。イグニスが自分で奥底に沈めていた怒りが溢れ出す。
「ごめん、俺が悪かった。ナラを助けられなくて、こんな場所に置いていた。立場を守るためだって、お前を、みんなを見捨てた」
差し出していない左手に勝手に力がこもる、本当はずっと怒っていた。自分が情けなくて仕方なかった。
「イグニス様って、意外と馬鹿なんですね。私なんか弱いし、役に立たないですよ」
ナラの頬が緩む、自然とイグニスの頬も同じように緩んだ。
「それでお前を助けられるなら、俺は馬鹿でいい」
ナラがイグニスの手を握る。イグニスはその手を引っ張って立ち上がらせ、二人は向かい合う。
「俺が、ナラに一緒にいてほしいんだ」
「私も、イグニス様となら一緒に行きたいです」
視線が交わる、触れた手のひらから熱い温度が伝わってくる。ずっと背負っていた荷が下りて、燻っていた熱が身体の体温を上げる。
そうして、途端に恥ずかしくなった。
「すっ、すみません。馬鹿なんて言って、その」
「いや、俺の方こそ」
全然らしくないことをした、理性を投げ捨てて行動したことを自覚して頬が熱くなる。イグニスよりずっと小さくてか弱い手を離す。けれど、その手が伝えた温度がイグニスの中に残ったままだった。
「これから、グラニートへ向かって冒険者になろうと思う。冒険者が一番生活しやすいとは思うが、死ぬ危険だって充分ある。ここに残れば、アリアがいい仕事を見つけてくれるかもしれない」
赤く染まっていたナラの頬が、いつもと同じ温度へ戻っていく。本当ならこれを先に言うべきだったのに、順番が逆になってしまったことをイグニスは内心で恥じる。
「イグニス様がいなければ私は死んでいたので。私でよければご一緒させてください」
ナラはにっこりと笑う、それがとても心強かったからイグニスも頬を緩める。
「ありがとう」
イグニスは心底からの感謝を伝える。
「だから、それは私が言うことですよ」
緩んだナラの頬を太陽の光が照らす。グラニートまでは徒歩で五日ほどかかる。最低限の旅の準備を整えないといけない。
イグニスが一人なら、きっと歩き出すことさえ億劫だった。だって、イグニスにはスキルがないのだから。けれど、今のイグニスの足は羽が生えているように軽かった。
ナラはイグニスと一緒に歩き出した。それはイグニスが望んでいたものだった。




