出会い
冒険者の拳が路地に座る子どもの顔を殴りつける。素手とはいえ勢いの乗った拳はれっきとした攻撃だ。殴りつけられた子どもはその場に倒れ伏した。悪意に満ちた笑みを浮かべた男が二発目の拳を振り上げる。駆け抜けた赤い閃光がその拳を鉄製の剣で受け止めた。
「領地での暴力行為は禁止されている」
イグニスは忠告とともに剣で拳を振り払った。剣先を冒険者たちへと向ける。
「それでも、続けたいか?」
いたって真剣に問うたイグニスに反して、冒険者たちは目を丸くした。
「スキルなしの異端を庇うなんて、正気じゃないぞこいつ!」
「お高く留まった騎士様が、命がけで魔物と戦う俺たち冒険者に勝てるとでも思ってるのかよ。とんだお笑い種だな」
イグニスの身なりで騎士だということは判別がつくらしい。ある程度の知性を備えていれば、よっぽどの理由がない限り騎士にこういう反抗の仕方をしない。絶対に罰を受けると分かっているのだから。
「いいぜ、やってやろうじゃないか。異端者を庇う奴がまともな騎士な訳がないだろ」
他人を傷つけようという明確な意思を持って、冒険者たちが鞘から剣を抜いた。それを見たイグニスは刃が潰された側が外へと向くように剣を持ち替える。
剣は刀とは違う。刀は斬るための道具だが、剣は元々押しつぶすためのものとして鈍器のように扱われていた。研磨の技術が上がるにつれ、剣も斬ることに特化しはじめた。イグニスの剣は両刃のうち、片側だけが刃を潰してある。それは手加減のためだった。
両手でないと扱えないほどに重たいイグニスの剣が、冒険者の軽い剣を吹き飛ばす。その勢いのままに胴体を剣で殴りつけて、無手の冒険者はその場に倒れこむ。
イグニスの隙を突こうと反対から振り上げられた斧を屈んで躱し、立ち上がると同時に剣でその手首を思い切り叩きつける。骨の折れた感覚と共に男の手の甲が視界に残る。
一人残った最後の冒険者がイグニスの背後をとって、槍で射貫く。イグニスはそれを見もせずに身体を傾けただけで躱し、剣の束で背後にいる男の腹を勢いよく突いた。
あっという間に三人組の男たちは戦闘不能になっていた。骨の折れた激痛にのたうち回っている男もいるが、その程度なら回復魔法を使えば直ぐに治ることをイグニスは身を持って知っている。
「クソが!」
痛みに呻いた男の声には憎しみを含んでいた。イグニスは剣を握りしめたままに問う。
「まだやるか? ポーションを持っているならいいが、教会に行けないお前たちがこれ以上暴れてもいいことはないぞ」
イグニスは常に数本のポーションを持ち歩いているが、一方的に暴力を奮った連中に安くはないポーションを渡す理由はない。
「どうして異端者を庇う!? そんなことで、助けたつもりか!」
手の甲に紋章がない男たちに対して浮かんだ一抹の憐憫を振り払う、スキルがないことは許される理由にはならない。
「言っただろう、領地内での暴力は許されない。スキルがあっても、なくても、同じだ」
それに、そんなことをしても救われない。続けようとした言葉をイグニスは飲み込む。この世界で人を救うのは概ね女神だ。だから、少しでも彼らに伝わるように言い換える。
「自分と同じ境遇の奴を殴るのは憂さ晴らしにすらならない。お前たちがすべきなのは守ることであって、殴ることじゃない」
それだけが、自分を惨めにしない唯一の方法なのだから。酷く悔しそうな顔をした冒険者たちが戦意を失ったことを確認してから、刀身を鞘に納める。
「スキルがなしってだけで人間扱いされない俺たちの気持ちが分かりもしない奴が、ご高説を垂れやがって」
イグニスがそれに応える前に、数人の衛兵が駆けつけてくる。その後ろにはアリアの姿があった。イグニスの様子を見て衛兵を呼んできたのだろう、本当に気の利く幼馴染だ。
「遅かったな」
本来はアリアに呼ばれる前に来るべきだった、そういう意図を正しく理解したらしく衛兵たちはイグニスに頭を下げた。謝罪する相手を間違えているが、指摘しても意味がない。頭を上げた衛兵たちが、冒険者たちに険しい視線を送る。
「スキルなし、ですか」
「他人に対する暴行だ、通常通り処理をしろ」
スキルがないことを理由に過度な罰を与える謂れはない。冒険者は流れ者だ、数日もすればこの街を出ていく。
「あの、イグニス様」
迷ったように衛兵が声をかける。イグニスは軽く頷いて、話の続きを促す。
「最近、街を通る冒険者が増えて、こういうことが多くなっています」
「グラニートのダンジョンか、魔物が増えでもしたか?」
「そうらしいです、冒険者たちの中で話題になっているようで。それに、冒険者には野蛮で底辺の連中が多いし、スキルなしの異端者もいるので。この街を通らなければいいんですけど」
衛兵の青年が言ったとおり、イグニスが暮らすマレハーダの街の南には冒険者の街、グラニートがある。距離があるので、グラニートを目指す冒険者たちは必然的にマレハーダを通らざるを得ない。
「補給に立ち寄ること自体は、交易の部分では有用だ。けれど、治安の面では確かによくはない。
父さんと兄さんにも相談しておこう」
「ありがとうございます。スキルなしの異端者は町に入れないように出来たらいいんですが」
衛兵の目線が冒険者から物乞いの子どもへ移動する。イグニスはそれを視線だけで軽く咎め、冒険者たちを連れて行くように促した。地面に倒れこんだ冒険者たちを衛兵が半ば引きずるように連れていく。
「イグニス、怪我はありませんか?」
「あの程度なら問題ない、人を呼んでくれたのは助かった」
イグニスだけで三人を牢まで連れていくのは流石に骨が折れる。
「私はイグニスの婚約者ですから、当然です」
自慢げにしているアリアを横目に、イグニスは自然と地面に直接座りこんだままの子どもへと歩み寄る。
子どもが頭に被っているマントであっただろう布はボロボロになっていて、過酷な環境を物語っている。
「助けてくれてありがとうございます、騎士様」
少女が被っていた布を下げて、露わになった茶色い頭を下げる。ボサボサの大地と同じ茶色の髪は無造作に背中まで伸びている。小柄な身体は栄養失調により更に細くなっていた。殴られて頬は赤く腫れて、その声も小さかったが、意識ははっきりとしていた。
今までイグニスは裏路地で何度かスキルなしの異端者とされた彼らを見てきた。彼らの就ける仕事は少ない。それこそ冒険者のような誰でも成れて死亡率の高いものや、娼館や死体の収集や埋葬といった忌み嫌われやすい仕事ぐらいだ。イグニスが見かけた彼らはみな一様にさっきの冒険者たちと同じ、この世界に対して絶望した眼をしていた。
森の木々と同じ色合いの瞳がイグニスを見つめる。その瞳はやせこけた頬に反して光を失っていなかった。




