戦いの後で
目の前のオークの死体が消えていき、死体があった場所には代わりに魔石が落ちている。
「とりあえず、怪我は大丈夫か?」
イグニスは首を上にあげて、ココの顔を見る。大型犬なんてサイズではない。イグニスが両手を伸ばしてジャンプすると、やっと背中に触れるぐらいの大きさだ。
当然、横幅も大きくなっているし、顔も大きいから牙も鋭くて大きい。
これでは、四足歩行の大型の魔物にしか見えない。この姿で街に連れていったら、パニックになるだろう。というか、ダンジョンの通路を通るのも苦労しそうなサイズだ。
『ワン!』
本人はいつも通り吠えているつもりだろうが、身体につられて声まで大きくなり、以前よりも野太い声が部屋中に響く。
「痛いところはないんだな?」
ちなみに、イグニスはすごく痛い。戦闘が終わって興奮が薄れたからか、右腕がものすごく痛い。頑張れば無理やり動かせると思うが、骨がズレそうなので出来れば動かしたくない。
また、大きなココの声が響く。おいで、そう呼べば普通に歩いてきたし、痛がっている様子もなかった。巨大化しているココは自分のサイズが分かってないらしい。頭を撫でてもらうのを尻尾を振って待っているが、そのサイズだと頭を下げてもらわないと撫でられない。
「イグニスさんは大丈夫なんですか?」
近寄ってきたナラに首を振る。
「右腕が多分折れてる、ものすごい痛い」
「なんでそれで無表情なんですか!?」
「昔は母が回復魔法を使えたから、鍛錬中に骨が折れることはよくあった」
痛いのは痛いが慣れてはいる。そのお陰で骨が折れても動揺せずに済むので、これも努力の成果の一つと言えるだろう。
「どんな鍛錬の仕方をしてるんですか!? 怪我を前提に動くなんてダメですよ!」
少し怒ったナラが荷物からポーションを取りだして、服を捲ってからイグニスの右腕へとかける。即効性が高いポーションはすぐに怪我を完治させた。貴重なポーションが減るのは痛いが、これは必要経費だろう。オークの素材を売ったら買い足した方がいい。
「他は大丈夫ですか?」
「ああ、大きな怪我はない。ありがとう」
細かな擦り傷や打ち身はあるが、その程度だ。
『クゥーン』
いつもと同じように撫でてもらえないことに不満をもったのだろう。ココが大きな尻尾を振って抗議しているが、その風圧はブンブンと音を立てている。
「ココちゃんは……どうして大きくなったんでしょう?」
ナラだって聞いたって仕方ないことは分かっているだろう。
「何も分からないが……ココ、元の大きさには戻れないのか?
今の大きさで来られても、いつもみたいに撫でられない。あと、ボールもその大きさだと飲み込んじゃうぞ」
「ココちゃん、今ものすごーく大きくなってるから、それで飛びついたらダメだよ。イグニスさんでも受け止められないからね」
『クゥーン』
褒めてもらえないことが悲しくなったのか、ココは尻尾を下げた。そして、その身体はみるみるうちに小さくなっていき、元の大型犬サイズに戻っていく。
「小さくなった!?」
「……伸縮自在なのか??」
撫でてほしい、そう飛びついてきたココを受け止めて頭や身体を撫でていく。
「お前が無事でよかったよ。助かった、ありがとう」
『ワン!』
元気な声が返ってきたことに、イグニスもつい微笑む。一頻り撫でたら満足したのか、ココはその場に座り込む。イグニスは地面を歩いて硬くなっている肉球を触ったり、身体の毛をかき分けたりして、本当に怪我をしていないかチェックする。
見た所、血が出ているようなところはなかった。但し、首輪は千切れて残骸しかないし、首にかけていた冒険者ギルドから貰った金属のプレートはなくなっている。
「あっ、イグニスさん、ここに落ちてますよ」
ナラが拾って渡してくれた金属のプレートに、リュックからクモが落としたヒモで簡易的な首輪をつくってココの首にかける。
「首輪もどうにかしないといけないな。大きくなる度に壊れていたら、キリがない」
「確か、魔物の素材で伸び縮する紐?が街で売っていたと思います。少し高かったとは思いますが、それで作り直しましょう」
イグニスとナラが話している内に、広間の奥で何かが光り輝く。奇妙な文様を塗料で描いたようなそれは白い光で輝いている。
「あれが帰還の魔法陣か」
ダンジョンボスを倒すと、魔法陣が現れる。その上に乗ると、ダンジョンから出られるらしい。やっぱりこの世界のダンジョンというのは作りもの、それこそゲームに出るようなものに似ている。
イグニスはオークが残した3つの魔石を拾ってポケットに入れると、もう疲れて一歩も歩く気がありませんと伏せっているココを抱き上げる。イグニスたちが入ってきた扉は相変わらず硬く閉ざされたままだ。
「早く戻って、冒険者ギルドにオークが3匹いることを伝えないとな」
ダンジョンボスは一定時間で復活する。だから、また次の冒険者がダンジョンボスに挑む。そして、オークが1匹のつもりで3匹いたら……生き残れるのは本当に稀だと思う。このグラナードのダンジョンは初心者向けだと思われているのだから。
前の『周期』が来た時に、ボスの数が変わったのかもしれない。
「荷物にココちゃんまで抱いて、重くないんですか?」
「元の大きさに戻ってくれたから、大丈夫だ」
抱っこが嬉しいのだろう。ココは前足をイグニスの肩にかけながらパタパタと尻尾を振って、その尻尾でイグニスの胸を何度も叩いている。
「ついさっきまで骨が折れていたとは思えないです……イグニスさんって本当に体力がありますよね」
褒められているのだろう、素直に頷く。そして、やっとイグニスは言い損ねていたことを伝えた。
「ナラも強くなったよ。一人でオークを倒せるなんて、すごく強くなった」
イグニスの言葉にナラが恥ずかし気に微笑む。その頬は朱に染まっていた。
「イグニスさんとココちゃんが残りを相手してくれたからですよ」
ナラの言葉は謙遜だ。今のナラならどこのパーティーからも引く手あまただろう。それでも一緒にいてくれる仲間に、イグニスは内心で感謝を伝える。
そして、2人と1匹は魔法陣の上に立った。強い光が視界を焼き尽くしたと思ったら、次の瞬間にはダンジョンの入り口、地上が広がっていた。
近くには木々があり、地面は当然土の色をしている。色彩豊かな景色に思わず息を吐く。
すぐ側には冒険者ギルドから派遣された見張りが立っている。
「ダンジョン踏破、おめでとう」
見張りは平然とした口調でイグニスたちに告げた。




