明けない夜
ヨルはグラナードの街を出て、森へと歩いていく。イグニスは黙ってそれについていった。街中で話せないということは、かなりよくない話なのだろう。
森の中を進んでいくと、焚き木の痕に木材で作られた寝床がある場所でヨルが立ち止まる。
「ここに住んでいるのか?」
パーティーを組んでいるのだから、リカルドたちと同じ場所に住んでいるのだと勝手に思い込んでいた。
「ああ。アイツ等とは冒険者ギルドで待ち合わせている」
ヨルは石で作られた水がめから水を汲んで、木製のコップに水を注いでイグニスへと差し出した。
「受けるか決めていない以上、もてなしは不要だ」
コップを受け取らないでいると、ヨルはそれを自分で飲み干す。
そして、緊張を纏った少女は探るように口を開いた。
「お前は女神を信仰していない、そうだな?」
「ああ。成人するまでも大して信仰はしていなかった、ある程度周囲に合わせてはいたが」
今更隠すことでもない。イグニスが女神への不信仰を伝えることで、ヨルは覚悟が決まったようだった。
ぎゅっとその両手を握りしめる。
「……私の一族、『カナン』は教会に滅ぼされた」
ヨルの言葉が静寂な森の中で重たく響く。イグニスは頷いて、続きを促した。
「私たち『カナン』は昔からずっと森で暮らしてきた、教会が女神信仰を広めるよりもずっと前のことだ。信仰しているのは……自然全体になるだろうか。森の恵みに対する対価として供物を捧げたり、定期的に狩りの成果を祝い感謝の祭りを催したり、そうやって生きていた。
偶に外からやってきた商人と取引をすることはあったが、それ以外は集落の中で完結していた。獣の数が減れば集落を移動させることもあったが、大きな森の中でずっと生活していた」
漆黒の瞳が郷愁に揺れる、平和だった頃を思い出しているのだろう。
「私が狩りに出かけている間に、教会の連中に集落が焼かれていた。燃えあがる集落から逃げ出した兄は、教会の『ルシフェル』と名乗る異端審問官がやってきたのだと私を連れて崖へ行った。
そして、私を崖から突き落とした」
「……それで、お前だけが助かったのか?」
「ああ、崖の下には大きな泉があった。兄は私に背を向けて、弓を構えていた。教会の連中が去ってから集落の痕を見たが、誰も生き残ってなかった」
ヨルが握りしめた両手から血が流れる。強く握ったせいで手の平に爪が突き刺さったのだろう、真っ赤な血が地面へとポタポタと落ちていく。
「集落には商人が偶に訪れて、狩った獣の皮や肉を鉄や布に交換していた。そこから、『カナン』のことが教会に漏れたんだろう」
ヨルが流した血の匂いが、怒りで震えた声が、全てが深い憎悪を表わしている。グリドの時と同じ、女神信仰は過ぎた行いで他人を傷つけている。
「それから旅に出て、私はずっと『ルシフェル』を探している。異端として討たれた一族の生き残りだと知られないように偽名を名乗って。
一族の仇を討つまで、夜は明けない」
漆黒の夜闇と同じ眼差しがイグニスを睨むように見る。別にイグニスを恨んでいる訳ではない。ただ、そういう目でしかもう生きられないだけだ。
「教会に異端審問を専門している奴らがいるというのは初めて聞いたな。秘匿されているなら、居場所を知るのは難しそうだ」
イグニスが暮らしていたリーヴィニ領では、女神信仰が当然のもので、自然信仰している一族がいるなんて聞いたことはない。
ヨルはずっと遠くから旅をしてきたのだろうが、果ての見えない大地では女神を信仰せずに生き残っている人々がいてもおかしくはない。
教会が異端信仰を許さないのは、女神以外の神はいないという教会のスタンスを思えば理解できる。女神以外の神なんて存在を立証されたら教会は終わりだろう。
教会にとって、イグニスにナラやグリドのようはスキルを授からなかった人々は、女神の恩恵から外れた異端ではあるが、他の神の存在を広げる者たちではない。積極的に排除するかどうかの線引きはそこにあるのだろう。
「元々私たちの一族にスキルなんて存在はない。だから、教会に入って情報を集めることもできない……街の暮らしにも不慣れで。けれど、冒険者になれば、まだ情報を集めやすいかと」
「リカルドとグリドには言っているのか?」
ヨルは首を横に振った。異端審問を知っていると教会が察したら、拙いことになるかもしれない。そう付け加えたので、イグニスは頷いた。まず、グリドは女神を憎んでいる方だが、リカルドは分からない。
万が一にも教会の高位職を殺そうとしていることがバレたら、リカルドたちでは殺される可能性があるとヨルは考えたらしい。
「それで俺を試したのか」
「……すまない。『ルシフェル』を探すのを、手伝ってほしい。だが、私に差し出せるのはこの身体ぐらいだ」
少女は自分の身体を差し出すというのを本気で言っているらしく、胸元を開けるような動作をする。イグニスは首を横に振った、生憎ロリコンとやらになった覚えはない。
「いや、一人で成し遂げるのは無理がある目標だ。相手を選んで頼ったのは、正しい選択だと思う」
教会の異端審問というのは、イグニスにしても興味があるところだ。グレイセス家にいた頃は母に付き添って教会に行くことはあったし、行事なんかでも神官と関わることはあった。
信仰深い母や神官からは、異端審問なんて陰は見えなかった。
「俺にどこまで出来るか分からないが、この先で教会の関係者に関わることがあれば探りを入れてみよう。ココ、教会が魔物と判ずる仲間がいる時点で、元より敵対は可能性に入れるべきだしな」
ココが冒険者ギルドに正式に認められている以上、武力による排除はないだろうと思うが、この先でどう転ぶのかも分からない。
「お前に対価がない」
「個人的な興味がある。俺は今まで異端審問なんて存在すら知らなかった。知らないことは知りたいし、酷い行いはなくなればいいと思う。お前たちがされたのはとても酷いことだ」
ヨルは驚きに瞳を丸くして、ゆっくりと頭を下げた。
「恩に着る」
「それは成果が出てからにしてくれ。何か情報があったら冒険者ギルドを通じて連絡を入れる」
冒険者ギルドは、全国の各冒険者ギルドへ連絡網をもっている。恐らくフィオルが持っていたような魔道具を使っているのだろう。
イグニスもつい最近知ったばかりだが、冒険者ギルドに依頼すれば、他の冒険者へ電信のように言伝をお願いできる。伝言にはある程度の銀貨が必要になるが、結構便利な制度だと思う。まあ、活用している人は少ないみたいだが。
頭を下げたままの少女に尋ねる。
「ヨル、お前が殺したいのは『ルシフェル』だけか?」
「……出来るなら、教会にいる奴ら全員を殺したい。けれど、それが出来ないことだって分かっている」
悔しさと憎悪に震えた声に、それならよかったと思う。教会にいる全員となると、イグニスの母のような何も知らない信者まで巻き込まれる。
「お前は理性的だな。必要に応じて、俺の仲間にもお前の頼みを共有させてもらう」
「危険だぞ」
「俺の仲間は聡い、危険は管理できる」
相変わらず夜闇のような少女は頭を下げたままだった。イグニスはその後頭部へと声をかける。
「殺すだけじゃなく、殺した後のこともいつか考えるといい。それと、関係ない人を殺さないようにな」
そして、イグニスは街へ戻るために振り返って歩き出した。
復讐を誓った少女は無言でイグニスを見送った。




