沈黙の距離について
イグニスは手を離す機会を失ったまま、ヨルの腕を引いてラグナ武器屋へと向かう。手を離したら、それはそれで今度は何か別の火種を生みそうだ。
勝手に心配するのは余計なお世話かもしれないが、本人が拒否していないので問題ない。
そのままラグナ武器屋へと入れば、店内に広がった武器や防具に雑貨は以前よりも増えているような気がした。
「おっ、この前の兄ちゃんか! ほんとに宣伝してくれてんだな、お陰で商品が増えたぜ」
「これ以上増やしてどうするんだ」
イグニスはつい突っ込みを入れたが、店主のラグナは意に介していないようだった。
「おっ、もしかして新しい彼女か? この間の嬢ちゃんといい、モテモテだな」
「全然違う、彼女はこの店の客だ。弓矢の矢じりに使えるものを探している」
ヨルは無言で店主のラグナを睨みつけるように見定めている。
「へぇ、矢を自作してるのか。珍しい、冒険者にはいないタイプだな」
普通は弓矢の矢を自作しないらしい。ヨルは狩人の一族だったから、その流れで作っているのだろうか。
「矢ならあるんだけど、矢じりだけってなるとな……奥になんかあった気はするから探してくる、矢はその辺にあるから先に見とけ」
店主がその辺だと指示した場所には、木製の筒に二十本程の矢が入っていた。その隣にも同じような筒がいくつもあるから、全て合わせると数百本以上あるのではないだろうか。
「違いが分からないな」
イグニスは矢を使ったことがないし、使う予定もなかった。騎士の中でも弓矢の扱いが上手い一族もいるが、生憎イグニスの生家は弓矢とは無縁だった。
「……玉石混淆だ」
そう言いながら、ヨルは大量の矢をじっと眺めている。イグニスはその内の一本を手に取ると、ヨルへ見せる。
「これは?」
「石の方だ」
つまり、使いにくいということだろう。矢に使われている矢じりは尖らせた石だろうか、本体は木の枝を加工したものだ。
「なら、これは?」
「……今使っている弓と相性が悪い」
悪いものではないということだ。鉄製の矢は重い、遠くまで飛ばすには力が要りそうだ。ヨルが背負っている弓は木製でしなりは効きそうだが、確かに鉄製の矢は合わないかもしれない。
「奥が深いな」
ヨルは無言で応えた。イグニスも彼女に倣って、矢を観察する。矢の先端に取り付ける矢じり、矢の後方にある矢羽根、そして本体。どう組み合わせるかで種類は多くなっていく。
「矢は回収しているのか?」
「可能な限りは」
まあ、捨てるにはもったいないだろう。そうして観察している内に、奥から店主が戻ってくる。
「職人に加工依頼する前のが残ってたぜ。どうだ、使いたいのはあるか?」
それは客に直接売っていいのだろうか? まあ、店主が許可するなら別にいいのかもしれないが。木箱に無造作に入っている幾つもの矢じりをヨルがじっくりと眺めて、何個かを手に取る。
イグニスが金額を聞くと、店主は少し考えてから、たった今思いついたように値付け始めた。ヨルは多少は手持ちがあったらしい。ラグナに銀貨を渡して、買ったばかりの矢じりを小さな布袋にしまう。
「俺の方も防具を新調したいのがある」
「おっ、兄ちゃん稼いでんのか?」
「お陰さまで。刀が思っていたよりも使いやすくて助かってる」
刀は人間相手に使うのに適している、大剣ほど勢いが出ないので殺しにくい。そりゃよかったと言いながら、店主がイグニスの希望をきいて見繕ってくれる。
その間、ヨルは何故か外へ出なかった。声をかけずにそのまま出ていくと思っていたので、イグニスを待っていることが意外だった。ヨルはそこまで付き合いのいい人間には見えなかったが。
まあ、リカルドとグリドとパーティーを組んでいるのだから、ある程度の協調性があるのかもしれない。
「助かった、また必要なものがあったらお願いする」
「おう、いつでも来いよ!」
防具の他にも必要なものを買い足してから、イグニスは店を出る。
ヨルは黙ってイグニスについて外へと出た。
武器屋の前は概ね人通りが多かったが、時間帯の問題か今は人気がなかった。イグニスがヨルへと声をかけようとしたところで、刃物の音がする。
それはヨルが取り出したナイフだった。迷いなくイグニスへ向かって振り下ろされたそれを、横から刃を素手で掴むことで防ぐ。
「どういうつもりだ?」
殺意じゃない、殺すつもりがない刃だ。けれど、明確な攻撃の意図をもってヨルはナイフを向けた。
「……非礼を詫びよう、すまない。試した」
「何のために?」
「お前の実力と顔の広さを見込んで、頼みたいことがある」
獣のような気高さをまとった少女が頭を下げた。イグニスは困ってしまって、自分の頬をかいた。
わざわざナイフで他人を試さないといけないことなんて、ロクでもない頼みに決まっていた。
「内容を聞かないと答えかねる」
「ここだと拙い、ついてきてほしい」
そう言ってヨルが歩き出す。イグニスはほんの少し迷ってから、その背を追って歩き出す。
初めて会った時からヨルが纏っていた緊迫感のようなもの、その正体が頼みたいことに関わっている予感がした。




