予期せぬ再会
イグニスはナラと出会えたことを幸運だと思っている。だから、まだ2か月も経っていないナラとの出会いもよく覚えている。路上に蹲る彼女へ暴力を振るったスキルがない男性の冒険者が3人いて、イグニスは止めに入った。
粗暴な冒険者たちは全員イグニスの故郷であるマレハーダの街で罪人として収監したはずだったが、今ヨルの前に立っているのはその内の一人だ。あの程度の罪なら一か月もしない内に釈放されるのはおかしいことじゃない。
「……ヨル、揉め事か?」
どう声をかけるか迷ってから、夜闇のような色をまとった少女へ声をかける。そして、さりげなく彼女を庇う位置、怒鳴っていた男との間に自分が入るように移動する。
「お前は」
男が驚きで目を丸くして、次の瞬間にはイグニスの手の甲を見て嘲笑した。
「自称騎士様がスキルなしの異端者とは、とんだお笑い種だな」
「イグニスだったか、この低俗な獣と知り合いか?」
ヨルが殺気とともに腰に吊るしているナイフに手を伸ばしているので、その腕を握って首を振る。血気盛んすぎる。
「知り合いではある。以前、暴れていたからそのまま戦って、牢に連行しただけだ」
イグニスが腕を掴んでいるのに、ヨルは諦めずにナイフを取ろうと力を入れる。
「離せ! くそ」
「先に手を出すのはよくない」
イグニスは片手で掴んだヨルの手を離さないままに、片手を刀の柄に添える。
「今はお前と同じただの冒険者で、家名もない。冒険者同士の争いは見過ごされることが多い。
お前が彼女に危害を加えるなら、腕の一本ぐらいは覚悟してくれ」
「冒険者に落ちてさえ騎士様ごっこを続けてるとは、現実を知らねぇようだな。今はお前を守る後ろ盾なんかねぇんだよ!!」
毎回、この男との交渉は決裂してしまうのは何故だろう。
ヨルは多分、弱くはない。殺すことに慣れているというか、本人も狩人を名乗るだけあって、獣を殺すのは生業として馴染んでいるんだろう。
そして、男のことを獣と呼んで、躊躇なしに殺そうとした。
「あの時の俺はスキルがないという重みを分かっていなかった。お前たちの苦しみに不理解だったことは謝ろう。
けれど、それは他人に攻撃していい理由にならない。残りの二人はどうした、死んだのか?」
「お前が! お前らみたいなやつがいるせいで俺たちは!!」
男からは一目見た時から自暴自棄な印象を受けていた、男の身なりは以前よりもずっと悪い。衣服には泥がついているし、剣だって刃こぼれしてしまっている。頬もやせこけている、よく叫ぶ元気があるなと思うほどに顔色は悪い。
叫びと共に男が剣を引き抜いて、手当たり次第に振り回す。イグニスはヨルの腕を掴んだまま、男と距離をとる。周囲の人々はみんな早足で去っていき、男の近くにはイグニスとヨルだけが残っている。
「俺がやる、ヨルは何もしないでくれ」
多分、彼女は男を殺そうとするだろうから。イグニスは刀を鞘に入れたまま腰から抜き、同時に大ぶりな男の動きの隙をついてその腹へ突きを入れた。
刃が出ていないので、男にとっては棒で腹を突かれたようなものだ。けれど、男はぐったりと倒れ込んで、胃液を口から地面に吐いた。
「街中で暴れるのはよくない」
「……お前ら、お前らなんかに」
蹲る男の瞳に宿るのは確かな絶望だった。それはイグニスにはどうしようもないものだ。
「死にたいなら、死ねばいい。何の罪もない他人に暴力をふるって殺すより、その方がマシだ。
けど、お前が生きたいなら、誇りをもって生きたいと願うなら。
明日の昼過ぎに、冒険者ギルドの裏手で俺を含めて若い冒険者が集まる。そこで仲間を探すといい」
そして、イグニスにはこれ以上言うことはない。スキルがないのは目の前の男だけじゃない、グリドやナラだって同じだ。全員、男と同じように社会から切り捨てられた。けれど、男とは別に生き方をしている。
「……獣を生かすのは情けじゃない、余計に苦しませるだけだ」
ヨルが強い非難を込めた眼差しでイグニスを突き刺す。だから、イグニスは首を横に振った。
「彼はまだ獣じゃない、人間だ」
ヨルの言うことは何となく分かる。この先に誰かを傷つける可能性が高い男を野放しにするのは、よくないことなのかもしれない。けれど、
「お前に力で負けた、今回はその判断に従う」
ヨルはいつも硬い雰囲気を纏っているが、イグニスに力負けしたことである程度認めてくれたようだった。
「ヨルは何をしに街に歩いていたんだ?」
「矢に使う矢じりの新調だ、ラグナ武器屋という場所を探してる」
端的な少女の言葉に、それなら俺が案内しようと自然と口にする。イグニスも防具や雑貨の新調も兼ねて寄っておきたいと思っていた。
「……」
無言で少女が反対側に歩き出したので、イグニスはその腕を掴んでこっちだと歩き始めた。
二人は獣にも人間にもなれない男を残して、歩き出した。




