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有益な休暇について

 

 イグニスは朝食やココの散歩に武器の手入れといった日課を終えてから、ナラとココと別れる。ココは昼寝をするらしく、ナラの側で丸まっていた。犬は家族の調子に敏いところがあるから、ナラの不調を気遣っているのかもしれない。


 ナラも少し調子がよくなるまでは安静にすることになった。生理にも痛みの波があるのかもしれない。男であるイグニスには正直分からないが、ナラ本人も問題ないと言っているし、ココが側についているなら危ないことはないだろう。

 大抵の人間はココを魔物だと思い込んでいるから、ココが唸れば怖がって引いてくれる。



 大剣と刀を腰につけたまま、幾らかのお金を持って宿の階段を降りる。この機会に日用品を買い揃えようとしたところで、カウンターの奥から宿の主人が洗濯物を持って出てくるところに遭遇する。


「何か手伝うことはあるか?」


「駄賃はでないよ」


「構わない。今は手が空いているし、さっきは助かった。ココのことも泊まらせてくれて助かってる」


 不機嫌な顔をしていた主人は一旦洗濯物の入った籠を置くと、奥から大きな斧と木を持ってきた。


「裏の庭で木を切って、煮炊き用のこういう薪を作っておくれ。出来上がったものは、その場に置いておいて構わないよ」


 分かった、そう言いながらずっしりと重い大斧と薪を受け取る。いい鍛錬になりそうだった。




 裏の庭には切り株があったので、大きな木を一本切り倒して、分割していく。上手く分割できたら、薪をどんどん作っていく。こういう仕事をしたことがなかったので新鮮だった。

 様子を見に来たのか、積まれた薪を見た主人は驚いたように瞳を瞬かせた。


「冒険者なんかやめて木こりにでもなったらどうだい」


「……引退したら考えておこう、数は足りてるか?」


「充分だよ。冒険者なんて成らず者にしておくには、惜しいね」


 女主人は冒険者相手の商売をしているから、トラブルが絶えないのだろう。宿では彼女と冒険者が言い争う声が聞こえることがあった。そういう時にイグニスが顔を出すと、冒険者は怯んで主人の言い分を聞いていたけれど。


「けれど、貴方も冒険者だったんだろう」


 冒険者相手に怯んでいないし、ココにも怯えた様子を見せないから、鈍いイグニスでも冒険者だったことぐらいは分かる。

 女主人は懐かしいものを思い出すように目を細めて。次の瞬間には怒りに満ちたような声が出る。


「恥ずべき過去ってやつだよ。悪いことをしたし、そういう仲間しかいなかった。

 だから、互いに見捨てあってパーティーは壊滅、生き残ったのは足を怪我して治りきらなかったアタシだけさ」


「そうか。それでも今の貴方は立派にやっているし、お陰で俺たちは泊まるところがある」


 この主人がいなかったら、ココを泊めてくれる宿はなかったかもしれない。主人はいつもどこか不機嫌そうな顔を珍しく緩めた。


「温めた石だ、嬢ちゃんに渡してやりな。食うに困れば、ウチで雇ってやってもいい。アタシも年だからね」


「ありがとう、助かる」


 木製のタライに入った石を預かる。こういう気遣いはイグニスには出来ないことだから、本当に助かると思う。主人が女性でよかったと思う。


 イグニスたちには故郷に帰るという大きくて、高くて、とても遠い目標がある。だからこそ、進む途中に宿の主人のような親切にしてくれる人がいるのは貴重なことだった。


「俺でよければ、泊まっている間は手伝える」


「金にならないのにかい?」


「金にならなくても、世話になってるから。俺は至らない、至らないからいつも誰かに助けてもらっている。だから、その分だけ誰かの役に立ちたい」


「……冒険者がみんなアンタみたいなら、この街はもっと穏やかになるだろうにね。ほら、さっさと行きな」


 主人の声はどうしてか寂しげに聞こえた。イグニスは頷いて、貰った石を部屋へと運ぶ。


 布に巻いてナラへ渡せば、温かいと微笑んでいた。主人に貰ったことを話せば、後でお礼を言っておきますと言った。



 幾ら小さな宿といっても、1人で切り盛りするのは大変だと思う。冒険者は挨拶で何故かナイフを投げるような習慣があるぐらいなのだから、冒険者が泊まる宿を経営するのは余計に苦労しそうだ。それでも立派にやっているのだから、冒険者をしていた過去の経験だって今の彼女を支えているのだと思う。


 今のイグニスたちには冒険者として大成して故郷に帰るという目標しかないが、故郷に帰った後に何をしたいというのも考えてみていいのかもしれない。





 日用品を買い揃えるために宿を出て、街の大通りへ出る。グラナードの街をじっくりと見たことはなかった。じっくり探したら、掘り出し物だってあるかもしれない。


 日常的に使う調味料では、特に塩は絶対にいる、塩分がないと人間は死ぬ。この世界では岩塩や海水を蒸発させた塩以外に、魔物が落とす塩もある。

 ちょっと意味が分からないと思うが、魔物が素材として塩の塊を落とすのだ。宝箱からパンが出るし、ゴブリンが布を落とすので……塩を落とすのも普通なのかもしれない。


「このクソ女! スキルもない癖に生意気を言いやがって!」


 遠くから男の怒鳴り声がしたので、イグニスは声の元へと近寄った。その怒鳴り声はどこかで聞いたことがあるような気がした。


「生意気? 事実を言った、弱いものほどよく吠える」


 声の発生源にいたのはリカルドのパーティーの一人、ヨルという少女だった。


 そして、怒鳴っているのはマレハーダの街でナラへ暴力をふるった冒険者の一人だった。


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