初めての休暇
若手の冒険者に休みはない。以前、イグニスとナラが装備を揃えるのに一日を費やしたように、買い物や準備で一日かかってしまうことはあるが、クエストは毎日貼り出されるし、金銭的に余裕があるパーティーは少ないので、休むという意識自体が薄い。
イグニスも生家では休むという発想がなく、それこそアリアと見回りしている時間が休んでいるようなものだったのかもしれない。夜には眠るので、休息はそれだけで充分だった。
イグニスたちは若手冒険者たちの集まり『サバイブ』に定期的に参加して、他の冒険者に剣の使い方を指導したり、逆にスキルがある人がどう魔法を使っているか教えてもらったり、魔物の特徴や注意すべき攻撃を共有したりと有益な交流をしていた。まあ、ココは若い冒険者に遊んでもらっていただけかもしれないが、追いかけっこは持久力の向上に役立つので有益ということで。
普段は、魔物退治や素材集めのクエストも受注して、素材のためにダンジョンに潜ることもあった。ダンジョンの通路は狭いので、ココには休んでもらうことが多い。それでも、魔物の数が多い時は魔物たちの横をすり抜けて、ココだけが反対側に位置取ることで、うまく囮をしてくれることもあった。
受けたクエストを全て無事に達成できていること、他の冒険者からも上手く情報を集められたことで魔物や素材に関する知識が深まったこと。そういう全部がイグニスたちにとっていい方向に動いていた。
特に、イグニスとナラも土魔法で作ったものは消えないと思い込んでいたが、他の冒険者から消せるのでは?と当然の顔で言われたので、ナラが試してみたら普通に消せたのは驚きだった。やっぱり思い込みは視野を狭めるのでよくない。
冒険者というものを結構難しいと思っていたけれど、ナラやココといった仲間に恵まれたお陰で想像よりも順調だった。いつか故郷に帰るために、もっと強くならないといけないけれど。
束の間であっても日常と呼べるものがあることは幸いなことだった。
節約のためということで、イグニスとナラは同じ部屋で寝ている。ココは二人の間で、床に敷いた厚めの毛布の上でいつも丸くなったり、伸びたり、真横に倒れたりして眠っている。ココが偶に夜中に起きた時は、水をやったり、撫でたりしてもう一度寝かしつけている。
ココは基本、夜はナラの眠りを妨げないようにしている。イグニスのことはベッドに両足をかけて、平気で鼻を押し付けて起こしてくるが、ナラを起こさないのは偉いので構わない。
日が昇る前、物音が目を覚ます。
『クゥーン』
起き上がるとココがナラを見て心配そうな声を出している。ナラはまだ眠っているようだが、うなされているようだった。起こした方がいいのか悩んでいると、ココがナラのベッドに前足をかけた。
「こら、ナラのベッドに足をかけない」
近寄って小さな声で注意すると、微かな血の匂いがすることに気づく。
「ナラ、起きろ!!」
慌てて大きな声が出る、どこか怪我をしているのかもしれない。ポーションを取りに行こうと足が動きそうになったところで、ナラが起き上がる。
「……イグニスさん?」
「よかった、どこか怪我をしてないか?」
不思議そうにしたナラが自身の腹に手を当て、自分だけが見えるようにシーツを持ち上げる。次の瞬間、その顔は真っ赤に染まった。
「ああっ!!」
珍しいナラの大声にイグニスは固まる。そして、ココは心配そうに声をあげてナラへ近寄る。
「なんでもない、何でもないんです。いっ、いたっ」
「どこか痛むのか!?」
イグニスが近寄ろうとすれば、真っ赤な顔をしたナラに来ないでくださいと断られた。
「あの、生理現象というか。暫く止まってたから、全然予防してなくて。
ああ、でもシーツの替えとかはいる、かも。宿の方に伝えてもらえませんか?」
「……分かった。ココはナラの側についてやってくれ」
『ワン!』
任せろとでも言うかのように吠えたココを撫でてから、イグニスは二人に背を向けて部屋を出る。そして、頭を抱えた。
完璧に忘れていたが、前世の記憶によると女性には生理がある。ナラの言う止まっていたというのは、栄養失調で生理がこなかったということだろう。イグニスはいつも中途半端な前世の記憶に感謝したことはなかったが、この世界では女性の生理なんて学ぶ機会がなかったので、初めて前世の記憶に感謝した。
階下にいた宿の女主人に事情を伝えると、すぐに言いたいことを分かってくれた。やっぱり女性というのはこういう点で察しがよくて助かる。この世界で生理を何というのか思い浮かばず、察してくれなかったら股から血が出るなんていう情けないことになるところだった。
宿の主人がシーツや湯を持って部屋へと行くのを見送る。そのまま手持ち無沙汰で1階のカウンター付近でうろうろしていると、二階から戻ってきた主人はため息をついた。
「手間賃はお代に上乗せしとくからね」
「……すまない」
「明日以降は日が昇るまでは静かにしなよ」
イグニスは重ねて謝ることしかできなかった。正直、びっくりして大きな声を出してた自覚はある。
念のためノックをして入室の許可を貰ってから部屋に入ると、着替え終わったナラが恥ずかしそうに立っていた。その頬はまだ赤くなっているままだった。
「すみません、変なところを見せました」
「いや、俺の方こそ鈍くてすまない。あと、座っていた方がいい」
お互いに謝りあってから、ナラにベッドへ座るように促す。ナラは首を横に振って、元気だと示すように部屋の中を歩いて見せる。
「見ての通り、どこも怪我をしてません! 大丈夫です」
「いや、腹を庇って歩いてるぞ。痛みがあるんだろ、無理をしないで今日は休もう」
「このぐらい平気です、他の人たちだってみんな気にせず生活してますよ」
頻りにナラは平気だと主張するが、ココはまだ心配そうにナラについて回っているし、いつもより足の運びがぎこちない。
「駄目だ、戦闘では一瞬の判断が命取りになる。俺もそろそろ剣の手入れや街の散策をしたいと思っていた。
今日はお互いに自由行動にしよう、何か必要なものがあれば俺が買ってくる」
「それって私に安静にしてろって言ってますよね?
……あの、これから月に1回以上はこういう日がきます。だから、多少は痛くても動くことに慣れておかないと」
イグニスは少しだけ考えてから、首を振った。
「確かにダンジョンの中や移動の途中だと休めないかもしれない。でも、今は差し迫った状況じゃないし、お金にもある程度は余裕がある。これまでずっと動き続けていたんだから、偶には休んでくれ」
ココがイグニスの横でお座りをするので、頭を撫でる。ココも休むのに賛成みたいだ、そう言えばナラはやっと表情を緩めた。
「今日はゆっくりさせてもらいますね」
「ああ、積み重ねた努力は裏切らない。調子が悪い日は鍛錬するよりも、休んだ方が結果的に効率がいい」
まあ、イグニスは元々丈夫なので体調を崩したことがほとんどないし、少し身体が怠いぐらいなら鍛錬もするのだけれど。
こうして、イグニスたちは初めて休みをとることになった。




