冒険者たちの広がる輪
目の前で振り下ろされる長剣を刀で受け流す、剣に込めた力の行き先を失ったリカルドが態勢を崩す。イグニスの隙を狙って繰り出された槍を、受け流すのに使った刀をそのまま振り上げることで弾いて防ぐ。
両手で持っていた刀を片手持ちに変えて、残った片手でグリドの槍の刃がついていない本体部分を握る。
「武器はもらう」
そのまま力づくで槍を引き抜いて、力負けしたグリドの手から槍がすっぽ抜ける。
「クソッ、グリドの槍を返せ!」
態勢を立て直したリカルドは真っ直ぐにイグニスへと剣を振り下ろした。直線的な動きは速さと威力において優位で、魔物相手には有効だ。けれど、人間相手には向いていない。
「人相手ならフェイントぐらいは入れた方がいい」
剣を避けながら、刀の刃がついていない側面を使って、峰打ちでリカルドの腹に一発を入れる。多分、骨は折れてないはずだ……多分。
「痛いな!! もう一回!」
痛みで蹲ったリカルドはもう一度と立ち上がった。本当に大きな怪我はしなかったらしい、上手く手加減できたことに内心で安堵する。
『ワン!』
ナラと一緒に側で見ていたココが吠えたので、刀を鞘に収める。
「その前に、お前たちに客がいるみたいだぞ」
イグニスたちが手合わせしていたのは、冒険者ギルドの裏に広がる小さな広場だった。ギルドの裏には森林地帯があり、その一部が切り開かれて広場として使われている。
大型のクエストがある時に、この広場で大勢の冒険者に説明をすることもあるらしい。人が数人立てるほどの木製の台は、その時に使うのだろう。
森林の影から現れたのは駆け出しらしき数人の若い冒険者だった。
「お前たち! 元気にしてたか」
快活に笑ったリカルドは彼らに近寄って話しかける。グリドは冷静に、ギルドに初めて訪れた彼らを案内してやったことがあるのだと話した。どうやらリカルドたちは初心者に優しい冒険者として過ごしているらしい、相互扶助の精神は大事なのでイグニスは頷いた。
「あの、もし邪魔じゃなければ俺たちも手合わせしてくれませんか?」
「いいぜ! あっ、イグニスたちもいいよな?」
『ワンワンワン!!!』
やってやるというかのようにココが何度も吠えて、彼らの前に行こうとする。リードを引いたナラが興奮しないで、そう宥めてやった。人間相手の手合わせは、ココにはちょっと危ないのでやめておいた方がいい。
「ココ、お前は実戦で活躍してるから、今は遊んでていいよ」
「ココちゃんと近くを散歩してきます。あっ、でも!
後で私も参加させてください、魔法の扱いも避け方も少し上手くなったと思うので」
「ああ、任せた」
ココとナラが森の方へと走り出す。ココは以前ほど街中で注目されていないから、二人で行動しても危なくはないだろう。
「俺でよければ相手になろう、スキルはないがな」
駆け出しの冒険者たちはリカルドと同じようにスキルを持っているらしい。
遠巻きでもイグニスとリカルドたちの手合わせを見ていたなら、実力は分かっているのだろう。
そして、ナラとココが戻った頃にはイグニスだけが涼しい顔をして立っていて、その周囲にはリカルドやグリドを含めた全員が地面に倒れ伏していた。
「イグニスさん、やり過ぎですよ」
ぽつりとナラが言ったので、イグニスは頬を掻く。
「骨は折れてない、多分」
そして、イグニスは思い出したように刀を引き抜くと地面に倒れた冒険者たちに言う。
「このよく切れてつよーい剣のような武器はラグナ武器屋で買った、新しい武器はラグナ武器屋で!」
地面からよろよろと槍を頼りに立ち上がったグリドは首を振った。
「……イグニス、途中から手を抜いた俺以外全員気を失っている。その内、回復すると思うが」
何度も立ち上がるから、つい何度も刀を振るってしまった。刀は剣より軽いし、荷物は概ね宿に置いていて、身軽だったので……次からは気絶する前に待ったをかけようと内心で誓う。
『ワンワン!』
ココが近寄ってきて、一緒に散歩に行こうとイグニスを誘う。ココは運動量の多い犬種なのだ、多分。
「すみません、私の散歩だけじゃ満足しきれなかったみたいで」
「分かった、暫くココと走ってから戻ってくる。悪いが、それまでナラはみんなのこと見てやってくれ」
「確かに、この状態で盗みにでもあったら可哀そうですしね。グリドさんとここで待ってます」
ナラにはいつも本当に迷惑をかけているし、助けられている。早く行こうとぐいぐいリードを引っ張るココと一緒に走り出す、イグニスの身体はとても軽かった。
残ったナラはグリドと一緒に地面に横たわった怪我人たちの簡単な手当てをしていた。
「イグニスってもしかして魔物の一種だったりするか?」
いつも落ち着いたグリドの珍しい冗談にナラは笑って……あまりのグリドの真剣さにもしかして冗談じゃなかったり?と思い直す。
「イグニスさんは他人より強くて、ちょっとズレてるところはあるけれど、優しい人ですよ」
だから、ナラもイグニスの隣に並び立つだけの資格がほしい。見劣りしないくらいに強くなりたい、もっともっと強くなって。相棒として堂々と胸を張っていきたい。
「槍ってどういう風に扱ってるか教えてもらってもいいですか?」
槍は杖に似ているところがある気もするし、槍を持った魔物と戦うことだってあるかもしれない。
「……暫く休んでからでもいいか?」
グリドも疲れ果てていたことを忘れていたことに気づいて、ハッとして謝る。
ナラの様子にグリドは微笑んだ。
「お似合いのパーティーだな」
その言葉を受け取るには、ナラはまだ弱すぎる。だから、ナラは黙って微笑んだ。それでも、グリドから似合っているように見えていることだけは嬉しかった。
イグニスに似つかわしい人になりたい、それは恋と呼ぶのに近いものだった。
イグニスとココが戻った頃には、ナラがグリド相手に加減した土魔法を使っていた。死なないようにと注意はしているが、それでも地面から突然針みたいなものが生えたり、土壁で距離を作ったりと結構な脅威だ。
周囲ではリカルドを始めとした冒険者たちが二人の様子を座りながら見守って、応援したり、スキルなしが魔法を使っていると驚いたりしていた。
イグニスは息切れしているココに水をやって、イグニスも水を飲む。
「イグニスさん、散歩は終わりましたか?」
「ああ、ココも満足したみたいだ」
二人に気づいたナラたちが止まる。そして、ナラはイグニスへと杖を向けた。
「グリドさん。少しの間だけ、ココちゃんのリードを持っててくれませんか?」
「丁度いい、俺も疲れたから休ませてもらおう」
グリドがイグニスからココのリードを受け取る。
すっかり疲れてしまったココは、グリドと一緒に木陰の下に移動して、丸くなって眠ってしまった。
「俺も魔法を使っていいか?」
「私が死なない程度なら……あと、辺りが燃えないのと、ポーションを使わないでいい程度でお願いします!」
「流石にそれは分かってる。ナラ、全力できてくれ」
仲間の全力というのは定期的に把握しておいた方がいい。ふと、イグニスの脳裏に初めて会った頃の少女の姿が浮かび上がる。
地面に座った痩せこけた少女は、今はイグニスの正面に両足でしっかりと立ちあがって、その両手には杖を握りしめていた。
森のような生命を感じさせる緑の瞳は、あの頃よりもずっと強い輝きを有していた。自然と微笑んで、息を吐く。
そして、イグニスは鞘から引き抜いた刀を両手で構えた。




