冒険者の日常
『ヴゥーー』
ココが低く唸り声をあげる、イグニスはそれに反応して大剣を鞘から引き抜いた。
「ココ、咬まないでいい。引き付けて、避ける。ナラの方へ行かせないようにする、それだけだ」
犬は、犬種にもよるが人間の5歳程度の知能を有しているらしい。指示を理解した茶色の尻尾がピンと立つ。遥か遠くからゴブリンの群れがやってくる。
『ワォーーン!!』
遠吠えとともにココがゴブリンたちの群れを挑発する。そして、茶色の塊はゴブリンたちの横を風のように通り抜けた。気をとられたゴブリンたちの数匹はココを追いかけようとして、残った数匹はイグニスたちの方へやってくる。
ココは足が速くスタミナもある、あの様子ならゴブリンたちに捕まることはないだろう。それでもやっぱり心配なので、イグニスは向かってきたゴブリンをナラと手分けして倒した後、追いつけるはずもないココを追い回すゴブリンたちを早急に倒した。
「無事か?」
手についた血を拭ってから、駆け寄ってきたココの身体を撫でる。怪我はしていないようだった。
『ワン!』
「お前にもポーションが効くのか試さないといけないな」
教会が魔物だと思われているココを治療してくれる訳がない。教会は魔物を人間の敵、女神の信仰から外れた異端のものとして扱っているのだから。
その魔物の素材で作った服を着ている上に、高位の魔物は魔法を使うが、教会は魔物の使うそれを魔法とは呼ばない。
魔法は女神の恩寵ということになっているからだ。
冒険者ギルドも教会とはある程度関わりがある、冒険者の治療を概ね教会に頼っているので、互いに独立していると言いながら教会に合わせて、魔物の使う魔法のことを魔術と呼んでいる。
そういう意味では、イグニスとナラが使う魔法も教会風に定義するなら魔術ということになるのだろう。スキルを与えられなかった異端者なのだから、女神の恩寵である魔法を使えるはずがない、信仰という名の偏見を抱いた教会が考えそうなことだった。
「ココちゃんのお陰で大分楽になりましたね」
ありがとう、そう言いながらナラがココの頭を撫でる。ココは辺りに飛び散ったゴブリンの血の匂いどころか、魔物に対しても怯えた様子を見せない。もしかしたら、イグニスとナラを信頼してくれているのかもしれない。
ココとナラを待たせて、イグニスは一人で依頼元の村へクエストの達成報告をする。ちなみに達成報告をした後、村から人を出して魔物の死体を始末してくれるらしい。もし、魔物の死体を一部だけ街へ持ち帰る時は、達成報告の時に併せて伝えないといけない。肉が食べられる魔物なら、冒険者ギルドで解体をしてくれる。
怪我や年齢で引退した冒険者の一部は、冒険者ギルドの受付や解体といった業務に従事しているらしい。最近になってようやくギルドの職員たちの態度は少し軟化して、色々と細かい部分も聞けるようになった。無事に幾つかのクエストを達成したお陰で態度が変わったのかもしれない。
何にせよ冒険者ギルドの関係が良くなるのはいいことだった。
ココとナラと一緒に順調に帰路についていたら、いきなりココが疲れたとアピールを始めて抱っこをねだる。
『クゥーン』
「お前、さっきまで棒で遊んだり、葉っぱの山に突っ込んだりしてたのに、まだ歩けるだろ」
「イグニスさんに甘えてるんですよ」
ナラは基本的にココの味方だ。仕方なくイグニスがココを抱き上げると、尻尾で何度も身体を叩かれる。やっぱり疲れている訳ではなさそうだった。
まあ、元気なのはいいことだ。そのままグラナードの街へと戻れば、今度は降ろせと暴れ出して尻尾を振りながら見知った門番へと突撃する。
「おお! ワンワンちゃん、無事に帰ってきたんだな!」
尻尾を振ってペタンと耳を伏せて、門番に撫でろと身体を押し付けている。ココと門番の気が済むまで待ってから、リードをつけて街中へと入る。
住人も少しは慣れたのだろう、遠巻きでひそひそとする声が聞こえる程度になっていた。それでも、外からきた商人や新しい冒険者は時折悲鳴をあげていた。
「イグニス! もしかして、その魔物が例の従魔か!?」
冒険者ギルドでクエストの報酬を受け取ったところで、太陽のような明るい男、リカルドに声をかけられる。その隣にはグリドと、見知らぬ少女も1人いた。
少女は狩猟用の大型の弓を肩にかけており、目付きは鋭い。暗闇のような漆黒の髪と瞳をした少女は、イグニスたちを睨むようにして、その手は弓へと伸ばされていた。そして、その手の甲には紋章が浮かんでいない、グリドと同じでスキルがないようだった。
「ヨル、やめろ。その魔物は敵じゃない。イグニス、こっちは新しく仲間になったヨルだ」
「……敵になれば狩る」
リカルドとグリドはイグニスたちと同じく新しい仲間を迎えたようだった。鋭い目つきの少女はヨルというらしい。ナラと似たような年齢に見えるが、鋭い目つきと研ぎ澄まされた雰囲気は狩人のそれだった。
『クゥーン』
殺気を向けられて怯えたココを抱き上げて、新しく仲間になった従魔のココだと紹介する。元々好奇心旺盛なリカルドはココに近寄り、静かだが気の利くグリドはヨルとココを遮る位置へと移動した。
「こーんな可愛いのに戦えるのか、すごいなぁ」
「ああ、耳と鼻がすごくいいから索敵もしてくれるし、素早いから敵の注意も引いてくれている。賢い子だよ」
「あの、私はナラです。ヨルさんは冒険者になったばかりなんですか?」
ナラは同年代のヨルに興味があるらしい。冒険者ギルドの隅で最近どんなクエストを受けていたのか、ココとどこで出会ったのか話していく内に、自然とナラがヨルに話しかける。
「ヨルさんは元々弓が上手かったんですか?」
「……狩人の一族に生まれたからだ。私は森とともに生きていた」
「ヨルが仲間になってから、ほんと助けられてるんだ。森の中で迷うこともなくなったし、食べられる草とか木の実にも詳しいし」
リカルドの声にヨルは答えずに押し黙っているが、嫌がっている訳ではないのだろう。もしかしたら、元々口数が少ない人が多い一族だったのかもしれない。
「イグニス、一度手合わせに付き合ってくれないか? 得物を変えたから、お前相手にどれだけ通じるか試したい」
グリドはあの手入れのされていなかった長剣から、槍へと武器を変えたようだった。リカルドは俺も俺もと元気に答える。
ナラが頷いたので、イグニスも同じように首を縦に振った。人間相手に戦う経験を積めるのはこちらとしてもありがたいことだ。冒険者として生きているとどうしても人相手の感覚を忘れてしまう。
「……森へ戻る」
ヨルは鍛錬に付き合う気がないらしい、後でリカルドたちと落ち合う場所を決めてから静かにその場を去った。
「ヨルはちょっと人馴れしてなくてさ、気分を悪くしたらごめんな」
リカルドの気遣いに気にしていないと首を振る。イグニスもヨルと同じタイプで、言葉を選ぶのがあまりうまくない。ヨル、そう名乗ったが、それは本名だろうか。夜闇と同じ名前を付けるなんて、狩人の一族がつけるには不吉な名前のように思えた。
『ワン!』
自分もついていくのだとココが吠える。
イグニスはその身体を撫でてやってから、リカルドたちと冒険者ギルドを出た。




