勇者が従えた魔物
グラナードの街を守る門番は二人で交代制のようだが、イグニスたちが街に戻った時の門番は最初に街を訪れた時と同じ顔ぶれだった。犬の姿を見た二人は短い悲鳴をあげると、一人は動揺しつづけて、一人は冷静にこちらへ武器を向けてくる。
「なななっ、なんで魔物を連れているんだ!!」
「冒険者ならさっさと追い払え、それとも逃げてきたのか」
「いや、この子は人間に友好的な存在で、普通の魔物とは全然違う。クエストの途中で出会ったが、どこから来たのか、どういう種族なのかも分からない。
この種類の生き物を知らないか、冒険者ギルドに確認したい」
イグニスは冷静に答えながらも、犬を手招きで呼び寄せる。敵意を向けられて怯えていた犬をそのまま抱っこして、犬の尻と胴体を支える。当の犬は両手をイグニスの肩に載せて門番たちへ背中を見せながら、抱っこに喜んで尻尾を振る。長い尻尾が左右に揺れてイグニスの胸をパシパシと叩く。
「「魔物が抱っこされている!?」」
門番は二人そろって目を丸くして固まった。これではやっぱり犬を街にそのまま入れるのは難しそうだ。
「あの、私が同行するので一緒にギルドに行って詳しい人にこの子を見てもらえませんか?」
「……分かった、俺が一緒に行こう」
ついでに討伐報告もしてきます、ナラがそう言って冷静な方の門番と街へ入っていく。今のナラなら多少の危険は対処できるだろう。
ずっと抱えたままという訳にもいかないので、一旦犬を地面へと降ろす。
『クゥーン』
「ずっと抱っこはできないんだ。今は座っててくれ」
不満げな声をあげた犬は、それでも賢くイグニスの隣で座る。偉いなと頭を撫でてやるのを口が軽い方の門番は興味深いけれど、やっぱり恐ろしいというような顔で見ていた。
「咬まないのか?」
「攻撃しない限りは咬まない。撫でても大人しいよ」
イグニスは膝をついて犬を撫でながら、その場に伏せさせる。ペタリと頭を低くした犬に、警戒している状態でも言うことをきく賢い犬だと褒める。
「咬まないって、ほんとにほんとか?」
「ほんとに本当だ」
多分、この門番は元々人がいいのだろう。街に入る時にスキルなしだからとイグニスたちを追い払うような発言をしていたのも、スキルなしの冒険者たちが死んでいくことを知っていたからだ。
恐る恐ると門番が犬へと近寄ってくる。
「触りたいならかがんで、手のひらを上にしてくれ。匂いを嗅ぎたがるから」
「こうか? ほんとに危なくないんだろうな」
疑わしそうな顔をした門番に頷く、魔物のような凶暴さはない。立ち上がった犬は門番が差し出した手をクンクンと鼻を近づけて匂う。
「慣れるまでは上からじゃなくて、下から撫でるといい」
門番の震えた手が犬の胸の毛を撫でる。毛量が多い犬なので、ふわふわとしたそれにおおーと感嘆の声をあげていた。
『ワン!!』
「うわぁっ!!」
「……撫でてもらって喜んでいるだけだ」
吠えたことにびっくりした門番が手を引っ込める。犬は相手が攻撃的な人間でないと思ったのだろう、その周りをくるくると回って匂いを嗅いでいる。それから、尻尾を振りながら手に向かって突進していた。
「分かった、分かった! 撫でるから落ち着け!」
わしゃわしゃと門番に撫でてもらって、犬は耳を伏せて尻尾を振りながら、興奮して口から舌を出して短い息をしている。
街の人々全員が、これほど順応性が高い訳はないだろう。イグニスは合間を見て犬に水をやりながら、門番と遊んでいる犬を見守る。
「なんだこいつ、ほんとに魔物かあ!? かわいい奴めーー!!」
『ワンワン!!』
犬の抜けた毛が宙を舞う、当の門番の服にも茶色い毛が沢山ついている。この世界に粘着テープはないから、取るのが大変だろうなと思っていたところでナラが門番とギルドの誰かを連れて戻ってきた。
戻ってきた門番は犬と遊んでいる相方にずっこけて何をやっているんだと怒っていた。まあ、職務に忠実ではないかもしれないけれど、イグニスが代わりに門の近くに不審な人影がないか警戒していたので許してやってほしい。
「……これは!?」
見慣れない男は肩につきそうなほどの金髪で、碧眼、銀縁の眼鏡をかけている。あまり体格はよくはない。服装を見るにそれなりの質だから、ギルドの中でも偉い身分ではあるのだろう。その手にはスキルの紋章が浮かんでいた。
一見すると落ち着いた印象を受けるが、犬を見て目を見開き、言葉を失っている。
「あの、この子がクエストの途中で出会って、懐いてきた子です」
ナラの言葉に男が眼鏡の縁に触れて、ズレた眼鏡を調整した。
「失礼、私はグラナードのギルドマスターを任せられているフィオルだ」
「イグニスだ、時間をとらせてすまない」
『ワン!!』
「違う、あの人は遊ばない。大人しく座ってろ」
また遊んでもらえるのかと近寄ろうとする犬を制止する。悲しい声をあげた犬はその場にぺたりと伏せた。
「一度、王都にある冒険者ギルドの本部に問い合わせる。それまでは街の中に入れないでくれ」
「なっ、こんなに可愛いのに可哀そうじゃないか! なあ、ワンワンちゃん!」
どうしてか門番が口答えをして、相方に頭を小突かれていた。イグニスとナラはこの展開を予測していたので、特に動揺はしてない。
フィオルがインスタントカメラ、所謂ポラロイドカメラのようなものを持って、犬へと向けた。それは機械音とともに作動し、一枚のフィルムがカメラから排出される。
「もしかして、姿を映す魔道具か?」
「Eランクの底辺冒険者がよく知っているな。これはカメラ、姿を映す魔道具だ」
ダンジョンから出る魔法具だ、そう付け加えながらフィオルが現像された写真を持つ。それから、犬を見て言った。
「魔物を従える奴がいるとは……伝説の勇者が従えた魔物の話は聞いたことがあるが、まさかな」
それはフィオルの独り言程度の声量だったが、イグニスの耳によく残った。
勇者、それは単なるおとぎ話だと思っていた。けれど、この世界にいないはずの犬がいるのなら。
もしかしたら、勇者だって本当に存在していたのかもしれない。




