かわいい犬?
ナラと犬には近くで待機してもらってシルバーウルフの耳を切り取る、そのままイグニスだけで依頼元の村に討伐報告をした。イグニスにスキルがないということに気づくと依頼主の村長は険しい顔をしたが、討伐報告のサインは貰えたので問題はない。後は街に戻ってギルドで報酬を貰えばクエスト完了だ。
ナラと犬に合流してから、辺りを散策しても全く他の犬は見つからなかった。犬どころか他の魔物もいない、この付近をシルバーウルフの群れが縄張りにしていたからだろう。散策している内に日は暮れてしまった。
犬はイグニスとナラの言うことをよく聞いてくれている。もともと人懐っこい性格ではあるのだろうけれど、お座りやお手なんかの芸を覚えているということは誰かに飼われていたのだろうか。依頼元の村長にシルバーウルフに似た色合いの魔物を見なかったか聞いたが、そんなものは見ていないと不審な顔をされただけだった。
「今日はこの付近で休むしかないな」
「この子に親はいないんでしょうか」
「……どうだろうな、一度は人間に躾けられたことがある犬には見えるんだが」
残念ながら飼っている犬を手放す、それこそ森に放つという可能性はある。けれど、それは日本の話であって、そもそもこの世界に犬がいるなんて聞いたことがない。
「冒険者ギルドなら魔物に詳しい、犬がいるかも知っているかもしれない」
当の犬は非常に賢く、大人しくイグニスたちについてきている。けれどやっぱり犬なのだ、構ってほしくて尻尾を振って突撃してくることもあった。その度に撫でてやったり構ってやったりはしたけれど、犬なのにマーキングどころかトイレをしたがる様子もない。
犬は道中に落ちている木の棒を気に入って、口に咥えている。行動と姿は犬に似ているけれど、哺乳類なら排泄をするはずであって。
「お水は飲んでくれますけど、ご飯は何を食べるんでしょうか?」
「……ひとまず、俺たちと同じものを分けてみるか」
この世界にドッグフードなんてものがある訳がない。イグニスたちが食べているパンやスープはそこまで塩分が高くないから、本当の犬だとしても玉ねぎさえ入ってなければ問題はないだろう。
荷物から取り出したパンを千切って木皿に載せれば、犬は待っていましたとばかりに顔を突っ込もうとする。元々浅い器しかなかったから、皿はひっくり返って、パンは辺りの地面に落ちた。
犬は目の前のパンがなくなって口に入らなかったことに驚いて固まる。
「もう少し深い皿にした方がよかったな」
イグニスは散らばったパンについた土をはらってから、手にパンを乗せて差し出す。
「ゆっくり食べろよ」
犬は尻尾を振りながら、意気揚々とパンを口にしていく。パンは食べられるようだが……排泄もしていないのに口にしたものはどこにいっているのだろうか。
やっぱり犬ではないのだろうか、それこそ新種の魔物? 人懐こいのは誰かが育てていた?
「お前が喋れたらよかったんだがな」
ナラが作ってくれたスープも零さないように器を手に持ったまま犬へと与える。犬は嬉しそうに舌を出してペロペロとスープを舐めて、よっぽど気に入ったのか中身がなくなって器を舐め続けていた。
「もうないよ、少なくて悪いな」
『ワン!』
イグニスの言葉を理解していないだろう犬は、嬉しそうに吠えるとさっきまで加えていた木の枝を持ってきた。要望通りに枝を遠くへ投げてやれば、走ってとってきてイグニスへと持ってくる。取ってくる度にふわふわの頭を撫でて、何度も投げては持ってくるのを繰り返す。
「イグニスさんて、その子にはお喋りなんですね」
「……犬は話さないから、つい」
ナラは犬を好いているのだろう、ニコニコと犬を眺めている。そう、犬は可愛いのだ。
「冒険者ギルドでこの子に似ている存在を知らないか聞いてみますか?」
「多分、街に入れるのは冒険者ギルドの許可がいると思う。犬なら首輪とリード、首輪に紐を繋いで散歩していたんだが、その状態なら入れないか聞いてみよう」
「知らない人には魔物に見えるから、驚かれそうですね」
確かに犬に該当する生き物がいないのだから怖がられると思う。日本でも大型犬というだけで怖がる人間はいたし。
「明日は街に戻ろう、クエストの達成報告もしないといけないしな」
犬を連れて街に入るなと言われたら、今日のように二手に分かれるしかない。当の犬は眠くなってきたのか大きなあくびをしていた。
イグニスとナラが寝支度をしている間、犬は勝手に居心地がいい場所を探して丸くなって寝ていた。けれど、イグニスが鍛錬を終えて横になろうとした時には起きて、当然のように近寄ってきた。
「寝るなら、その辺りにしてくれ」
下に毛布を敷けば、そこが寝床と分かったのだろう。犬は毛布の上で丸くなって眠る。
犬というのは可愛くて愛おしいものだった。だから、イグニスは早くこの犬の居場所が見つかることを願った。
その翌日、イグニスとナラは犬を連れてグラナードの街へと戻った。
そして、犬を見た門番たちは大きな声で悲鳴を上げたのだった。




