異端の魔物
ナラと二人で地図と太陽の位置を逐一照らし合わせて、ある程度均された道を歩いていく。そうして道を進んでいけば、森林地帯へと辿り着く。馬でもいれば別だが、今は歩きなので往復で半日以上はかかりそうだった。日が沈むと野宿をするしかないが、シルバーウルフが運よく見つかれば宿で眠れるだろう。
森へと足を踏み入れても速度は落ちない。足音で聞き分けて、他の魔物を上手く避けながら歩き続ける。ナラは以前よりも確実に成長していて、歩き通しでも息を切らしていなかった。魔物との戦闘を避けたお陰もあるだろうが、頼もしいことだ。
「そろそろ探索範囲に入るはずなんだが」
「先に村に行ってどの辺りで見かけたか聞きますか?」
「いや、暫く探してからにしよう。村で見かけた時よりも移動しているかもしれない」
それに身分証明として冒険者カードはあるが、スキルなしの時点で村人にいい顔をされない。元々イグニスは耳がいいし、気配にも気づきやすいから、群れで行動している魔物なら見つけやすいはずだ。
「その前に、ちょっと休憩してもいいですか?」
ナラの言葉に頷いてから……いそいそと離れていったナラにハッとして慌てて反対を向いて少し距離をとる。トイレのことを忘れていた、ついでにイグニスも済ませてから合流する。
一度座って、魔物と戦う前に持ってきた食料を腹に入れて、水を飲む。イグニスは生家でそれなりに高い物を食べてきたが、この世界の食事自体は基本的に美味しくないと思う。
多分、覚えてないほど昔はもっと良い物を食べていたのだと思う。ああでも、ダンジョンの宝箱から出てきたパンだけ、不思議と美味しかった。アレは何か違う材料を使っているのかもしれない。
短い休憩をとった後、再度周囲を歩いていく。念のため途中の木々にナイフで目印をつけて、探索範囲を広げる。そうして、結構な時間歩いた後、獣の唸る声が聞こえた。
身振り手振りでナラに合図をして、足音を立てないように音がした方に近づいていく。遠くに影が見える状態で、一旦止まって様子を窺う。
シルエットからして恐らくシルバーウルフだが、数が違う。7匹いる上に、その内の1匹だけが6匹に囲まれている
「イグニスさん。囲まれてる1匹だけ毛皮の色が土みたいで、耳も垂れてます。なんだか顔も違うような」
どうやらナラの方がイグニスより少し目がいいらしい。魔物に色違いなんているのだろうか。新種の魔物だということも考えられるが、シルエットだけならシルバーウルフに似ているし、この辺りに他の狼みたいな魔物が出ると聞いたことはない。
『グルルッ』
『クゥーン』
囲っている魔物が威嚇する鋭い唸り声に、囲まれた新種の何かは情けない声を上げている。大勢に囲まれているそれがどうしてか可哀そうに思えるのは、庇護欲のそそられる声だからだろうか。
「あの、助けませんか?」
「魔物を?」
「自分だけ姿が違うからってああやって囲まれるのは……その」
正直いうと、イグニスは今にも走り出しそうになっていた。多分魔物なのだから、オークにシルバーウルフが追われたように弱肉強食の理にいるはずだ。戦いが楽になるという意味では、魔物同士が争いあって数が減るのを待ってから攻撃した方がいい。
それでも、あの声を聞いてから何故か助けたいと思う。だから、ナラの発言は渡りに船だった。
「そうだな。逃したら面倒だ、さっさと行こう。
もし、銀色の魔物が逃げそうになったら、魔法で退路を塞いでくれ」
「はい、早く助けてあげましょう」
イグニスは大剣を鞘から抜いて走り出す。数が多いので全体に気を配る必要があるが、今のナラならすぐに致命傷を負うことはないだろう。一度逃がすと探すのが面倒だから、確実に全部仕留める。
シルバーウルフはイグニスの足音に気づいて、威嚇の唸り声をあげる。先行して飛び掛かってきた1匹を横なぎで木に叩きつける、木にぶつかった狼はそのままべしゃりと地面に落ちた。
『ガルァ!!』
1匹だけでは勝てないと分かったのだろう、残った5匹が一斉にイグニスへ向かって走ってくる。まとめた相手するのは骨が折れる。
『アースニードル!』
ナラの声とともに地面から生えた土製の針が1匹の身体を貫く、本当に頼りになる相棒だ。4匹を迎え撃とうとしたところで、茶色い魔物風の何かが動いた。
『ヴー、ワン!』
吠え声とともにイグニスの下へ行かせまいと茶色いソレが1匹のシルバーウルフへ飛び掛かって噛みつく。襲われていないシルバーウルフがひるんだ隙に3匹をまとめて薙ぎ払う、地面に叩きつけられた3匹は絶命した。
『キュゥゥン』
噛みついたシルバーウルフに反撃された茶色いソレは、そのまま揉みくちゃになって鋭い牙に噛まれて情けない声をあげた。揉みあっていて茶色い方を巻き込まないように攻撃するのが難しい、イグニスは一旦大剣を鞘に収める。
「今、助ける」
タイミングを見計らって刀を抜くと同時にシルバーウルフの胴体へ向かって踏み込む、居合切りは上手くいったようで腹を裂かれた狼は血を溢れ出させて地面へと倒れた。
「大丈夫か!?」
刀を鞘に収めるのも忘れて、茶色いソレに走り寄る。
『クゥーン』
茶色いソレは舌を出してハァハァと呼吸しながらも、まるで笑っているかのような顔でイグニスを見上げる。近づいてぐるぐるとイグニスの周りをまわって匂いを嗅ぐと、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振ってモフモフの身体をこすりつけてくる。
「……おすわり」
『ワン!』
ついさっきまで四足歩行だったそれは、イグニスの前にぺたりと座った。
「お手」
膝をついて手を差し出せば、ワンと鳴きながらもソレはイグニスの手のひらに前足を乗せた。
「……犬なのか?」
『ワン!』
当のソレは肯定するように吠えた。洋犬と和犬の間のような印象を受ける。ゴールデンレトリーバーに似ているが、体毛が土色に近いし、耳は折れているがペタンというほどでもないから、雑種かもしれない。
「イヌ?」
近寄ってきたナラはこてんと首を傾けて、不思議そうな顔でイグニスを見ていた。
この世界に犬はいないはずだった。




