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グリドとリカルド


「いつまでもイグニス一人に任せておけないからな! 今度は俺が前に出るぞ!」


 つい先ほど絶体絶命だったのに、リカルドは自信に満ち溢れた顔でイグニスより前に出た。それにつられたようにナラが声を出す。


「あのっ! 私も、魔物が近づいた時の対応とか試したいから、前に出てもいいですか?」


「分かった。俺は後ろに下がるけれど危険があったら前に出るし、二人とも危なくなったらすぐに下がってくれ」


 リカルドはにっこり笑い大きな声で任せろと返事をした。ナラも頷いて歩き出し、リカルドの横に並ぶ。ナラは手に持った杖を握りしめている、ずっと後ろにいたから前に出ることに緊張しているのだろう。


 ナラは元々体格もよくないし、力自体は弱い。けれど、素早さという点では及第点以上だから、この階層ならそこまで危ういことにはならないだろう。


 リカルドの積極性は、ナラにいい影響を与えているようだった。それは合理的な判断ばかり優先してしまうイグニスに出来ないことだった。



 イグニスは前を歩く二人と後ろに注意を払いながら、グリドの横を歩く。彼の持っている剣は刃こぼれしているから、新しい剣を新調するまでは無理に戦う必要はない。


「イグニスは元々剣を使う家系だったのか?」


「ああ、よく分かったな。家は勘当されているが、色んなことを教えてもらったから今も生きられている」


 グリドは全体的に落ち着いているが、こうして話しかけてくるのだから人付き合いが嫌いな訳じゃないのだろう。

 

 イグニスより少し高い身長で体格がよいのに猫背気味のグリドは、黒い瞳に茶色がかった短髪をしていた。前髪だけが長い、視界が悪くなるから前髪は切った方がいいと思う。


「スキルなしでそれだけ戦い慣れているんだから、誰だって分かる」


 つい先ほど死にかけたのに、グリドは至って冷静だった。怪我をした時だってそうだ、迷わず自分を見捨てろと言った。それはまるで。


「グリドは生きていたくないのか?」


 つい思ったことがそのまま口から出て、すぐに後悔する。グリドは瞳を大きく見開いた。


「……気を悪くしたらすまない」


 追放されるまではずっと言動に気を付けていたのに。今は魔物ばかりに気を払って、他人への距離を間違えた。


「いや、命の恩人相手だから。別に悪くはない……でも、多分間違ってない」


 イグニスはリカルドに戦闘で一番大事なことは冷静さだと言った。危機的状況では、焦りがより危うい行動を選ばせる。けれど、それは死んでもいいと思うべきだということじゃない。


「そうか。そういう風に思っていると、余計に死にやすくなると思う。気を付けた方がいい」


 それでも、気持ちというのは自分だけで変えるのが難しいものだ。前髪の合間から覗くグリドの暗い茶色の瞳は蔭っていた。


「気をつけろだって? イグニスなら、どう気を付けるんだ?」


 皮肉交じりの声に考えてから、イグニスは首を振った。これではグリドを傷つけただけだった。


「すまない。俺は死にたくないといつも思っているから、分からない。

 死ぬのは怖くない。けれど、死んでしまって誰とも会えなくなるのは、怖いし、嫌だと思う」


 もし、死んでしまったとしても、生まれ変わって別の人生を送れるかもしれない。それでも、その人生に、死ぬ前に想っていた大事な人たちはきっといない。それに、ナラを独りで残すなんて絶対に嫌だ。


 ナラが故郷に帰れるようにすると誓った、それを叶えるまでイグニスは絶対に生き残る。


「父さんは子どもの頃に魔物に食い殺されたし、母さんは俺が14歳の時に病で亡くなった。村の連中はそれを行いが悪い、女神への信仰が薄かったからなんてバカみたいなことを言った。


 どれだけ祈っても母さんの病気はよくならなかった。スキルなんてもの授かる訳がないだろ、女神なんて死ねばいい」


 暗く粘ついた声は憎悪に満ちていた。イグニスはそうだったのかと静かに頷いた。この世界では病気に対する治療方法がほとんどない。病気になるのは運が悪いだけで、けれど。この世界の人々は運が悪いというのを女神への信仰が薄いからと言い換える。


「いいことがあれば女神様のお陰で、悪いことがあれば女神様への不信仰だと、そう評されるのは理不尽で怒るべきことだと思う」


 病気になるのは理由があるのに、医学が発達していないこの世界では理解されない。ポーションなどの薬を作る薬師はいるが、個々の病気を研究して根治するという発想自体がない。そもそも、薬師もスキルを授かってなるものだからだ。


「イグニスもスキルを授けなかった女神を恨んでるのか」


「いいや、全く。いるかどうか分からないものに割く感情はない」


 恨むべきは、変えるべきは社会構造の方だ。スキルで与えられた知識や技術だけに依存するせいで、この世界は発展しない。女神なんてものを恨むのは感情の無駄遣いで、けれど、グリドがそうやって恨むのは間違ってない。無力な自分を恨むより、女神を恨んだ方が健全だと思う。


「スキルがなくても俺にはナラがいてくれたし、お前だってリカルドがいる」


 リカルドの名前に反応して、グリドの憎悪が薄れる。それから、その顔は悔しそうに歪んだ。


「アイツはバカなんだ。俺より先に成人してスキルを授かったのに、俺が成人したら一緒に冒険に出ようなんて言って。スキルなしの俺がいなければ、もっと強い奴とパーティーを組めるのに」


 グリドの言っていることは間違ってない。戦闘向きのスキルがあれば、最初からある程度戦えるし、仲間だって作りやすいだろう。


「それでも、あの状況でもリカルドはお前を見捨てなかった。そのまま二人とも死んでもおかしくなかったのに」


 肩を支えて助けを求めながら走っていた、切り捨てるという一番楽な選択を取らなかった。グリドがスキルを授からなくても、リカルドはグリドと一緒に冒険者になった。


「……ほんとうに馬鹿げてる。俺が死んでれば、楽になったのに」


 グリドの声は震えて、表情も歪んでいた。いつだって自分の無力は悔しくて辛い、イグニスはそれをよく知っている。


「自分のためじゃない、誰かのために強くなって生きるといい。リカルドはお前を見離せない、お前が死んだらリカルドまで道連れだ。

 そうやって死なない理由を増やしていけば、自分のためだけに生きるよりずっといい人生を送れる。勝手かもしれないけど、俺はそう思うよ」


 こんな言葉がグリドに届くか分からない。イグニスは家族や環境に恵まれて生きてきた。だから、全部を理解することは難しい。それでも、この一瞬しか関わらなかったとしても、彼らが良い人生を送れたらと思う。


「勝手すぎるな。イグニスは一人で充分生きていけるだろ」


 吐き捨てるような声に反して、グリドの表情はさっきより明るくなっているように見えた。生き方を変えるのはとても難しいことだけれど。


「一人は楽だが、寂しいよ。それに、俺一人でスキルがなくても生きていける世界に変えるなんて出来ない。ナラだけじゃない、お前たちが元気に生きて協力してくれれば、いつかはそういう世界に変えていける」


 一人で出来ることなんて限られている。世界を変えるのはとても難しいことで、自分だけで楽に生きることだって悪いことではない。


 けれど、それでも。イグニスはスキルを授からなくて、ナラがいてくれたから、少しずつでも世界を変えていきたいと思えた。だから、それはやっぱり幸いなことだった。


「イグニスは冷静に見えて熱い、夢見がちの馬鹿だな。どうせうちの馬鹿はお前たちに影響されて止まらないんだ、俺はそれに付き合うまでだ」


「あと、二人とも剣だとバランスが悪い。片方は前衛でも槍みたいなリーチが長いものに変えて、後は弓や魔法みたいな後衛がいるといい。スキルなしの弓が使える人を仲間に誘えれば一番だと思う」


 ついイグニスが思っていたことを告げれば、グリドは少し固まってからため息をついた。


「冷静なのか、馬鹿なのか……どっちなんだ」


「果てしなく遠い道のりでも、一歩ずつ進めばいつかたどり着ける。俺はそう信じてる」


 参考にする、グリドはそう言って少しだけ微笑んだ。







 そう遠くない未来で、グリドは冒険者ギルドに訪れた弓を使うスキルなしの少女を仲間に誘うことになる。リカルドはあのグリドが初対面で自分から話しかけるなんて、そう目を丸くしながら少女を勧誘することになる。

 三人揃ったパーティーはグラナードでもちょっと名の知れた、初心者を歓迎して手ほどきをする珍しい冒険者たちとして知られることになる。


 けれど、それは今の二人にはあずかり知れないことだった。


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