ダンジョン探索③
イグニスは声の方へ向かって走り続ける。その後ろをナラが追従する。近づくにつれ声が判別できるようになっていく。男の声でしっかりしろ!とかクソとか、そういう声が響いている。
足音と声からして数は多分二人だ。分かれ道を右へと進み、狭い道を走り抜けていく。
「いた」
二人の男が複数の魔物から逃げている。片方は怪我をしているらしく、肩を貸して逃げているがお世辞にも速いとは言えない。二人の服には粘着性の糸が巻き付いていて、追いかけている魔物はクモのような形をしていた。ここからは全部は見えないが、数は多くても十はいかないだろう。
「ナラ、一人でやる」
「はい、でも無理そうならいつでも教えてください!」
イグニスは地面を思い切り蹴りつけて、ナラが追い付けない速度で魔物の群れへ向かって走る。そして、魔物から逃げ出している二人とすれ違う。
「助けるので、彼女といてくれ。彼女に危害を加えたら、君たちは死ぬ」
イグニスはいつだって上手く言葉に出来ない。この二人が善人である保証なんかないけれど、ナラは助けたいと言った。それにイグニスだって、自分が見える範囲で他人が死ぬのを見るのは気分がよくない。
『アースウォール!!』
ナラが作り上げた土壁がイグニスと男たちを遮った。これで後ろを気にする必要はなくなった。
魔物はイグニスから近い側に黒い六本脚のクモ型の魔物が3匹、どれもイグニスの膝よりも低い位置で這っている。クモにしてはカマキリのような大きな顎をしている、糸で獲物を捕らえて顎でかみ砕くのだろう。
クモ型の魔物に続いて、3匹のゴブリンが棍棒を持って近寄ってくる。その中に弓持ちはいない、クモの糸だけが中距離攻撃になりそうだった。
止まったクモたちがイグニスに向かって一斉に糸を吐き出す。宙に舞っている糸を絡めとるようにイグニスは両手に持った大剣を振り上げ、そのまま3匹のクモにあたるように大剣を振り回して投げた。
元々重たい剣は3匹に向かって飛んでいく、その一瞬で地面を蹴って身軽になった身体を空中へと移動させる。大剣にへし潰されたクモを眺めながら、刀の柄へと手を添える。
『グガァァ!』
二匹のゴブリンが宙にいるイグニスへ向かって棍棒を振り下ろす。イグニスは抜刀と同時に2匹の棍棒を持った手を斬り落とす。地面へと足をつけた瞬間、二本のゴブリンの手首と棍棒が地面へと落ちた。
溢れた血にゴブリンたちが混乱している内に、3匹目のまだ元気なゴブリンが背後から近寄ってくる。後ろから振り落とされた棍棒を横跳びで避けて、目の前の2匹の首を斬る。
斬ったものが床に落ちる前に振り返りざまに刀をゴブリンの腹へ向かって突き刺す。3匹目のゴブリンが口から血を吐く。ゴブリンの身体が倒れる前に突き刺した刀を引き抜いて、刀身についた血を払う。鞘に刀を納めてから気配を窺う。他に魔物はいないようだった。
地面に落ちた大剣を拾う……やっぱりクモの糸は粘着力が強いらしく、刀身がベタベタになっていた。それに刀身や持ち手にクモが潰れた時に飛び散った粘液までついている。
ゴブリンやクモの死体はまた消え去って、それぞれがいた場所に素材が落ちている。クモは糸の束を落とすようだった。
床に散らばった素材を拾い集めてから、イグニスはちょっと眉をひそめて大剣を持ち上げる。ボロ布で剣を軽く拭ってから、大剣を鞘へと収めた。
「イグニスさん、無事ですか?」
「終わった、今行く」
ナラが作ってくれた土壁を飛び越えて合流する、二人の男はまだ若い。見た目だけでいうならイグニスやナラと同年代だろう。武器は両方とも長剣だが、質はあまりよくなさそうだ。
片方は刃こぼれしているところを見るに、手入れもあまりされていないようだった。長剣にはべっとりとクモの糸が巻き付いている、尚更切れ味が悪そうだ。
怪我をした男は、足をクモの顎でかみ切られたらしい。足の肉が抉られていて、一人ではまともに走れそうにはない。怪我の程度でいうなら、中傷といったところだろう。肩を貸している男は見えるところでは怪我をしていないが、服の下に打撲痕ぐらいはあるかもしれない。
「追われていたのは6匹で全部か?」
「たっ、たぶん? もしかして、倒したのか?」
目立った怪我をしていない男は疑うように聞いてきたので、当然だと頷く。土壁はある程度は頑丈だから、逃げる隙ぐらいは作ってくれる。
けれど、そもそもダンジョンに潜っているのは魔物が落とす素材を回収して、冒険者ギルドに買い取ってもらうだ。あれぐらいの数なら倒してしまった方がいい。
「あの数をたった一人で!? しかも、この一瞬で!? もしかしてお前、高位冒険者なのか?」
「……冒険者になって二日目だ、それよりも怪我の処置をした方がいい」
ナラも怪我をした方を気にしているらしく、その場へと座るように促した。足の肉は骨に近い部分まで抉れていて、血が溢れている。話す元気もなくなってきているようだった。ハッとしたように男が駆け寄って、その肩を抑える。
「グリド! しっかりしろ!」
「毒がないなら、急いで止血して教会に行けば助かる可能性もあると思う。布はもってるか?」
怪我をしている方はグリドというらしい。さっきゴブリンが落とした布は余っている。圧迫止血をして、イグニスたちが来た道を戻れば充分助かりそうだった。
「……それは出来ない」
悔しそうに男が首を横に振る。イグニスさん、そうナラが名前を呼ぶ。ナラの視線に従って、グリドと呼ばれた男の手を見る。
その手の甲には何の紋章も浮かんでいなかった。




