ダンジョン探索①
ダンジョンというものが何かをきちんと説明できる人は少ない。イグニスも当然ダンジョンという単語自体は知っている。ダンジョンの中には多くの魔物がいて、魔物の素材で近隣の街は経済的に潤う。ゆえにダンジョンや近隣都市は王国が所有し、その統治は冒険者ギルドが行っている。
王国が運営しているのが冒険者ギルドなのだから、イグニスたちのような異端者とされるスキルなしであっても冒険者には成れる。
グラナードのダンジョンは街を出てすぐの所にあった。地面にぽっかりと穴が開いており、地下へと続く石造りの階段がのぞいている。
ダンジョンは地上にあるものから、地下にあるものまで、形状も出現する魔物も様々だ。果てには空中にもあるのではと言われているらしい。
まあ、空中のダンジョンなんておとぎ話の域を出ないけれど。この世界に空中を自由に飛び回る手段はない。
イグニスとナラはダンジョンの出入口を監視している男へ、つい昨日貰ったばかりのギルドカードを見せる。男は記録用に木の板と簡易なペンを持っていた。
「スキルなしの異端者か、どうせ戻ってこないんだから見せなくていいぞ」
「いつまで戻らないと死亡扱いになる?」
「ここは15日だな。まあ、逐一記録はしてないし、俺の一番の仕事は魔物が溢れないか監視することだ」
「スタンピードか、起きたことが?」
「さぁ、俺がここに来てからはないけどよ。結構遠くのダンジョンだと、冒険者が死にまくっているらしいからな。
ここも多く死んでいるけど、その代わりお前らみたいな食うに困ってる奴らがいっぱい押し寄せる。死んだ分だけ新しく来てりゃ困りはしねぇさ」
ダンジョンの魔物は定期的に倒さないと溢れる、それをスタンピードという。溢れた魔物はダンジョンを飛び出して近隣の街や村を襲う。イグニスも遠くの街でそれが起きたと以前聞いたことがあった。
地下へと続く階段はどこか不気味に見える。イグニスは自然と眉をひそめた。これは、人が造ったものではないのに、妙に人工的だった。先陣を切って石造りの階段を数歩降りてから振り返り、太陽の光を浴びているナラを真っ直ぐに見る。
「ナラ、平気か?」
「大丈夫です!!」
ハッとしたようにナラが頷いて、その足を階段へと一歩踏み出す。
「暗いから気を付けて」
ダンジョンに潜るのは初めてだが、イグニスは落ちついて階段を降りていく。そして、降りた先にあったのは狭い通路だった。
成人男性が3人並んで歩ける程度の幅しかない通路、天井は手が届かないほどには高いが、この道幅では大剣を振るうのに注意が必要だ。通路は光源もないのに何故かぼんやりと明るく、明かりがなくても行動するのに支障はない。それがとても薄気味悪かった。
「ダンジョンというのは不思議な場所だな。明かりもないのに明るいなんて」
人工物のような顔をしているのに、誰の手も入っていない。まるで、人ではないもっと別の何かが意図的に造ったような違和感がある。
「そうでしょうか? ダンジョンはそういうものなんだと思います」
「……そういうものか」
イグニスは自分が他人と違うことを知っているけれど、本質的には理解しきれていないところがある。だから、ナラの方が普通の考えなのだろうと頷いた。
この世界では当然のものを疑う気持ちがなかったことを思い出す。手から落としたリンゴが地面に落ちたことを疑問に思う方がおかしい。
「イグニスさんはどうしてそう思うんですか?」
ナラは大丈夫だと言うかのように微笑んだ。
「まるで、ゲームみたいだと」
「げえむ?」
「いつか必要な時に伝える」
イグニスはつい昨日手に入れたばかりの日本刀を抜刀する。通路の奥からは小型の魔物が何匹か歩いてくる足音がしていた。ナラが両手に持った杖を握りしめる。
「焦らないでいい、この狭さなら後ろには行かせない」
「はいっ!」
通路の奥から緑色の肌をした人型の魔物、通称ゴブリンが姿を現した。数は3匹でどれもナラよりも小柄だ。人型の魔物は殺した時の感触がよくないので、正直嫌いだ。尖った耳に醜悪な顔立ち、人間のように身に着けた衣服はボロ布で出来ている。3匹とも棍棒のようなものを持っている、弓持ちがいないのは運がいい。
もっと強いゴブリンは背が高く大柄で鎧を身に着けているし、人間のように集団で行動すると父は言っていた。
『グガァァ!』
人間を視認した3匹が一斉にイグニスたちへと走ってくる、その走る速度は遅いが刀を構えたままじっと待つ。考えなしに間合いに入ったゴブリンの腹へ一閃を放つ、小柄な緑の魔物は上半身と下半身が真っ二つになった。
『アースニードル』
ナラの声とともに地面が大きく盛り上がり、針のようになって一匹のゴブリンを突き刺して、身体を貫いた。最後の一匹がイグニスへ向かって振り上げた棍棒を躱す。棍棒が地面へ向いている隙に、その首を狙って刀を振るう。ごとりとゴブリンの身体が落ちた。
刀を振るって、刀身についた赤い血を払う。刀を鞘に収めてから、振り返る。
「気分が悪くなってないか?」
人の形に似ている魔物を殺すのは、気持ちのいいことじゃない。
「少し……けど、慣れます」
「慣れすぎなくていい。殺すのはいつだって嫌なことだ、それは忘れない方がいい」
冒険者の中には一定数山賊のような犯罪者になる者もいる。それは、殺すことに慣れすぎて、魔物よりも非力な人間を殺す方が楽だと気づいた結果だった。
素直なナラはこくりと頷いた。イグニスが共にある限り、この少女がその道に行くことはない。
ゴブリンたちの死体が消えていく。その死体があった場所には質の良くない布が落ちていた。
イグニスは拾ったそれをリュックへとしまいながら、やっぱり不気味だと眉をひそめた。




