大型新人到来
グラナードはダンジョンのすぐ側に作られた冒険者の街だ。比較的弱い魔物が多いダンジョンのため、経験が浅い冒険者たちの多くはこの街にやってくる。街をぐるりと囲う塀は簡易的なものだ、多くの冒険者たちが滞在しているだけあって、そこまで強固な塀は必要ないのだろう。
街へ入るための簡易的な門の両横には冒険者らしき装いの二人が門番として立っていた。イグニスは隣のナラと目を合わせてから、一歩足を踏み出す。
「冒険者になりに来た、入っていいだろうか」
門番は盗賊のようなお尋ね者や魔物を街へ入れないように仕事をしている。ここが冒険者の街である以上、スキルがないイグニスとナラでも通してはくれるだろう。
「あぁ!? スキルなしの無能たちじゃねぇか、死ににきたのかよ」
「おい、やめとけよ。冒険者は増やすべきだ、すぐに死ぬとしてもな」
結局、両方とも辛辣なことを言っているような気はするが、冒険者の死亡率が高いというのはあっている。亡くなる数以上に新しい冒険者が増えないと治安は悪化するし、魔物の素材がなくなれば日常生活にも影響が出る。
「覚悟はしている、構わない」
「お前らみたいな弱っちいスキルなしが冒険者になっても死ぬだけだぞ」
睨むような視線にイグニスは静かに頷き、ナラが口を開いた。
「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です!」
イグニスはナラのこういう優しくてよく気が利くところを本当に尊敬している。門番の冷たい言葉が正しい警告であったとしても、スキルのない人間が真っ当に生きられる道は少ないので、その言葉に意味はない。
行きましょう、そう言って珍しくナラがイグニスの前を歩く。イグニスはその姿につい表情が緩んで、これではいけないと直ぐに表情を引き締めた。新しい街に入るのだから、どこが危険かをきちんと見つける必要があった。
グラナードは冒険者たちの街というだけあって活気に溢れている。屋台の露店や武器屋に雑貨屋、他にもポーションを売る道具屋など冒険者向けの店に溢れていた。魔物から採れる素材で商業自体も盛んになっているようで、道行く商人の姿も多かった。
冒険者ギルドはどの街でも看板に同じ印を刻んでいる。剣と盾が交わった印は冒険者ギルドだけが使うことを許されていた。グラナードの大通りにある冒険者ギルドは民家が数件連なる程度に大きい。恐らく、情報交換のための酒場も兼ねているのだろう。
今のところ大きな危険はないが、念のためにとイグニスが前を歩いて両開きの扉を開く。冒険者ギルドの中にはいかにも荒くれ者といった風貌の男たちから、魔法使いらしきローブをまとった女性まで、大勢の冒険者たちがいて、彼らの目線が一斉にイグニスへと突き刺さる。自然とイグニスはナラを庇うようにしながら前を歩く。
「スキルなしか、直ぐに死ぬな」
「どうせ食うに困ってきたんだろ、大きな剣なんか構えちまって。ダンジョンの肥やしになるだけの癖にな」
「魔法も使えないか弱い女子ね、私たち魔法使いにとっても恥さらしじゃない。やめてほしいわ」
様々な声が聞こえてくるし、それはナラの耳にも入っている。イグニスは大きな声で自分たちを品定めする人たちを一瞥するだけに留め、ギルドの受付へと進む。声の中に、父より強そうな相手はいなかった。
「冒険者登録と素材の買取をお願いしたい」
受付にいた妙齢の女性は、気だるげにイグニスとナラを見た。
「字は?」
端的な言葉に対して、イグニスは書けると頷いた。ナラがイグニスへと視線を向ける、代わりに書くと小声で応える。村育ちで字が書けないだろうナラは、少しだけ気まずそうにした。
「こっちも暇じゃないんだ、さっさと書きな」
木の皮をこすっただけのざらついたものへ、ペンとも言えないもの木の棒でガリガリと二人分の名前を書く。おざなりに受け取った女性は直ぐに作業をして、二枚の木の板をカウンターへ放り投げた。冒険者ギルドのマークと名前、Eと書かれたカードはイグニスとナラの身分を証明してくれるものだ。
「Eというのは?」
「ランクだよ、一生上がることのないアンタらには関係ないもんさ」
ランクは上がるらしい、そういえばマレハーダに来ていた冒険者たちも時折自分のランクを話していた。冒険者カードをナラへ渡してから、イグニスはリュックからボロの布で包んだ素材を取り出す。
「魔石だ、多分オークの。これも買い取ってほしい」
大型の魔物は頭部や心臓付近に魔石を残すことがある。森で出会ったオークの頭部からは石ころほどの大きさの魔石がとれた。わざわざ倒した甲斐があったというものだ。加工された魔石は武器や防具、日用品に使われている。
「……アンタら、これを一体どこで?」
女性の声が途端に鋭くなり、背後で冒険者たちが冒険者にもなってないスキルなしがあんなの持ってるわけがないと言い始める。
「北の森で恐らく大型で棍棒を振り回す二足歩行の魔物と遭遇して、倒した。緑色の皮膚で木々よりも図体が大きかったから、恐らくオークだ」
「北の森にオークなんかいる訳ないだろ!」
背後からの怒鳴り声にイグニスは振り向かず、黙ってナラへと視線を向けた。察したナラはイグニスが守りやすい範囲まで近づいてくれる。この察しが良すぎる相棒にイグニスは随分と助けられている。
「買い取り額はこれだ、受け取りな」
カウンターに積まれた金貨を受け取る、想像以上に良い値がついた。これなら、暫くは宿に困らないだろう。
「この近くに宿はあるか?」
「自分たちで探しな」
確かに、ここで聞くのは普通じゃないのかもしれない。ダンジョンの場所は聞けば、街を出て右手にあると教えてくれた。
ギルドの壁一面に貼られた紙へと視線を向ける。薬草採取や魔物退治に素材の名前が書いている紙は依頼書だろう。村や街の人はギルドにお金を払って依頼をする、ギルドはその依頼を冒険者たちへと斡旋する。依頼をこなすのは冒険者の大切な収入源だが、今は宿や装備を整えることが先決だ。
振り返ったイグニスがギルドの出口へと歩き出したとき、大きな声が響いた。
「おい、待てよ! その魔石、誰かから盗んだんだろ!」
「盗んではいないし、オークを倒せるような冒険者が盗まれるほど間抜けではないと思う」
いかにも荒くれ者といった風貌の冒険者は、イグニスの言葉に顔を歪めた。その手が懐にしまわれたと思ったら、ナイフが飛び出してイグニスの前を横切って壁に刺さる。
「俺のナイフも避けらないような奴がオークを倒せる訳がないだろうが!」
「最初から当てる気のないナイフを避けようもないし、屋内で刃物を出すのはよくないことだ」
そう言いながら壁に刺さったナイフを片手で引き抜く、木製のギルドの壁に穴が開いたがいいのだろうか。つい受付の方を見れば、こんなことは日常沙汰なのか騒ぎを気にしていないようで、職員たちはこちらを見ていなかった。鞘に収まっていないナイフは危ないと思う。
「これはもらっていいのか?」
返すのも変な感じだし、ナイフはいくつあってもいい。
「いい訳ないだろ!!」
「イグニスさん、返してあげましょう」
もしかして、ギルドの常識ではナイフは投げるものなのだろうか。精確に投げる自信はがないが、そのまま返すのではなく、壁やテーブルに突き刺す方が礼儀正しいのかもしれない。
ナイフを持ったまま持ち主に近寄ったイグニスは、彼の前にあるテーブルへそれを突き刺した。ナイフは分厚いテーブルを突き刺し、数センチはある木製の天板の下にまで刃先が出る。
「ひっっ!?」
「あっ、やり過ぎた」
これでは刃こぼれしてしまったかもしれないし、テーブルにも弁償が必要かもしれない。扱い慣れていない刃物というのは、つい力加減を誤ってしまうから難しい。
「すまない、弁償が必要だろうか」
「イグニスさん、大丈夫です。弁償が必要ならその方がしてくれるはずですから」
ナラの言葉に大丈夫だろうかと持ち主の方を見る、当の彼はぶんぶんと首を両横に振った。多分、大丈夫ということなのだろう。行きましょうと声をかけてくれたナラに従ってイグニスはギルドを出た。
ギルドの中にいた全員は大型新人の到来を悟った。




