スキルの秘密
森を歩いて小川に辿り着いたイグニスたちは、夜営の準備を始めた。川の水位は低くて急に氾濫することはなさそうだ、近くで寝ても問題はない。
ナラが燃やしやすい小枝を集めている間に、イグニスは拾った木の棒で川を泳ぐ魚を刺していった。6匹採ったところで、両手いっぱいの小枝を抱えたナラが戻ってきた。
「もうそんなに採ったんですか!?」
「ここは魚が多くてよかった」
魚は日持ちしない。野菜やパンは森を抜ける分まで保ちそうだから、6匹もあれば十分だろう。この森にいる魚に毒はなかったはずだ。
「イグニスさんって本当に多才ですね。昔からそうだったんですか?」
緑の瞳が好奇心を含んでイグニスを見る。少し照れくさくて、イグニスは自身の頬を掻いた。
「ううん、俺は本当に何も知らなかったから。それこそ、魚だって剣で刺そうとして母に怒られたよ。
騎士の誇りを何てことに使おうとするんだって」
「剣で?」
きょとんとした少女に頷く。だって、一番手近にあって使いやすいのが剣だったからだ。怒られることでやっと剣で刺すのはこの世界ではおかしいことだと気づいた。それに剣が生臭くなったら手入れが面倒だ。
「馬鹿なことをしたと思ってる、笑ってくれていい」
「いや、笑うっていうよりその」
その、とイグニスも言葉を繰り返して、軽く首を傾ける。ナラは少しだけ気まずそうに声にした。
「騎士らしく見えるようにとても努力していましたか?」
「うん、見えるように工夫はしていたな。今は、間抜けに見えるか?」
「まさか」
ナラは首を両横にぶんぶんと振ってから、小さな笑みを浮かべた。
「みんなに頼ってもらえるように努力したイグニス様のことを尊敬してます。けど、今のイグニスさんの方が私は好きです」
「ははっ、そうか。俺もナラの優しいところが好きだよ」
つい気の抜けた声が漏れて、頬が緩む。もしかしたら、アリアや兄もナラと同じことを言ってくれたのかもしれない。そうして、二人は揃って目線を外した。
「あの、好きというのは変な意味じゃなくてですね」
「分かってる。その、俺も優しいからじゃなくて、ナラの存在自体をありがたく思っているというか」
お互いに変な弁解をしてから、イグニスはナラが集めてくれた枝を取り分けて、周辺の枯れ葉と一緒に一箇所へ集める。
「これだけだと火はつけられないですよね」
「いや……俺は火魔法を使えるから問題ない」
身体に流れる魔力を練り上げて、揺らめく炎をイメージする。
『炎よ』
小さく呟けば、イグニスの視線の先にあった枯れ葉が燃え上がる。火が安定したころに、木の枝を追加していく。
「えっ」
ナラは緑の瞳を大きく見開いて、固まっていた。この世界で、魔法はスキルがないと使えないことになっている。
「スキルがなくても、魔法は使えるんだ。多分、俺だけじゃないと思う。
グレイセス家、俺のいた家と教会との関係を悪くする訳にはいかないから今までは隠していたけど」
「そんなことありえません! 魔法は女神様の祝福です!」
ありえないと再度続けたナラの気持ちは分かる。イグニスの母も同じように驚いていた。
「ナラの両親はどんなスキルを持っていた?」
「ええと、父が農作のスキル、母が土魔法のスキルです」
「ナラの父親は成人するまで農作が出来なかったのか?」
きょとんとした様子のナラは、首を両横に振った。
「けれど、スキルを授かってから、作物の収穫量が増えたと言っていました」
「うん。つまり、それは元にあった能力が伸びたということであって、スキルがないとそれが出来ないといいう訳じゃない。現に俺は剣のスキルはないが、それなりに剣を扱って魔物を倒せてる」
イグニスの推定では、スキルというのは本人が元にあった能力を向上させるもの、要はバフのようなものだ。
元々スキルが何なのか分からなかったから、イグニスは街の人々にスキルについて聞き取った。一定数の回答は得て傾向は偏った、統計的には正しいはずだ。
「でもっ! スキルを授からずに魔法を使えた人なんて聞いたことがありません」
スキルが女神の恩寵とされている以上、教会はその事実を知っていたとしても隠すだろう。女神の意向という教会の権威を保つために。
「多分、使えるという自覚がないだけだと思う。俺が街の人に聞いた限りの推定だけど、スキルや魔法は遺伝、血による継承だ。両親に顔立ちや髪の色が似通るのと一緒だ」
「……でも、魔法は私たちが魔物と戦えるように女神様が授けてくださった祝福だと、神官の方は言っていました」
ナラの表情が驚きと不安に満ちている。心から女神様を信じている少女には受け入れがたい話だった。それでも、ナラはイグニスの話を嘘だと断定しない。
「うん、それはありえると思う。魔法という力自体は、魔物と構造が似ている。
この世界を女神が対抗手段として与えたというのは、筋が通っている」
イグニスの常識に魔物はいなかったし、魔物の対抗手段として魔法があるというのは理に適っている。火は化学で説明出来るが、個人が魔力で火を起こすというのは化学の範囲外だ。魔物の素材が人々の生活を維持している以上、人間の敵として配置されているというのも微妙な話ではあるが。
考え込んだ様子のナラを横目に、イグニスは焚き木の火を大きくして、その近くに水を入れた鍋を置く。適当に魚をナイフで切ろうとしたところでナラから静止が入る。
「調理は私にやらせてください。魔物と戦って、荷物だってイグニスさんがほとんど持っていたんですから、休んでてください」
そんなに疲れていなかったけれど、ナラの瞳が真剣だったのでイグニスは座って調理の様を眺める。ナラはナイフで魚の鱗をとって、川の水で洗ってから細い枝で刺していく。野菜の皮を剥いて、切っていく手際もイグニスよりずっと上手だった。イグニスが下手に手を出すと邪魔をしそうだ。
焼いた魚にパン、味付けのされていない野菜のスープ。簡素な食事だが、急な旅の途中としては上出来な食事だった。ナラが食前の女神への祈りを捧げるのを横目に、イグニスは味付けに使えそうな木の実を拾っておこうと考える。
「美味しいです」
大した味付けもされていないが、少女はほっとしたように息を吐いた。マレハーダで過ごしていた頃のナラが思い起こされる。あの状況ではまともな調理をするのも難しかっただろう。
「次はもっと美味しくできるようにする」
イグニスの言葉を聞いたナラは微笑んでから、迷ったように口に出した。
「……私でも魔法が使えるようになりますか?」
「魔法は身体に流れる魔力を使って、強く魔法の効果を具体的に想像すれば使える。言葉は想像するための補助だ。
だから、ナラが魔法を使えると自分を信じられるようになったら、使える可能性は高い」
はい、そう力強く頷いた少女にイグニスは緩く口角を上げる。
「それよりも、攻撃の避け方だけ覚えてくれると嬉しい」
緊張と覚悟に満ちていたナラの表情が途端に緩む。
「それは、今日からでも教えてください」
目線を合わせた二人は微笑みあった。旅はまだ始まったばかりだった。




