森での初戦
イグニスはナラの手を引いて、しっかりした足取りで少女の前を歩く。日没まで余り時間がない、そろそろ夜営に適した場所を見つけた方がいい。水の音がする、その方向へと進行方向を調整する。
「もうすぐで小川につく、今日はそこで休もう」
「よく分かりますね」
「感覚と音で何となく分かるよ。リーヴィニ領自体、水源が豊富だから」
歩くにつれて、湿った空気が近くなる。その中に、湿った獣の呼吸を感じ取って、イグニスは手を離す。
「ナラ、そこから動かないで後ろにいてくれ。魔物がいる」
イグニスが更に歩みを進めると、木々の合間から二体の小型の黒い影が覗く。
「あれって」
「多分、ウルフドッグだな。小型で少し動きが速いけれど、力自体はそこまでじゃない」
背後にいるナラの緊張を感じながら、イグニスは鞘から剣を抜いて両手で構える。人間相手は手加減に気を使うが、魔物相手なら心置きなく戦えるし、そこまで手間取らない。但し、ナラに魔物が行かないように細心の注意を払う必要がある。
『ガウッ!』
木々の合間から勢いよく飛び出した銀色の狼は、イグニスへ噛みつこうと一直線に飛び掛かった。イグニスの剣は迷いなく宙に浮いた狼を斬りつける。
斬られた衝撃で吹き飛ばされた狼は、血を溢れさせながら断末魔を上げる時間もなく事切れた。仲間の様子を見たもう一匹の狼も同じように飛び掛かるが、イグニスの一閃で容易く倒れる。
「平気か?」
剣を振って刀身についた血を払ってから、鞘へ納める。イグニスが振り返ると、ナラは唖然としたように目を大きくしていた。
「今、何が起こりました?」
「何って、魔物はもういないよ。解体すれば食べられる部分はあるけれど、今日はもうすぐ日が暮れるからやめておこう」
こういう血が飛び出る類の魔物を目の前で倒すのは、初めて見ると衝撃かもしれない。そういったイグニスの杞憂は不要だったようだ。
「イグニスさんって、本当に強いですね」
「魔物は人間と違ってほとんどフェイントを入れないし、手加減もいらない。動きが直線だから、相手にしやすいんだ」
「そっ、そんなことないと思いますけど……魔物の方が素早いし、力だって強いです。だから、イグニスさんはとても強いです」
過ぎた評価には礼だけを言って、イグニスは再度少女の手を取って前を歩く。この辺りはさっきの狼たちの縄張りだっただろうから、暫くは安全なはずだ。
それに、日が落ちてから活動する魔物は少ない。交代で見張りをする必要はあるが、急に魔物に襲われることはほとんどないだろう。イグニスはナラへそういう必要なことを伝えていく。
少女はその度に返事をしながら、イグニスのことを優秀な人間のように褒めてくれた。
イグニスは自分がそんなに優秀ではないことを知っているけれど、その期待に応えたいと思う。いつだって、そのために強くなりたかった。




