第5話「次へ」
コンペ敗北の空気は、まだ企画課に残っていた。
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誰も大きな声を出さない。
キーボードの音だけが響く。
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神谷は俯いたまま、資料を見つめていた。
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「……神谷」
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課長・黒瀬の声。
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神谷が顔を上げる。
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「今回の件は、気にしすぎるな」
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静かな声だった。
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「コンペは一回じゃない」
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黒瀬は続ける。
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「他にもある」
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「今回ダメでも、次を取ればいい」
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「切り替えろ」
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強くもなく、弱くもない。
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ただ、“前を向かせる言葉”。
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神谷は一瞬だけ目を見開く。
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「……はい」
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小さく、だがはっきりと答える。
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「次は、ちゃんとやります」
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黒瀬は軽く頷いた。
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「それでいい」
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それだけ言って、自分の席に戻る。
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(……意外だな)
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北川はその様子を見ていた。
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責めると思っていた。
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だが違った。
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(まぁ、表向きはこうか)
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評価は落ちる。
だが完全に切り捨てるわけでもない。
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組織としては“普通の判断”。
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その日の午後。
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「次のコンペ、動かすぞ」
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黒瀬の一言で、空気が変わる。
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「今回と同じ市場だが、切り口を変える」
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藤堂が補足する。
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「スピード重視だ。時間はない」
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山口が続ける。
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企画課は、もう次に向いていた。
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「チームはそのまま継続」
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つまり――
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北川も含まれる。
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(またか)
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だが表情は変えない。
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「まずは案出しからだな」
高橋が言う。
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「データは前回の流用できる部分あるよね」
中村が続く。
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「構成はもう少しシンプルにしたいかな」
神谷が言う。
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さっきまで落ち込んでいたとは思えない。
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(立て直しは早いな)
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だが。
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■神谷(現在)
【ステータス】
名前:神谷 玲奈(24)
役職:平社員
性別:女
判断力 18(+0):E
交渉力 15(+0):E
集中力 18(+0):E
処理力 17(+0):E
回収可能合計(+0)
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(中身は戻ってない)
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それでも、やろうとしている。
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北川はゆっくりと視線を落とす。
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振り分け可能ポイント:430
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(……まだ使わない)
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今は“積む”段階。
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「北川、この部分まとめといてくれる?」
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神谷の声。
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「……ああ」
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短く返す。
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いつも通り。
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無能のまま。
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だが実際には――
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(全部、俺が作る)
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また同じ構図が始まる。
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だが今回は違う。
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“奪われる側”じゃない。
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“取り返す側”だ。
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北川は静かにキーボードを叩き始めた。
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次のコンペ。
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その裏で、また一人。
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静かに削られていく。




