「ローマの休日」のスローリーディング その22
◎場面9-2
アービングに電話をかけたジョーはアパートに帰って来る。
部屋にアンの姿がなかった。
アンはサンサンと太陽が降り注ぐ広々としたベランダにいた。
(英語のセリフ)
〇ジョー: Well, small world.
〇アン: Yes. I almost forgot: can you lend me some money?
〇ジョー: Oh, yeah; that's right, you didn't have any last night, did you?
〇アン: Mmm.
〇ジョー: How much was it that you wanted?
〇アン: Well, I don't know how much I need. How much have you got?
〇ジョー: Well, suppose we just split this fifty-fifty: here's a thousand lira.
〇アン: A thousand?! Can you really spare all that?
〇ジョー: It's about a dollar and a half.
〇アン: Oh... Well, I'll arrange for it to be sent back to you. What is your address?
〇ジョー: Villa Marguta, fifty-one.
〇アン: Villa Marguta, fifty-one. Joe Bradley. Goodbye; thank you.
〇ジョバンニ: Ah, double my money, eh? You tell me you want double my money
〇ジョー: Tomorrow, tomorrow, tomorrow.
〇ジョバンニ: Eh, tomorrow
(私訳)
〇ジョー: 世間は狭いもんだね
〇アン: そうね。忘れてました。お金を貸してくださる?
〇ジョー: いいとも。昨夜は確か一文無しだったね
〇アン: ええ
〇ジョー: (管理人のジョバンニが向かいのベランダから二人の様子を興味津々に見ている)いくら必要だい?
〇アン: いくらいるのか分からないの。いくらお持ちなの?
〇ジョー: では半分ずつにしよう。1000リラある
〇アン: 1000リラ!そんなにたくさん?
〇ジョー: およそ1ドル50さ
〇アン: 必ずお返しします。ここの住所は?
〇ジョー: マルグッタ通り51
〇アン: マルグッタ通り51ね。ジョーブラッドリーさんね。ありがとう
〇ジョバンニ: わしの金を二倍にしてくれるって言ったよな
〇ジョー: ああ明日、明日
〇ジョバンニ: 明日だってよ
(ちょっと一言)
今回のシーンの後、アンはローマの街に出て行く。ジョーは彼女に見つからないようにしながらその後を追っていく。
私も二人の後を追ってみよう。
1:魚屋の屋台の前で立ち止まったアンは恐る恐る生きたウナギに手を触れるが、そのウナギの太いこと。
日本では浜名湖のウナギが有名だが、イタリアではエミリア=ロマーニャ州フェッラーラ県のコマッキオがローマ時代からウナギの一大漁場として有名だ。
日本では土用の丑の日に食べるウナギも、イタリアではクリスマスの時期の名物料理。
日本でいう白焼きもあるが、鰻のトマト煮込みがうまいと聞く。
2:さて、アンは店が立ち並ぶ通りを歩いていくが、このシーンでは「おやっ」と思わせられたことがある。
王女という立場からアンは普段財布を持ち歩かない。
そのことでは前夜ジョーから
That's a bad habit.(そいつは良くない習慣だ)
と皮肉を言われている。
そんなわけで彼女はアパートを出る時にジョーから1000リラを借りる。
ユーロ(イタリア語ではエウロ)が導入される前のイタリアでの通貨単位がリラだ。
1000リラという数字に驚くアンにジョーは
「だいたい1ドル50セントさ」
と答える。
この映画が撮影された当時のイタリアで、1000リラで何が買えるかというと、その答えはジョーに声をかけ、うまくスイカを買わせた屋台の八百屋の小父さんがイタリア語で教えてくれている。
Trecento lire sole(たった300リラだよ)。
つまり今アンの持っている1000リラとは屋台のスイカが三個買える程度の金額ということになる。
3:そこで通りを歩いていくアンに再びついて行って、彼女の支払いぶりを見てみよう。
まず彼女は靴屋の女主人に声をかけられサンダルを買う。足首を紐で結ぶこの素敵なサンダルはこの映画が公開された当時、ヘップサンダルと呼ばれて大いに流行したものだ。
この映画はローマでのオールロケで撮影されたので、この靴屋の女主人もてっきり本物の靴屋だと思っていた。しかし、実はゴレッラ・ゴリという、はなはだいかつい名前のローマ生まれの女優さんだった。
4:次にアンは美容室に入り髪をショートにカットしてもらい代金を払う。
さらにスペイン広場にまでやって来たアンは、そこでコーンカップに入ったジェラートを買って代金を払う。
これだけの出費がスイカ三個分に相当する金でまかなえる筈はないだろう。
監督のウィリアム・ワイラーはこのシーンを撮影した時、アンのスカートのポケットに1000リラしか入っていないことを忘れていたのだろうか。
ワイラー監督にあの世で会ったら、この1000リラの謎を訊いてみたいものだ。
5:ここで、ふと思った。
アンは通りの店で例のサンダルを買うまではどんな靴を履いていたのだろう。
改めてそこまでのシーンを見直してみたら、モノクロ映画なので色までは分からないが、白ではないことは確かなパンプスだと分かった。
ここでさらに思った。
あのパンプスはその後どうなったのだろう。
王女の靴なので安物ではなかったろう。
靴屋を後にしてからアンがパンプスを手にぶら下げて歩いてはいないので、
「もうこの靴は履かないから」とあの店に残してきたことは間違いない。
ゴレッラ・ゴリ演じるあの靴屋の女主人はあのパンプスを見て上等品だと分かったに違いない。
女主人はどうしただろうか。
誰も答えを知らない、かつ私以外には誰も興味を持たないだろう謎だ。




