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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
11章_下北スクランブル

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11.29_09:44 龍の心臓

――日本の創作界隈では、よく話題になる話だ。



英雄譚が終わったあとの、英雄の話。


勇者は、魔王を倒して、めでたしめでたし。

騎士は、ドラゴンを倒して、めでたしめでたし。


そうやって終わった物語の、あとの話。



世界中が恐れるほどの力を持つ、魔王やドラゴン。

それらを倒す勇者や騎士。


創作の世界とは、疑問や逆張りの世界だ。


なぜこうしないのかとか、自分にはこう見えて、こう考えるとか。


未知への挑戦、未開の開拓。

今までには無かったことをする、今までとは違うことはする。



そういった世界では、めでたしめでたしで終わったあとの英雄は、酷く恐れられる。

なぜなら彼らは、魔王やドラゴンよりも強い、化け物だから。


だから、政治的に利用されたり、権力者に疎まれたりして、不遇な目に遭う。



別に、これは近代的な創作に限らない。



ケルト神話に登場する、半神半人の英雄クーフーリンは、自らの愛槍ゲイボルグを受けて死んだ。

ひとつの時代を築いたフィナン騎士団も、肥大した勢力を維持できず衰退し、長であったフィン・マックールも、戦いに敗れて死んだ。



偉業を成し遂げ、名声を手にした英雄が、非業の死を遂げる。

こういうのは、穿っているようでいて、実のところ、ありふれているのだ。


順と逆。

これが巡ることこそが、歴史という流れが持つ法則性なのかも知れない。



灰色の竜は時折、夢を見る。

終末の時代、侵略種や龍と戦っていた頃の夢だ。


この気位の高い竜を従えていたのは、女性のパイロットだった。


彼女は強く、そして正しかった。

厄災の幼体と呼ばれた灰色の竜を従えるほどに、強かった。



彼女が機上した竜もまた、強かった。

人類の脅威であった終末の龍を、次々と倒していった。



竜は希望であり、彼女は英雄であった。



そうであったから‥‥。

順と逆を繰り返す歴史は、1匹と1人に、ありふれた結末を与えた。



竜が最後の龍を討った直後、英雄は殺された。

彼女の功績を疎んだ者の策略だった。


竜を御せる人間がいなくなり、竜は龍となった。

8匹目となり、どの龍よりも強く、どの龍よりも酷い、最悪の終末をもたらした。


自分が救った者たちと戦い、自分が守った物を壊して回った。

それから、疲れたように、奈落で眠りについた。


そうやって終末は幕を閉じた。

舞台には、終末世界だけが残った。



奈落に、物語の語り部はいないから、誰も知らない。


女性が死んだあとの話。

竜が8匹目となったときの話。



竜の腹の中――。

死体は、自らの意思で、操縦桿を握った。



8匹目は、地球を地獄に変えた。


悟ったのだ。

そここそ、人類の楽園であると。


狂ったのだ。

それこそ、人類の本能によって。



ありふれた話だ。

華々しい英雄譚の続きは、非業の悲劇。


で、あるのなら。



――悲劇の続きは、なんであろう?



灰色の竜は、悲劇の続きを知っている。





灰色の竜、グレイドラグーン。

機械の体を持つ竜は、頭を切り落とされてなお、立ち上がった。


落ちた頭を首の上へ乗せ、腹の中の死体を、操縦席に縛り付ける。


グレイドラグーンに搭載された、龍の心臓が鼓動する。

魔力が膨れ上がる。


グレイドラグーンは、人類が龍に立ち向かうため、龍の心臓を使って開発されたCE。

龍の持つ、無尽蔵の生命力と闘争心。

それを、科学の力で再現した機体。


この心臓が潰れぬ限り、灰色の竜は不死である。

どれだけ体を破壊されようとも、心臓が脈を打てば、体は再生する。


この生命力と、恐れを知らぬ闘争心によって、灰色の竜は終末の龍たちを捻じ伏せた。



心臓が脈打つ限り、闘争心の炎は消えない。

心臓が脈打つ限り、生命の火は消えない。



‥‥だというのに、目の前の竜はどうだ!


崩壊していくのだ。

心臓が脈を打つたび、体が太陽の灼熱で溶かされていくかのように、竜の肉体は崩壊しているのだ。


体を覆う、有機的な金属フレームが、泥のように溶けていく。

竜の足元に溜まって広がっていく。


四肢や頭、体の端の方から徐々に、骨が露出し、それさえも熱で変形をしている。



咆哮。

しかし、それはもはや、「声」では無いのだ。


言うならば、台風の時に吹く暴風。

巨大な力が、ただ暴力的なまでに通り過ぎて行くだけ。


咆哮ではない、声ですらない。


これは現象だ。

激しい風が、木々を薙ぎ倒すように、激しい雨が、大地を削るように。


現象。

力の流れという現象。

力の発露という現象。


――龍という現象。



屍と化した龍は、大地を蹴った。

圧倒的な力の差を見せた界王に対し、策も持たず突っ込む。



界王は、宙に浮かべた得物を振るう。


剣を振れば、屍の頭に弾かれる。

槍で付けば、屍の胸を貫き、それでも止まらぬ。



屍龍(しかばねりゅう)は突進。

龍の代名詞であるブレスすら吐かず、頭突きをかます。


界王は盾で頭突きを受ける。


宙に浮いていた盾は、屍の膂力に負けた。

吹っ飛び、守るべきはずの界王に勢いよく直撃。


爆薬が爆ぜたような音がして、界王の盾と鎧にヒビが入る。



屍龍となったグレイドラグーンの勢いは衰えない。

骨となっていく体で、なおも突進。


界王をビルへと叩きつけた。

屍が、王に土をつける。



界王は、ビルに激突し、動きを止めた屍龍を押し返す。

屍龍の胸に突き刺した槍を押し込み、盾を押し当て、剣で背中を切りつけ、弩を捨て拳で殴る。


屍龍は後退させられる。

その離れ際、右腕で懐王の胴を殴りつける。


地面に転がる屍龍。

ビルから体を起こす懐王。



‥‥グレイドラグーンのパワーが、けた違いに上昇している。


まるで、重い鎧を脱ぎ捨て、手足から枷を外したみたいに。

屍の見た目に反して、出力が上昇している。



本来、龍の心臓にとって、機械の体とは不便で、煩わしいらしい。

パイロットのハルが死んで、加減をしなくなって良くなったから、本来の力を出せるようになった。


龍の生命力は劇薬。

機械の肉体も、人間の肉体も、耐えられない。



屍龍は、再び突進を試みる。

今度は、ちょっとだけ理性的な攻撃。


体の表面を、ドス黒い結晶が覆う。

胸のところから、泥にも血にも見える液体が滲んで、体を覆う。


液体を結晶化させ、体の表面を丈夫にして、突進。



――しようとしたところで、龍の足が止まった。



勇ましく右足で踏み込んだところで、動きが止まる。

ギクシャクと、龍の骨が喧嘩をして、心臓の鼓動が溶かした関節をロックする。



お腹が空いた

お腹が空いた


食べたい

食べたい


たくさん

たくさん


すぐにでも



龍の腹の中、前方向に倒れた操縦桿を、死体が左に切っている。


龍は、操縦桿の命令を無視する。

パイロットと喧嘩をしている隙に繰り出された界王からの攻撃を、怒気を孕んだ攻撃で撃ち落とし、突進。


界王は空へと飛ぶ。

鋭い雨を屍龍へ降り注がせながら、空中戦の構え。


空から落ちていく雨が、地上の建物に穴を作っていく。

ビルの群れや地上に、何十何百という穴が空く。


屍龍も、界王を追って空へ飛び立つ。

結晶で覆われた翼を広げ、土砂降りの鋭い雨を、結晶の装甲で受け、高度を上げる。


雨では、彼を止められそうにはない。


界王はブレスを吐く。

海と、大地と、嵐が混ぜあわったブレス。


水流により鋭く尖れた岩塊が、嵐によって銃弾のように回転しながら迫る。


屍龍も、対抗してブレスを吐いた。

結晶に覆われていた口が、不気味に牙を剥く。


開かれた口からは、血反吐が霧になったような赤黒いブレスを吐いた。

それは高熱であるらしく、霧の周囲は、陽炎によって歪む。


霧が空に広がる。

霧が風に漂うかのような、のろのろとしたブレス。


血霧と三界のブレスが相討つ。


霧に包まれた三界の吐息は勢いを失い、死んだように落下し、魔力となって霧散する。



両雄の距離が縮まり、また殴り合い。

近接戦闘では、屍龍に分がある。


単純なパワーで、界王が振るう武器を殴り飛ばし、武器を操る界王も殴り飛ばした。


地上に叩き落とされ、ビルに大きな穴を作る界王。

屍龍も追撃をしようと、空から急降下。



――急降下しながら、界王が落下した方向とは異なる、明後日の方へと向かう。



お腹が空いた

お腹が空いた


食べたい

食べたい


たくさん

たくさん


すぐにでも



腹を空かせた死体が、自分の腕を食い始めた。

力の入らぬ顎で、自分の腕に歯を突き立てている。


屍龍のコントロールを、腹の中の死体が奪う。


空から降り、地上へ。

目の前には、廃車となった戦車。


界王の攻撃により、あっけなく破壊された兵器だ。


屍龍は、戦車を拾い上げ、口にする。

固い装甲で覆われた兵器が、スナック菓子感覚で食べられていく。


口を1回だけつけて、持っていた戦車を捨てる。

別のを拾って、ひと口つけて、捨てる。


10台ある戦車の残骸。

それを、赤子にも知能で劣る食べ方で貪る。



戦闘中に、悠長に食事を楽しむ屍龍。

彼に、ビルを突き破って、界王が突進を浴びせた。


無防備をつかれ地面を転がる屍龍。

界王の武器をものともしない彼でも、大海や大陸の如き巨体の突進は、効いているようだ。


しかし、ダメージを負っても、屍龍の異常行動は止まらない。


起き上がりながら、自分の左腕に噛みつく。

関節の外れた腕に噛みつき、引き千切り、貪った。



咆哮を上げる。

咆哮とは名ばかり、ただ暴力的なまでの強風。


屍龍の体に変化が現れる。

捕食により蓄えたエネルギーを使い、新しい左腕が生える。


失った腕を補うように生えた、新しい腕。

それは、人間の腕に似ている。


骨となった龍に生えた左腕も、やはり骨のようで、その骨格は人間のそれなのだ。


人間の左腕は、金属の装甲に覆われる。

おそらく、戦車を食って得た装甲であろう。

腕全体を覆う防具として、腕を覆い隠す。



使い物にならなくなった腕の代わりに生えた腕。

人の骨を持ち、金属に覆われている。


まるで義手。

金属の義手。



義手の前腕から、2本の刃が飛び出す。

戦車のキャタピラに似た、回転する刃。


結晶のエッジを持つ回転刃が、左腕で火花を散らしている。



界王は、宙に浮かべた4つの手を、体に纏う。

持っていた武器を捨て、手を防具として纏う。


2つを後頭部に当て、頭の守りを強化。

2つを頭の上に当て、頭の攻撃力を強化。


牛の面を、更に分厚く、更に強くした。

屍龍に、小手先の技は通じないと判断したのであろう。



両雄が睨み合い、同じタイミングで仕掛ける。

界王は、体に嵐を纏い、加速し突進。

屍龍は、膂力に任せ、そのまま突進。



三界を統べる王と、科学の粋たる灰色の竜。

立派な肩書を持つ大蛇と竜が睨み合ってすることは、泥臭い近接戦闘。



科学だろうが、魔法だろうが、結局は、単純であれば単純であるほど、強いのだ。



大蛇と龍の突進は、地響きを引き起こした。

ビルは揺れ、高速道路はたわみ、地面は陥没する。


二雄、攻撃の反動でのけぞる。


界王の方が早く態勢を立て直し、尻尾で攻撃。

龍の胴体を狙った攻撃を、龍は前かがみで伏せることで躱す。


左手の回転刃を起動。

刃がキャタピラのように回転。


屈んだ姿勢のまま、界王との距離を詰める。

界王が頭を振り下ろす。


分厚くなった牛の面を、鎚の如く振り下ろす。


牛の面が、龍の後頭部を砕く。

回転刃が、界王の喉元を切り裂く。


相討ち。



屍龍が構わず、界王を持ち上げて、投げ捨てる。

ビルに激突した界王を追いかける。


粉塵が舞う中を龍が飛ぶ。


ビルには大穴。

体長8メートルある龍が、飛んで入るスペースが開いている。


界王は、かなり奥の方まで飛んでいったらしい。



――と、いうのはフェイント。



屍龍の足元、ビルの床を突き破って、界王が突進してきた。

小賢しくビルを立体的に移動して、潜伏していたのだ。


しかし、それを屍龍は承知でいたらしい。


床に穴を開けて飛び出してきた界王に対し、蹴りを放つ。

体を覆うドス黒い結晶が、青い彗星の輝きを放つ。


骨の龍にあるまじき美しい光を放ち、界王の突進に打ち勝つ。


ビルの内部で、凄まじい音が響いた。

爆破解体でもするような、大きな音。


その音は、どうにも、地下の方に行ってなおも続いている。



‥‥ビルの解体音が静まり返った。


束の間の静寂。

見かけ上は、渋谷から大蛇と龍が消え、平和になる。


そして、その平和はすぐに喧騒へと変わる。



ビルが崩れた。

根元の部分から、土砂崩れのように崩れた。


ビルの屋上から、大量の水が噴き上がる。


間欠泉。

界王が創り出した海が、ビルを破壊した。



間欠泉が噴き上がった次は、地震。

地震からの、地盤沈下。


間欠泉が起きたビルの、その右隣にあったビル。

隣から隣へ、次々と倒れていく。


足場を失って、宙から垂直落下するみたいに、上から下へと、次から次へと倒れる。


一つ二つ、三つ四つ五つと倒れた。

その次の六つ目は、横方向へ倒れた。


倒れる前、屋上に大きな穴をこさえて、それから右方向に倒れた。

空いた穴は、大蛇や龍が通れそうなほど大きかった。



倒れたビルの上空では、界王と屍龍が取っ組み合いをしている。



地上、地下、空。

縦横無尽に、場所を選ばず、互いが互いの暴力を押し付け合う。



‥‥なんと虚しいことか。

人間の文明は、それについていけない。


彼らの足元で、無惨にも崩壊していく。

そして、そのことに、蛇も龍も、何も感じてはいないのだ。



屍龍の回転刃が、界王の鎧を舐める。

火花が激しく散り、けれども有効打にはなっていない。


舐めて掠めて、通り過ぎる腕。

それに噛みつく。

龍は、自分の腕に噛みつき、軌道修正。


回転刃を、無理やり押し当てる。


大陸の如き鎧を、回転する刃が削り取る。

その様はまるで、山を掘削(くっさく)する掘削機。


重機による掘削から逃れるように、大陸が逃げる。


高度を下げ、ビル群の影に隠れようとする。

それを屍龍が追いかける。


ビルの隙間を縫うように、大蛇と龍が空を飛ぶ。


途中、ビルの壁に突進し、ビルの中を突っ切る。

この二雄にとって、ビルは視界を遮る以外の役目を持たない。


新エネルギーで発展した大都市。

そこを縦横無尽に飛び回り、界王が仕掛けた。


ビルとビルの隙間を飛び、曲がる。

屍龍も追い、曲がる。


曲がった瞬間、鉄砲水が屍龍を襲った。


道路を挟んで向かい合ったビル。

そこから、高圧の鉄砲水が噴き出す。


界王は逃げているフリをして、罠に誘ったのだ。


ビルの中を水没させ、その圧力を一気に開放し攻撃をする。


当然、これは致命傷には至らない。

けれど、隙は作れる。


鉄砲水が大津波に変わる。


高度約100メートル。

渋谷の空に、海が出来た。


そこを界王は泳ぎ、突進。

牛の面が、龍の腹に直撃。


津波と共に、地上に龍を叩きつける。


屍龍が界王を引き剥がすも、その際に、牛の角が、腹を抉る。


腹の装甲が破かれた。

龍の腹、コックピットが剥き出しとなる。



そこには――、死体。

死んでなお、龍に縛り付けられた死体。



龍に心臓を奪われた彼女は、操縦桿を握っている。

死んだ‥‥、鋭い目が、下から界王を睨んでいる。



界王が尻尾で攻撃。

龍の胸を鞭打つ。


龍がたたらを踏む。

体が大きく揺れる。



――死体が、宙に放り出された。



龍の拘束が千切れ、大蛇と龍が戦う真っ只中へ放り出される。


投げ出された死体には目もくれず、大蛇と龍の戦いは続く。

その傍らで死体は、人体で一番重い頭を下にして、地面に激突した。


水っぽい音がして、血生臭い匂いが広がったが、死体は潰れていない。


横たわる死体の真横、数十センチのところに、屍龍の足が落ちる。

風圧で身体が少し浮き、また地面に顔をつける。



お腹が空いた

お腹が空いた



ふらふらと死体が起き上がる。


その後、洪水。

ビルから発生した洪水。


瓦礫を含む土砂に、死体は流されて消えた。



‥‥‥‥。



大蛇と龍の戦いは、膠着状態。

大蛇は龍に巻き付き、龍は大蛇に噛みつく。


大蛇が締め上げる力を強めると、龍は回転刃を回転させる。


龍の胸の前に置かれた回転刃。

大蛇が強く締め上げるものだから、蛇の体と龍の体、どっちも削り取っていく。


大陸に覆われた体、結晶に覆われた体。

どちらも、平等に切り裂いていく。


‥‥結晶の装甲が、先に完全に切り裂かれた。


龍の腕から生えた刃が、龍の骨を切り刻み始める。



龍は、それも計算づくと言わんばかり。

口の隙間から、霧のようなブレスを吐く。


二雄の体が、霧の中に消える。

灼熱が、体を焼いていく。


大陸の鎧が熱で軟化し、大海が露出する。

大海を、刃が切り裂き始める。



霧の中から苦悶の声。

周囲のビルが、一斉に倒壊する。


ビルを崩しながら、洪水を発生させた。


霧の灼熱は、膨大な量の水により消火。

二雄は瓦礫に埋もれながら、尻尾を振るい、拳を振るい、頭突きを放つ。



このままやれば、決着がつく頃には、渋谷が壊滅しているだろう。

だからといって、人間にできることは何もない。


下手に介入でもして、一応は味方のはずの龍が癇癪を起こせば、もういよいよ後がない。


結局、文明がどれだけ進歩しようとも、どうにもならないことがある。

文明がどれだけ進もうと、人は争いを止められないし、自然には勝てない。


龍や厄災も、そうなのだ。


そういう時、人は、古代からそうしてきたように、祈ることしかできない。

祈ることしか、許されない。



――それでも。

龍や厄災に挑むなら、どうすれば良いのか?


簡単だ。

歴史に学べば良い。


()()()()(ふる)い世界の歴史だ。



いわく。


龍を殺せるのは、龍であり――。

厄災を殺せるのもまた、厄災なのだ。



大蛇と龍は、瓦礫を積み上げ、争う。

日本が誇る繁華街には、瓦礫の山と、灰色の荒野。


数百メートルの木々が何本も聳える大森林は、1時間もしないうちに、山と荒野に変わった。


その山の、高いところ。

ある瓦礫の山、大蛇と龍を見下ろせる場所。



そこに、人の影。

腹を真っ赤にして、顔を真っ青にした人間。



「‥‥‥‥。」



目を開き、口を開き、空を見上げる。

濃紫色をした空。


‥‥何も感じない。


空が暗い。

それしか感じない。


普通、空がどんよりしていると、心までどんよりしてくる。

空が澄み渡っていると、心まで澄み渡る。


心というのは、人間というのは、外の世界に影響を受けるのだ。

人間は世界の影響を受け、また、人間も世界の一部であり、自分ではない誰かに影響を与える。


それを、日本では「縁起」と呼ぶ。



‥‥何も感じない。



喪失感さえ感じない。

無関心。


空にも、心にも、腹が赤いことも。

価値を見出せない。



唯一、食指が動くのは、腹を満たすこと。

そうすることで、心を満たすこと。



‥‥‥‥。

そうか、これが――、灰色の竜の‥‥‥‥。



――腰のホルスターから銃を抜く。

右手で銃を握り、片手で構える。


狙いを定める。

力を‥‥、魔力を‥‥。



心臓が鼓動する。

龍に奪われ、虚ろなり、(から)になった胸が、脈を打つ。


空の心臓が、血反吐をぶちまける。

赤く、ドス黒い霧。


霧が、銃に吸い込まれいく。

力が‥‥、高まる‥‥‥‥。



もっと、もっと欲しい。



銃が異音を発し始める。

手元で熱を帯び、チャンバーが爆ぜて壊れてしまう。


構わず、力を流し込む。

存在しないはずの心臓から力を汲み上げ、銃へ押し込む。


手に入れただけ、手に入れられるだけ、いっぱい、いっぱい押し込む。



銃のフレームが歪む。

マガジンキャッチが壊れ、マガジンが落ちる。


しまいには、銃を、自分の力で握りつぶしてしまう。


いつの間にか鋭く伸びた爪で、自分の手のひらを傷つけてしまった。

構わない。



もっと、もっと欲しい。



手のひらに力を集める。

銃などいらない‥‥、この力があれば‥‥。



界王が、瓦礫の山を見上げた。

山の上、膨大な魔力の高まりを感じ取ったのだ。


ブレスを吐こうとするも、その横っ面を、屍龍に殴られる。


ならばと鋭い雨を降らすも、それは山を覆う霧によって蒸発させられる。


注意の散漫になった界王。

――恐れるに足らず。


屍龍は、界王を掴み上げ、地面へ押し倒す。

そのどてっ(ぱら)に、回転刃を押し当てる。



瓦礫の山の霧が濃くなった。

霧の奥から、龍の咆哮にも似た、不気味な音が聞こえる。


構えた右手。

射線上には灰色の竜、その下に、界王。



「‥‥‥‥。」



――ハルの右手は、厄災を生み出した。


右手から光線が伸びた。

赤黒い、死ぬ間際の太陽のような光。


終末の太陽光線が、眼下に映る全てを焼く。


放たれた段階で、彼女が立っていた瓦礫の山を焼いた。

足元が一瞬で蒸発。


融解した瓦礫が地下へ進入。

水道管を溶かし、水蒸気爆発を起こした。


爆発が地上に広がろうとするも、圧倒的な魔力の圧力が、それを地下に押し込める。

爆発のエネルギーは出ていく先を失い、地下に深刻な被害をもたらす。



瓦礫を溶かし、足場を失っても、太陽光は空から降り注ぐ。



赤い太陽が龍の腹を焼いた。

一瞬で腹を貫通する。


龍を貫通すれば、次は大蛇。


大蛇の胴体も等しく、太陽光は貫通した。

反射的に蛇が胴をよじれば、そのせいで傷口は更に広がってしまう。


科学的には質量を持たない光。

魔法の厄災は、光でもって大蛇の串刺し、傷つけ、大陸も大海も、それが無いかのように通り抜ける。



――証明など要らぬ。



今、この瞬間。

彼女の右手こそが絶対だ。


例外など、許されはしない。



大蛇の体が、半分のところで分断される。

海だろうが陸だろうが、空だろうが、厄災は喰い破る。


それら全て、絶対を前に、等価である。



厄災に喰い破られた大蛇の下半身。

海と陸の下半分がトカゲの尻尾のように動く。


尾で地面を切り裂き、胴で地響きを立て。

上半分を失ってなおも、厄災と戦い続けようとしている。


それか‥‥、あるいは‥‥。



陸蛇の尾を、捻じくれた質量を孕む太陽光が、丁寧に焼いて消滅させる。


圧倒的な質量。

この光は、引力を持つ。


暴れる蛇を吸い込み、閉じ込め、消滅させた。



残るは上半身。

それは、龍が抑え込んでいる。

龍は下半身を失った状態でも、回転刃を蛇の体に食い込ませ、動きを封じている。



蛇は絶望的な状況でもなお、王として振る舞う。

敵を、牛の面の奥、天さえ射抜く相貌で捉えている。


肉を深く抉る、凶暴な、恐るべき――。





小さき太陽。






右手が蛇を焼いた。

龍と共に。


蛇の体が小さくなっていく。

龍の体が小さくなっていく。


小さく、小さく。


大海は見る影もなく干上がった。

大陸は見る影もなく崩れさった。


三界は波と海溝を奪われた。

三界は岩と山脈を奪われた。


龍は見る影もなく、骨を溶かされた。

飴細工のように溶け、太陽に細く伸ばされ、引力に舐めとられる。


伸ばされ、舐められ。

小さく小さく。


そして、人の大きさとなった。



太陽光が収まる。

厄災は過ぎ去った。

蛇も龍も、あとひと口というところで、見放した。


蛇の体は、もはや2メートルも残ってはいない。

が、まだ生きている。


この状態でも、人類の脅威となるだけの力は残されている。



――闇の炎が空へと伸びる。


炎の大剣。

竜の少年。

蛇が被る牛の面へ、大上段を振り下ろす。



蛇を絶命させたのは、龍でも、太陽でもなく、人の姿をした武器。



面が割れる。

真っ二つ。


牛の面は砕け、海の頭蓋は割れた。

陸と海。

内包する生命が死んでいく。

翼を広げる人間の闇にって、深く沈んでいく。


剣戟が響いて、石化が飛び散って、大剣が蛇の筋肉に食い込み、ある(しきい)を機に、腐葉土を切るみたいに埋もれはじめる。



断末魔は無かった。

剣が風を切って、砕かれた面が地面に落ちて、粉々になった。

剣は埋もれて止まる。

それだけ。



蛇は死んだ。

もう動かない。



‥‥‥‥

‥‥




空から、光が差し込む。

空に広がる雲は、自分の色を思い出す。

それから自分の役割も思い出して、方々へと散る。


空からの柔らかい光の柱が、渋谷を照らす。


蛇の亡骸。

崩壊した都市。

眠れる厄災。


グレイは、蛇の上から飛び降りる。

先ほどそうしたように、翼を広げれば飛べるのに、蛇の上から飛び降りた。


飛び降りたかと思えば、蛇を一瞥して、すぐさま踵を返す。

翼を広げ、飛び立つ。


翼が風を切る。


熱い。

街全体が、陽炎に揺れている。


地面から立ち上る熱が、役割を思い出した空の冷気が崩壊した都市に入り込むのを拒んでいる。


まだ機能が生きている建物では、空調が冷房へと切り替わっている。

コンビニでは、店員ロボットが、アイスクリームをせっせとバックヤードの冷凍庫へ放り込んでいる。



竜の少年は熱風を切り裂き、向かった先は、太陽の麓。

地に伏す太陽、蒸発した地面で寝ているハルを掴み上げる。


襟首を雑に掴み、引き摺り、蛇の元へと連れて行く。

陽炎に焼かれて、ハルの脚が火傷を負う。


グレイは気にした様子もない。


これしきでは、どうにもならん。

――自分の身体は、自分が良く知っている。



蛇の亡骸の前にたどり着いた。


動かなくなった大蛇。

海は横たわり、陸も横になっている。


小さくなったと思っていたが、それは見上げるほどに大きい。

クジラの死骸のようだ。


これだけで、渋谷の飢饉が解消される。

かつての三界王は、死してもなお、それだけの威厳を放っている。


崩壊した都市で、異質なまでに存在感を放つ遺骸。

この厄災の残り香が満ちる空間において、鱗ひとつ焼けていない。

血の一滴も、煮えていない。


偉大な大自然。

ハルを、それの前に置く。

雑に、蛇の方へ投げる。


持ち上げれば四肢をだらりと宙に差し出し、投げれば頭を下にしてゴツリといびきを立てる。


当然だ。

死体は動かない。



グレイは、自分の胸に手を突っ込む。


肉を貫き、肋骨を裂き――。

心臓を取り出す。


拍動している、人間の心臓。

‥‥龍の血が混じった、人間の心臓。


心臓は、グレイの手の中で脈を打つ。

彼の手の中で暴れんばかり。

手の平を殴りつけるように拍動する。


その度に、大動脈から先を失った心臓は放水をする。

脈を1度刻めば、プランターの花が喉を潤せるくらいにはなるだろう。


赤い水。

心臓の体積など無視して、心臓から流れ続ける。


新鮮で、元気な心臓だ。

それを‥‥、ハルの胸へ埋めてやる。


うつ伏せで眠りこける彼女の背中、薄い肉を通り抜け、硬い骨を掻き分け――。

それがある、正しい位置に戻してやる。


人間の扱いには、骨が折れる。

心臓の場所など正確には分からぬから、左の肺を傷つけてしまった。


まあ、問題なかろう。

龍にとって、それは些事である。


人間は(いささか)か、構造に囚われすぎる。


覚えておくといい。

肝に念じ、心胆に刻むといい。



――力こそが、龍なのだ。



「‥‥‥‥あがッ!! ああ――――!!」



肺を掻き切られながら、心臓を埋め込まれた死体が、息を吹き返した。


循環を停止していた肺が膨らみ、縮む。

膨張と収縮を繰り返す。


心臓が脈打ち、肺が膨らみ縮み、循環機能が回復する。


循環機能が回復したから、続々と他の機能も復旧をしていく。

運動機能、受容機能、神経系、消化器系――。


まるで、停電が復旧した街のよう。


暗くなっていた建物に、再び灯りが灯っていく。

身体という街、生命というひとつの社会。

灯りが戻り、復興する。


すると訪れるのは――、痛み。

痛みと恐怖。



「あッ――! ああッ――!!」



ハルは、うつ伏せのままのたうち回る。


錯乱しているのか、苦しんでいるのか。

まだ稼働が安定していない言語機能で、不明な言葉で虚空に、何かを訴えかける。


焦点の定まらぬ青い瞳。

乱れる金髪。

口に含まれた金色の髪が、彼女の唾液で湿り汚れていく。



「ああああああ‥‥ッ!! あああああ!!」



壊れたように叫ぶ。

焦点の定まらぬ瞳には、恐怖の色が伺えた。


目の前に横たわる、巨大な蛇。

叫びながらそれから逃げようと身体をばたつかせる。


しかし身体は、思うように動いてくれない。

もう、碌に動ける状態ではない。


それを、魚のように小さい脳ミソが理解したのか、ハルはますます発狂する。


道路に、顔を擦りつけ始めた。

柔らかい肌が、災害で抉れた道路に、強く擦りつけられる。


腹を抑え、うずくまりながら、そうやって彼女はすすり泣くのだ。


それをグレイは、心底つまらなさそうに見ている。



「やれやれ‥‥、手の掛かる赤子だ。」



ハルの襟首を掴む。

軽い身体の、上半身だけ持ち上げて、引き摺る。


前に向かって。

蛇の方に向かって。

彼女が怖がっている、そっちの方へ。



「いや!! やめてっ!! いや、いや、いやああああ!!!!」


「うるさいぞ。」



いやいや期の赤子の癇癪を、冷たい声で一蹴する。

五月蠅い口を塞ぐように、ハルの頭を蛇の首に押し当てた。


グレイの手には、虫の力よりも弱い力が伝わる。

ハルが、グレイの力に抵抗している。


蛇に顔を埋めたまま、声にならない声を上げ、抵抗している。



「‥‥‥‥。」



グレイは、冷ややかな目。

腕の力を強める。


ぬちゃりと音がして、ハルの顔が蛇に沈む。

顔の耳のところまで、蛇に埋まっている。


ハルの身体から力が抜ける。

身体は小刻みに震えている。


泣いている。

息もできず、泣いている。


グレイは力を抜かない。

ハルを解放しない。


泣こうが、喚こうが。

赤子をあやすことなどしない。



‥‥‥‥。



グレイは、退屈そうに顔を上げる。

光の柱が、自分たちを照らしている。


白さを取り戻した雲が、空を流れている。

流れる雲が、いたずら心で、太陽を隠してしまう。

グレイたちを、曇天の下に置いていってしまう。


風が吹く。

ほんのり、冷たい。


その風に混じって、「くぅ」と音がした。

お腹の音、ハルのやつだ。


すすり泣きが止まる。

身体の震えが止まる。

風が止む。



――ちろり。――ちろり。



音がする。

グレイの手の中、蛇に埋まった顔。


身体が揺れる。

口が開く。

空が晴れる。


太陽が渋谷を照らす。

白日が、空の流れ者たちの影写真を、地上に映し出す。


揺れる身体。

動く口。


グレイは、腕を引く。

少し抵抗を感じて、ハルの頭が蛇の首から顔をだす。



――ぴちゃぴちゃ。



ハルの口から、水溜まりを踏むような音がする。

水溜まりで遊ぶハルを、引き摺る。


後ろへ。

蛇から遠ざける。


グレイの肌が傷つく。

手の甲に、赤い筋が滲む。


ハルに、引っ掻かれた。

彼女は、自分を引き摺るグレイに抵抗するかのように、彼の手を引っ掻く。


襟首を掴む無礼な手に、容赦のない引っ掻き。

蛇の方を向いた足は、蛇の方へと向かおうとしている。



――そう。それでいい。



グレイは手を離す。

手の甲にできた傷を舐める。


マズい。

鉄とサビの味しかしない。



「あ‥‥、あ‥‥!」



グレイから解放されたハルは、一目散に蛇へと向かう。

腕と足が震え、立つことができない。


渇望。

乾いて死んでしまいそう。


オアシスの水が抜かれて、澄んでいたはずの水が、汚泥に変わっていく様のよう。


水、水が欲しい。

乾いて死んでしまいそう。


甘くて、美味しい――。



禁断症状で満足に動かぬ身体で、恥も見分も無く、赤子のように手足をついて進む。

手と足が前に進むたび、鼻腔を(かぐわ)しい香りがくすぐる。


それは長く樽の中で醸成された酒のようにも、肉汁が滴る赤い肉のようにも感じる。

とにかく、とにかく旨いのだ、それは。


美味の香りに脳が痺れる。

禁断症状が治まる。

手足が利くようになる。


立ち上がり、駆けた。


爪を食い込ませ、顔を埋めた。



「あぐ――! あが――! がう――ッ!」



狂ったように、蛇の亡骸に飛び掛かった。

ひたすらに、蛇の血肉を貪る。


咀嚼音。


ひたひたとも、ぴちゃぴちゃとも言わない。

何か、形容しがたい、人が立てるとは思えない咀嚼音。


無理に文字にしようとすれば、それは「延々(えんえん)」。

延々とした咀嚼が、荒野と化した渋谷に響く。


渋谷の飢饉が救えるほどの蛇の亡骸。


抱きかかえるように爪を食い込ませ、口を動かす。

その姿は、金銀財宝を独占しようとする強欲者。


蛇の肉の筋ひとつ、血の一滴。

誰にも渡さぬ。


誰にも、渡さぬ。



‥‥良いではないか。

金銀財宝を貯めこむ。独占する。


大いに結構。

それこそが龍の本質。






奪い、食らう。

そこに果たして‥‥、、人と龍、何の違いある?






グレイの黒い髪が揺れる。

冷たい冬の風。


空の流れ者は風の向くままに旅を始め、地上の陽炎は風によって冷まされた。


空を見上げ、人差し指をそこへ突き立てる。

空に、暗い球体が出現した。


球体は、そこにいた何かを包み、押し潰した。


地上にも空と同様に、人差し指を向ける。

横に一文字。


金属が潰れる音がしたが、それにハルは気付かない。



そう、それでいい。


好きなだけそうすれば良い。

今は、誰も見ていない。





華々しい英雄譚の続きは、非業の悲劇。

で、あるのなら、悲劇の続きは何であろう?


灰色の竜は、悲劇の続きを知っている。


それはとても甘く――。

糖質や脂質‥‥、それと酒に似て、止められない。



‥‥‥‥

‥‥

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