11.27_電脳霊体 (ホロウメリス)
2月12日(日)
”いつもの3人” が下北沢の異界を調査し、ハルたちが異界洞窟へ突入した日。
その日は、魔導者も魔法災害の首謀者も、どちらも痛み分けに終わる結果となった。
戦闘が、あらゆる場所で発生。
下北沢、異界洞窟、池尻大橋――。
互いに勝利し、互いに敗北をし、戦いは翌日へ持ち越された。
‥‥明日は、決戦となる。
お互いに。
魔導者たちは、CEのグレイドラグーンが大破してしまった。
首謀者たちは、自分たちのエネルギーの源を失った。
お互い、弱り目を叩くなら、明日なのだ。
今日の戦いの中で、置いた布石。
これをどう使うか?
それで、明日の結果が変わる。
‥‥見せてやろう。
異界の小さき神に。
神が、天罰を与えずにはいられないほどの――。
人の狡さを。
◆
午後9時、キャロットタワー。
セツナは、明日に備えてベッドの中に潜り込んだ。
タワー内にある個室の宿泊施設にて、就寝。
服装は、ジャージに靴下。
もし、夜に何かあってもすぐに、出動できる服装。
普段とは寝心地が異なるベッドと布団。
たぶん、今使っているベッドは、自分の家にあるベッドよりも高級なのだろう。
しかし、やはりというか、普段使っている物が1番だ。
ちなみに、セツナは寝床が変わろうとも、熟睡ができる人間。
アウェイでも、2度寝3度寝と、延長戦だっていける。
JJも似たような感じ。
ダイナは少し変わっていて、寝床が変わっても熟睡できるのだが‥‥、寝巻が変わると眠れなくなるらしい。
ホテルにある浴衣とかを着て就寝すると、眠りが浅くなってしまうようなのだ。
なので、いつものスウェットを着て、就寝している。
消灯・就寝から、5分が経過。
数え始めた羊が、2度目の50匹を迎えたころ。
羊に連れられて、そろそろ眠りの平原が見えてくるころ。
――パチクリ。
足元を照らす非常灯が、薄く点灯している個室。
セツナが目を開いた。
50匹いた羊さんが、一斉に逃げ出してしまったのだ。
嫌な感じだ。
背中に、薄っすらと汗を掻く。
就寝前で深くなっていた呼吸が、喉元でつっかえる。
息が苦しい。
神経が張り詰めている。緊張している。
何かの、視線を感じる。
ゆっくりと、顔を横へ向ける。
視線のする方へ。
金縛りをして、身体を強張らせてくる、元凶の方へ。
頭を、右に向ける。
すると――、そこには――――。
包丁を握った、クマのぬいぐるみが、枕元に立っていた。
「‥‥あ、あ。」
呼吸がつっかえた喉に、声までつっかえる。
ごくりと固唾を飲むと、喉のつっかえが取れる。
「うわああああああああああああああ!!!!!」
セツナの悲鳴に、魔導者全員が飛び起きた。
魔力を含んだ声が、物理的な壁を貫通する。
「セツナ! どうした!?」
隣の部屋のJJが、すぐさま飛び出す。
セツナの部屋の扉が勢いよく開き、セツナが転がりながら廊下へ飛び出す。
‥‥部屋の中から、包丁を握った、3頭身のぬいぐるみが、セツナを追って出てきた。
「うおっ!?」
凶器を握ったぬいぐるみ。
JJは反射的に、セツナを守る。
ぬいぐるみを、全力で蹴っ飛ばした。
悠長に歩くぬいぐるみの側頭部に、脚の甲がめり込む。
「ぐえッ!?」
ぬいぐるみは人語を発しながら、宙を舞う。
セツナの足元に、包丁が転がる。
ぬいぐるみが凶器を落とした。
すると、ぬいぐるみに魔法の鎖が伸びていく。
鎖が、ぬいぐるみを捕まえる。
セツナのマジックワイヤー。
ワイヤーで引き寄せ、ぬいぐるみの腹を蹴りつける。
「ノォォォ!?!?」
デフォルメされたクマさんの、キュート目ん玉が飛び出そうなほどに、ぬいぐるみは悶絶する。
悶絶しながら、廊下をすっ飛んで行く。
飛んで行った先には、ダイナ。
左手に居合刀を握る。
納刀したまま、刀を振るって、ぬいぐるみを叩き落とす。
「ぎゃふ!?!?」
ぬいぐるみは、動かなくなった。
ハルや八車も廊下に出てきて、みんなでぬいぐるみを囲む。
ぬいぐるみは、ぐったりしている。
「ちーーん‥‥。」
ぬいぐるみは、ダイナの居合刀で抑えつけられ、目を開けたまま放心していた。
ここでセツナが、ハッとした表情をする。
「――え? その声‥‥。
もしかして、マル!?」
「‥‥イ、イエス。アイアム。」
居合刀から、ぬいぐるみが解放された。
ぬいぐるみの正体は、マルだったのだ。
‥‥‥‥
‥‥
「‥‥で? いったい全体、その格好はどうしたの?」
セツナたちは、全員ミーティングルームに集まった。
寝ているどころではない。
マルが、ぬいぐるみになってしまったのだから。
「いや~~、それがデスね‥‥。
ワタシにも、何が何やら‥‥。」
マル自身も、自分の身に何が起こったのか、分からないらしい。
これでは話しが進まない。
セツナがダイナの方を見る。
助け船を求める。
「マル君。ちょっと体を調べさせてね。」
ダイナは、ぬいぐるみを持ち上げる。
‥‥触った感じ、何の変哲もない、ただのぬいぐるみだ。
スマートデバイスを近づける。
電子探知。
ぬいぐるみの中に、電子機器の類いは入っていない。
おかしい。
マルはサポットで、AIだ。
魚が水の中で暮らすように、AIは電脳世界の中で暮らしている。
電子機器の搭載されていない、ただのぬいぐるみにAIが宿るなど、ましてや動かすことなど、ありえない。
マルの異常性に、全員が気が付いた。
しかし、混乱や脱線を避けるために、事情聴取は、マルの管理者であるセツナに任すことにする。
「もう1回聞くけど、何があったの?」
「いや~、それがデスね~。ちょっとした出来心だったんデスよ?
下北沢の様子を監視していたら、道路にぬいぐるみが転がってまして‥‥。
で、なんか入れそうだな~。
なんか、回路? 渦? 道? が繋がってそうだな~って思って、入ってみました。
そしたら、入れちゃいました。
――不思議デスね。」
「‥‥なんで、包丁なんか持ってたの?」
「ワタシがこの体で下北沢を徘徊してたら、カボチャたちが襲い掛かって来たんです。
なので包丁で応戦して、命からがら、ここまで逃げて来たんデスよ!」
「‥‥ここに来るまで、街にはカメラがたくさんあったと思うけど?」
「それは――、こうやって――。
ちちんぷいぷい!」
マルが唱えると、セツナのスマートデバイスがポケットから飛び出す。
宙に浮き、画面が勝手に起動したかと思うと、画面にノイズが走る。
一切の操作を、受け付けなくなる。
マルは次に、ミーティングルームにある監視カメラの方を向く。
「ちちんぷいぷい!」
唱えると、カメラが左右に首を振り始める。
マルも、体を左右に振る。
カメラとぬいぐるみが同期して、踊り出す。
「POW! Yay!」
グルーヴ、グルーヴ。
スイング、スイング。
マルは、監視カメラをハッキングしている。
しかも、ヘルスチェック用のプログラムさえ、乗っ取っている。
ミーティングルームには、天井に4つのカメラが取り付けられている。
そのひとつが、明らかな異常を示している。
だのに、首を左右に振って踊るカメラがあるのに、他のカメラはそれを知らぬ顔。
異常を報せるアラートや警報も、鳴動しない。
――この超監視社会において、マルはまるで、透明人間のように振る舞えるらしい。
まるで幽霊だ。
電脳霊体。
それは、巨悪サウザンドの幹部、楽園のメリッサを彷彿とさせる。
実体を持たず、しかし、世界に干渉する力を持つ。
幽霊のような、電脳ウイルスのような、AI。
サポットのマル。
何の変哲もないサポートAIは、どういう由縁があってか知らないが、電脳霊体へと変異したのだ。
セツナは、困った顔をして、それからぬいぐるみの頭を、ポンポンと撫でる。
「よく分かんないけど‥‥、だいたい分かった。」
無事でよかったと、そう続ける。
ぬいぐるみの柔らかな感触。
マルは、頭をポンポンとするセツナの手を、掴もうとする。
が、腕が短くて、頭の上に手が届かない。
察したセツナが、自分の手をマルに近づける。
マルは、ぬいぐるみの手で、セツナの手に触れる。
「――おお! ――おおおっ! これが、人の温かさっ!!」
マルは、変異の影響で、触覚を獲得したようだ。
ロボットの体を借りて、センサーで知覚していたのときとは全く異なる感覚。
明確に数値化できない、感触と温もり。
極めて曖昧な受容器である触覚に、新鮮さと感動を覚えている。
「なるほどなるほど――。これが、生命が感じている世界――!」
ダイナに持ち上げられても、何も感じなかった。
でも、セツナに触れられたとき、マルは確かに温かさを感じた。
絆、関係のステータス。
それが、マルに温かさを知覚させたのだ。
電脳の中だけでは、決して知ることも、触れることも叶わなかった情報。
マルは、自らに芽生えた、生物らしい感覚に、感動を覚えている。
触覚を獲得したAIの誕生。
人間とAIの壁は、いよいよ本格的に崩れさり、違いが曖昧になってきた。
いや、むしろ――。
セツナは、メリッサのことを思い出す。
彼女は、明らかに人間を下に見ていた。
当然であろう。
人と同様の心を持ち、なおかつ寿命を持たず、さらに人間を超える速度での情報処理と進化が可能。
比べるまでもなく、電脳霊体は、人間の上位種族であるのだ。
彼女は、自分を創り出した科学者を尊敬し、自分よりも優れた種族である、ルフランに心酔していた。
――それでも、セツナにとって、マルは家族なのだ。
主従の関係ではあるし、AIとは人間に都合よくプログラムされているけれど、家族なのだ。
‥‥マルも、そうであってくると、嬉しい。
本質的には、飼い犬や飼い猫と同じなのだ。
今後は、その関係性にも、変化があるかも知れない。
人間とAIの、物理的な触れ合いによるコミュニケーション。
AIの進化。人とAIの絆。
歴史的瞬間である。
最近は、暗くて重い話しばかりだった。
セツナとマルの交流を見て、一同は心が和む。
八車なんかは、小さく手をパチパチさせている。
マルの変化を、祝福している。
と、その一方で。
天井を見たり、床を見たりしているのは、ダイナとブーマー。
魔法学者である2人は、何かを思案している。
学者が考えることなど、たいていは碌でもないのだ。
とりあえず、マルが何をできるのか?
マルで、何をできるのか?
知的好奇心で、妄想が捗る。
ダイナとブーマーの目が合った。
どうやら、同じ結論に至ったらしい。
ダイナが、セツナに話し掛ける。
ブーマーが、ハルに話し掛ける。
「セツナ、ちょっとマル君を借りてもいい?」
「ハルちゃん、ちょっと君の、髪を貰ってもいい?」
「うん? まあ、マルが良いなら。」
「うん? ‥‥‥‥、は?」
マルはダイナに抱え上げられ、ハルはブーマーを抱え上げた。
胸倉を掴んで、ひょいと持ち上げると、ブーマーの足が、床の上でジタバタする。
「んふふ~♪ いやですねブーマーさん?
いきなり何ですか? セクハラですか? セクハラですね?」
「いやいやいやいや――!? 違うんだって!? 誤解だって!!
いや、誤解なだけで間違いではないんだけど――!
って、アツゥイ!? 足、アツゥイ!?」
ブーマーの足元では、八車がライターをカチャカチャして、杏里が指から火をボーボーしている。
靴の裏を、火で炙られている。
「あらあらブーマー君、悪い子だ~。」
「最低です、最低です! 最低です!!」
「違う違う!? お願い! 話を聞いてぇ!!」
喧々騒々。
女性陣に炙られているブーマーを見て、JJとフロントさんは肩をすくめる。
比較的常識人よりのヤマブキは苦笑い。
早く、日常に戻りたいものだ。
ブーマーのセクハラ発言は、火炙りに処されることで償われた。
場が落ち着いたところで、事情を説明。
軽い調子だった声のトーンが、真剣な声色に変わる。
「結論から言うと、マル君には、ハルちゃんの身代わりをしてもらいたい。」
「‥‥ほへ~~。」
真剣な声色となったブーマーの説明に、マルは気の抜けた返事をする。
いまいち、要領を得られていないようだ。
「順を追って説明するぞ?
まず、現状確認だ。
今、ハルちゃんと、はっちゃんは、敵からの呪いを受けている。
この呪いは、セッツンが言うには、場所が特定される呪いらしい。」
「経験則からの仮説、ですけどね。」
ブーマーの説明に、セツナが補足をする。
今日の昼前、敵に囚われたハルと八車。
彼女たちには、敵の呪いが埋め込まれている。
それに気づいたのはセツナ。
彼の魔力野が、独特な、蜜に似た香りを知覚した。
感覚のチャンネルミックス。
魔力野と嗅覚が混線し、魔力が香りで知覚されたのだ。
それからは、異物感のある魔力を、詳しく探ってみた。
すると、蜜の香りに感じられた魔力は、柔行の色をしていることが分かった。
ハルと八車。
2人の魔力とは異なる、外部からの干渉により埋め込まれた魔力。
柔行の性質は「触れ・干渉」する力。
加護や呪いなどは、柔行の領分だ。
セツナは経験的に、ハルと八車に埋め込まれた術式が、呪いの類いだと見抜いた。
彼の左手に宿った、女神の力。
それと、魔法大陸の傭兵が使っていた魔法。
女神の手は、加護と呪いを司る。
傭兵の魔法は、相手を弱らせる呪力を帯びている。
セツナは、他の者よりも、呪いを見たり、触れたりする機会が多かった。
だから、呪いに気づけた。
そして、ハルと八車に埋め込まれた呪いは、おそらくだが探知の呪い。
呪いが、甘い蜜の匂いを発しているところから、呪われた者の場所が筒抜けになる類いの術だと想定できた。
敵に、ハルと八車の位置はバレている。
そのことを前提に、魔導者たちは、明日の作戦を練っていた。
ブーマーが説明を続ける。
「明日の作戦としては、ハルちゃんを敵の探知網に掛からないようにする。
ハルちゃんはCEに乗れる。
言っちゃえば、うちの切り札だ。
グレイ君は治療中だが、明日には動けるようになる。
だからどうにかして、敵に位置をバレないようにしないといけない。」
ブーマーがここまで説明すると、ハルは渋い顔をする。
「それで決まったのが、棺桶作戦‥‥。」
「そう! セッツンが武器として使ってる棺桶は、魔力の遮蔽性能が高い。
それで、ハルちゃんの魔力を、呪いごと棺桶の中に閉じ込めるって寸法よ。」
ハルは、魔導者たちの切り札。
彼女はCEに乗れる。
CEに乗れるという点において、替えが利かない。
だのに、切り札の位置が敵に筒抜けなのは、具合が悪い。
なので、敵に位置を特定されない方法を考えた。
呪いの除去は、持ち合わせの魔法知識では難しそうだった。
なので今回は、呪いごと、ハルを遮蔽性の高い棺桶へしまうことに決めた。
セツナが武器相術で生み出す、火薬の石棺。
「魔導拳士」が使うこの武器は本来、夜の住人を太陽の下へと引きずり出すための封印具だった。
そのためか、魔技で作り出した石棺も、高い魔法遮断性を持つ。
外と中をしっかり分断し、棺桶の内外を問わず、魔力的な干渉を許さない。
内から外、外から内。
いずれの方向からの干渉も、シャットアウトできる。
作戦として、ハルには出番が来るまで、この中で待機してもらう。
石棺の中に電波は入るので、ネット回線は使える。
合図があるまでは、棺桶の中で寝ていてもらう。
魔法に、科学で対抗するのだ。
ハルとしては、棺桶で嫌な思いをしたばかり。
だが、そうも言ってられないので、やるしかない。
なお、武器相術で作り出した武器の維持には、魔力の供給が不可欠。
石棺への魔力供給は、杏里が受け持つ手筈となっている。
明日の決戦。
鍵を握るのはハルだ。
こちらの攻撃が上手くいくのを前提として、東京への被害を最小限にするならば、ハルとグレイドラグーンの力が必要だ。
そしてこれは、向こうも同じことを考えているだろう。
敵サイドには、ジェインソン男が居る。
彼はセントラルの異界出身。
CEのことを知っている可能性が高い。
だから向こうも、ハルは早めに潰しておきたいはずだ。
敵の位置を特定する呪い。
CEを操縦できるハルの存在。
そして、魔法に目覚め、電脳霊体となったマル。
これらを踏まえた、ブーマーの提案はこうだ。
「マル君には、囮になってもらおうと思う。
敵の呪いを、逆に利用してやるんだ。」
「なるほど。つまりワタシは、さしずめ11人目の魔導者ということデスね!」
「敵のシナリオには書かれていない、トリックスター!
美味しいポジションだろ?」
「いいデスねぇ――! ロマンを感じます!」
マルに、ハルの身代わりとなってもらう。
それがブーマーの提案。
ハルを隠すのではなく、身代わりを用意して、逆に敵を引き付ける。
そうすることで、こちらが盤面をコントロールする。
相手が残した布石を、こちらが使ってやる。
いかにも人間らしい、小狡い戦術だ。
‥‥自分たちが負ければ、下手をすれば、日本全体が異界に沈むのだ。
狡くも、卑怯にもなる。
自衛団は兵士であって、ヒーローではない。
勝って、守る。
手段は問わない。
ブーマーの説明と提案を聞き、杏里が控えめに手を挙げる。
「でも、そんなことって可能なんですか?
マルさんに、囮になってもらうなんて‥‥。」
「それは、優秀なメイジに、解説してもらおうかな?
ダイナ、バトンタッチ。」
「はいはい。」
ブーマーは、説明をダイナに引き継ぐ。
ダイナは、マルを机の上に一旦戻して、自分のスマートデバイスを起動する。
全員に見えるように、ホロディスプレイを投影する。
画面には、よく分からない記号と、要領を得ない言語の羅列が並んでいる。
要領を得ない言語の方は、魔法大陸の文字だ。
「やることを先に言っとくと、マル君に、俺が作ったクラスルーンを刻む。
それで、疑似的にハルちゃんの姿に化けられるようにする。」
ダイナは、武器相術で、白い魔法の杖を作り出す。
杖は彼の手を離れ、誰の助けも借りることなく自立する。
ダイナの手に、魔力が集中する。
手元を離れた杖が、彼の魔力を吸収する。
床に魔法陣が展開される。
そこに浮かび上がったのは、「メイジ」のクラスルーン。
魔法陣の上に、小柄な女性の姿が投影される。
金髪のサイドテール、茶色い瞳。
投影された女性は、白い魔法の杖を手に掴んだ。
実態を持っているようだ。
彼女は、メイジのダイナ。
白行の「全であり偏在する」という、何でもありな可塑性を利用して投影された、セントラルの魔法使い。
「「「おぉ~~。」」」
ダイナが発動させた、あまりにも、魔法らしい魔法。
ブーマーを除く全員が、メイジのダイナを興味深そうに見ている。
メイジのダイナは、そんな衆目に対し、にっこりと笑い、可愛らしく手を振ってみせる。
「これは、セントラルにあるクラスルーンの技術を、俺なりに解釈して、独自に再構築した魔法。
完成度は、セントラルにあるクラスルーンには到底及ばないけどね。
だけど、セントラルのオリジナルには無い強みがある。」
メイジのダイナの手元から、白い杖が消える。
すると、彼女の右手に、魔導ガントレットが装備される。
魔導ガントレットを全員に見せ、消す。
すると次は、火薬鎚を握る。
それぞれ、クラス「魔導拳士」や、クラス「火薬術士」の武器だ。
セントラルのクラスルーンでは、各クラスが扱う武器の種類は決められている。
正確には、異なるクラスの武器を扱うこともできるが、実戦に耐えられるほどの威力は期待ができないから、あえて装備するメリットが無い。
しかし、メイジのダイナが、別の武器を装備してみせたということは、ダイナの作った疑似クラスルーンは、そのような制約を受けないということなのだろう。
「セントラルの書物を読み漁って分かったことなんだけど、クラスルーンは、情報空間的な多層構造で構成されているんだよね。
それで、一番底にあるレイヤーには、七行魔法の理論が組み込まれてる。
オリジナルは、七行魔法をベースに、魔法の塑性を犠牲にして、魔法の出力と剛性を高めてるんだ。
クラスルーンが万人のための力と言われているのは、これが大きな理由。
魔導者個人が持つ可能性の力――、専門的には可能領域って言うんだけど、クラスルーンは可能領域を、個人の才能に寄らず、一定以上まで引き上げる効果がある。
だから、クラスルーンを脳に刻めば、誰でも最低限は魔法を扱えるようになる。
クラスルーンに登録された、 ≪スキル≫ っていう魔法をね。」
ダイナ先生による、クラスルーン講座。
設定廚を自認している彼らしい、魔法への向き合い方を感じる。
セントラルの魔法と、自分たちが扱っている七行魔法の違いを、クラスルーンを軸に考察・研究しているのだ。
「――それで、このクラスルーンを真似て構築したのが、俺の疑似クラスルーン。
これは~‥‥、七行魔法の上に、とにかく何枚もレイヤーを重ねて構築したんだけど‥‥。
完成度としては、子どもの工作レベル。
理屈としては、七行魔法が持つ7つの光の上に、何枚もフィルターを重ねて、メイジのダイナっていう虚像を投影してるイメージ。
構築に使用したレイアーの都合上、このルーンは俺にしか使えない。
その代わり、俺ができる範囲であれば、オリジナルのルーンが定めているクラスの概念を無視して、魔法が使える。」
独学で、疑似的にクラスルーンを再現する。
これだけでも、かなり凄いことをしているような気がするのだが‥‥。
ダイナ的には、完成度に納得がいっていないらしい。
彼の構築した疑似ルーンを、プログラミングで例えるのなら――。
全ての命令文が、「if」で綴られているようなシステム。
真か偽かを問う単純な命令文。
それを、千も二千も羅列をする。
単純な命令文。
それが、千も二千も重ね合わせられる。
そしたらもう、プログラムの内容は、それを書いた人間にしか理解できない。
当然、システムの編集も、書いた人間にしかできない。
最悪な編集性、最悪な汎用性。
ダイナの構築したルーンとは、そういう代物だ。
とりあえず、動く。
とりあえず、動いた。
そういう叩き台。
セントラルの、誰でも使えるクラスルーンとは似ても似つかない。
オリジナルの完成度の高さを、窺い知ることができる。
「俺の組んだルーンは、他の人が使えるような物じゃなかったんだけど、それを解決してくれたのが、ブーマーの魔法理論。
ブーマーが考えた、七行八次元論を俺のルーンに取り入れれば、他の人でも、疑似クラスルーンを使える。」
最悪な編集性、最悪な汎用性。
とりあえず動くことだけは確認できた、ダイナのプロトクラスルーン。
それを発展させるためのブレイクスルーとなったのが、ブーマーの考案した、七行八次元論。
七行魔法空間は、8次元の広がりを持つ。
そして、個人の自我が、8次元空間内での自分の座標を決定する。
このとき、個人の8次元座標 (≒可能領域)とは、8次元空間における極小点。
つまり、可能領域とは、七行魔法空間において、7次元の広さを取る。
これが、ブーマー考案、七行八次元論。
「俺のルーンは、七行魔法理論の上に、何枚もフィルターを重ねて重ねて、ただ1人の虚像を投影してたんだけど‥‥。
ブーマーの理論を使えば、何枚も重ねてたレイアーが1枚で済む。
個人の自我、つまり、自己評価関数っていう関数の値を決定すれば、ルーンとして機能するようになる。」
ダイナのオタク過ぎる解説に、ほとんどの者が置いてけぼりを食らっている。
が、根拠となる原理の説明は、ブリーフィングには欠かせない。
欠かせないので、理解できずとも聞いておく。
ここで、ハルが手を挙げる。
質問があるようだ。
「自己評価関数って、確かにステータスとしてはひとつですけど‥‥、そのステータスの中に、色んなパラメータが含まれてますよね?
それはどう入力するんですか?」
ハルの質問はごもっともで、自己評価関数とは、様々な要素の集合体だ。
「赤色よりも青色が好き」とか、「野菜よりもお肉が好き」とか。
性別は女であるとか、誰と誰の子どもだとか。
自己評価関数とは、ある任意の個人そのものを特定するための関数だ。
確かに、クラスルーンの上に自己評価関数を乗っければ、全体の構成自体はスッキリするだろう。
だが、この自己評価関数を決定するために今度は、膨大な情報を入力する必要が出てくる。
そしたらまた、千や二千の「if文」が、クラスルーンに並ぶこととなる。
いくら、七行八次元論でレイアー構造が単純になるとしても、一夜漬けでマルのためのクラスルーンが用意できるとは――。
ここでハルは、ハッとしたように口を開ける。
自分で質問して、自分で解決したようだ。
フロントさんが、腕を組んだ姿勢で、ダイナに問う。
「なるほどな。AIなら、自己評価関数の学習はお手の物か。」
「そゆこと。」
ダイナは、ぬいぐるみのマルを抱え上げる。
マルを抱えたのは、魔法の虚像、メイジのダイナの方だ。
魔導者のダイナは、スマートデバイスを操作している。
「原理としては、こう。
俺が作ったベースルーンに、マル君が学習して構築した、ハルちゃんの自己評価関数を重ねる。
ベースルーンの上に、パーソナルルーンを重ねて、ハルちゃんの虚像を投影する。」
「「「おお~~~!!」」」
いまいち話しについていけていない、セツナとJJ、それから杏里が、感嘆の声を上げる。
よく分からんが、ダイナのルーンと、ブーマーの理論が備われば、最強に見える。
‥‥じゃなくって、ハルの偽者が作り出せるらしい。
超監視社会で集積された、ハルの個人情報。
行動や性格、趣味嗜好、それから戦闘データ。
それを、AIで電脳霊体のマルに、学習してもらう。
学習した情報を、自己評価関数として扱い、ダイナの組んだベースルーンの上に貼り付ける。
それで、改良型疑似クラスルーンの完成。
今回作成するルーンは、とにかくハルに化けることへ特化したルーン。
クラスルーンの本来の使い方からは逸脱しているが、それこそが技術の発展だ。
七行魔法の融通が利く性質を利用し、本物と見分けのつかないハルの偽者を用意する。
――ここでやっと、ブーマーのセクハラ発言に繋がる。
彼が、ハルの頭髪を欲しがった理由。
それは、魔力の質まで完全に再現をするため。
髪は、地球の文化においても、呪術やスピリチュアルにおいて、特別な意味を持つ。
また、生理学的な観点からも、髪は健康のバロメーターとして認知されている。
頭髪は新陳代謝が盛んで、栄養やホルモン、それからストレスの影響が出やすい。
ベテランの美容師などは、妊娠している女性の髪質の変化を、髪に触れただけで知ることができるほどだ。
霊的にも、生理学的にも、重要な髪だから――。
蜜のように甘ったるい呪いの影響も、さぞ受けていることであろう。
ぬいぐるみの中に仕込めば、きっと騙されてくれる。
‥‥ぬいぐるみの中に、女性の毛髪が入っている絵面は、とてもホラーではあるけれど。
八車が、ハルの両肩に、後ろから手を乗っける。
「ビルの3階に美容室があるから、そこで切ってもらおっか?」
「あ、はい。」
「わ、私もついていきます。」
方針が決まったので、各々行動に移る。
女性陣は、ハルの付き添い。
ロボットが営業している美容室で、髪を切ってもらう。
ダイナとブーマーは、ベースルーンの用意。
それと、パーソナルルーンのチューニングも受け持つ。
ぬいぐるみのマルは、メイジのダイナの腕の中で、くったりとする。
電脳霊体が、セツナのスマートデバイスに入り込む。
『セツナさん、サーバールームまでお願いします。
そこのゼタクロックコンピューターをお借りして、ラーニングを行います。』
「オッケー。」
サーバールームに向かうセツナとマル。
「ダイナ、俺たちに手伝えることはないか?」
JJが、ダイナに聞く。
仕事が無いのは、JJ・フロントさん・ヤマブキの3人。
「あー‥‥、それなら、ここにPCと、小っちゃいサーバーを持って来てくれない?
パーソナルルーンのチューニングに使うから。」
「任された。」
11人目の魔導者の登場。
全員が、就寝前にもうひと働き。
――決戦はもう、始まっている。
十全な備えこそが、充分な戦果を築く。
明日の作戦の成功率を少しでも高めるため、皆で協力し、ハルの囮を作成した。
作業は、日付が変わる頃まで続き――。
その効果は、戦局を大きく左右した。
‥‥‥‥
‥‥




