11.25_2月13日 反攻作戦
『おらおら! 働け! 働け!』
「うぅ‥‥‥‥。」
『ムチ打ち! ムチ打ち!
ノルマこなせない奴は、ムチ打ち!』
「ひぃ‥‥!?」
『おら新入り! また奇形のピーナッツが混じってるぞ!
こんな簡単な仕事もできないのか! ボケナスぅ!!』
「すいませんっ、すいませんっ、すいませんっ‥‥!!」
異界洞窟。
強制労働区画。
床がビスケット、壁はスポンジケーキ、天井はチョコレートクリームでできた、お菓子な空間。
そこに、1人の新入りが収容された。
これから100時間、無休の強制労働。
新入りに課せられた労働は、ピーナッツの手分け。
煎られたピーナッツを、大きさごとに分ける。
階級分けだでなく、平たいピーナッツや、2つに割ることのできないピーナッツを、手作業で取り除いていく。
ジェインソンファイトクラブに敗北した者は皆、ここに収容されるのだ。
「しくしく‥‥。」
戦いの傷も治療されず、強制労働を強いられる。
両足の足首を、椅子に縛り付けられて、ピーナッツを手分けするだけの機械として使われる。
人を人として扱わぬ労働環境に、新入りは涙を堪えきれない。
「しくしく‥‥。
恋人に乱暴された挙句に捨てられて‥‥。
行く当てもなく、こんなところで働かされるなんて‥‥。
かわいそうな私。
しくしく‥‥。しくしく‥‥。」
『‥‥お、おう。』
『ま、まあ、元気だしな。人生悪いことばっかりじゃないぜ!』
『アメちゃん食べるか?』
カボチャの妖精が、新入りに同情を示す。
彼女がどういう経緯で、ここに収容されたかは知っている。
しかし、外で非道な目に遭ったとしても、ジェインソンファイトクラブのルールは絶対。
例え、悪辣で残虐非道な恋人に、身も心も痛めつけられて、ここへ収容されたとしても‥‥。
収容されたからには、奴隷のように働く義務がある。
洞窟や下北沢見かける、カボチャの妖精たち。
彼らは、魔法災害の首謀者である腫瘍神の、子機のような存在。
本体の代わりに、子機が洞窟の外へと出て、社会に干渉をしている。
労働者の監視をしているカボチャたちは、言葉と態度こそ高圧的だが、作業をしている限りは、危害は加えてこない。
新入りに対しても、脅かすことはするけれど、本当に手は出してこない。
‥‥どこぞのDV彼氏と違って。
新入りの両足を縛り付けている縄だって、彼らが結んだ物ではないのだ。
‥‥なんか、新入りが勝手に、自分でやった。
カボチャたちは、様子のおかしい新入りの扱いに、少し困っている。
それが、本当のところ。
新入りは、そのことを知ってか知らずか、手を動かしながら、ふてぶてしくもカボチャに話しかけ続ける。
「カボチャさん、カボチャさん。
聞いてくれますか?
もう、私に帰るところなんてないんです。
私は、悪いジェインソン男に騙されて、友達を傷つけてしまったんです。
恋人にも見放され、もう居場所がありません。
このままここで、馬車馬のように働くしかないんです。
それで、働けなくなったら、ここからも捨てられるんです。
そして最後は、誰に知られるでもなく、道端の雑草みたいに、ひっそりと枯れちゃうんです。
しくしく‥‥。
どうしてこんなことになってしまったんでしょう?
かわいそうな私。
しくしく‥‥。しくしく‥‥。」
『『『‥‥‥‥。』』』
ずいぶんと、妄想が逞しいようだ。
どうしてこうなったのか?
などと、新入りは宣うが‥‥。
どうしたもこうしたも、この新入りが勝手にやったことなのである。
ツッコミたい。
ツッコミを入れたい‥‥!
が、我慢して、カボチャは口を紡ぐのだ。
強制労働施設の新入り、アイ。
彼女は別に、洗脳などされていなかった。
――造花の魔女は、暗い月の祝福によって、呪われている。
女神の所有物に手を出すなど、有象無象にできる道理はない。
アイは、悲劇のヒロインを演じながら、チマチマとピーナッツを選別している。
瞳には、しっかりと感情の光が灯っており、思考も、いつものアイのそれだ。
‥‥いまの状態が、いつものアイの思考なのである。
正気である。残念なことに。
ジェインソン男が照射した、デスハロウィン洗脳ビーム。
それは、アイには全く効いていなかった。
しかし、これは利用ができると思い、彼女は洗脳された演技をしていた。
アイがいま着ているオーバーオールは、暗い月の奇跡で作り出したもの。
暗い月の奇跡:弓なりの屈曲
自分の服装や姿を変える、禁忌に属する奇跡。
暗い月が、人類にばら撒いた奇跡のひとつ。
この、姿を変えられる奇跡を使い、アイはあたかも、ジェインソン男の手中に落ちたかのような演技をしていたのだ。
趣味のコスプレが、意外なところで役に立った。
役に入り込んだり、世界観に入り込んだりするのは、人よりも手慣れているし、小慣れている。
‥‥その演技で、友人の心を傷つけてしまったけれど。
‥‥その演技は、恋人にはバレバレだったけれど。
‥‥帰ったら、心配させたことをちゃんと謝ろう。
‥‥帰ったら、思いっきり甘やかしてもらおう。
「さて――。」
悲劇のヒロインごっこは、そろそろいいだろう。
作業の手を止める。
見張りをしているカボチャたちの視線が、キツくなった。
先ほどまでは、アイに同情を示していたカボチャたち。
サボっている新入りを取り囲む。
水あめで作られたムチで、ビスケットの床を叩く。
3体のカボチャが、風切り音をいくつも立てて、威嚇と警告をする。
しかし、アイは動じない。
あくびをひとつ、優雅にしてみせて――。
それから作業机の上に、肘をつく始末だ。
新人のクセに、生意気である。
新人の横暴は止まらない。
悠長に、お色直しを始める。
暗い月の奇跡。
歪んだ屈曲が起こり、アイの姿が、暗い帳の中へ消える。
帳が開くと、綺麗なお洋服に身を包んだ、造花の姿。
黒いドレス、青いバラの髪飾り。
セントラルの服装。
日本で着歩くには、少々場違いな、浮いた服装。
ついにカボチャたちは痺れを切らす。
色気づいたアイに、ムチを振るった。
3方向からのムチ攻撃。
人の肌どころか、骨まで傷つけてしまうムチ。
水あめで作られたムチは、アイに接近するにつれ‥‥、どんどん速度が鈍くなっていく。
音速を超えるムチの先端。
風を切って振るおうとも、アイには届かない。
そして、完全に停止。
ムチの先が、彼女の周囲で、ふわふわと踊っている。
水あめのムチの上に、砂糖がまぶされる。
砂糖のような氷雪。
ムチは凍り付き、先端から砕けていく。
アイは、机に肘をついたまま。
みしぼらしい椅子に、綺麗なドレス姿で腰かけるアイは、悠然としている。
黙ってじっとしていればミステリアスな赤い瞳が、空中でオドオドしているカボチャを見上げている。
その口元に、イタズラな微笑みが浮かんだ。
「カボチャさん、カボチャさん。
――さっきからずっと、頭が、高いですよ。」
アイがそう告げると、カボチャは地べたに這いつくばる。
‥‥いや、這いつくばらされている。
何者かに、上から頭を抑えつけられている。
地べたで、苦しそうに呻くカボチャの妖精。
同胞の異常に、他の労働者を監視していたカボチャたちが気付いた。
『おい!? どうした!?』
『なんだ!? なんだ!?』
『警報だ! 警報を鳴らせ!!』
強制労働区画がざわめく。
騒がしくなる。
「全員、静かに。」
イタズラに微笑む口元。
澄んだ声色の命令。
造花の一声。
喧騒が静まり返る。
不自然なほど、一斉に辺りが静まり返る。
労働者たちがピーナッツを選別している作業音だけが、不気味に響く。
アイの後ろ、空間が歪む。
‥‥何かが、アイの背後にいる。
大きい。
大きな、芋虫‥‥、だろうか?
人の姿にも見える。
空間の歪みが、強制労働区画の全域に広がっていく。
木の枝が生い茂るように。
木の根が広がるように。
細くて、目に見えない、空間の歪み。
世界が、淡い色彩で包まれる。
光が歪み、7つの色に分かたれ、不気味で幻想的な空間を生み出す。
カボチャの妖精は、歪んだ光に捕まり、アイの命令に服従させられる。
虫の糸に絡め取られたみたいに、自分の意思で動けなくなる。
姿無き、蟲の糸。
姿無き絹糸。
カボチャたちは、見えない蟲の糸に囚われている。
アイの言葉に、逆らうことができない。
「ふふふ――。
いまの私は、女王様です。」
黒いドレスを着た囚人は、カボチャたちを跪かせ――。
一夜にして、強制労働区画の支配者となった。
◆
2月13日 08:00。
反攻作戦、開始。
「よし、行こう。」
「かるーく、肩を付けてやるさ。」
セツナの合図に、フロントさんが軽口を返す。
下北沢の近くに設営された、仮拠点の外へ出る。
朝の寒空の下、下北沢は今日もハロウィンを開催している。
若者の町を覆いつくしている緑色のツルは、少ししおれている。
ハロウィンを彩る、紫と橙色のイルミネーションも、ところどころ停電している。
異界の勢いが弱まっている。
昨日の破壊工作が効いているようだ。
叩くなら、今しかない。
首謀者が次の手を打つ前に、洞窟の最奥へと侵攻し、討つ。
昨日のブリーフィングでは、洞窟への攻撃部隊が編成された。
セツナ・JJ・ダイナ・フロントさん・八車。
この5人だ。
八車は、怪我の回復が万全でないものの、編成に加えられた。
残りのメンバー、ヤマブキ・ブーマー・ハル・杏里は、三軒茶屋で待機。
ヤマブキは3人分の仕事が可能で、ブーマーは洞窟で戦うには能力が不向き。
ハルはCEを動かせるし、杏里は単純に戦闘力に乏しい。
これらの理由から、攻撃メンバーは5人、待機メンバーは4人という編成に決まった。
仮拠点から、下北沢へ移動を開始。
昨日は屋上を飛び移って下北沢まで移動したが、今日は堂々と、道路を歩いて移動する。
一般人が飛ばしている、違法ドローンの姿は確認できない。
今日は、影も形も見えない。
ジェインソン男による、ライブ配信が原因だ。
昨日の配信に映った、セツナの戦闘。
彼の唸る拳が空振ると、その余波が、川の水を逆流させた。
拳ひとつで、地形を変えんばかりの威力を生み出す。
その映像が、人々に衝撃を与えた。
人は理解した。
魔法という物がどれだけ大きな力を持ち、どれほど恐ろしいのかということを。
魔法生物による襲撃でもなく、カボチャたちによるお菓子の強奪でもなく、自分たちと同じ人間が、それらに匹敵する力を行使できる。
ギアや銃を持たず、戦車や戦闘機などの兵器に乗ることもなく。
ただただ、生身で、それだけの力を行使できる。
それだけの力を、持っている。
しかもセツナは、そんな威力の攻撃を、自分の恋人に、何のためらいもなく放ったのだ。
脅しとして、効果はてきめんだった。
あくまでも、法律に則り処分を下すAIと、何をしてくるか分からない人間。
現在の法治を、個の武力だけでひっくり返せそうな人間。
どちらの方が恐ろしいか?
考えるまでもないであろう。
おかげで、ジェインソンファイトクラブ in 池尻大橋が配信されたあと、東京都民は、災害収束のための活動に、非常に協力的となった。
撮れ高を狙う一般人も、警察や自衛団に楯突く者もいなくなった。
‥‥あの、銀腕の悪魔が怖いから。
自分に歯向かうならば、恋人すら手に掛けようとする、悪魔が怖いから。
ジェインソン男のライブ配信は、布教活動のための企画だった。
恐怖と畏怖。
それと、背徳的な欲望の充足。
信仰獲得のための布教活動は、見事に裏目に出た。
得体の知れない魔法生物よりも、自分たちと同じ人間の方が恐ろしく、不安させ、悩ませるのだ。
――やりやすい。
――今日の仕事は、やりやすい。
攻撃部隊は、堂々と道路を歩き、下北沢の異界へと進入する。
空気が変わる。
空間に魔力が満ちている。
波打つ湖の中にいるような、魔力に塗り替えられた世界。
魔力の濃度が、昨日よりも減少している。
やはり、魔力の供給や貯蓄が追いつかず、「水声暗蝕」の維持がままならないようだ。
あるいは――、もしかすると‥‥。
魔法生物からの妨害を受けることなく、異界洞窟の入り口に到着する。
そこは、下北沢駅。
駅から、北東に少し歩いた場所。
カボチャの馬車が停車している駅の北東には。遊歩道エリアが広がっている。
200年前の街並みを、そのまま残している下北沢。
かつて、この遊歩道は、電車の線路が通っていたらしい。
「下北沢の開かずの踏切」と言って、この線路の踏切は、通勤ラッシュの時間帯には、1時間のうち40分も踏切が閉まっていたそうだ。
――その昔、開かず踏切があった場所。
そこから、魔女の気配を感じる。
セツナの左手が、魔女のいる先を指し示す。
セツナが、虚空に向けて左手を伸ばす。
左手に、空気がまとわりつく。
空気の粘度が高くなる。
結界に、左手が干渉しているのだ。
左手を、さらに前へ。
絹の布に似た感触を、左手が破る。
布の裂ける音が、左手の周囲から広がる。
布が裂けた隙間から、風が吹き抜ける。
冬の外気とは全く異なる、湿度の高い風。
空間が歪み、完全に裂ける。
左手を覆っていた、粘度の高い空気の感触が消える。
5人の目の前に、洞窟の入り口が現れた。
池尻大橋の入り口は隠されてしまったが、別の入り口を、簡単に探し当てた。
‥‥潜んでいるのだ。
洞窟には、獅子身中の虫が。
ズルくて、悪い魔女が。
虚空に開いた、洞窟の入り口。
ダイナは好奇心から、入り口の後ろへ回り込んでみる。
裂けて開いた入り口の後ろには‥‥、何も無い。
大きな鏡みたいだ。
入り口の裏側には、曇天の空を思わせる、暗い灰色をした光の壁が反り立っている。
投げナイフの剣先で、光の壁を叩いてみる。
壁から、岩を叩いたような音がした。
少なくとも、触れても害はないようで、少なくとも、裏側からは入れないらしい。
ダイナが、表に戻って来る。
気を取り直して、侵入。
――午前8時15分36秒。
攻撃部隊、異界洞窟へ侵入。
‥‥‥‥
‥‥




