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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
11章_下北スクランブル

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11.24_13:42 セツナ vs アイ

ハルたちが異界洞窟で倒れた後のこと――。

3つの棺桶が、洞窟の奥へと運ばれた。



『どなどな~、どなどな~。』


『闘技場送り! 闘技場送り!』


『強制労働~☆』



トロッコに積まれ、カボチャに連れられ、運ばれた棺桶。

辿りついた先は、鉄柵で囲まれた、円形のリング。


ジェインソンファイトクラブ。

いま、カボチャたちのあいだで最も熱い、血と暴力のエンターテインメント。


リングの中では、ホッケーマスクを被った人間たちが、何人も戦っている。



彼・彼女らは、昨日の魔法災害で行方不明となった人々。

ハルたちと同じように、カボチャに攫われて、ここに連れて来られたのだ。


そして、こうして見世物として戦わされている。



リングの上では、ファイター10人による、バトルロワイアルが行われている。

すでに死屍累々となっているリングでは、戦いはすでに大詰め。


2人のファイターが、泥臭い戦いを繰り広げている。


もう、体力が残っていないのであろう。

自分の打ったパンチに、身体が振り回されている。





気力だけで戦っているファイターとは打って変わり、リングを囲み観戦するギャラリーは、元気いっぱい。



『殺せ~☆』


『いけ~! いつまでやってんだ~!』


『さっさとKOしろノロマー!』



応援、野次。

物騒な言葉と、甘いお菓子が飛び交う。



『――うおおおぉぉ! オレがチャンピオンだ~!』



ここで、興奮したギャラリーのカボチャが、リングに乱入。

リングを囲む鉄柵をすり抜け、リングイン。


リングの隅っこでくたばっているファイターの頭に、カボチャを被せる。


‥‥‥‥。

むくり。


赤いカボチャを被ったファイターが立ち上がる。



『ヘッドバット! ヘッドバット! ヘッドバットぉぉぉ!!』



カボチャに思考と身体を乗っ取られたファイターは、狂ったように頭を振り回す。

ありえないほど腰を反って、大きなタメを作り、カボチャ頭でヘッドバット。


ヘッドバットで歩きながら、へろへろな泥仕合をしているファイターの方へと向かう。


突然の乱入者に、ギャラリーが湧く。

泥仕合をしていたファイターに、檄を飛ばす。


いくらへろへろな試合を見せられていようとも、正々堂々と戦ってきたファイターが、乱入者に負けては興ざめだ。

スポーツマンシップに則り、必死に声援を送る。



『うおぉぉぉ! 負けるな~~!』


『オレ達が憑いてるぞ~!』


『憑いてやるぞ~!』



‥‥カボチャのスポーツマンシップは、人間のそれとは異なるようで‥‥。

次々とカボチャがリングに乱入する。


カボチャたちは、バトルロワイアルを生き残っていた2人の元へと駆け付ける。

彼らに、カボチャを装備させる。


生き残りの1人は、両手にカボチャを装備させられた。

半分に切られたカボチャだ。

薄い可食部分の中に、ワタと種が見えている。



『くらえ~! パンプキンバルカン!』



両手のカボチャから、カボチャの種が発射される。

撃ち出された種が、ヘッドバットファイターを襲う。


ヘッドバットファイターは、射撃を丈夫なカボチャ頭で耐えている。

種を頭で弾いて、ヘッドバットで歩きながら前進をしている。


畑を耕すクワみたいに、カボチャ頭が振り回されている。

それを上から、巨大なカボチャがペシャンコにした。


もう1人の、生き残っていたファイター。


彼は、首から下に、巨大なカボチャを装備させられた。

カボチャから頭だけ出して、それ以外は全て、すっぽりとカボチャに覆われている。


カボチャ頭が床に叩きつけられるタイミングに合わせ、重量のあるカボチャアーマーで、上から頭を踏み潰したのだ。


跳ねて攻撃するしかできないカボチャアーマー。


動きは単調だが、重量級の攻撃は威力充分。

ヘッドバットカボチャの頭を、のしかかりで粉砕。


憐れ、ヘッドバットカボチャはリタイアとなる。

‥‥人生からも。



『おーーのーー!』



ヘッドバットカボチャを操っていた妖精は、敗北に天井を仰ぐ。

同胞から、乱入の制裁として、お菓子が投げつけられている。


乱入者の始末は終わった。

生き残ったファイター同士のタイマンが再開される。


両者、カボチャで完全武装。

カボチャバルカンに、カボチャアーマー。

先ほどまでのような、眠たい試合にはならないだろう。


ギャラリーのボルテージが上がる。

カボチャが、ファイターに指示を出す。


カボチャバルカンは手数と足で戦い、手も足もないカボチャアーマーは、とにかく跳ね回る。



決着は近く、OKは必至。



――と、ここで一端CM。


トロッコで運んできた棺桶のひとつが開く。

蓋を殴りつけるようにして、棺が開いた。


棺桶から出てきたは、アイ。

胸を押さえながら、周囲を見渡す。


洞窟の中、カボチャの妖精、鉄柵に囲まれたリング、死屍累々。



「これは‥‥!」



甘い香りの中に混じる、油の匂い。

アイの表情が曇る。



「ヂェーンソッソッソォ!

 みぃ~たぁ~なぁ~‥‥!」



スピーカーで拡声された声が洞窟に響く。

どこからともなく、アイの前に、マイクを持った大男が飛んで降りて来る。


マイクを握っている大男に対し、両手剣を構えるアイ。

顔色が悪い。

自爆トロッコの連鎖爆発に巻き込まれたダメージが、身体に残っている。


気を緩めると、今にもその場に座り込んでしまいそうだ。



苦しそうなアイ。

大男は悠長に、マイクを片手に、アイを指差す。



「へいへい! 出番はまだだぜ!

 良い子は、もっと寝てなくちゃあダメなんだぜ!」



男の言葉に、耳は貸さない。

武器を構えたまま、魔力を練り上げる。


強情なアイに対して、男は自分の額を、ホッケーマスクの上から掻いている。



「ソッソォ! 目を覚ましちまったんなら仕方がねぇ。

 このまま、面接を始めさせて――。」



地面が凍った。

剣戟が、氷の上を滑った。


大男を斬りつける。

下から上。


斬りつけられた胴体が凍る。

傷口に、雪のような結晶が形成される。

血が固まってできた結晶。


血液とは水だ。

水は、固体になると体積が増える。


血が凍り、体積が増加し、体組織を内部から破壊する。


綺麗に切り裂かれた傷口には、雪が積もってたちまちズタボロになり、痛々しくも耽美(たんび)な花が咲く。


氷の剣が、炎の刃(フランベルジェ)のように、傷口を痛ませて重症化させる。



「ぐあぁぁぁあああ!?!?

 ――死んだぜッ!!!!」



大男は断末魔を上げて、仰向けに倒れる。

それから、何事も無かったかのように立ち上がる。


傷口は、すでに塞がっている。



「傷の治療で消費した魔力から、攻撃力を計算――!

 面接結果、合格!

 オマエを、ジェインソンファイトクラブのメンバーに入れてやるぜ!」


「お断りします!」



大男の合格通知を蹴り、アイは地面を滑る。


握った両手剣に霜が降り、剣先が凍り付く。

剣が、大斧へと変貌する。


大斧は首を狙って振るわれる。

強烈な一撃は、大男に命中することなく、途中で止まる。


‥‥‥‥。


男の足元。

影が伸びて、そこから棺桶が――。


蓋の開いた棺桶。

アイを阻むように立ち塞がる。


棺の中では、ハルが死んだように眠っている。



大男は、ハルを盾にして、アイの攻撃を凌いだ。



「‥‥くっ!」



表情に乏しいアイの顔が、露骨に、嫌悪感と憎悪を(あら)わにする。

彼女の動揺は、棺桶の向こうからでも手に取るように伝わる。



「隙ありだぜ!」



大男が棺桶の影から飛び出す。

両手の人差し指と中指を、額の中心で構える。



「オマエも、ハロウィンにしてやるぜ!」



彼が被っているホッケーマスクに、「J」の模様が浮かび上がる。



「喰らえ! 強制採用、デスハロウィン洗脳ビームッ!」



大男の額から、紫色の光線が放たれた。

光線は、アイの胸を射抜き、貫通する。


アイの顔から、表情が抜ける。

心の中に燃え上がっていた憎悪が消える。


両手剣を手放し、落としてしまう。

カボチャの煙に包まれて、ハロウィンの装いへと衣装が変わる。


ホッケーマスクに、藍色のオーバーオール。

そして――。



「ハロウィン万歳! ハロウィン万歳!」



ハロウィンの一員となれたことに歓喜し、両手を挙げるのだった。



‥‥‥‥

‥‥





「どうした新チャンピオン?

 先ほどの試合と異なり、全然手が出てないぞぉー!」



池尻大橋に響き渡るマイク実況。


本日の天気は晴れ、最高気温は11℃。

だのに、池尻大橋の道路は凍結している。


凍結どころか、人の背よりも高い氷柱まで地面から生えている。



「アイさん! 目を覚まして!

 私です! ハルです!」


「‥‥‥‥。」



アイが振るうホッケースティックの打撃を躱しながら、ハルは必死に呼びかける。

‥‥それが無駄だと分かっていても、そうせずにはいられないのだ。


ハルは、アイと戦うことになってしまった。

しかし、ハロウィンに操られた彼女と戦うことなんてできず、逃げ回っている。


ドリーを戦闘から退かせ、自分1人で戦い、防御と回避に徹している。

そうすることしか、できないのだ。



「ヂェーンソッソォ!

 面白いことを思いついたぜ!

 おい、新チャンピオン! こっちを見ろ!」



アイの動きが止まる。

ハルの怒りに満ちた瞳が、大男の方を睨む。


そこには、自立した棺桶。

蓋が、大男によって開かれる。


棺の中には、八車。

死んだように眠っている。


彼女は、洞窟での爆発からハルを守るために、ハルに覆いかぶさって爆発を受けた。

爆発を、化身相術による変身で受けても、そのダメージは深刻。


胸が上下し、呼吸をしているのが信じられないくらいだ。



大男は、どこからともなくチェーンソーを取り出す。

スターターを引っ張り、スロットルオープン。



「ギュィィィイイイン!

 塩試合には、ギュィィィイイイン!」



チェーンソーで、棺桶を切り始める。

おが屑が舞い、道路に積もっていく。



「いいか! この女の命が惜しければ、さっさとチャレンジャーをぶちのめせ!

 ま、負けた方は、洞窟で強制労働だがな!

 楽しいハロウィンのために、奴隷のようにこき使ってやるぜ!」


「この――!」


「おおっと、その殺る気は、チャレンジャーへ向けな!」



大男の方ばかり見て、彼の一挙手一投足が気になるハル。

注意が散漫になっているハルの肩を、アイが掴む。


強引に自分の方へと振り向かせる。

無防備な腹に、ホッケースティックが叩きこまれる。


腹に、打撃が食い込む。



「うそ‥‥。」



足が地面から離れ、何十メートルも地面を転がる。

ハルはお腹を押さえ、うずくまっている。


痛みはない。

直撃の瞬間に後ろへ飛び、直撃を免れた。


けれど‥‥。

心が‥‥。



仲間を人質に取られ、仲間と戦わされる。



ハルは動かない、動けない。


どうすれば良い?

ハルの闘志が揺らぐ。


大義のために、仲間を犠牲にする。

できるはずがない。


ましてや、自分の手でなど‥‥‥‥。

それならば、いっそのこと‥‥。



大男は、迷い弱っているハルに、声援という名の挑発をする。



「ギュィィィイイイン!

 はい、試合再開! カーン!

 ギュィィィイイイン!」



戦いから逃げれば、八車が殺される。

戦いに勝てば、アイを取り戻せない。


ハルは立ち上がらない。

悪夢から逃げるようにうずくまるハルの元に、アイが、感情の無い瞳で歩いていく。



ハルは立ち上がらない。

動かない。

動けない。



アイが、ハルを間合いに捉える。

ホッケースティックを、大きく振りかぶる。



崇拝すべき、ハロウィンに楯突いた、不届き物の首を撥ねるように――。

ホッケースティックが、勢いよく振るわれ――。



道路は、白い冷気に覆われた。



「チャレンジャーの、渾身の一撃が炸裂ぅぅぅ!

 これは勝負あったかぁ!」



試合が動いたのを見て、大男はチェーンソーを止める。

実況席へ大急ぎで戻って、マイクを手に取る。


霧のような冷気に覆われた道路。

空気が冷えて重くなり、停滞。


霧と冷気が晴れる。

――太陽のような炎によって。



「‥‥兄さん。」



寒さで凍えるハル。

暗い表情で、太陽を見上げる。


そこには、冬の冷たさを、右手で受け止めるセツナの姿があった。



「ハル。無事でよかった。

 少し、そこで休んでて。

 ‥‥状況は、だいたい分かった。」



アイが、セツナから距離を取る。

ホッケースティックを中段に構える。


空からの乱入者に、大男はご機嫌な様子。



「ヂェーンソッソッソォ!

 また会えてうれしいぜ! エージェントぉ!」


「ジェインソン男‥‥。」


「オマエも、ジェインソンファイトクラブに参加しないか?

 というか参加するよな!

 知ってるぜぇ! そこの女が、オマエの恋人だってことをなぁ!」



大男の正体は、ジェインソン男。

先週、セントラルで戦った、異界の堕とし子だ。


奴がなぜ日本にいる?

魔法災害の謎が、またひとつ増えた。


ジェインソン男は、マイクを握り、高らかに宣言をする。

ルールの変更だ。



「視聴者のオマエらに業務連絡だ!

 ここからは、試合の内容を変えてお届けするぜ!


 対戦カードは、セントラルでオレをぶち殺しやがったエージェントォォ!

 ――バーサス、ハロウィンで洗脳した強化人間んん!


 そして、追加の情報だ!

 なんとこの2人は、恋人同士ぃぃ!


 熱いぜ、妬けるぜ!


 さあ、恋人同士で殺し合え!

 人の不幸は蜜の味!

 ドイツ語で言うと、シャーデンフロイデ!


 試合開始ぃぃぃぃ! カーーーン!!!」



試合開始のゴングが鳴る。


対戦カードは、セツナ vs アイ。

運命は残酷で‥‥、恋人同士が戦うことになってしまった。



「うっひょ~、コメントの流れが早くなってるぜ!

 ジェインソンファイトクラブ! 覇権を狙うぜ!」



魔法により投影された画面を見て、ジェインソン男は1人で騒いでいる。

自らの企画力を、自画自賛している。



――docAIから通信があった。

ジェインソン男は、魔法で電脳ネットワークに侵入し、ライブ配信をしているそうだ。


セツナがここに駆け付けたのも、この場所が分かったのも、配信のおかげ。



ハルは、兄の顔を見上げる。

セツナは、覚悟を決めた、真剣な表情をしている。


アイと、戦うつもりでいる。



「兄さん‥‥、待って――。」



かじかむ手で、兄のズボンの裾を掴む。

兄が前に歩くと、力の入らない指は(ほど)けてしまう。



「大丈夫。少し、休んでて。」



優しい声で、セツナはハルにそう言うのだ。

‥‥駄目だ。戦ってはいけない。



兄と、アイが戦う。

兄が、アイと戦う。



アイが地面を凍らせ、滑る。

ホッケースティックを上段に構え、セツナに殴り掛かる。


セツナは、散歩でもする歩調で、アイの方へと歩いていく。

恋人を迎えに行く、そんな感じにも見える。



対照的な2人の動き。

ハルは、道路にへたり込んだまま、見ていることしかできない。



――兄が、アイと戦う。

そんなこと、できはしない。


兄はアイとは戦えない。

自分でさえ躊躇しているのに、自分よりも深い仲の兄が戦えるなんて――。






――アイが、凍った道路に背中から倒れ込んだ。

自分が凍らせた道路のせいで、数メートルのスリップをしてから、止まる。



「‥‥‥‥へ?」



ハルの口から、素っ頓狂な声が漏れてしまう。

心なしか、アイも目を見開いているように見える。


対するセツナは、左腕を直角に曲げている。



‥‥突っ込んで来たアイに、ラリアットをお見舞いしたのだ。



直角に曲げた左腕は、震えている。

拳は強く握りしめられていて、残酷な運命に憤りを‥‥、別に感じてはいない。


どこか、ガッツポーズをしているように見える。

‥‥‥‥。



アイが立ち上がる。

セツナが振り返る。


アイが道路を凍らせる。

セツナが道路を踏み鳴らす。


道路の表面が、魔力の衝撃で揺れ、氷が割れる。


アイが走り、ホッケースティックを横に振る。

‥‥躊躇なく踏み込んで来たセツナに、腹を殴られる。



「‥‥‥‥!?」



腹を押さえて、くの字に身体を折り曲げるアイ。

いい感じにセツナの拳が入ったのか、痛みを誤魔化すために、身体を曲げたまま歩いている。


ハルの顔から、表情が消える。


無。

虚無になる。


実況席も困惑。

無言になっている。

想定してた台本と違う。


ライブ配信のコメントも荒れている。

人の不幸を見て喜びたいのに、違う物を見せられていることに、怒っている。



ここで、やられてばっかりのアイが、不意打ちを放つ。

痛がっているフリから一変、ホッケースティックの上段打ち。


身体を起こし、スティックを振り上げたすぐ目の前には、DV彼氏が立っている。


セツナが手を伸ばす。

アイを抱き寄せる。


強張った身体。

失われた心。


今こそ、愛の絆パワーで、恋人を正気に――。



なんてロマンティックが起こるはずもなく‥‥。

セツナは、アイを投げ飛ばした。


巴投げ。

アイの胸倉を掴む。

掴んだまま、一緒に後ろへ倒れ、アイの身体を足で支えながら、倒れた勢いを使い投げ飛ばす。


アイを足で支えるとき、強めに腹を蹴るのも忘れない。

投げ飛ばされ、二度(にたび)、道路に背中を打つアイ。


これは効いたらしい。

道路の真ん中で、酔った芋虫みたいに、ジタバタしている。

‥‥‥‥。



「‥‥あの、兄さん?」


「大丈夫。休んでて。」



セツナが、散歩でもするように、アイの元へ歩く。

アイは、すっかりセツナの暴力がトラウマになったのか、後ずさる。


彼女の瞳に感情は無く、しかし、挙動からは恐怖の感情が漏れ出ている。



「‥‥‥‥!」



歩み寄って来るセツナに対し、アイがホッケースティックを振るう。

がむしゃらに振るった攻撃は、セツナの左腕、龍のウロコに受け止められる。


セツナは右拳を握り込む。

大きく、アイに見せつけるように振り被る。


――びくり!


トラウマが刺激され、反射的に顔を守ってしまう。



もちろん、いくら洗脳されているといえど、恋人の顔を殴るなんて、セツナにはできない。


代わりに、アイの足を踏みつける。

そして、顔ばかりに意識が向き、ガラ空きになっているアイの胸を両手で押す。


アイがバランスを崩す。

セツナに足を踏まれているせいで、バランスが取れない。


せめて腕でバランスを取ろうとして、両腕を横に開いてクルクルと回す。

腕を横に開いたせいで、ボディがガラ空きになってしまう。


セツナは、踏んでいたアイの足を解放する。

踏まれていた左足を大きく後ろに引いて、寸でのところで転倒を免れる。


転倒はしなかったが、ボディはガラ空き。


パンチが腹に飛んでくる。

それをガードしようとしたら、足に痛みが走る。



カーフキック。

ふくらはぎを狙ったキックが炸裂。



太ももよりも皮膚が薄く、衝撃を吸収しにくい、ふくらはぎ。

意識外からの攻撃により、ふくらはぎを通っている神経が、キックの衝撃でマヒする。


アイの右足に力が入らなくなる。



セツナが両腕を振り上げる。

モンゴリアンチョップ。

アイの鎖骨に、両手でチョップを落とす。


カーフキックで、右足が痺れているアイは、チョップに抵抗できない。

セツナの力に負け、踏ん張れずに膝を折る。


バランスを取るために、後ろに引いていた左脚。

膝を地面につく。



――セツナは、モンゴリアンチョップからのコンビネーション。



セツナは、アイの右膝に足を掛ける。

右膝の上を足場に、跳躍。


シャイニングウィザード。


相手の膝を足場に、相手の側頭部に跳び膝蹴りを放つ、プロレスの技。



セツナの膝が、綺麗に、アイの側頭部へと吸い込まれる。

‥‥恋人の頭に、容赦なく膝蹴りをお見舞いする。


当然、寸止めなんていうパフォーマンスで終わらせはしない。

全力で――、全霊で――、蹴り抜いた。



アイの身体が、道路の上を錐もみする。

スピード違反で取り締まりを受けそうな速度で、荒野を転がるタンブルウィードみたいに爆走。


彼女の後を追うように、ホッケーマスクがころころと転がっている。

セツナに蹴られる直前、側頭部に装備して、威力を軽減したのだ。


シャイニングウィザードの直撃をくらったマスク。

アイの頭を守ったマスクは、ジェインソン男の足元で転がって寝ているアイの所まで、ころころ行って、粉々に砕けた。


マスクが砕けても、アイの正気が戻った様子はない。



――がばり。

アイが上体を起こす。


セツナとジェインソン男を、交互に見る。


目で、何かを訴えかけている。

セツナにも、ジェインソン男にも。



「‥‥‥‥。」



無言のまま固まっているのは、ハル。


彼女は、セツナとアイの戦い‥‥、もといプロレスを、虚無の顔で観戦している。

妹さん、ドン引きである。



「ヂェーンソッソォ‥‥。

 さすがのオレも、ドン引きだぜ‥‥。」



ホラー界隈からも、ドン引きの声。


さすがのジェインソン男も、恋人をこんなにボコボコにする彼氏は、ちょっと、よく分からない。

倦怠期なのだろうか?



セツナは、またアイの方へと歩み寄っていく。

恋人同士で殺し合う、倒錯的な遊戯にテンションも上がってきて、目も座る。

殺る気満々。


首を左右に動かし、首の関節を鳴らす。

動作と音で、アイを威嚇している。



「アイ。

 キミの高潔な精神を、魔法災害に汚されて――。

 あまつさえ生き恥を晒すのはツラいだろう?


 だから‥‥、オレがこの手で、引導を渡してやる‥‥!」



‥‥セツナの脅しに、アイはすっかり怖くなっちゃった。

涙目になって、戦いを放棄し、逃げ出す。


ちょうど、隠れやすい棺桶があったので、そこに隠れる。


棺の中に先客がいたので、それを外へと放り出す。

棺桶で寝かされていた八車が、道路へ放り出された。


アイの利敵行為に、ジェインソン男は、両手で頭を抱える。



「げげ――っ!?」


「ドリー! お願い!」


「はい!」



――機を見るに敏!

ハルと、彼女に召喚されたドリーが動いた。


セツナが、しきりに「休め」と言い聞かせていた理由。

その訳を、聡い妹は察したのだ。


ドリーは、八車を引き摺りながら、ジェインソン男から離れる。


ハルは、わき目も振らず、ジェインソン男の元へ。

拳を、強く握りしめる。



「こんの――! ボケナスッッ!!」



ハルの拳が、ジェインソン男の顔面に炸裂。

爆発を伴う拳に、ジェインソン男の首が大きく揺れる。


首が後ろに揺れて、戻って来たタイミングで、今度はセツナの打撃。


ハルを後ろから飛び越えて、炎のドロップキック。

ジェインソン男が吹っ飛ぶ。



「ぐわぁぁぁぁ!?!?

 見事な連携ぃぃぃ!?」



追撃を仕掛けようとハルが銃を抜く。

すると、アイが逃げ隠れた棺桶が、ジェインソン男の前に立ち塞がる。


ジェインソン男が、アイを盾にする。


二の足を踏むハル。

‥‥構わず突っ込むセツナ。


右手のガントレットが、銀色に輝いている。



ストライクコア × ヘックスコア × 魔女の一撃 = 銀腕の一撃



ジェインソン男は、棺桶の影で、頭を押さえながら起き上がる。

背後には、目黒川が流れている。


渋谷へと続く道路と、垂直に交わるように。

目黒川が道路の下を、上流から下流へと流れている。


これは背水の陣。

棺桶を盾に、思考を巡らせる。


魔力の圧が、ぐんぐんと近づいて来ている。



(いや――、コイツ――、マジか!?!?)



大気が震える。

地面が揺れる。

狼が低く唸る音が、近づく。



(いやいやいやいや――!?

 さすがに打たないよな!?

 さすがに――、無いよな!?)



棺桶の向こうから、一等(いっとう)強い唸り声。

力強く、大地を踏みしめる音。

拳で、全部ぶっ飛ばす音。


ジェインソン男を、棺桶もろとも。



(打たない打たない打たない打たない――。

 さすがに、無い! 無いッ!!

 打たない打たない、打たないで――!)



「咆えろリアファル‥‥!」



セツナの拳が咆哮した。

大気は震え、地面は揺れる。


セツナの眼下を流れる川が、逆走を始める。

下流に向かって流れる水が、拳の咆哮に当てられて、上流へと逃げ出した。



拳が振り抜かれる。

銀色の魔力が荒れ狂う。


手当たり次第、獰猛な牙で食い散らかす。

魔力は、川を駆けあがり、逃げる水を追っていく。


咆哮が、何百メートルと前方にまで響き渡った。



銀腕の拳が口を閉る。

咆哮が止む。


静寂。


逃げ出した川の水が下流へと下り始る。

逆走した数百メートル、水の途切れた川を下り、場の静寂は終わる。



ジェインソン男は――、冷や汗を川のように流しながら、建物の屋上で息を切らしている。


セツナとハルを見下ろせる、建物の屋上。

結局彼は、セツナとのチキンレースに負け、棺桶を抱えて脱出したのだ。



「ちくしょう‥‥、やられっぱなしで終われねぇ!」



折角、リベンジマッチに漕ぎつけたのに、これでは立つ瀬が無い。

自分も爪痕を残し、存在感を示さなければ‥‥!


両手の人差し指と中指を、額の中央に置く。


照準。


狙いは、あの、頭のイカレた銀腕野郎。

強敵とは、裏を返せば、仲間にできれば超心強いのだ。



「喰らいやがれ――ッ! デスハロウィン洗脳ビームッ!」



アイを洗脳した、デスハロウィン洗脳ビームが、セツナに向けて照射された。

紫色の光線が、額から照射される。


そしてそれは、不意に吹き抜けた、午後の池尻の風に掻き消される。

デスハロウィン洗脳ビームは、セツナに届かない。



「‥‥あれ??」



デスハロウィン洗脳ビームが不発に終わり、疑問符を浮かべるジェインソン男。

気を取り直して、もう一度。



「喰らいやがれ――ッ! デスハロウィン洗脳ビームッ!」



紫色の光線。

光線は細く、弱く、冬の日差しの干渉を受け、すぐに見えなくなってしまう。


デスハロウィン洗脳ビーム、またもや不発。

‥‥なるほど、これは――。



「バッテリー切れだぜッ!」



道路に敷設されていた、特設リングが消える。

リングを維持するための魔力が失われたのだ。


ジェインソン男の発言に、セツナは息をつく。



「効果、あったみたいだね。」



そも、なぜセツナがここに来れたのか?

彼は本来、異界化した下北沢で、魔法生物の封じ込めをしていたはずである。


だのにセツナは、それを差し置いて池尻大橋に来た。


ハルがピンチだったから?

アイに引導を渡すため?


違う。

下北沢の一件が片付いたから、ここに来たのだ。



異界化した下北沢では、ネクスト式の発電機がハッキングされていた。

ハッキングされた発電機は、電気の代わりに魔力を生成し、異界に供給をしていた。


なら、その発電機を止めてやればいい。

そうすれば、異界に魔力は供給されなくなる。


セツナたちは、数だけは多い魔法生物を片手間で相手しつつ、下北沢の発電機を止めて回っていた。

発電機を、破壊して回っていた。


敵は、発電機をハッキングできても、発電機を作ることはできない。

だから、鹵獲(ろかく)品を片っ端から破壊すれば、彼奴等の勢いを削ぎ、弱体化させることができる。



途中からは、広範囲の破壊に優れるブーマーにも来てもらって、百人力。

ダイナとブーマーの、魔法使いコンビが、良い仕事をしてくれた。


ハロウィン会場は、今やサッカーができるくらい、広々としている。

残党狩りも、直に終わる。


無限湧きをしていた魔法生物の勢いが、途切れたのだ。



発電機を破壊するごとに、無限湧きする敵の勢いが落ちていった。

魔力の供給網を絶たれ、エネルギー不足に陥っているのは明らかだった。



おかげで、セツナは今、ここにいる。



やっと――。

やっと、敵の勢力に、一泡吹かせることができた。


魔導者たちの反攻の狼煙が上がったのだ。



「ヂェーンソッソォ!

 これは一本取られたぜ!」



ジェインソン男は、ハロウィンを邪魔されたにも関わらず、カラっと笑う。

どことなく、今日一番の喜びを抱いているように感じる。



「だが――、しかーしぃ!

 この女だけは攫っていくぜ!

 ヂェーンソッソッソォ!」



高笑いと共に、ジェインソン男とアイは、コウモリの群れの中へ消えた。

敵の気配が、完全に消えた。


――池尻大橋。

目黒川は、何事も無かったかのように流れていく。



大きく、息を吐く。

周囲を見渡せば、疲れた様子のハルと、治療をしているドリー、眠っている八車。


異界洞窟に突入したメンバーは、アイを除いて救出ができたのだ。



セツナは、左手に触れる。

炭化するほどの大火傷を負っている左手。


小指と薬指を失った手に触れると――、魔女の気配を感じるのだ。


異界洞窟の入り口が閉じた。

もう、池尻大橋から侵入することはできない。


代わりに、別の場所に入り口が開いたようだ――。



左手を握りしめる。

握っては開いてを繰り返す。



不安はある。

けれど――。



『魔導者の皆さん、一度、拠点へ戻ってください。

 今後のことについて、話しをしましょう。』



docAIからの連絡に、セツナたちは動き出す。


2月12日。

異界化した下北沢にて、敵の供給網を破壊。

敵拠点への攻撃は失敗。


グレイは戦闘不能。

アイは捕虜となっている。


負傷者は若干名。



けれど――。






明日には、決着をつける!



‥‥‥‥

‥‥

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