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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
11章_下北スクランブル

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11.23_13:13 ジェインソン・ファイトクラブ

『セツナさん、報告があります。

 ‥‥悪い報せデス。

 ハルさんたちとの連絡が途切れました。』


「――――!!」



マルから、インカムを通して、衝撃的な報告が共有される。

平静な顔をしたまま、乱暴に、暴走したロボットを蹴り飛ばす。


普段は、お店の棚卸や陳列を行う軽作業ロボットは、体からキノコの胞子のような粒子を飛び散らし、バラバラになる。


セツナの服や髪から、小さなキノコが生え始める。

彼の魔力を吸収し、胞子が成長している。


身体全体に炎を纏う。

キノコと胞子を焼き払う。



マルからの通信に、JJとダイナは苦い顔をしている。


――異界化した下北沢の調査。

調査に乗り出した3人は、この地で重大な発見をした。



この異界では、ネクスト式の発電機がハッキングされている。

発電機は現在、電気を生み出す代わりに、魔力を生み出している。


このまま発電機が魔力を供給し続ければ、魔法災害の首謀者は、膨大な魔力を保有することとなる。

手が、付けられなくなる。


この事実を発見した直後、セツナたちは異界の住民に取り囲まれた。



敵の勢いは絶え間なく、無限に出現しては次々と襲い掛かってきている。

異界から離れたくても、離れられない。


彼奴等は、異界の外までもセツナたちを追って来るのだ。


しかも、魔力が高い者を狙う習性があるようで、異界の外で警戒している武装ロボットたちには目もくれず、執拗にセツナたちを追跡してくる。


魔法生物を外に出す訳にはいかず、3人は異界に留まり、魔法生物の封じ込めをしている。



JJが、オバケやらロボットやらを蹴散らし、セツナの元へ駆けつける。

互いの背中を守る距離で、セツナに直接声を掛ける。



「セツナ。まだ戦えそうか?」


「‥‥ああ。コイツ等を、外に出す訳にはいかない。」



‥‥動揺はしている。

災害の理不尽に、怒りもしている。


けれど、自分にはすべきことがある。


個人の事情は一端、後回しだ。

皆、自衛団として戦っているのだ。


自分も、力ある者としての責務を果たす。



下北沢に、無限に湧き続ける魔法生物を抑え込む。

それが、いま自分がすべきこと。



途切れることのない敵と、休みなく――。

もう、戦闘が始まって2時間以上が経過している。


魔力で肉体が強化されていなければ、とうに力尽きている。



魔法が存在する戦闘では、強き個が戦場を支配する。



魔法大陸で学んだ、魔法の戦術理論。

本当に、その通りだと思う。



3人が、現在の戦闘で感じている運動強度は、ジョギングくらいのレベル。

有象無象を、余裕を持って相手できている。

けれども、この戦いに終わりは見えない。


腐葉土の積もった地面から、ロボットが生えてくる。


ボディにキノコが生えたロボット。

油が切れたみたいにギクシャクしてから、両腕を前に出して走り出した。



‥‥‥‥

‥‥





ハルは、暗闇の中で目を覚ます。

暗闇の中で表情は見えないが、大きく瞳を広げていることであろう。


自分が意識を失っていたのだと即座に理解し、身体を動かそうとする。

右腕から、ぺりぺりという音がする。


ぺりぺり。べりべり。

(のり)付けされた紙を、無理やり外すような音。


痛みは感じない。

服や身体が、糊付けされているようだ。


ハルは、糊を塗りたくった壁に、(はりつけ)にされているらしい。


周囲からは、甘い香りと、カビの匂い。

蜂蜜と、カビが混ざったような匂いがする。


濃く、強烈な匂いが、鼻腔や口内、肺に侵入する。

むせそうになりながら、ハルは拘束を剥がしていく。


糊で磔にされた腕を外し、脚を外す。

手や足が、暗闇のなかで、目の前の壁にぶつかる。


狭い場所に閉じ込められているようだ。


拘束を剥がし続ける。

背中を浮かせ、頭も前に引っ張る。


髪が、糊に引っ張られる。


四肢の拘束を外し、胴と頭も自由になった。

視界が確保できないなかで、目の前にあるであろう壁に向かって、もたれるように両手をついた。


‥‥ハルが手をついた壁は、前に倒れてしまう。

ハルの身体を連れたまま、ゆっくり、前へ。


倒れる壁の向こうから、光。

それと乾燥した冷気。


太陽の光と、冬の外気だ。



仰向けに倒れたハルを、日差しが照らす。

ハルの姿が、白日により明らかになる。


黒い髪に、黒い瞳。


‥‥降霊相術による変身が解けている。

ハルではなく、遥花(はるか)の姿に戻っている。



糊でベタベタした身体を起こし、周囲を確認する。


ここは‥‥、池尻大橋。

道路の上で、鉄柵に囲まれて、自分は棺桶に閉じ込め――。



「ヂェーンソッソッソォ!

 挑戦者のお目覚めだぜ!」



マイクで拡声された声が、池尻大橋の道路上に響いた。

マイクが拾った音を拡声している、スピーカーの方へと顔を向ける。


そこには、ホッケーマスクを被った、つなぎ姿の大男。


長机の後ろで、パイプ椅子に座っている。

長机の上にはスタンドマイク。


マイクの横には、「実況」と日本語で書かれた、山折りの名札が置かれている。



大男は、状況が理解できていない遥花を置き去りにして、マイクを強く握りしめる。



「それでは行ってみよう! 負けたら地獄の強制労働!

 ジェインソォォォン――、ファイトクラァァァブ!!!!」



大男の大仰な口上のあと、遥花の前に、棺桶が空から落ちてくる。



遥花は、鉄柵に囲まれた、格闘技のリングに立たされている。


円状のリングは、白い床。

床のいたる箇所が、暗赤色にひどく汚れている。



空から降ってきた棺桶が開く。


中からは、体格の良い男性が現れる。

男性は、ホッケーマスクを被り、オレンジ色のオーバーオールを着ている。


その服装は、海外の囚人を連想させる。



()()()()()()()()()()に、選手を紹介するぜ!

 まずは青コーナー!

 ‥‥んんーー池尻大橋で拾った自衛団ーーー!!」



名前は知らねぇ!

そう投げやりに、実況席の大男は、遥花のコールを行う。


ずいぶんと適当な実況である。

名前が分からないから、勢いで誤魔化した。


大男の選手紹介。

お次は、赤コーナー。



「続いて赤コーナー!

 ジェイソンファイトクラブ、無差別級チャンピオン!

 ディンプルゥゥゥ、リングパスゥゥゥ!!」



大男にコールされたチャンピオンは、ファイティングポーズを取る。


ボクシングの、ピーカブースタイル。

両手を顔の前で構え、アゴを隠す構え方。


チャンピオンは、真っ白なバンテージを巻いた両手で、シャドーボクシングを始める。



「自衛団の挑戦者に、チャンピオンは()る気満々だぜ!

 この真っ白なバンテージを、お前の血で真っ赤にしてやる!

 ――と、言っているぜ!」



大男の実況に答えるように、チャンピオンは両手で、ショートアッパーを連続で放つ。


残像を残す連打。

たしかに、やる気は充分のようだ。



「じゃあ、さっさと試合を始めるぜ!

 タイパにうるせぇ視聴者にも優しいライブ配信!


 試合方式は、ジェインソンデスマッチ方式!


 時間無制限、インターバル無し、反則無し、CM無し、OK決着のみ!

 スポンサー募集中! ――試合開始ィィイ!!」



訳も分からないまま、試合のゴングが鳴った。


ゴングと同時に、棺桶が消える。

チャンピオンが、速攻で仕掛けて来る。


ヘヴィ級の肉体が、ピーカブースタイルで接近。



「おおっとぉ! いきなりチャンピオンが仕掛けたぁーー!」



やかましい実況。

そして――。


――実況よりもやかましい、銃声。



遥花は、収納空間から銃を取り出し、非殺傷弾をチャンピオンに浴びせた。


相手は人間。

昨日、下北沢で白ずくめに操られていた、暴徒の可能性もある。


突然の銃撃に怯むチャンピオン。

怯んだところに、飛び膝蹴り。


顎を守っているガードを、勢いの乗った膝で蹴り飛ばす。



「なんとぉ! 自衛団が銃を抜いたぞー!

 そこから飛び膝蹴りのコンビネーションだー!


 この試合はルール無用ォ! 銃も蹴りも、何でもありなリアルファイトォォ!

 挑戦者ー、早くもジェインソンデスマッチに適応したー!」



徒手の相手に銃を抜く、遥花のダーティプレイ。

それに実況席だけが大盛り上がり。



「今回のチャレンジャーは手強いぞー!

 チャンピオン、どう戦う?」



――銃口が、実況席の方へと向く。

鉄柵の向こうで、訳の分からないことをしている大男へ、発砲。


しかし発砲は当たらない。


狙いを外したのではない。

弾が、見えない壁に弾かれた。



「ヂェーンソッソォ!

 この特設リングは特注品!

 リングの中と外を、強力な結界で覆っているぜ!


 不可視不知覚! 

 ゴリラが殴ってもビクともしない!

 特許申請中!


 でも、魔力の燃費が悪いぜ!」



自慢げに特設リングの解説をする大男。

そうこうしているうちに、チャンピオンが遥花に攻撃を仕掛ける。


姿勢を低く、遥花へタックル。


意識を失う前のダメージが残っており、状況さえも理解できていない遥花は、静かで素早いタックルへの反応が遅れる。


捕まる。

両足が、リングから離れる


タックルで足を刈り取られ、足も身体も浮いてしまう。


チャンピオンは、宙に浮いた遥花へ、張り手を放つ。

彼女の腹へ、自分の体重を乗せた張り手。


遥花の身体がリングへ叩きつけられる。

背中から落ち、肺の空気が抜ける。


息が抜けた瞬間、口と鼻を塞がる。

バンテージが巻かれた手に、空気の出入り口を塞がれた。



息が抜けた直後の、口封じ。

遥花の呼吸が、一気に苦しくなる。


銃の引き金を引く。

非殺傷弾を当てても、チャンピオンは、遥花の口を封じを解かない。



「チャレンジャー追い込まれたァァ!

 活路はあるのかァァ!」



息が、どんどん苦しくなっていく。

遥花は、チャンピオンを振りほどくため、収納空間から――。


チャンピオンが遥花の動きに反応した。


口と鼻を塞いでいた手をどける。

遥花の肺に、空気が満ちる。


チャンピオンの手が、遥花の胸倉を掴む。


呼吸困難で力が抜けている女性の身体を、片手で持ち上げ、背負い投げの要領で、再びリングに叩きつける。


遥花は、後頭部から落とされた。

魔力が無ければ、自分の体重で延髄が損傷して、死んでいた。



遥花はまだ生きている。

が、頭から落とされた影響で、意識は朦朧。


強烈な吐き気を催し、口の中で異常なほど唾液が分泌される。



そんな状況でも、遥花は身体を横へ転がす。

無意識にまで刻まれた、戦い生き残るための動き。


止まれば死ぬ。

骨の髄まで染み付いた教訓と訓練が、遥花を致命的な攻撃から守る。


彼女が寝転がっていた場所に、チャンピオンの踏みつけが落とされた。

危ないところだった。


遥花は、何とか上体だけを気合いで起こす。

チャンピオンの足にしがみつく。


しがみついた遥花に、膝がお見舞いされる。

それでも離れないので、拳が上から降って来る。



「チャレンジャー、反撃に移れなぁぁい!

 チャンピオンのワンサイドゲームだァァ!」



遥花は、ジッと耐えている。

足にしがみつき、頭上から降り注ぐ拳を耐え。


――チャンピオンの足に噛みついた。


唐突に生じた、足の痛み。

蜂に刺されたような痛みに、チャンピオンの動きが止まる。



「おっと!? チャンピオンの動きが止まったぞ?

 これはもしや、噛みつきか!?


 これは地味! 地味ィィ!!


 視聴者に分からない攻撃をするんじゃねぇ!

 再生数が稼げねぇだろぉぉ!」



やかましい実況も、遥花はイマイチ聞き取れない。


髪を引っ張られながら、チャンピオンの足を引っ張る。

膝を両腕で抱え、引っ張り、バランスを崩し転倒させる。


転ばせた遥花。

転んだチャンピオン。


先に攻撃へ移ったのは、遥花。

ダメージで力が入らない状態でも、効果的な攻撃‥‥。


立ち上がることもせず、攻撃を繰り出す。

肘を構えて‥‥、落とす。


肘に体重を乗せ、落とし先は、チャンピオンの下腹部。



「アァオ!?!?」



実況席から、苦しそうな悲鳴。

自分が食らってもいないのに、反射的に悲鳴が漏れた。


体重を乗せた、肘鉄。

‥‥肘鉄による、金的。


チャンピオンは悶絶。

下腹部を抑えたまま、うつ伏せに悶えている。



遥花は、チャンピオンから這う這う距離を取り、右手をズボンのポケットに。

そこから、小さな銃を取り出す。


世界一小さな銃、コリブリ拳銃。



「ドリー‥‥、来て。」



異界武器の名を呼ぶ。


召喚。

拳銃が輝き、人の姿へ変わる。


異界武器のドリー。

白衣を着た少年が、遥花の前に現れた。



「ハルさん! すぐに治療します!」



ドリーは、召喚されるやいなや、すぐさま遥花に回復魔法を施す。

緑色の魔力に包まれ、身体から痛みが引いていく。


ドリーの回復魔法では、重篤な傷を癒せない。

軽い打撲や捻挫であればすぐに治せるが、大量出血や、太い骨の骨折となると、手に負えない。


遥花が負っている傷やダメージも、完全には回復していない。


しかし、身体の痛みは確実に引いている。

痛みが和らぐだけで、戦闘のパフォーマンスには雲泥の違いが生まれる。



ドリーのおかげで、自前の脳内物質では和らげきれない痛みが治まる。

呼吸は整い、意識はハッキリする。



頭の理解が追い付かぬまま試合が始まってしまったが‥‥。

これで、ひと息入れることができた。


‥‥反撃だ。



しっかりとした足取りで立ち上がる遥花。

その横に、ドリーも並ぶ。



「僕も戦います!

 グレイが休んでいるあいだ、僕が!」



少年の目には、強い決意の光。

サポート要員だからと、もうポケットの中で隠れているのは、イヤなのだ。



「頼りにしてるわ、ドリー。」



――自分が意識を失っているあいだに、何が起こったのかは分からない。

腕時計に表示された時間を見るに、自分が寝ていたのは、だいたい2時間。


他の仲間はどうなった?

あの、実況席に座っている大男や、チャンピオンとやらは何者だ?


分からないことが多過ぎる。

けれど、この戦いを勝たなければ、それを知ることさえできない。



結局、戦って勝つ以外に、この先は無い。



遥花は、コンパクトミラーを取り出す。

二つ折りの、丸いコンパクトミラー。


外出先で身だしなみを整えるための、レディのための小道具。


コンパクトを開く。

厚みがメガネケースほどもある、厚めの二つ折り手鏡。


手鏡を開けば、鏡には自分の姿が映される。


鏡に映った自分は、金髪碧眼。

遥花ではなく、ハルの姿。


真っ直ぐと強い瞳をした自分が、鏡の中からこちらを見ている。


ハルが映っている鏡の下。

コンパクトの下部には、口紅がしまわれている。


口紅――、のように見えるが、それは口紅ではなく、拳銃。


手のひらで隠せるほど小さい、口紅に似せたデリンジャー。


コンパクトミラーから、デリンジャーを取り出す。


小さなグリップとトリガーの付いた口紅。

リップガンを、前に構える。


引き金を引く。

銃からは、青い、彗星に似たツバメ。


ツバメは銃口から飛び立つと、身を翻す。

宙で、上方向に円を描き、遥花の元へ。


遥花は、コンパクトミラーを前に出す。

ツバメが、鏡と衝突する。


鏡が割れる。


破片が、魔力の光を乱反射、

光り輝き、遥花を覆う。



降霊相術。



魔法の力により、憧れは現実となる。

乱反射する光の中、ハルが立っている。


金髪碧眼。

ベレー帽に、戦闘修道服。

腰には二丁の拳銃。



――ここからが本番だ。

とりあえず、とっととチャンピオンをぶちのめす。



チャンピオンが痛みから回復し立ち上がる。

ハルの方へと向き直る。


ハルは、腰に下げた銃に指で触れ‥‥、やめる。


銃を抜くことなく、両手を胸の前へ。

指の関節を鳴らしながら、歩き始める。


とてもではないが、その姿は、可愛い妹なんて呼べる仕草ではなく‥‥。

それは、手の付けられない暴れ馬。


目の座ったハルが、リングの上をゆっくりと歩く。

間合いに入ったら、ぶちのめす。


そういう気合と気概で溢れている。



チャンピオンも前へ出る。

ハルの、銃を抜こうとしてやめた仕草を、挑発と判断した。


ピーカブースタイルを取り、ステップで踏み込む。

体格で勝るチャンピオンが、先行してハルを間合いに捉える。


先制する。

急激に屈みこむ。

ハルの視界から消えるほど深く、姿勢を低く。


足を刈り取るタックルの姿勢。


ハルは、タックルに合わせるために、膝蹴りの予備動作。


タックルに反応されても、チャンピオンはタックルを躊躇しない。

深く、速く、突進。


‥‥タックルが、ハルの横を通り過ぎた。



ブラフ。

ハルへの攻撃はフェイント。

挑発に乗ったフリ。



彼の本命は、ハルの後ろ。

回復魔法を使うドリー。


チャンピオンに本気で腕を握られたら、骨が折れてしまいそうなほど華奢な少年。

厄介かつ弱そうなドリーから、チャンピオンは先に潰すことにしたのだ。


頭数を減らす。

弱そうな奴から潰す。

支援役から先に潰す。


戦いの定石だ。



ハルを躱し、突っ込むチャンピオン。


ドリーは両手を前に構える。

両手の前に魔法陣。


赤い魔法陣。

ファイヤーボールの術式を展開。



「深淵より来たる獄炎よ――。」



魔法陣が展開された瞬間、チャンピオンの動きが止まる。

予想外の出来事に、立ち止まる。



‥‥ありえない魔力の高まりを知覚。



弱そうな少年からは、想像もできない魔力量。

魔力野が痛みを幻視するほどに、高濃度の魔力。

それを、ドリーが展開した魔法陣から感じるのだ。


魔力の高まりは、視覚情報から見ても一目瞭然。


赤い魔法陣の周囲に、黒い稲妻が帯電し、暴走を始めている。

ドリーの瞳は、爬虫類のように、縦に長い瞳孔で獲物を睨んでいる。


黒雷が(はし)る魔法陣から、魔法が放たれる。



「ファイヤーボール!」



ファイヤーボールとは思えないほど巨大な火球が、魔法陣から撃ち出される。



「‥‥‥‥。」



チャンピオンは、相変わらず無言のまま。

無言のまま腰を落とし、ドリーへ突っ込んだ。


その足取りには、若干のイラつきが見て取れる。


ハエが止まりそうな巨大な火球を横切り、一気に加速。

ドリーとの距離を、ひと呼吸のあいだに、拳の距離とする。



――あの魔法は、こけおどしだ。



ドリーが放った魔法。

溜めているときこそ、大魔法の貫禄だが‥‥、実際に唱えられたそれは、豆鉄砲。


少なくとも、チャンピオンの脅威となるほどの威力は無い。


騙された。

能ある鷹は爪を隠すのかと思っていたら、ただ虚栄を張っているだけだった。


タネが分かれば、もう通じない。


チャンピオンは念のため、ドリーの火球を回避で対応。

ドリーを間合いに捉え、渾身の右ストレートを――。



――爆発。



チャンピオンの背中を、炎が焼いた。

ハルだ。


彼女が、ドリーからのパスを、思いっきり蹴っ飛ばした。

ハルに蹴っ飛ばされた火球は、くの字に凹みながらチャンピオンに激突。


火球の中に流し込まれたハルの魔力が爆ぜ、チャンピオンは前のめりにたたらを踏む。

たたらを踏みながらドリーを捕まえようとするが、彼は後ろへと下がり、腕の間合いから離れる。


そうしていると、ハルの足が、チャンピオンの膝裏を蹴りつける。

チャンピオンの左膝が、リングに着く。


そうすると、ドリーが前に出る。

いかにも、運動ができそうにないダッシュ。

視線は、チャンピオンの下腹部。


サッカーボールを蹴り上げるかのように、脚を振りかぶる。


‥‥あっさり、チャンピオンに捕まった。

蹴る前に、いとも簡単に捕まる。



「ぐぅ!?」



少年の体躯である。

間合いは大人よりも短い。

迂闊に近づきすぎた。


チャンピオンは、ドリーの女みたいに細い腰へ両腕を回し、締め上げる。


ベアハグ。

腰を締め上げ、折ろうとする。


ドリーの顔が、痛みで歪む。

しかし、それでもチャンピオンに向けて右手を伸ばす。



弱者の戦い方だ。

こちらを弱さを侮り、気が大きくなった相手に――、一寸法師の針。



銃声。

ドリーのもの。


火薬が爆ぜる音。

その銃声は小さく、まるで、おもちゃのエアガンみたいな音。


ドリーが手にし、撃ったのは。



コリブリピストル。



銃の全長75mm、口径2.7mm。

手のひらで隠せる銃から、BB弾サイズの弾を撃つ銃。


銃の威力は、4J。

違法改造されたエアガン程度の威力。


魔法が存在する戦闘では、役に立ちそうもない



ドリーはそんな、人も殺せない銃を、チャンピオンの耳へと向けて撃った。



耳という、皮膚が薄く、柔らかい器官。

耳の穴を狙い、セミオートのコリブリ拳銃を連射する。


人間の、耳の穴のサイズは、約5~10mm。


ハチドリの弾丸が、耳の穴を潜り、外耳道へ侵入する。



人を殺せる火力が無いと言っても、耳の穴に銃弾が入って、まともでいられる人間はいない。

チャンピオンは堪らず、ドリーを突き飛ばす。


細く軽い身体が吹き飛び、鉄柵にぶつかる。



ドリーを突き飛ばし、耳を抑えるチャンピオン。


その背後。

目の座ったハル。


片膝を着いたチャンピオンの死角から、渾身のビンタ。


ドリーが射撃をした、チャンピオンの左耳。

弱り目に祟り目、容赦のない平手打ち。


チャンピオンの分厚い手を、衝撃が貫通する。


外耳道に入り込んだ弾丸が、耳のさらに奥へと侵入。

ビンタの衝撃と、弾丸の侵入により、三半規管が異常をきたす。


チャンピオンは平衡感覚を失い、リングに両手をついてしまう。


ハルは、両手をついたチャンピオンの腰に、後ろから両手を回す。



馬力全開。

チャンピオンを持ち上げ、投げる。


バックドロップ。

チャンピオンの腰を、後ろから抱えたまま、後ろ方向へ倒れ込み、投げる。



チャンピオンは、後頭部からいった。

動けなくなり、大の字に身を投げ出す。


大きな大の字を、ドリーが上から見下ろしている。

軽い身体を活かし、鉄柵をよじ登ったのだ。


鉄柵を蹴り、ドリーが飛ぶ。


ハチドリの飛行。

両足が、炎を纏う。



魔法が物理法則を無視する。



ドリーは空中で加速。

落下スピードが急激に加速をする。



「ブレイズ――、キック!」



ドリーの両足が、チャンピオンの顔面を踏み抜いた。


高さと加速を利用したスタンプ攻撃。

攻撃はドリーの非力を補い、有効な打撃となる。



チャンピオンの身体が大きく跳ねる。

ドリーが振り落とされ、転ぶ。


――しかし、それだけ。


チャンピオンの意識はすでに途絶えていて、筋肉を大きく痙攣させたあと、動かなくなった。


四肢を大の字に投げ出したまま。

ぐったりと、顔が横を向く。


‥‥‥‥。



「カンカンカンカンカーーーーーン! 試合終ー了ーー!」



試合の終了を告げる、けたたましいゴングと実況。



「ジェインソンデスマッチ、勝者は――。

 名前が分かんねぇ自衛団と、よく分かんねぇチビだぁぁ!!」



実況は、勢いと声量で、自分のいい加減さを誤魔化しながら、勝ち口上。

勢いと景気をつけるために、追いゴングまで鳴らし散らかし、勝者を祝福する。


すると、リングで横たわるチャンピオンの姿が消える。

リングに黒い穴が空いて、吸い込まれていった。



「負けたチャンピオンに価値はねぇ!

 すぐに叩き起こして、強制労働だ!


 100時間! 無休でピーナッツの検品!

 未熟な落花生は固くて、お菓子に混入すると歯が欠けることがあるからな!」



敗者は闇の中に消え、リングの上には勝者だけが残る。


魔力野が、魔力の流れを知覚。

リングを覆う、不可視不知覚の結界が消えた。



ハルは、一緒に戦ったドリーと目を合わす。

優しく微笑む。


ドリーは照れくさそうに頬をかく。

そして2人とも、すぐに表情を引き締める。



ハルが、顔を実況席へと向ける。


座った瞳。

怒りを、紙一重で抑えている顔。



こっちは必死で、死に物狂いで災害と戦って、仲間の安否も気になるのに‥‥。

実況の能天気さが、ハルの神経を逆撫でる。


歩き出す。

鉄柵を蹴破る。


足に纏った炎が、鉄柵を溶かした。


リングの外へ出る。

大男の胸倉を掴む。


逃げようとしない大男を片手で掴み、席から立たせる。



「‥‥仲間はどこ?」



今にも、大男に噛みついて殺してしまいそうなハル。

肉食の暴れ馬に凄まれても、大男は相も変わらず、能天気なまま。



「ヂェインソッソォ!

 良い筋書きだぜ!」



――空から、リングの中央に、棺桶が降って来た。



「仲間はどこぉ~??

 感動的だなぁ~!!」



自立している棺桶の蓋が開く。



「――なら、会わせてやるよォォォ!」



棺桶の中から出てきたのは、女性。

ホッケーマスクに、藍色のオーバーオール。


ハルはリングの上を見る。

唖然としている。


大男の胸倉を掴んでいた手を、離してしまったことにすら、気付けない。


ホッケーマスクの女性が、マスクを外す。

マスクを外し、髪を整えるように、顔を左右に振る。



腰まで伸ばした黒い髪。

赤い、両の瞳。



「ア、イ‥‥さん?」



棺桶から現れたのは、アイだった。

ハルの仲間。


彼女と同じく、異界洞窟で、自爆トロッコの爆発に巻き込まれ、敵に捕らわれた魔導者。


ドリーがハルの横で、怯えた顔をしている。


気付いているのだ。

‥‥アイが、正気で無いことに。



「‥‥‥‥。」



アイの赤い瞳。

ハルとドリーを見ている。


そしてまた、ハルとドリーも、アイを見ている。



死地からの、感動の再開。






「――ハロウィン万歳! ――ハロウィン万歳!」






仲間との再会に感極まり――。

アイは、リングの中央で、バンザイと手を挙げる。


何度も何度も。

壊れたレコーダーのように繰り返す。



「ハロウィン万歳! ハロウィン万歳!」



彼女が正気でないことは明らかだった。

実況席の大男は、放心しているハルを尻目に、マイクを握る。



「さあさあ!

 新チャンピオンには、愉快なエキシビションマッチをプレゼントするぜ!


 青コーナー、ハロウィンの洗脳手術を施した強化人間!

 赤コーナー、新チャンピオンの自衛団!


 時間無制限、ジェインソンデスマッチ――、ファイ!」



近くでゴングが鳴った。

ゴングの音が小さく聞こえる。



「ハロウィン万歳! ハロウィン万歳!

 ‥‥‥‥。」



ゴングが聞こえると、アイは糸が切れたみたいに、両手を下げる。

うつむき、茫然としたあと、手に、武器を握る。


ホッケースティック。

アイは凶器を手に――、ハルに殴りかかった。



‥‥‥‥

‥‥

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