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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
1章_簡単な仕事

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3/427

1.1_青い街

22XX年、新現代。

人々は労働から解放された。


新エネルギー「ネクスト」。

理論上無限の保有量を持つエネルギーの恩恵は凄まじく、技術は一足飛びに発展した。


人類は、無限の富を手に入れた。

国から貧困は消え、豊かになった。


古い労働の義務は消えた。

代わりに、自由の義務が生まれた。


何をしたって良い。

毎日、1日中、VRゲームをしていたって良い。



新現代日本。

その地では――、自由とは義務なのだ。





セントラルの首都、センター。

エージェントの宿舎、301号室。


16畳ほどのワンルームは、家賃の要らない猟犬の犬小屋。


ベッドよりも部屋の占有率が高いガンロッカー。

言い訳ほど備えられているキッチン。

昼寝に丁度良いソファーの前には、飲みかけの酒と、武器としてしか使わない灰皿が、安っぽいテーブルの上に置かれている。


自宅で事務作業をするためのワークデスクもあるが、所々黒い汚れや、擦って付いた傷跡が目立つ。

ここは、猟犬の犬小屋。

()()()()()は、白くない。

ワークデスクなんて言うのはもっぱら、武器の手入れに使用される。


セントラルにしては狭いワンルーム。

鉄と油と、火薬と酒の匂い。

一般的な、エージェントの部屋。



――部屋の主が、帰ってきた。



エージェント候補生、セツナ。

本名、久遠刹那(くおんせつな)

19歳。


ハードボイルドを気取る、青二才。


ゲーム以外の趣味は、バスケットボールやダンスなどの、ストリートカルチャー。

小さい頃の将来の夢は――、「ペンギン屋さん」。


腕っぷしに関しては、VRゲーマーの基準で高水準。



先住者が残していった、黒革の椅子が揺れる。

アパートの扉も開けずに、この部屋の住人が帰って来た。


‥‥彼は今日もこの世界で、エージェントとして働く。



セツナは、右の肘置きの革が剥げた椅子の座り心地を堪能しつつ、ワークデスクの上に置かれた新聞に手を伸ばす。


龍がぶっ壊した摩天楼「セントラル第7ビル」のことで、新聞は大騒ぎだ。

脚を組み、それっぽい格好をしつつ、新聞を読む。


斜め読み。

自分の名前は、載ってなさそうだ。

摩天楼の所有者であったウールー=バスタードの名前ばかりが取り沙汰され、紙面を賑わせている。


セツナは、少ししょっぱい顔をして、紙面に印刷された写真を指でタッチする。

すると、写真が動画のように動き出す。


崩壊したセントラル第7ビルを映した写真。

指でタッチすれば、時が巻き戻る。

天までそびえし栄華を極めたビルは、龍という絶対者の前にひれ伏した。


龍の咆哮によってビルが萎縮していく様が、紙面に所狭しと行列をつくる文字列よりもありありと、なおかつ立体的に、昨日そこで何が起こったのかを新聞読者に語る。


写真が動きを止めれば、セツナが二の腕に装備しているスマートデバイスが反応。

ホロディスプレイが起動し、彼の周囲に複数のテキストボックスが表示される。

より詳しく知りたいことはないか?

スマートデバイスのAIが聞いてくれる。


机の上を浮遊するテキストボックス。

テキストの内容に目を通す。


『龍は、どこから飛んできたのか教えて』

『ウールーとは何者か教えて』

『第7ビル崩壊による影響を教えて』


――などなど、この終末世界とセントラルを理解するための導線が、自然に提供される。



親切なAIが用意した質問内容に目を通したセツナ。

黒革の椅子の前に置かれた、擦り傷が目立つ机を、2回指で叩く。


手元に、ホログラムのキーボードが起動する。

質問内容を入力。



『昨日、セントラル第7ビルで活躍した、()()()()()()()()の名前を教えて』



質問内容を入力し、エンターキー。

打鍵感の無いホログラムのキーボードが無機質なクリック音を発し、入力内容をスマートデバイスのAIが確認。


旧現代のような機械的な処理や検索ではなく、セツナという人格と質問の意図まで理解し、回答を用意する。

AIは、人間の社会と心を理解し、完全な人工知能へと至った。

もはや人間と見分けがつかない電脳生命は、「思考」を終えて、思考結果をテキストで出力する。



『CCCの発表では、ウールー検挙の任務に派遣されたのは、エージェント候補生のセツナであったとされています。

 かれは単身にて第7ビルに突入。

 候補生とは思えぬ戦闘力で、ウールーを追い詰めました。』



セツナの、水溜まりよりも浅い承認欲求を満たすために、ちゃんと回答テキストを用意してくれるAI。

計算資源の無駄遣い。


AIのお世辞に、セツナは口元を甘くほころばせる。

回答テキストの続きを読む。



『しかし、彼の大舞台は、任務失敗に終わります。

 ウールーはステルスドローンの強襲を受け死亡。 (口封じのための暗殺だと考えられます)

 また、彼は素行面にも問題があり、過去、高級住宅地で暴走した家事ロボットを制圧するために、屋敷もろとも爆弾で吹き飛ばした経験があります。


 今後を期待され、大舞台を用意された上での任務失敗。

 および、小さな被害を食い止めるために、より大きな被害を起こす、配慮に欠けた任務倫理。


 以上の理由から、候補生セツナが凄腕であるという点において、私は否定的な立場をとります。』



――ばたん。

セツナは机の上にズッコケた。


良いパンチが、(ボディ)(あたま)に入ったのだ。

AIの、甘いジャブで釣ってからの、見事なワンツーコンビネーション。

セツナはテクニカルOK。



新聞を畳んで、机の隅に置く。

放り捨てるように新聞を隅にやった彼の口元は尖り、ペンギンみたいになっている。


この、やりきれないクチバシの感情を、どうしてくれよう?


口直しが必要だ。

そこそこ広い机の角に置いた、半分ほど減ったペットボトルを開ける。

ミネラルウォーターを、電気の要らないケトルに注ぐ。


ケトルに水を注ぎながら、片手で器用にキーボードをタイピング。

左手だけでのブラインドタッチ。

右手で銃を使いながらコンソールを操作するために身に着けた技術。


キーボードが人工的に発する操作音は、第2ラウンドのゴング。



『ドローンの残骸を使って、龍のブレスを生き残ったのは凄くない?』


『そのような情報は、CCCから発表されていません。』



‥‥ぽとり。

ペットボトルの水、最後の一滴が雫をつくり、ケトルに滴るのと同じタイミングで、セツナの首は項垂れた。


AIは、融通の利かないフリをして「もう勝負ついてるから」と、言外にセツナをおちょくる。


完全敗北。

ペットボトルを両手で潰し、ケトルの蓋を閉める。

蓋を閉め、蓋をいつもの2割増しの力で叩き、銃弾を弾けそうなほど重いケトルの、持ち手部分にあるスイッチを押す。


すると、ケトルの内部で、間欠泉が噴き上がる音が響く。

クジラの潮吹きみたいな音が、分厚い金属の内部にこもって反響。

広い机が振動して、お湯が一瞬で出来上がった。


深夜に使ったら、近所迷惑になりそうな騒音。

神経質で思慮深い日本では使えない。


しかし、ここはセントラル。

日本とハワイの中心に位置する、架空の島国。

昼夜を問わず銃声が聞こえる国だから、ケトルくらいで四の五の言う人間はいない。



セツナは、ケトルが湧かしたお湯をマグカップに注ぐ。

インスタントコーヒーでも飲みたいところだが‥‥、セツナの舌はお子ちゃまなので、ココアでガマン。


ココアはいい。

シロップも砂糖もいらない。

湯気まで苦い液体を、好んで飲む必要もないだろう。


湯気の立つマグカップに、ココアパウダーを入れる。

分量は目分量。

お湯の上には、こげ茶色の山がこんもりと出来る。


それを、マグカップに入れたままにしていた、携行食糧(レーション)用スプーンで混ぜる。


カップの中に渦ができるほど良く混ぜたら、ふーふーして、しっかり冷ます。

それからひと口。

お子ちゃまには丁度いい甘さ。

甘い味と、温かな香りは、心の原動力。


マグカップを机に置き、ココアパウダーを追加。

今日の味覚に合うように微調整。

いつもよりも多めに入れる。


手元でココアパウダーを追加しつつ、セツナが見ているのは、コルクボード。

A4サイズのコルクボードに、写真と赤い糸が画鋲で留められている。

それっぽいという理由だけで設置されているインテリア。


ボードには、崩壊したビルと、龍の写真。

それから、ウールーに、正体不明のドローン。

それぞれの写真に、ポストイット (付箋)でメモ書きが貼られている。


これらはもちろん、セツナが用意した物ではない。

部屋の内装は、いくつかあったテンプレートを元に、コンシェルジュAIに「イイ感じにお願いします」と頼んだもの。

コルクボードの写真や相関図だって、この世界のAIが、イイ感じにやってくれている。




セツナは、さらに甘くなったココアをひと口。

甘さが増し、温かさも丁度良くなったココアに、心も頬も溶かす。

温かい息とともに、リラックスして背もたれに背中を預ける。

カッコつけて組んだ脚の方へと視線を落とせば、彼の足元。


スリッパ。

靴下を履いた親指が、ピコピコしている。


椅子にもたれたまま、後ろを振り返る。

使い込まれたソファーに、安っぽいテーブル。

テーブルの上は、ダンボールが置かれている。

補給物資だ。


ココアを飲み干し、革の椅子から立ち上がる。

スリッパをパタパタさせて、テーブルの横で膝をつく。

ダンボールを開封。


開封に使うのは、先ほどココアを混ぜていたレーション用スプーン。

過酷な戦場でも確実な食事が行えるように、丈夫に作られている。

戦場は過酷だから、お皿さえ使えるとは限らない。

だから、レトルト食品をパッケージから出さずに食べられるように、このスプーンは丈夫なだけでなく、柄が長いのも特徴。


段ボールに封をしているガムテープ目掛けて、スプーンの柄を突き刺す。

丈夫なプラスチック製のスプーンは、軽々と段ボールの蓋の隙間を貫通。

そこを手掛かりに段ボールを開封する。


男の1人暮らし、適切な道具を使うより、手元の道具で解決をしがち。

何個も同じ道具が並んだ工具箱も良いけれど、ひとつの道具で何でもこなすのも、男のロマン。


ダンボールを開ければ、中にはスニーカー。

昨日、任務で燃えた物と同じサイズ、同じモデル。

購入代金は、経費で落ちた。


スリッパから、スニーカーに履き替える。

エアークッションがしっかりとした、無骨で、赤を基調としたスニーカー。

履き心地をチェック。

その場で、何度か足踏み。


‥‥やはり、同じモデルでも、新品となると履き心地が違う。


まだ、身体に馴染んでいない。

足の一部となっていない違和感がある。

自分の肌も、新しい靴も、お互いに気を使って遠慮をしている、よそよそした関係性だ。


しかし、このスニーカー。

初めましてで、よそよそしながらも、ふてぶてしくセツナのファッションを観察する。


彼が着ているのは、紺色のパーカーと、少し色落ちしたジーンズ。

全体的に暗めな色。

そこに、赤いスニーカーを履いたから、新入りは自分が一番イケていると判断した。

セツナの着こなしの中で、激しく自己主張をして目立ちたがる。

足元のアイテムなのに、この着こなしの主役は自分だと、存在感を放つのだ。


そんな、若い赤さと情熱をアピールする、新人スニーカー。

それと同じくらい、いや、それ以上に存在感を持つのが、彼が腰に巻くファッションアイテム。


セツナは、ソファに座らせていたベルトを腰に巻く。

このベルトは、ズボンのではなく、銃のためのベルトだ。


柔らかくなったタクティカルベルトを腰に巻き、服を整える。

ぶっとい淡栗色のベルトが、パーカーの下から覗く。


ベルトの右側には、拳銃と呼ぶのを(はばか)られる回転式拳銃(リボルバー)

ホルスターに収まりきっていない銀鉛色の光沢が、周囲を鋭く睨み付けている。

その鋭い眼光に、さっきまで はしゃいでいた新人が、急に大人しくなった。


ホルスターに収容されている猛獣が、セツナの装いで一番目立つ。


この猛獣は、馬鹿みたいな反動で、射手の顔面を蹴り上げるじゃじゃ馬。

それだけでなく、こいつは噛みつきもする。

射撃時にシリンダーの隙間から漏れるガスで、射手の指に歯形をつけてくる。

後々水膨れとなる歯形だ。


極めつけは、体も尻も重いクセに、引き金だけは異様に軽い。

体は人一倍デカいクセに、口は人一倍軽い。

人よりお喋りで、怒ると大きな声で、早口でまくし立ててくる。


‥‥引き金が軽いというところだけは、馬が合う。


この肉食の暴れ馬は、「悪魔」を撃ち出す、セツナがVRゲームを遊び始めた頃からの相棒。


彼のリボルバーは「汎用データ」と呼ばれ、様々な電脳世界に持ち込むことができるのだ。

これがあれば、セントラルでもやっていける。



セツナは、新人スニーカーにヤバい先輩の紹介をし終えたところで、装備点検(ルーティーン)を開始。

背中に手を回し、ナイフを確認。

ナイフ良し。


リボルバーを引き抜く。

弾込めの確認。

シリンダーを横に出せば、シリンダー内には弾が5発。


6発まで入るが、1発を抜いてある。

暴発を防止するための処置だ。


電脳世界なので、暴発なんて言うのは起こらないのだが‥‥、この銃は、そんなことを無視して暴発する。

そんな、存在しない負の信頼感がある。

VR、素晴らしいリアリティだ。

人間にとって、(0)(1)かは重要ではなく、自分が本当だと思ったことが、真実となるのだ。


シリンダーを戻し、銃をしまう。

ホルスターについた、腿用のベルトを巻いて、留める。

腰と腿でホルスターを固定することにより、ホルスターが揺れて邪魔になることを防ぐ。


弾込めを確認し、腿のベルトも留めた。

リボルバー良し。


左手側にある3つ並んだ小さなポーチ。

それぞれ、弾帯と、回復役と、コアレンズが入っている。

確認良し。


スマートデバイスを確認。

いつも通り、左腕に装備されている。二の腕の部分だ。

スマートデバイス良し。


最後、パーカーのポケットにスプーンを入れる。

安いテーブルの上に置かれた、ペン立て。

そこに大量にストックされている新品のスプーンを1本、ポケットに突っ込んだ。


スプーン良し。

装備点検、良し。


ルーティーンを終え、セツナは背伸びをひとつ。

彼の身長は、183cm。

現代の日本人の平均身長は約180cmなので、彼の背丈は中背。


そんな中背の彼でも、ちょっと天井が気になる部屋で思いっきり背伸びをして、腕を下ろす。

あくびをひとつ。

スマートデバイスを確認。

オペレーターから呼び出しあり。

「昨日のこと」で、話しがあるらしい。


身支度も整えたので、出勤する。


土足で部屋に上がるという、慣れない文化を新品の靴で踏みしめながら、玄関へ。

下駄箱から「ピカピカ」を取り出して、インベントリに収納。

重いピカピカが、セツナの手元から消える。

物質が情報に変換され、彼の魂という領域領域に保存されたのだ。


玄関の扉を開ける。


外に出れば、そこは終末世界。

摩天楼に青い空が映り、街を青い日差しが包み込む。


どうしようもなく終わっている、青い街。


セツナは、弾痕が目立つ鉄骨階段を下りて、終末世界へと繰り出した。

昨日、2段ほど足場を失った階段も、気にせず3段飛ばしで下りていく。



‥‥だから気付かない。

彼は、足元と階段の方を向いているから。


宿舎の屋上、真昼の太陽で隠された月のように、儚げな女性の存在に。



「‥‥久遠、刹那。」



銀髪灰瞳の女性は、この世界の人間が知り得ない彼の名を呟き、姿を消した。



‥‥‥‥

‥‥





宿舎を飛び出せば、そこは終末世界。

ここはセントラルの首都、センター。

無法と摩天楼の、青い街。


セツナは、ちょっと薄暗かった部屋から、常春の日差しが降り注ぐ大都市へ。


大通りを徒歩で歩き、出勤をする。

物騒な銃をぶら下げて、お上りさんみたいにキョロキョロ。


この街はとにかく、青い。

人口の半分が犯罪者だというのに、空気まで青く澄み切っている。


いくつも並び立つビルが、この街を青くしている。

ガラス張りのビルは、青い空をそこに映し、センターの地上には青空が広がっているのだ。


片側に4車線もある道を、車が信号をほどほどに守りつつ走っている。

信号が変わり、横断歩道を渡ろうとするセツナ。

その前を、ガラの悪い車がブレーキを踏まずに通り過ぎようとする。


思考よりも早く、ホルスターから銃を抜く。

警告よりも早く、銃が火と硝煙を吹く。


じゃじゃ馬のいななき。

火薬の怒声。


引き金を引けば、撃ち出された弾丸は2発。


ファニングショット、カウボーイの早撃ち。

撃鉄が2回落ちて、銃声は1発だけ響いた。


車内の音楽を公共道路に振りまく車は、爆発炎上。

バンパーに、草食の猛獣が噛みついたのだ。


セントラル製の車は良く走るが、その実、可燃性。

車の中から、燃え残ったゴミが3つ出てくる。


首を鳴らし、指を鳴らし、セツナを威嚇。

‥‥していたところを、セツナに撃ち抜かれた。


車に2発、燃え残りに3発。

弾が丁度足りた。

ちょっと嬉しい。

信号機の前に行った瞬間、信号が青に変わった時のような爽快感。


安全になった横断歩道を渡る。

セントラル人は丈夫なので、銃弾の1発で死にはしない。

3分くらい、全身から脂汗が止まらなくなるだけだ。


セツナが掃除したゴミも、直に警備ロボットに補導され、罰金を支払って釈放をされるだろう。

その罰金の半分が、セツナの給料(クレジット)になる。


リボルバーのリロードをしながら歩くセツナの後ろから、早歩きのサラリーマンが彼を追い抜いていく。


都市のど真ん中で、摩天楼が吹き飛んだのに、サラリーマンは通常出勤。

生真面目なのではなく、慣れているだけ。

龍の方は珍しいが、ビルの方は日常茶飯事。


折れた摩天楼にも、3日もあればセントラル人は適応する。


‥‥恐るべきは、セントラル人の倫理が、プレイヤーのそれを上回ることであろう。

新米エージェントも、ここでの暮らしに馴染もうと、高級住宅街の別荘を爆破したことがあるけれど、「ふ~ん」で終わってしまった。


横断歩道の人混みに、セツナの姿が消える。

中背の背丈は、簡単に紛れて埋もれてしまう。


横断歩道を渡れば、腰に銃を戻したセツナが出てくる。



ここは青い街、センター。

VRゲーム、Magic & Cyberpunk の、主要拠点。


青い空を映す煌びやかで、ドブよりも淀んだ、汚泥のオアシス。





宿舎を出て、30分と少し。

CCC中央支部の前に、到着した。


徒歩出勤だったセツナは、なぜか車をCCC支部の前に乗り付ける。

車の外まで響く音楽は、洋楽。

英語で何を言っているか分からないミュージックが鳴り響く車から降りると、車は独りでに、駐車場へ移動していった。


自動運転の車を見送って見上げるのは、エージェントの本拠地「CCC支部」。

候補生のセツナはこれまで、訓練学校(スクール)に通っていたため、CCC支部へは初の出勤。


セントラルという島国の秩序を預かる建物は、3階建てのビル。

セントラルの摩天楼に比べると、こじんまりとしている。

背が小さくなってなおも、人を見下さんとする第7ビルのような威圧感は感じない。


古くから、城や砦は、権力の象徴とされてきた。

正義の居城が、3階建てでこじんまりとしていては、舐められてしまわないだろうか?


そんなことをセツナが気にするくらい、CCC支部の建物は大人しい。

終末世界の武力組織なのだから、敷地内をもっと、戦車や戦闘機、それからセンチュリオン (CE)という巨大ロボットが闊歩していると思っていたのだが、そうでもないらしい。


エージェントの総本山を見上げるセツナは思わず、あくびを噛みしめる。

空かの青い日差しに自律神経が刺激され、ちょっと失礼な生理反応が引き起こされる。


支部の監視カメラには、あくびをするセツナがバッチリ映っている。

彼のスマートデバイスに内臓されているAIは、今すぐにでも、この支部のスゴイ所をホロディスプレイで提示してやりたいという欲求に駆られる。



この建物は、実は地下に深いタイプの建物ということを、講釈も交えて教えてやりたいと思考する。


ここはセントラル。

終末世界の楽園であり、犯罪者の楽園。


暴力が天下の往来を跋扈するこの都市では、建物は上より下に伸ばした方が合理的。

本来ならば、他の建物だってそうすべきなのだ。


しかしそれでも、セントラルに摩天楼がそびえるのは、飽くなき人の欲と、見栄のせい。



AIは、ホロディスプレイを起動して、のんきなセツナに説明してやろうかと思ったが、グッと我慢する。

ここは屋外。

情報漏洩のリスクがある。


AIがセツナのことを、さっさと支部内部へ入れと思っていると、支部の隣で爆発音。

CCC支部と併設されている武器棟から爆発。

爆発のあとには轟音が続いて、合計で二度の大音声が響いた。


セツナは爆発に驚き首を引っ込める。

姿勢を低くして、爆発と轟音があった武器棟の方を見る。


CCC支部と同じくらいの高さで、倍以上の広さを持つ武器棟。


そこの2階に大きな穴が空いている。

道路には、煤と炎を纏った、戦車。


‥‥打ち上げロケットに搭載されてそうなロケットエンジンを2門も積んだ戦車が、道路に月面のクレーターみたいな穴を空けて、炎上している。


現実の日本なら、ネットで大炎上まったなしの大事故。

しかし、セントラルの人間はリテラシーが高いので、問題にはならない。


武器棟の大穴から、技術者(エンジニア)たちのものであろう歓声が、その横のCCC支部の入り口に立っているセツナのところまで聞こえてくる。



「イエーイ! 見たかよ今の加速! サイッコーだぜ!!」


「0-100(ゼロヒャク)0.86秒! CEプロトエイトの記録まであと、0.02秒だ!

 0-100最速の機体に、戦車(コイツ)の前輪が届いた!」


「こりゃあ、戦車が空を飛ぶ日も近いぜ! はっはっはー!」


「なに? 局長から苦言の連絡ぅ~?

 始末書は明日になったらいくらでも書いてやるって伝えとけ!」



‥‥‥‥。

情報によれば、CCC支部の構成員は、エンジニアが1番多いという設定らしい。


セツナのようなエージェントは少ない。

CCCの花形であり顔ではあるものの、脅威の離職率と死亡率、ついでにクローン兵の存在もあり、一兵卒の命はとても軽い。


逆に、代替の利かないオペレーターやエンジニアなどの専門職は、それはそれは大層丁重に重用される。

いわばエンジニアとは、CCCのエリート。

エリートの考えていることは、一兵卒の新人であるセツナには分からない。



そそくさと、支部の内部に入る。


事なかれ主義。

自分は支部に召集が掛かっていたから、それを優先した。

エンジニアの暴走は知らないという無敵の言い訳で、支部と武器棟の前を走る道路にできたクレーターから目を逸らした。



CCC支部の1階は、白い床、白い壁に白い天井。

外の混沌なんて知らない顔で、非常に清潔。

セツナが履いている、おろしたてのスニーカーですら、床を汚してしまいそうなくらいだ。


支部に入れば、セツナは咳払いをして調子を整える。


広い入り口を20メートルほど歩き、受付に声をかける。

左手を前に掲げると、ホログラムの身分証が出現。

受付の女性型アンドロイドに身分証を見せる。



「候補生のセツナです。オペレーターから召集を受けて来ました。」


「お待ちしておりました。3階へエレベーターでお上がりください。」


「ありがとうございます。」


「あなたの帰還と生還を歓迎します、エージェント。」



受付をしている女性型アンドロイドは、セツナに3階へ向かいように促した。


受付の案内通り3階に向かう。

受付の奥へ、今度は40メートルほど進むと、そこにあったのは、テレポート式のエレベーター。


金属質な四角いキューブが、腰くらいの高さで浮いている。

キューブの大きさは、かき氷を作るのに使われる四角い氷サイズ。

キューブの周囲10メートルには、水色に発光するサークルが浮き上がっている。


サークルの内部へ侵入。

個人情報を照合、照合完了。

サークルの色が緑色となり、待機状態からスタンバイ状態へ。


腰の高さで浮かぶキューブに手をかざす。


すると、セツナの頭の中に、彼の所有している権限で移動ができる階層の情報が流れ込んで来る。

脳に仮想的に構築された脳領域「電脳野」が、キューブが生み出す魔力場から情報を読み取ったのだ。


この電脳野は、意識を現実世界から電脳世界にダイブする時にも使われる。

人間と機械の言語を、それぞれが理解できるように翻訳するための仮想言語野だ。


電脳野が翻訳した情報によれば、セツナはこのエレベーターで3階にしか移動ができない。

そこは、エージェントの頭脳として働くオペレーターが集う、オペレーションルームになっている。

これらの情報が、既視感(デジャビュ)として流れ込んできた。


まるで、過去に読んだことのある本の内容を思い出すかのように、本の冒頭を読むことによって、脳に埋もれていた記憶が蘇る感覚。


電脳野によって翻訳された言語の持つ「共感覚性」に身体の五感が反応し、それを既に知っているかのような錯覚を覚えるのだ。


眠っているときに見る夢。

そこで見た景色に既知感を覚えるこの感覚は、どうにもセツナは、慣れないでいる。

電脳野を自分の脳に構築してから、だいたい1年と半年。

既知感の理屈は分かっていても、この、思い出すかのように情報を獲得するプロセスは、ちょっと気色が悪い。



気を取り直し、3階へと移動する。

宙に浮かぶキューブへ手をかざし、エレベーターを起動する。

このエレベーターは、意識によって操作する。


3階に行きたいと思考すれば、電脳野がそれを機械の言語に翻訳し、キューブに入力をする。


光に包まれる。

緑色の光。

セツナは、光と共に、1階から一瞬で姿を消した。





セツナは3階へ移動する。

移動は一瞬。

光が収まれば、そこは忙しくも、統率のとれた空間。


CCC支部の3階はオペレーションルーム。

オペレーターたちの戦場。


エージェントが秩序のため武器であるならば、オペレーターは頭脳の役割を担う。

オペレーターは、エージェントの任務をサポートするだけでなく、エージェントが持ち帰った情報の精査や、ハッキングによる情報収集なども行っている。


科学が発展するにつれ、重みを増す「情報」というリソースを扱うスペシャリスト。

それが、オペレーターだ。


狭き門であり、皆が最高峰の頭脳を持つエリート集団だ。

オペレーターは、だいたい100人くらいで構成されている。


対するエージェントは、セントラルにだいたい1000人。

一応これでも花形であり、エージェントの命は軽くとも、厳しいトレーニングと試験をパスしないとなれない職業。

クローン兵では実現が難しい、小数精鋭の武装集団だ。


CCCで最も大規模であるエンジニアの集団は、全国に1万人以上も居る。

機械化が進んでいるため、ロボットの開発やメンテナンスには人手を要するのだ。



セツナは3階を見渡す。

エレベーターのサークルの外へと移動し、ガラス張りの壁の向こうを見渡せば、CCCの頭脳であるオペレーターが働いている。

オペレーションルームの構造は、大学の講義室のようだと彼は思った。


部屋の奥にデカデカと、大きなモニターが腰を下ろしている。

それを囲むように、オペレーターの席が半円形に並んでいる。


モニターを囲む半円形のオペレーター席は、ひな壇状になっいる。

これにより、モニターから遠いオペレーターの視界も、確保されている。


この世界には、AR(拡張現実)やホログラムの技術が普及している。


だから別に、中央のモニターが見えなくても問題なさそうなのだが‥‥。

ひな壇状にしているのは、雰囲気というヤツなのだろう。


あるいは、ARやホロが使えない事態を想定しているかも知れない。



セツナは、オペレーターたちの働きぶりを、高い所から一望したあと、オペレーションルームの入り口を潜る。


自動ドアが開きオペレーションルームに入り、新入社員みたいにキョロキョロとしていると、1人の女性がセツナに声をかける。



「あっ! セツナさん、お帰りなさい。」



セツナを担当するオペレーター、アリサが自身の席から立ち上がり、駆け寄って来た。

彼女はセツナの元に駆け寄るなり、頭を下げる。



「すいません、私の実力不足で‥‥。危険な目に遭わせてしまいました。」



ステルスドローンの強襲。

龍の襲来。


それを彼女は詫びているのだ。


ドローンも龍も、仕方のないことではあった。

誰も予測ができなかった、不測の事態だった。


けれど、エージェントの命を預かるオペレーターとして、「仕方がない」で済ませてはいけない。

情報のスペシャリストとして、知らない足りないは、ご法度なのだ。


この徹底した自責思考こそが、ハイレベルなオペレーションを可能とし、エージェントが命を預けるに値する信頼関係を築いている。


セツナだったら、1時間でお腹の調子が悪くなりそうな業務だ。

自分の身体は張っても、人の命を預かるなんていうのは、御免こうむりたい。

‥‥現実世界でだってそうだ。


だからセツナは、頭を下げるアリサにあっけらかんと答える。



「ぜ~んぜん大丈夫。こういうの、慣れてるから。」



不可視の敵にアンブッシュをされるのも、ドラゴンと戦うことも、慣れっこである。

そう言って茶化し、気にしていない旨を伝えた。



「――? そう、ですか?」



アリサは、きょとんとした様子で首をかしげた。

彼の「慣れている」という発言に、合点がいっていない様子。

頭の上に疑問符を浮かべている。


その疑問符に、セツナは肩をすくめて返した。

アリサを気遣ってとぼけてみせる、ハードボイルド。


‥‥って、内心で悦に入る青二才。



真顔を取り繕うセツナ。

アリサは、セツナの右眉の尻が、陸に上がった魚の尻尾みたいに動いているのに気付き、笑いを堪える。

顔に出そうなのを何とか堪え、「それはそうと――」と切り出して仕切り直す。



「局長がお呼びです。中央モニターの前までお願いします。」



ニコッとスマイルを浮かべるアリサ。

彼女は、セツナに中央モニターまで続く下り階段を進むよう、手で促した。


言われるまま、階段を下りていく。

その後ろを、アリサがついて来る。


彼女も一緒ということは、業務報告とか、そういう類いのものだろうか?


階段を下りる先には、映画館のスクリーンにだって負けないほどの巨大なモニター。

モニターの前には、この部屋で一番偉い人物に仕事をさせるための、机と椅子。


デッカいモニターの前に、それに負けないほどデッカい机があって、デッカい椅子が置かれている。


ほどなくして、セツナとアリサは中央モニターの前へたどり着く。

すると、モニターの方を向いていた回転式の椅子がセツナの到着を察して、彼の方へ向き直った。


セツナの後ろをついて来ていたアリサが彼の横に並び、CCC中央支部を預かる局長に挨拶をする。



「ディフィニラ局長。トライアルエージェント・セツナが帰還しました。」



ディフィニラと呼ばれた女性は、アリサの言葉に頷く。


ディフィニラ局長。

CCC支部のトップにして、オペレーターをまとめる「ハイオペレーター」という役職に就いている女傑。

30年前、セントラルの西部を中心に勃発した「千日戦争」を勝利に導いた、生ける伝説でもある。


彼女の身を包んでいるのは、座った体勢でもシワひとつ無いスーツ。

目つき鋭く、身に纏っている雰囲気は、神社仏閣にそびえる御神木が如し。

悪党が彼女の領域に足を踏み入れれば、雷に打たれたような怖気が背筋を駆け巡ることになるだろう。


褐色の肌の、その頬には傷が残っており、鋭い目つきと相まって、数々の死線を潜った猛者であることが計り知れる。


見た目は生命力に溢れ若々しいが、彼女の纏う雰囲気は、老成した大樹のそれ。

今もなお新緑を輝かせる老木、それがディフィニラという女性。


アリサのふんわりと優しい印象とは対局的な人物である。


ディフィニラは、セツナがこっそりとしていた値踏みが終わるのを待ってから、口を開いた。



「エージェント・セツナ。オペレーター・アリサ。

 まずは任務の完遂ご苦労だった。」



女性らしくも、腹にズンとくる威厳のある声。

威厳を出そうとしているのではなく、素でこの調子なのだろう。


これは――、怒らせたら怖そうだ。


寄らば大樹の影だが、大樹に落ちる雷は大きいと相場が決まっている。

セツナはそんなことを考えているが、アリサに関しては、ディフィニラの雰囲気に気圧されているような様子は無い。

意外と肝が据わっている。


エージェント候補生のセツナと、将来を期待されるオペレーターのアリサを前に、ディフィニラは続ける。



「昨日の任務はmおおむね成功と言っていい。

 少々手筈とは違う形の着地となったがね。

 とくにセツナ君、あのイレギュラーな状況から、良く生還してくれた。」



ディフィニラ局長、怒らせらた怖そうだが、ちゃんと褒めるべきは褒めてくれるらしい。

セツナは褒められて伸びるタイプなので、まんざらでもない。


強面の女性に褒められて、ご満悦である。

彼の顔に、そう書いてある。


お褒めの言葉に、何度も小刻み相槌を打ち、脳内でリピート再生をして悦に浸るセツナ。

ディフィニラは、彼にさらなる飴を与える。



「特に私が評価しているのは、赤龍の攻撃から生存だ。

 ステルスドローンの残骸を利用した即席シェルター。

 あの機転と判断力は、ベテランの戦士でも早々できることじゃない。


 それは、基本の反復練習だけでは身に付かない。

 訓練をしていない時間、日常生活においても戦士としての観察眼を使っていなければ培われないセンスだ。

 ここに一流とそれ以外の決定的な差がある。

 君のような若者がエージェントを志してくれたことを、私は嬉しく思うよ。

 CCCの局長としてもそうだが、一介の老兵として、ね。」



セツナは局長に、ますます褒められてしまった。

もはやべた褒めの領域。

ディフィニラ局長、顔が怖いだけで、優しい上司。


そして彼女は、生粋の戦士だ。

戦いの話しになってから、セツナを見る目が変わったのだ。


‥‥後進を喜ぶ目ではなく、獲物を見る目だった。

完全に。気のせいではない。

覚えがあるのだ、その目に。

現実世界、良い身体をしている若者を見た時の、教官の目つきなのだ。


ディフィニラはセツナを一通り褒めてから、咳払い。

気配で会話をし始め、アリサを置いてけぼりしてしまったことを自戒し、仕切り直す。



「――よってセツナ君、君の任務遂行能力と、幸運を表して、勲章を贈ろう。」



ディフィニラがそう言うと、セツナの前にホログラムの勲章が表示される。

逆三角形のシンボルに「CCC」という文字が刻印されている勲章だ。



「過酷な任務を遂行したエージェントに与えられる、トライアングルの勲章だ。

 この場で叙勲をすることはできないが、()()確実に、君の手元へ届けよう。」


「おめでとうございます! セツナさん!」


「ありがとうございます! アリサさんも、ありがとう!」



なんと、叙勲まで受けてしまうセツナ。

任務は失敗したはずであるのに、至れり尽くせり。


アリサからも祝福される。

セツナの受勲を、自分のことのように喜び、心からの拍手を送る。

彼女からすれば、セツナが無事に生還して、こうやって評価されることこそが救いなのだろう。

エージェントが任務をやり遂げ、生還する。

そうすることで、オペレーターの苦労が労われる。

そうすることでしか、救われない。


セツナを祝福するオペレーターは、アリサでは無かった。

オペレーションルームで仕事をしていたオペレーターたちも、作業の手を止め、彼に拍手を送る。


ここまでくると、セツナは嬉しさよりも気恥ずかしさが勝ってしまう。

照れた顔を隠さず、右手で頭の後ろを掻く。



「いや~――。どうもどうも! ありがとうございます。

 アリサさんもありがとう。

 これからも頑張ります!」



CCC、とても楽しい職場だ。

すっかり有頂天のセツナ。


照れ臭くも喜色に富んだ彼の表情を読んで、ディフィニラはゆっくりと、両肘を机の上につく。

手を組み、その上に頭を乗せる。

セツナの前からホログラムの勲章が消えた。

拍手も収まり、オペレーターは各自の仕事に戻る。


さて――。

ここからは、本題の2つ目。

ディフィニラが切り出す。



「ところで‥‥。

 2人とも、この映像を見てくれ。」



ディフィニラの横に、ホロモニターが現れる。

視線をモニターに向けるセツナとアリサ。。

ディフィニラも椅子を少し横に回して、モニターの方を見る。


モニターから、映像と音声が流れ始める。

‥‥‥‥。



『そっちこそ、ビルから落っことされても、文句言うなよ?』


『あら、しぶとい。いと、僥倖。』



『すいません。このピカピカ、換金をお願いします。

 ‥‥ああ、いや、違うな。


 こほん。何も聞かず、これを金にしてくれ、ベイビー。


 あ! ついでに買い物もしていこうかな!

 なんかカッコイイヤツください。

 え? 丁度いい車があるって! 買います買います!』



映像の主役は、セツナだった。

‥‥彼の、とてもエージェントらしからぬ、それはそれは愚行の数々が列挙されていた。


捕縛の命令が出ていたウールーを、売り言葉に買い言葉で、ビルの屋上からぶっ飛ばそうとする。

売り言葉に買い言葉かと思っていたら、本気でぶっ飛ばして、ウールーが無事だったことに感謝する。

そして、彼のビルで拝借したピカピカを、路地裏の「リサイクルショップ」で売りさばく。


映像が終わり、ホロモニターがプツンと音を立てて消える。

ディフィニラは、セツナとアリサの2人に向き直る。


2人の表情を見てみる。

映像を見たアリサの表情は一転。

セツナを祝福の笑顔から、取り繕うような苦笑いに模様替え。


セツナは、イタズラがバレた大型犬のように、顔だけそっぽを向けている。

下手な口笛を吹いて、しらばっくれている。


ディフィニラが、再びゆっくりと両肘を机に立てて、手の上に頭を乗せる。

椅子と服の衣擦れ音が、妙に通り良く聞こえた気がした。



「さてセツナ君。これらについて、何か申し開きはあるかね?」


「‥‥‥‥。」


「ターゲットは、捕縛しろと命令したはずだが?」


「‥‥‥‥。」


「ビルから落として? どう捕縛するつもりだったのかね?」


「‥‥‥‥。」


「まあそれは良いだろう。

 エージェントは、多少の不敵さは持っておいた方が良い。」


「‥‥‥‥。」



「ところで、君が昨日履いていた靴はどうした?」


「‥‥‥‥。」


「つい先ほど、裏通りの質屋で、同じモデルの靴が売られていたぞ。

 あれはずいぶんと価値のある靴だったらしいな?」


「‥‥‥‥。いや~~~、あはは――――。」


「それと確か君は、車を持っていなかったな?

 駐車場の契約もしていない。

 乗って来たアレは、どこの車だ?」


「えっと~‥‥、それは‥‥。

 裏通りで、野生の~↑、車を~↑、保護して~↓↑‥‥?

 意気投合して~‥‥、みたいな。」



必死に、苦しい誤魔化を続けるセツナ。

切羽詰まった状況なのに、「裏通りで野生の車を保護した」とか嘘を言うから、アリサは口を固く、真横に閉じる。


笑えないのである。

オペレーター席の方では、聞き耳を立てていた金髪のオペレーターがクスクスと笑っているが、アリサは笑えないのである。


彼女からすれば、とんだ巻き込まれ事故。

ディフィニラと目が合って、青ざめることになってしまった。



そして、いよいよセツナに引導を渡すCCC局長。



「一応、申し開きがあるなら、聞こうじゃないか。

 ――どうだね?」



”そこはほら、若気の至りってことで?”

なんてもう、冗談を言える雰囲気では無かった。

部屋の冷房が、強くなったのだ。


セツナは、自分の横に立っているアリサの方へ顔を向ける。

エージェントの頭脳であるオペレーターに、助けを求める。


‥‥顔を逸らされた!

気まずそうに、顔を逸らされた。


現場の判断で対処せよ。

そういうことだ。


セツナは、油が切れたブリキ人形みたいな動きで、ディフィニラの方を見る。

老獪な瞳が、こちらの出方を窺っている。


睨まれる緊張のなか、とりあえず‥‥、頬を掻く。



「龍から~‥‥、生還したってことで、チャラになりません?」


「それは、さっき労ったじゃないか?」


「あぁ‥‥。そういうことかぁ~‥‥。」



厳しい上司は、にこりと笑みを見せた。

逃げ道はもう、とっくに塞がれていたのだ。


‥‥ああ、これはやった。


そう思っても、時すでに後の祭り。

すべては、時すでに後の祭り。






「――大馬鹿者!!」






机を叩く大きな音と、大きな叱責が、オペレーションルームに響いた。

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