1.2_ロードアウト
「セツナ君、君の戦闘センスには目を見張るものがある。
おおよそ、新人とは思えないほどに、だ。」
セツナは、上官のディフィニラ局長に、こってり絞られていた。
「だが、少々素行に難がある。」
「はい‥‥。すいません、おっしゃる通りです。」
肩幅が一回り小さくなったセツナを見て、ディフィニラは小さくため息をつく。
「まあ分かるよ。こんな仕事だ、多少のダーティプレイは必要だろうとも。
命を懸けるプレッシャーは、訓練でどうこうできるような代物じゃない。
羽目を外して自己管理をするのも、手段のひとつではある。
真面目な人間ほど、ここでは長続きしない。」
――戦場では、まともなヤツから死んでいく。
ディフィニラは、椅子を少し横に回し、頬の傷をなでながら、そう言った。
立場上セツナを叱責しなければならないが、あくまでも彼女は、セツナの愚行に理解を示そうとしてくれる。
そうであるから、セツナは益々バツが悪くなる。
雷のように怒られるよりも堪える。
ディフィニラは、子犬みたいに大人しくなったセツナを、厳しくも優しく諭す。
「人命と秩序のためならば、多少の無法も、多少の無茶も許容しよう。」
横にしていた椅子を戻し、じっとセツナの目を見る。
セツナも何かを察し、真剣な顔で彼女の目をじっと見る。
「仕事のやり方は君に一任する。
だが――、必ず生きて帰って来い。
これは命令だ。
生憎、死にたがりに回せる仕事は無い。」
セツナは、深く、重く頷いた。
「よし、ならばこの話しは終わりだ。
そして、現時点をもってエージェント・セツナを昇格。
候補生エージェントから、正規エージェントとして、CCC権限を一部解除する。
以上、解散。」
セツナは候補生から、正規のエージェントへ昇格した。
ここから、本格的な彼の仕事が始まる。
ディフィニラから昇格と解散の宣言がされ、デブリーフィングは終了。
すると、オペレーションルームに変化が起こった。
ディフィニラやアリサ、それにオペレーターたちの姿がぼやけだしたのだ。
姿が透過し、輪郭にノイズが走り、存在が薄くなっていく。
突然の出来事。
突然の異常。
セツナは、周囲を落ち着きなく周囲を見渡す。
見渡す以外に、彼にできることはなく‥‥。
そうこうしているうちに、プツリ、何か大きな電源が落ちた音がした。
CCC支部の3階は、もぬけの殻になった。
「えぇ‥‥、どゆこと?」
広い、白いひな壇部屋にポツリ。
困惑の声は、がらんどうと木霊した。
◆
人気の無くなった3階を後にして、セツナはCCC支部の2階へと移動した。
正規エージェントとなって、CCC支部の自由な移動が許可されたのだ。
テレポートエレベーターで移動すると、2階はどうやら、エージェントたちの詰所となっているようだった。
縦横に走る廊下。
区分けされた部屋。
その部屋ごとに、中央支部を拠点として活動するエージェントたちの、各々のデスクやら、装備をしまうロッカーやらが並んでいる。
そこで先輩エージェントたちが、雑談や装備の点検、書類の作成や確認などを行っている。
無事に昇格したと言っても、まだまだ新米のセツナ。
仕事の勝手も、この詰所の勝手も分からない。
この度、局長判断にて晴れて養成学校を卒業し、即日即戦力として投下されるも、何をしていいのやら。
エレベーターの前を彷徨い、廊下を彷徨い、あてもなく詰所の様子を観察する。
すると、1人の大柄なマッチョメンがセツナに声を掛ける。
浅黒い肌で、スキンヘッドのナイスガイ。
「よう! 候補生改め、コモンエージェントのセツナ。」
マッチョメンは、とてもフレンドリーな表情でセツナに話しかけてきた。
くしゃりと、目じりにしわが寄って破顔する。
ほころぶ笑顔を下では、黒いTシャツが筋肉でピッチリと伸びて、二の腕の方がミチミチ言っている。
「俺はジャッカル。話はアリサちゃんから聞いてる。よろしくな。」
先輩エージェントであるジャッカルは、気さくに挨拶をして、セツナへ手を差し出す。
セツナもジャッカルに挨拶を返す。
「セツナです。よろしく――。」
セツナは、手を差し出そうとして、止まる。
思い出すのは、3階での出来事。
あのオペレーションルームはダミー。
アリサも、局長も、他のオペレーターも、ホログラムで投影されているだけだったのだ。
途中で動きを止めた、セツナの手。
その手を、岩のような手が力強く握りこむ。
太くて分厚い手だが、温かみのある手だった。
ジャッカルは事情を理解したようで、セツナに笑いかける。
「さては――、アレをくらったな?」
「ええ。まんまと、アレに引っ掛かりました。」
「みんな最初は騙されて、驚くのさ。
アレには質量があるから、ちょっとぶつかっても気付けない。」
「へぇー。」
セントラルの技術、恐るべし。
科学全盛の現実世界でも、質量を持ったホログラムはまだ実現できていない。
これが、ネクストと魔力の差なのであろう。
ひとしきり握手を交わしたあと、互いに手を離す。
ジャッカルが、セツナの機微を察したのか、片方の眉をピクリと上げる。
「まあ、気を悪くせんでくれ。
局長たちには、俺たちをバカにするつもりも、揶揄うつもりも無いんだ。」
「‥‥セキュリティ的な事情、ってことですか?」
「そういうこと。分かってるじゃないか。」
オペレーターが働いているオペレーションルームの場所は、エージェントでさえ知らない。
厳重に秘匿されている。
なぜなら、オペレーターはCCCの頭脳であり中枢だから。
エージェントたちの詰所などという、こんな分かりやすい場所でオペレーターが働こうものなら、悪党どもに狙ってくださいと言っているようなものだ。
だからこそ、エージェントとオペレーターが直接対面をすることはない。
支部の3階、ホロオペレーションルームこそが、両者が面と向かって対話ができる限られた空間なのだ。
‥‥‥‥。
ニューエージェントの誕生だというのに、ちょっと真面目な雰囲気になってしまった。
ここで、セツナよりも頭ひとつ背の高いジャッカルが、セツナに1歩近寄る。
身を屈めて、ひそひそ話の姿勢を取るので、セツナは彼に耳を向ける。
「1回‥‥、2日酔いが酷かった時に、俺もホログラムを使って3階に行ったことがあるんだ。」
「ほうほう。それでそれで?」
「入り口を潜った瞬間、アラートが鳴ってバレた。」
「ありゃりゃ。」
「まったくビビったぜ。アラートが鳴ったと思ったら、俺の家にエンジニアのところのロボットが押し寄せて来てな。とっ捕まって、パジャマ姿で連行された。」
「それは‥‥、身内にも容赦ないですね。」
「でな、中央モニターの前に座らされて、局長からこう言われたんだ。
酔いは覚めたか? ってな。」
「ふふふ――。」
「まあ、ここで働くなら、悪いことはほどほどにしておくことだ。
ここに落ちる雷はデカいからな。」
「‥‥ええ。そのようですね。」
「おっと新人。さっそくやったか。
いいねー。」
エージェントの職場。
後輩も後輩なら、先輩も先輩であった。
セツナもジャッカルも、すでに互いが雷に打たれたことがあると分かり、2人は打ち解ける。
ジャッカルが気安く、セツナのことを肘で小突く。
見どころのある新入りが入って、楽しそうだ。
「よし、じゃあ新人。ちょっとついてきてくれ。」
そう言ってジャッカルは、廊下の奥を親指で指した。
ジャッカルに連れられて、セツナは廊下を進む。
途中、何人かのエージェントとすれ違うと、ジャッカルと手を挙げて軽く挨拶を交わす。
エージェントの反応を見るに、ジャッカルはここでは顔が利き、なおかつ信頼が厚いようだ。
すれ違う人々が、セツナを見たときの表情で分かる。
ジャッカルが見慣れない若者を連れまわしていることに、エージェントたちは何も違和感を抱いていない。
皆、足を止めてジャッカルと雑談を少ししようとするも、セツナがいることに気付くと、挨拶だけに留め、自分の業務に戻っていく。
「ほう、目が良いじゃないかセツナ。」
「え? あ、どうも。」
セツナに背を向けているはずなのに、こちらのしていることを把握しているジャッカル。
この世界には、魔力と魔法があり、魔力野という身体感覚が存在する。
体温が身体の外へ放出されていくように、魔力も身体の外へ無意識に放出されている。
体温と違うのは、放出された魔力には触覚が残っていて、それで気配を気取ることができる点。
その能力は、セツナのアバターにも備わっている。
‥‥けれども、彼は魔法が常識の世界で育っていないから、ジャッカルの言葉に対し、反射的にカメラを探してしまう。
「はっはっは! カメラを探そうとするのも悪くない。
事実と感覚、見えてる物と勘、エージェントにはどっちも大切だ。」
「教官に、耳にタコができるくらい言われました。
見て、考えて、想像して試してみろって。
街中を歩いているときも、ファストフード店でハンバーガーを食べている時も、何が起こるのかを見て考えて、何が使えるのかを想像しろって。
最初のころは、周りを気にしながらハンバーガーを食べる不審者になってましたよ。」
「そりゃあ、良い教官に教えられたな。」
「はい、本当に。ギャンブルはからっきしなんですけど、人との巡り合わせには恵まれてるんです。」
「そこでツイてるなら、ラッキーさ。
ここで働いていると、心の底からそう思うよ。」
「そうですね。――今日はさっそく、良い先輩に出会えました。」
「おいおい、よしてくれ。
あんまり期待されると、悪いことができなくなっちまうじゃないか。」
和やかに談笑をする2人。
エージェントは身体を張る仕事で、体育会系の空気が流れているから、セツナとしては居心地が良い。
談笑のなかでセツナが話した過去の経験談は、彼が現実世界で戦闘訓練を受けていたときの話し。
現実で戦闘訓練を受けていなければ、このセントラルに来ることはできない。
だから彼は、終末世界で、システムアシスト無しで戦える。
射撃のエイムアシストも、魔法を処理するためのサポートも無い。
少しばかりの「主人公補正」こそ存在するが、基本的な身体の作りはセントラル人と同じ。
セントラルでのセツナの強さを支えているのは、現実世界での訓練なのだ。
バスケ好きが、暇な時間にプロ選手のスーパープレイを動画で見るように、ダンス好きが、暇さえあればリズムを身体で刻み、グルーヴとステップの感覚を確かめるように。
日常生活に訓練を溶け込ませているからこそ、実戦で身体が考える前に動く。
日々の積み重ねが、実戦のコンマ数秒の差となる。
セツナは廊下を、ジャッカルの後ろをついていく形で最初は歩いていた。
しかし、目的地へ着くころには、ジャッカルの横に並んで歩くようになっていた。
碁盤の目みたいに区分けされた廊下を何度か曲がって着いた先は、厳重なセキュリティが施された倉庫。
雰囲気が、周囲の部屋とは明らかに違う。
日差しのような明るい照明で照らされている支部の2階で、ここだけ暗く感じる。
重く分厚い金属の壁が、光を吸収しているのだ。
心なしか、ここだけ室温も低いような気がする。
重い灰色の部屋。
重苦しい扉の前に、ジャッカルが立つ。
「セツナ、スマートデバイスを用意してくれ。
ここはを開けるには、エージェント2人のIDがいる。」
「分かりました。」
2人は、扉の左右へ移動する。
セツナは左腕に装備しているスマートデバイスを取り出す。
右手でデバイスを持って、目の前のセンサーにかざす。
ジャッカルも同様に、自分のスマートデバイスをかざす。
センサーがスマートデバイスの情報を読み取る。
デバイスだけでなく、生体情報も確認。
指の血管、目の網膜、声の波長、魔力の波長。
カメラに記録された情報で、彼らの動きに不審なところが無かったか、声や会話に異常が無かったか。
AIが整合性をチェックする。
数あるチェック項目。
それを確かな正しさで、迅速にチェックを終える。
時間にして5秒。
セツナたちからすれば、スマートデバイスをかざしてから、すぐの感覚だ。
重い扉が、ゆっくりと開く。
上に向けて、亀が散歩をするような速さ。
ジャッカルは慣れているのか、扉が完全に開く前に、頭を低くして潜って入ってしまった。
さっそく後輩に、悪いお手本を見せていくスタイル。
セツナも真似して、扉が動いているのに潜って入る。
セツナの頭上で扉が動きを止める。
ガシャリと、扉が鉄を噛んだ音を立てる。
ヒヤリとして急ぎ足で潜る。
扉は、ゆっくりと下がり、何食わぬ顔で閉まっていく。
ほっとするセツナ。
ドッキリが成功して、ニヤニヤしているジャッカル。
「ここの扉、開くの遅いだろ?
そのクセ、下がろうとするのは一丁前に早いんだ。」
「なんか、散歩が嫌いな犬みたいですね。」
扉の挙動は、設計の仕様からくるものだが‥‥。
それに、性格や人格を与えようとするのが、人間のサガ。
セツナは、先輩に連れられて、セキュリティが厳重な倉庫に入った。
自宅のガレージにでも入るように、気安い感じで。
白い蛍光灯が照らす2階倉庫。
重い灰色の部屋には、重い壁や空間のなかで、なおも存在感を示す武器がズラリ。
プロが使う武器も、やはりプロ。
常在戦場と、磨き上げられ手入れされ、24時間体制で自分の出番を待っている。
カジキマグロくらいの大きさがありそうなライフル。
宇宙探索をして、エイリアンとでも戦えそうなパワードスーツ。
発光する液体が充填されたカプセル。
カプセルは、大きさが大小さまざま。
台所に置いてある塩コショウとか、ブラックペッパーサイズのカプセルもあれば、殺虫剤サイズのカプセルもある。
‥‥オレンジ色の液体の中で、ミカンの白い繊維みたいな模様をしたナイフが浮かんでいるカプセルもある。
ナイフは、ゴボゴボと液体を沸騰させている。
2階倉庫、ライフルは黒々として、倉庫の重圧さえも跳ね除けるように輝き、パワードスーツからはいくつもの配線が伸びていて、今にも動き出しそう。
身体に悪そうなカプセルは、自動販売機のジュースみたいに並んでいて、全体的に暗色と寒色に偏った倉庫を明るい色で彩っている。
暗色と寒色の倉庫。
でも、セツナの目には、それらが堪らなく輝いて見えた。
視界を覆いつくさんばかりの武器!
思わず目移り。
気になる。
とくに、あのカジキマグロみたいなライフルが気になる。
ぶっ放せば、悪党も給料も、大漁間違いなし。
模範的な男の子の反応を示すセツナ。
カッコイイ武器に反応して、目をキラキラさせている。
ジャッカルは、男の子になっている後輩を微笑ましく思っている。
自分の働いている職場に魅力を感じてくれているのだから、彼としてもうれしい。
うれしいついでに、後輩に蘊蓄を垂れてやる。
カジキライフルを指差す。
「気になるか? アレが?」
何度も頷いてみせるセツナ。
「アレはな、俺のダチが設計したんだ。
ガキの頃からの付き合いでな、今はCCCのエンジニアとして働いる。
気に入ったなら、使えるぞ。」
「え! ホントですか!」
「ああ。――ただし、弾薬は自費だ。
1発で、俺たちの給料1ヵ月分。」
「‥‥‥‥。」
「CCCは、民間の会社や学校で、避難訓練の指導もしてるんだ。
あのライフルは――、まあ、そこに置く消化器みたいな物さ。」
「消火器‥‥。」
「悪党から身を守れるんだ。給料1ヵ月分なんて安いだろ?
無料の講習付きだぜ?」
「なるほど。」
カジキライフル。
その用途は、会社や学校に置く、消火器。
主に、犯罪者による火種を消化するために使われる。
魔法がある世界。
一騎当千が成立し得る世界。
その社会において、魔法で武装した犯罪者から、民間人が身を守れる兵器は必要ということなのだろう。
「ホームディフェンス用の武器だからな。
少々重たいが、取り回しよりも、犯罪者をビビらせるための火力が大切だ。
ライフルの中には、小型化したCEジェネレータを積んである。
製造パーツを使い回せるから、量産が楽なんだと。」
カジキライフルの蘊蓄を語ってくれるジャッカル。
CEジェネレータとは、巨大歩行兵器の動力源。
魔法世界由来の金属である、霊銀が原料として使われているらしい。
セツナは、武器の説明をしてくれているジャッカルに、そろ~り、1歩近づく。
ひそひそ話の距離。
「で、あのデザインの本当の理由は?」
「そりゃあ――、カッコイイからに決まってんだろ?
銃もステーキも、デカい方が良いに決まってる。」
「ですよね。」
そんな気は、していたのだ。
なぜならここは、セントラルだから。
「おかげさまで、インテリアとしての需要もあってな、CCCの財源になってくれてるって寸法よ。
局長は眉をひそめてたが、機能と数字を見せれば、言葉を飲み込むしかないさ。」
「局長の仕事って、やっぱり大変なんですね。」
――もしかして。
CCCは、けっこう愉快な職場ではなかろうか?
結果さえ出せば手段は問わない。
ホワイトカラーのオペレーターにとっても、手に職のエンジニアにとっても、少数精鋭のエージェントにとっても、自由な裁量が認められているのはやりやすい。
優秀な人材にとっては、なおさらだ。
優秀であれば優秀であるほど、普通から離れれば離れるほど、他者からの理解は得られなくなるのだから。
しかし、この職場では、「実力」という言語で話しが通じる。
魔法が存在し、一騎当千が成立する終末世界。
その世界で国家の秩序を守ろうとしているのだから、それだけ、個の能力の最大化にこだわっているのかも知れない。
カジキライフルに端を発した与太話は、これでひと区切り。
ジャッカルもセツナも、仕事モードに戻る。
「さてと。そろそろ、ここに来た目的を済ませちまうか。
セツナ、こっちへ。」
「はい。」
ジャッカルに案内され、倉庫の中心へ。
そこには、四角い柱が、床から天井に向かって伸びている。
部屋に入った時は、建物支える柱かと思っていたのだが、どうにも違う。
ジャッカルとセツナが近づくと、柱に格子状の切れ目が入り、切れ目から水色光が漏れ出し始めた。
ジャッカルは、淡く光る石の柱を、手で叩いてみせる。
「これは、パンドラモノリスっていう魔道具だ。
俺たちが使っている”インベントリ”の親玉みたいな装置だな。
セツナ、コイツにスマートデバイスをかざしてくれ。」
「分かりました。」
先輩に促されるまま、パンドラという石柱の前に立つ。
格子の切れ目から光を放つ柱に、スマートデバイスを近づける。
すると、パンドラがホロディスプレイを表示する。
セツナのIDを読み取り、彼に配布すべき武器の転送準備に取り掛かる。
ディスプレイの画面にパーセンテージが表示され、0%から100%まで、一気に上昇した。
ディスプレイが消える。
モノリスの光が強くなる。
内部からの光に押されるように、柱の形が変わっていく。
四角い柱は、円柱となり、押し広げられていく。
柱が膨張する。
柱は、細かい格子状に分解され、水色の光の中に浮く。
小さな四角い破片は、水のような光に浮き、宙に留まって漂っている。
膨張が落ち着く。
落ち着けば、セツナの腰の高さあたりの破片が、消滅を始める。
破片はさらに小さく、細かく。
そうして柱は、長方形にくり抜かれる。
縦に長い長方形の穴。
光が収まる。
穴の中には、新人エージェントのための、正式装備が一式。
それと――、トライアングルの勲章。
エージェントの仕事を讃える逆三角が、ブロンズの輝きを放っている。
セツナは、ジャッカルの顔を見る。
彼が頷いてみせるので、装備を手に取る。
モノリスの中に転送された物を取り出す。
勲章以外に、送られてきた装備は2つ。
まずはリボルバー。
黒い色、短いバレル、手に収まるコンパクトなボディ。
シリンダーの形が特徴的で、六角形の形をしている。
この形状が、銃を引き抜くとき、スムーズなドローイングを提供する。
形状からして、用途はバックアップウェポン。
命懸けの仕事で、戦闘の邪魔にならず、咄嗟に引き抜けて、確実に作動する。
いざという時に欲しい物が、すべて詰まっている。
セツナは小型リボルバーを手に取る。
手に取って最初にすることは、弾抜けの確認。
シリンダーを横に出し、弾が込められていないことを確認する。
この辺りは、もはや無意識や手癖の領域。
いまの時代は、小学生の頃から、体育の授業で射撃の練習をするのだ。
これは、危ない物だから。
そして‥‥。
これは、いざという時に使う物だから。
小型リボルバーは、とりあえずインベントリに突っ込んでおく。
リボルバーの横に置かれていた弾丸も回収。
箱詰めされている弾丸を、インベントリに送る。
インベントリは、個人用の収納空間。
パンドラモノリスの小型版である、パンドラボックスという空間に保管される。
リボルバーを回収したので、次の装備に手を伸ばす。
モノリスから取り出したのは、スマートデバイス。
セツナが持っているデバイスと、若干デザインが異なる。
デバイスを守るためのフレームが厚く、液晶の画面も分厚い感じがする。
手の中でずっしりと重量感があり、普通のデバイスの倍近く重い。
スマートデバイスというよりは、スマートギアといった外観や手触りだ。
新しいハイテク機器と、にらめっこをするセツナ。
ジャッカルが、新しいギアについて説明をしてくれる。
「そいつは、ESSっていうスマートデバイスだ。」
「ESS?」
「そう。エージェント・サポート・システムで、ESSだ。」
そう言いながらジャッカルは、腰に装備していた彼のESSを取り出す。
「仕事をするのに、役に立つ機能が色々と詰まってるんだ。」
口で説明するよりも、見せた方が早い。
彼はそう思ったのだろう。
ESSを慣れた様子で操作する。
すると、彼の服装が一瞬で変わった。
一瞬、ジャッカルの姿がピンボケしたカメラのようにぶれたと思ったら、彼はピンボケの中から、スーツを着た姿で現れた。
紺のカーゴパンツを穿いて、黒いTシャツを筋肉でピッシリさせていたのに、いまは首に蝶ネクタイなんてしちゃっている。
彼が腰の右側を叩く素振りをすると、その手は何にも当たっていないのに、革を叩く軽快な音が聞こえる。
それと、若干のノイズが、ズボンと手のあいだに走っている。
変装機能だ。
ホログラムを使った技術なのだろう。
セツナは言外に理解した。
こくり頷いてみせると、ジャッカルの服装が元に戻る。
‥‥元に戻ったと思ったら、今度は2人になった。
セツナの前に、瓜二つのジャッカルが立っている。
セツナから見て右側のジャッカルが、左側のジャッカルの肩を叩く。
手がすり抜けた。
ダミーホログラムだ。
実体を持たない立体映像。
ダミーのジャッカルは、倉庫の中を歩き出す。
ある程度、行動の命令ができるようだ。
ダミーは、それが偽物と分からぬほど自然な動作で倉庫を歩く。
確かな足取りで、明確な目的地を持って。
そして、倉庫に保管されているパワードスーツの前で止まった。
目的地に着いたダミーは、風に砂煙が撒かれるように消える。
本物のジャッカルは、ダミーが消えた方にESSを向ける。
いくつもの配線が繋がったパワードスーツ。
ESSの液晶に表示されたパーセンテージが100%になる。
パワードスーツの両目が光った。
それだけでなく、手を動かす。
両手を開いたり、閉じたり。
そしてまた、両目の光が消え、スタンバイ状態に戻る。
ジャッカルがセツナの方を向く。
これにて、ジャッカル先輩によるESSのデモンストレーションは終了。
「こんな感じでESSには、変装・デコイ・ハッキングの機能がついてる。
銃をぶっ放すだけが戦いじゃない。
上手く使ってくれ。」
「はい。」
正規エージェントとなり、正規装備が支給された。
新しいスマートデバイスには、いわゆる、搦め手の機能がある。
搦め手は、火力と違って分かりやすい指標がない。
それゆえ、扱う者のセンスや発想がダイレクトに影響する。
極論、銃は誰が使っても同じ武器だ。
けれど、搦め手は違う。
これはこれで、ロマンの詰まったギアだ。
セツナは、新しいスマートデバイス「ESS」を腕に装備する。
ずっしり、しっかりと重い。
責任と、ロマンの重み。
それを味わい、内心で使い道を妄想し、悦に浸っていたところで――、着信音。
スマートデバイスに、着信あり。
さっそく新しい仕事の連絡かと、着信に応答する。
デバイスを手に持って、ボタンをタッチ。
すると――。
「――ばぁ!!」
「どぅわぅふ!?」
スマートデバイスの中から、球体のホログラムが飛び出した。
バスケットボールくらいの大きさのホログラムが、画面を飛び出し、脅かされて、セツナは後方へと転んでしまう。
ジャッカルも、突然のホログラムの登場に、驚いた顔。
転げたセツナは、背中を起こす。
空中に浮かぶホログラムに声を掛ける。
「あたた‥‥。マル!? 一体どうしたの!?」
マルと呼ばれた球体のホログラム。
彼は、セツナの生活サポートAI。
通称「サポット」と言われるAIで、現実世界でセツナの生活を支えている。
立ち上がるセツナ。
彼の周りを、マルはちょろちょろと動き回り、イタズラが成功したことを喜んでいる。
「ふふん。ESSはなんと、汎用データが適応できるんデス。
つまり、エージェントの仕事でも、ワタシのサポートが受けられるということなんデスね~~!」
「マジか。」
「セツナさんは、おっちょこちょいデスからね~。
このオワってる世界でも、ワタシがサポートしますよ~。」
「マジか~~。」
頭の上をクルクルと回るマル。
どう? うれしい? うれしい?
とでも言いたげな挙動。
お手伝いをするゴールデンレトリーバーみたいな自己主張。
AIも、人間に似てくる時代だ。
セツナは、頭の上をちょろちょろ飛ぶマルを観察。
右手に握ったスマートデバイスを確認。
ジャッカルの方を見て、質問。
「ESSの担当AIって、設定変えられる?」
「ああ、もちろん。自分にあったAIを選べば――」
「よしチェンジで。」
ジャッカルの答えを聞くや否や――。
セツナの行動は早かった。
素早くスマートデバイスを操作する。
設定を開き。
AIの設定を開く。
「ガビーン!?」
セツナの頭上ではマルが、人間の心無い言動にショックを受けている。
しかし、管理者に似た性格のマルは、すぐに立ち直る。
マルも素早くスマートデバイスを操作する。
セツナに対抗。
「むむむ、許しませんよ! ワタシ以外のAIと浮気なんて許しませんよ!
これをくらえっ!」
「あっ! クッソ! 操作をロックされた!?
解除しろ、解除!」
セツナは、ぷかぷか浮かぶマルのホログラムを両手でひっ捕らえて、ブンブンと振り回す。
ホログラムではあるが、両手がすり抜けることなく、ちゃんと掴むことができている。
しかし、マルはホログラムなので、ブンブンされてもどこ吹く風。
実体はあるが、本体ではないので、ダメージなんてない。
口笛を吹いて、セツナを煽る始末。
「こいつ‥‥!」
カチンと来るセツナ。
右手に力を入れる。
ミチミチ、悲鳴を上げ出すスマートデバイス。
顔の色を変えるマル。
「あだだだだ――!?!? 壊れるぅ!? 壊れるぅぅ!?!?
何するんデスか! 暴力反対!!」
「うるさ~い! ロボット三原則はどうしたぁ!
使用者に迷惑をかけるんじゃない、このポンコツぅ!」
「あ~っ! 言ったな~!
セツナさんだって、ワタシをアップデートする行政手続きをほっぽり出して、朝帰りしたことあったでしょう!!
忘れたとは言わせませんよ!
まったく、ポンコツはどっちデスか!
この、ボケナスぅ!」
ポンコツぅ!
ボケナスぅ!
あーだ、こーだ。
あーだ、こーだ。
子どものように取っ組み合いをするセツナとマル。
マルの丸い体からマジックハンドが伸びて、セツナの頬をつねっている。
ジャッカルは、あっけに取られてしまう。
CCCは変わり者だらけだが、AIとケンカをするヤツは中々いない。
人間と取っ組み合いをするAIも、中々いない。
クソガキが2人。
先輩エージェントは、愉快そうに笑い出す。
「ははは――。その調子なら、ESSの使い方は問題なさそうだな。」
小型リボルバーやESSを取り出したモノリスの方を見れば、トライアングルの勲章がポツリ。
目の前で繰り広げられる子どもの争いに、銅の輝きを曇らせて、ため息をついている。
(まったく、頼もしい後輩ができたな。)
置いてけぼりにされている勲章。
それをジャッカルが眺めていると、彼のスマートデバイスに通信。
応答する間もなく、強制的にホロディスプレイが起動した。
空気を読み、クソガキAIとクソガキ人間が静かになる。
取っ組み合いを止め、セツナは床に胡坐をかき、マルが彼の頭の上に乗る。
ジャッカルは2人に背を向け、画面越しの相手と会話をしている。
セツナは、そろりと身体を左へ傾ける。
背を向けているジャッカルの奥を、覗き見る。
彼の話し相手は、オペレーターの制服を着た、金髪の女性だった。
女性がセツナに気付く。
そしたら彼女は、セツナみたいに身体を横に傾ける。
金髪と同じくらい眩しい笑顔で、手を振ってきた。
ちょろいセツナはこれに、すぐに手を振り返す。
モチベーションが上がった。
ジャッカルと女性の通信が終わる。
面倒見の良い笑顔から一転、彼は残念そうに頭を掻いている。
「ああ‥‥、セツナ。悪いニュースだ。
何事も無ければ、ハンバーガーショップのパトロールに連れて行ってやりたかったんだが‥‥、仕事が入った。」
ジャッカルは、倉庫の出口へと歩き出す。
これから、仲間を集めてブリーフィングだ。
「途中で投げ出して悪いが、あとはマル君と一緒に頑張ってくれ。
さっきも言ったが、使いたい武器があれば持って行って構わない。」
「了解です。色々と教えて頂き、ありがとうございました。」
「構うことはないさ。俺も、そうやって教わったんだ。
また時間ができたら、一緒にパトロールに行こうぜ。」
「楽しみにしておきます。パトロール。」
ジャッカルは、倉庫の出口にスマートデバイスをかざす。
重い扉が上に開く。
出る時は、1人で出られるらしい。
セツナもお見送りということで、出口までついて行った。
扉が開くのを待っているあいだ、ジャッカルは何かを考える素振りを見せる。
それで、考えがまとまって、セツナに振り返った。
「俺は、そこそこ長いことエージェントをやってるんだ。
その経験のなかで、勤務初日から局長に叙勲されて、初日から局長にどやされたのは、お前が初めてだ。
――きっと大物になれる。」
「じゃあな」。手を上げて、ジャッカルは立ち去っていった。
開きかけの扉を潜れば、扉は下へ閉まっていく。
ジャッカルを見送るセツナ。
彼は先輩に、「そう、ありがとう」と、少し困った調子で返事をして、先輩を見送った。
乾いた生返事、ぎこちない手振り。
散歩嫌いの犬のように速足で閉じる扉。
事情を知らぬマルは、顔に疑問符。
「局長に怒鳴られた? 勤務初日から? いったい何をしでかしたんデス?」
「‥‥いや~‥‥。
ちょっと、ハードボイルドとか、アウトローの真似をしちゃったりして‥‥。
不良警察とかカッコイイなぁ~、みたいな?」
「???
――ああ、なるほど。
新しいゲームにテンションが上がって、できもしないのに、カッコつけようとしたんデスね!」
「言わないで!? 心のかさぶたを剥がそうとしないで!?」
旅の恥は搔き捨て。
龍が摩天楼を破壊する世界なのだから、ハードボイルドの真似事だってしたくなる。
火傷に冷や水を掛けられたセツナ。
虚しく、2階倉庫に半熟の悲鳴が反響するのであった。
‥‥‥‥
‥‥
――そこに、スマートデバイスに連絡が入る。
セツナの前にホロディスプレイが起動する。
モニターには、彼を担当するオペレーター、アリサの姿が映っていた。
「セツナさん、次の任務が発令されました。
準備がよろしければ、このままブリーフィングに入ります。」
セツナとマルは、互いに目配せをする。
一瞬のやり取り。
セツナは、首を縦に振って答えた。




