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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
0章_終わった世界

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0.2_チュートリアル_B

ゴーレムは炎上し、駆動を停止した。

火の粉がパチパチと音を立てて、煙を上げている。


ガントレットに挿し込んでいた、コアレンズがイジェクトされる。

同時に、余剰エネルギーが白い煙となって、籠手の隙間から吹き出す。


ギミックの動作終了を待って、セツナは武装のガントレットを解除。

戦闘の高揚感を静めるように、両手をヒラヒラと振った。


額には冷や汗。

涼しい顔をして、カッコをつけてみても、指先が冷たくなるほど血の気は引いている。


岩の塊が、殺意を持って突進してくる様は、まさにスリル満点。

大画面の大スペクタクルだって敵わない、大迫力。

視覚的なストレスだけでも、映画の比ではない。


‥‥恐怖で脚がすくんで、動かなくなるなんてことが無くて何より。

ロードキルをされる野生動物の気持ちが、理解できる気がするのだ。


セツナは、高揚感に混じる恐怖心を、右手を振ることで追い出しながら、パチパチ燃えるゴーレムに近づく。

ゴーレムの残骸から、ターゲットが這う這うの体で出てきた。

五体満足、元気そうで何より。



「あら、しぶとい。いと、僥倖。」



軽口を叩いてみせながら、ウールーを捕縛しようと歩を進める。


彼の持つ、情報網に流通網。

洗いざらい吐いてもらう。


そのための任務であり、捕縛命令。

死人に、尋問はできないのだから。


セツナがにじり寄るも、ウールーは冷静に、懐からタバコを取り出す。



「最後に一服、いいかね?」



セツナの許可を待たず、ウールーはゴーレムから火を借りて、タバコに火をつける。

炎上するゴーレムの煙に巻かれた状態では、タバコの味も分からないだろう。

そう思いはするものの、愛煙家ではない彼に、その辺は分からない。


するとウールーは、タバコの箱をセツナに差し出す。

差し出されたタバコを、丁重にお断りする。


気分を悪くすることもせず、煙を吐くウールー。



「ゴーレムから借りた火も悪くない。

 ライターと違って、最初の一口がガス臭くない。

 少々、土の匂いが気になるがね。」



自嘲気味に笑い、携帯灰皿を取り出す。

タバコは、まだ半分残っているのに、火を消した。



「‥‥舞台は、整ったのだろうな。」



独り言のように呟いた。

炎に照らされる、ウールーの表情。

それは冷静というよりも‥‥、哀愁や諦観。


乱れたスーツ姿から見えた、彼の本心。

そのことを、やっと青二才が理解した瞬間――。


曇天の下に、嫌な風が吹いた。

湿気を多分に含んだ、生暖かい、頬を舐められるかのような風。



「――!? セツナさん、退避してください! 巨大なエネルギー反応が――!」



オペレーターの警告に、意識が引き戻される。


警告は途中で途切れてしまった。

通信に障害が起きたようだ。



「退避? 空の上で?」



不可解な指示に戸惑うセツナに、オペレーターからの返事は返ってこない。

彼の手綱持ちが不在となり、屋上にポツンと取り残されてしまう。


ともかく、ウールーを立たせようとするセツナ。

セツナの手を借りず、ウールーは自分で立ち上がった。

ワイシャツの第1ボタンを留め直し、ネクタイを整える。


身だしなみを整え、セツナの方を見据える。



「舞台の広さには限りがある。君は、舞台に上がった。

 そして――。」



猟犬と悪党。

2人に、迎えが来た。



ビルの屋上に突風が吹いた。

ゴーレムから燃え盛る炎を、煙と共に巻き込んで、曇天の彼方へと飛ばしていく。


突然の強風に、反射的に両手で顔を覆う。

手で風避けを作って、状況の確認をしようと試みる。


すると、セツナの前方上空、そこの空間が歪む。

‥‥いや、光の屈折によって、空間が歪んだように見える。



(光学迷彩‥‥!)



セツナの前に、巨大な強襲用ステルスドローンが出現した。


戦闘機のような見た目をしたドローンが、空中にホバリングして、屋上を睨んでいる。

機体には、蜂の巣型のミサイルポッドが装備されている。



「無‥‥ド‥‥‥‥。どうして‥‥‥‥‥‥。‥‥ひを。」



通信に砂嵐のノイズが入る。

ノイズに紛れて、声が聞き取れない。


輪郭の定まらぬ乱入者の登場。

あっけに取られてしまい、ドローンの行動を許してしまった。

ドローンは、感情の無いカメラで状況を判断し、攻撃のトリガーを引いた。


屋上にミサイルの雨が降り注ぐ。

セツナは慌てて、ウールーの襟首を掴む。


任務の内容は、この男の捕縛。

死んでもらっては困る。


男を生け捕りにすべく、ミサイルから逃れようとするも――。

ウールーが、セツナを突き飛ばした。



「これは、貸しとして帳簿に付けておく。

 ‥‥地獄で、返済を待っているよ。」



ミサイルの狙いは、セツナではなく、ウールーだった。


ミサイルが着弾。

爆風によりセツナは吹き飛んだ。


ウールーの姿が爆炎に消える。

そこにドローンは、もう1回、ミサイルの雨を降らせた。

非情で、執拗な死体蹴り。


強襲ドローンは、ウールーの存在を塵も残さずに掻き消した。

口封じだ。



捕縛対象は死亡。

任務は失敗。


任務を勝手に更新。

プランB。



――ドローン(アイツ)をぶっ飛ばす!



オペレーターに撤退しろと言われたことなんて、お構いなし。

もう忘れて思い出せない。


やられたら、殴り飛ばす。

それが、この世界の流儀。


魔導ガントレットを装備。

右の掌に魔力を宿す。



「ファイヤ――。」



声と共に、手の平で魔力が膨張する。

手の中に、火球を作り出していく。


しかし、火球を練るセツナに対して、間髪入れずにミサイルの雨が降り注ぐ。

再び、セツナの身体は吹き飛ばされた。


しっかりと爆風に身を焼かれて、身体にダメージが入る。

仰向けに倒れれば、爆風の衝撃で骨が痺れて、身体と屋上が一体化したような錯覚を覚える。



‥‥ウールーの利子が膨らむ前に、このスクラップでも送りつけてやろうかと思ったのだが、厳しい。



セツナの、そこからの判断は速かった。


ネズミの転身。

(きびす)を返し、ドローンに背を向けて走り出す。


アイツはぶっ飛ばす。

だが今は、空を飛ぶ敵を相手取る手札が足りない。


なので、後ろに向かって全速前進。

ぶっ飛ばせる機を窺う。


視界にナビゲーションラインが表示される。

脳に、仮想的に構築された、電脳野と言われる脳領域。

それが彼に、物理的には存在しないはずの道しるべを示す。


迷わずナビゲートに従う。

ドローンから逃げる。


走る後ろでは、ミサイルの轟音が鳴りやまない。


セツナの反撃を許さぬように、無限とも思える物量で、ミサイルの弾幕を展開。

攻撃は最大の防御と言わんばかりだ。



「クソ! 空の上から卑怯だぞ!」



悪態をついたところで、攻撃の勢いは衰えない。

背中から、心無き殺意を、ひしひしと感じる。


戦闘AIドローン。

先ほどの悪党とは訳が違う。


ただただ、抹殺に特化した兵器。

フェアプレイだとか、スポーツマンシップだとか、美学なんかはプログラムされていない。



悪意と爆風に晒されながら、屋上を逃げまわるセツナ。

ナビゲートに従って走ること数十秒。

セツナは、屋上の端に追い詰められていた。


‥‥藁にも縋り、蜘蛛の糸も掴もうとする心情で、ナビゲートの指示に従ったのに、行き止まり。

救援ヘリとか、増援の飛行部隊なんてものは無かった。


苦い顔をしながら振り返る。

戦闘機のようなドローンが、自らの圧倒的な優位を誇るが如く、セツナを見下ろしている。


戦闘ヘリからミサイルの雨が降り注ぐ。



セツナはテレポート。

ミサイルが着弾する直前、テレポートにより姿を消す。


時間の隙間に潜り込む魔法。

姿を消し「いないこと」となり、いかなる攻撃も受けない。


はずなのだが‥‥。



セツナがミサイルの爆風で吹き飛んだ。

テレポートを使っても、ミサイルの雨から逃げられなかった。


時間差で降り注ぐミサイルがもたらす爆風。

いなくなってもやり過ごせず、時間差の波状攻撃に被弾した。


テレポートは、広範囲かつ長持続の攻撃に弱い。

連続使用ができないのだ。


素潜りと同じ、一度潜ったら、インターバルが要る。

だから、移動した先に攻撃が置かれていたら、テレポートで「いなかったこと」にしても逃げ切れない。

素潜りから出てきたところを、叩かれてしまう。


テレポートの弱点を突かれ、さらに状況が悪くなる。


爆風で服と肌が焦げ付く。

爆発の高熱が、気管に入り込み、喉と肺を焼く。


今日は、身体が良く焼ける。

日焼けを通り越して、真っ黒になりそう。



赤い塗料をまき散らしながら転げ、身体がビルの外へと出てしまう。


さっきまでの、強いエージェントはどこへやら。

空の優位と、手数の優位で圧倒され、ボロ雑巾のように揉みくちゃにされている。



ビルの外へと放り出されてしまったセツナ。

ビルの(へり)を慌てて掴んで、首の皮一枚繋がる。


黒い煙を上げる身体。

ビルを吹き上げる風が、焦げて火照った肉体を冷ましていく。

ついでに、セツナの肝も冷やしていく。


眼下を見る。

ビルの高さは、3000メートルを超える。


富士山に匹敵する高さ。

無限の富を得た人類は、人工的にそんな高さの建物を建築できるのだ。

そんな高さから落っこちれば、当然、無事では済まないのである。



ビルの下から吹き上げる風。

その風は、霧のような雲を伴って、ビルの屋上へ。

そのまま風は、曇天の空へと向かって消えていく。



セツナは、現実逃避気味に、霧をはらむ風を追って、視線を上へ。

――重い曇天の下に、ミサイルの雨が降り注いでいた。


屋上で爆発。

熱が、セツナの指を焼いた。

セツナが掴んでいた、縁が壊れた。


手に力が入らなくなる。

指が、空気を掴む。

身体が、ビルの壁を滑落していく。


頭や背中を打ち付け、みるみる加速する。

魔法による、物理法則を無視した加速ではなくって、重力に引かれて加速していく身体。


巨大な質量は、引力を持ち、重力を発生させる。

地球の持つ、冗談みたいに巨大な力。

魔法なんかなくても、この世はファンタジー。


止まらない。

止められない。


ビルの壁を転がり、グルグルと回る視界。

加速し、上も下も分からなくなる。

身体がビルにぶつかる度、身体も思考も、意識の言うことを聞かなくなってくる。


こう錐もみしていては、テレポートの座標を定めることもできない。

そんな中で、セツナは態勢を立て直そうと試みる。


ピンチこそクールに。

冷静に、アクシデントに対処していく。



セツナの左手首から、何やら、ワイヤーのような物が射出される。


マジックワイヤー。

エージェントなら誰でも使える、基本技能のひとつ。


左手に、魔法で構築されたプロテクターが出現し、そこから魔法の鎖を射出。

射出されたワイヤーは、ビルの壁に撃ち込まれる。


マジックワイヤーは、ワイヤーを標的に撃ち込むことで、対象を引き寄せたり、対象の元へと近寄ったりすることができる。


セツナはこれを、滑落する身体のブレーキとして使う算段なのだ。

ビルの壁に撃ち込まれたワイヤーが、セツナが転がり落ちるたびに伸びていく。


ワイヤーはピンと張られ、左腕に装備された魔法プロテクターは、伸びたワイヤーを巻き取ろうとしている。

――が、セツナの滑落速度が速く、彼の身体を止めることができない。


マジックワイヤーの長さは、最大30メートル。

長さの限界までワイヤーが伸びてそれから――、プツリ。

鎖が切れてしまった。


セツナの身体は、ワイヤーの張力により一瞬だけ止まるも、またビルの壁を滑り落ちていく。



しかし‥‥。

その一瞬があれば、態勢を整えるには、充分であったようだ。



二本の足で壁に立つ。

ごろごろと目まぐるしく回転していた視界が落ち着きを取り戻す。

上と下、目の焦点も定まる。


ちょっと不安が残るは、三半規管。

言っている場合ではなく、足を動かす。


壁を、駆け下りていく。


エージェントの基本技能、ウォールラン。

壁を、忍者のように走る魔法。


セツナの履いた金ピカ靴が、ビルの壁に吸い付く。

靴底を魔力で満たし、ファンデルワールス(りょく)に似た引力を生み出し、トカゲのように壁に張り付く。


魔力の持つエネルギー量は、E = p*mc²。

情報エネルギーと呼ばれる、超高出力エネルギー。


最先端エネルギーを駆使して、セツナは滑落死と転落死を免れる。

今のところは、だが。


なぜセツナは、壁を走れるのに、ビルから飛び降りることを躊躇したのか?

理由は簡単だ。


原因と理由が、上から降りて来た。



ビルの上から、ミサイルをたんまり詰め込んだドローンが急降下。

セツナが死んでいないのを認めて、追いかけてきた。


機械に、判断ミスはあっても、慢心は無い。

標的が死ぬまで、あるいは自分が死ぬまで、命令を実行する。



――セツナが、飛び降りを躊躇した理由。

それは、コイツが居るからだ。


いくら壁を走れるとはいえ、ちゃんとした足場でないと、コイツとは戦えない。

地の利はドローンにある。


今は兎に角、地上へ向けて逃げる。

脱兎の如く逃げる。



鬼ごっこの舞台は、ビルの屋上から、ビルの側面へ。

ガラスの壁を下るセツナを、高度をピタリと合わせて、ドローンが追いかける。


セツナとドローン。

セツナから見れば、彼奴は縦方向、直上にいる。

しかし、地上を基準とすれば、彼らは横方向、地面と平行横一直線に並んでいる。


いずれにしても、セツナとドローンの距離は50メートル。

ドローンだけが、一方的に攻撃を出来る距離。


セツナの足元に、赤いサークルが出現する。

直径2メートルほどのサークルが幾つも、セツナを中心に広がる。


ミサイル照準。

ターゲットを正確に補足するためのレーザー照射。

ピタリと合わされた照準。

このまま走っていても、避けられない。


プロンプトが実行される。

照準からの、発射シークエンス。


ミサイルが、蜂の巣状の格納庫から吐き出された。


それと同時、セツナは壁を蹴る。

壁走りから、宙へ身を投げて、自由落下。

壁との摩擦が消失。身体は加速。


加速により、セツナはミサイルの加害範囲から脱出した。

ワイヤーを壁に撃ち込み、動線に復帰。


空に背を向けるセツナの背後では、ミサイルの雨がガラス張りのビルを激しく叩く。

建物に、風穴を大小色とりどりの風穴を開けていく。

爆発の余波が、ガラス片などを伴って、セツナを背中から追い抜いていく。


細かい破片や、握り拳ほどあるコンクリート片。

自分を追い越していく破片を、セツナは見送る。



「‥‥‥‥。」



左の上腕にしまっているスマートデバイスを取り出す。

デバイスを起動、カメラモード。


自分の背後を確認。

スマートデバイスを、車のルームミラーのように使う。


デバイスには、ミサイルの「よーいドン」から出遅れた瓦礫が見える。

1メートルはある瓦礫の板。

スタートダッシュを阻まれて、崩れて空いた穴に引っ掛かっている。


スマートデバイスをしまう。


加速する。

足に火炎を纏う。

物理法則を無視して、走る速度が上昇する。


生身の人体が耐えられないほどの速度で、壁を下っていく。


必死な逃避行を続けるセツナを捉えるように、ドローンが飛行している。


レーザー照射。照準。

相対速度による補正。発射。


2度目のミサイルの雨。


セツナの足から火炎が消える。

不自然な推進力が一瞬で消滅する。


両手を壁につける。


両足、両手。

ブレーキに使う。


速度が、摩擦熱に変換される。

エネルギー保存の法則に従い、セツナは減速する。


加速からの急ブレーキ。

相対速度による照準調整をしていたミサイルは、セツナの下、距離にして60メートル先で爆発を起こす。



セツナは足を動かさず、摩擦で重力の制御しつつ落下。

上体を起こす。

歯を食いしばる。衝撃に備える。


四つん這いになった時、股のあいだから確認して、距離は把握済み。



――セツナの背中に、ビルの瓦礫が直撃した。



コンクリートの瓦礫。

そこから飛び出た長い鉄筋が、セツナの背中を貫通。


鉄の骨が、鳩尾から飛び出す。

そこまでは確認できなかった。


内臓がせり上がる感覚。

胃と腸が収縮する。

口から赤い液体を吐き出す。


30メートル先、足場が途切れている。

2度目のミサイルで破壊されて、大穴が開いている。


ドローンは、3度目の準備。

赤いレーザーが照射されて、赤いサークルが広がる。



火炎。

足が炎を宿す。

身体は軽くなり、加速する。


力学を超越した加速。

鳩尾を貫いた瓦礫の塊を置き去りにする。


慣性の法則、瓦礫はセツナに追いつけない。



ミサイルが発射される。


セツナの目前に大穴が迫る。

跳ぶ。壁を強く蹴った。


空中で身体を捻る。

身体を、地上の方から、空の方へ向ける。

そして――、足が空に向かって三日月を描く。



「いけぇぇ!」



オーバーヘッドキック。

頭を地上に向けて、瓦礫の塊を蹴り飛ばした。


瓦礫とミサイル、交差する。


ミサイルはビルに3つ目の穴を開けた。

セツナが蹴飛ばした瓦礫は、ドローンに無機質に躱された。



直後、ドローンが揺れる。

揚力のバランスが崩れ、ふらつく。


ドローンの上に、セツナが立っている。

マジックワイヤーと、テレポートだ。


蹴り飛ばした瓦礫にワイヤーを射出。

瓦礫と一緒に宙を飛び、ドローンに近づいたところでテレポート。


ドローンが瓦礫を避けるための回避行動に付け込み、セツナはドローンへと乗り移った。

ドローンからすれば、瓦礫の攻撃なんて、ハエが止まるような攻撃だ。

だからこそ、余裕を持って、ゆっくりと回避する。

無駄にキビキビ動き、パーツに負担を掛けることはしない。


セツナはそこに付け込んだ。

ゆっくりと回避するのなら、テレポートの座標を合わせられる。


魔法を駆使し、ドローンに飛び移ったセツナ。

ここなら、ミサイルは当たらない。


セツナは姿勢を低く、ドローンにしがみつく。

ドローンは慌てず騒がず、ビルに突っ込む。

冷静だが、騒々しい。


頭を、イノシシや闘牛みたいに低くして、ガラス張りのビルに迷わず突っ込んだ。


セツナは、ビルの外から中へ。

そこは、どこかの会社のオフィス。


PCや机を吹き飛ばしながら、オフィスの壁に激突。



(さすが機械、目が良いな‥‥。)



ドローンは、セツナの奇をてらった特攻を、きちんとセンサーで捉えていた。

人間のような油断は無い。


彼の接近をセンサーで捉え、演算をし。

もっとも効果的に、ターゲットを抹殺できるパターンを実行した。


その状況が、これ。


機械の体は、ビルに突っ込んでも異常をきたさない。

これはドローンであり、羽の生えた戦車でもあるのだ。


ガラス張りの、ビルの中。

ここでは、セツナは重力を使って走れない。


空飛ぶ戦車は、セツナをガラスの牢へと収容。

自傷を厭わない突進で、乱暴にそこへぶち込んだ。


ドローンは、牢から距離を取る。

ビルの外へ、自爆しないためだ。


両翼に備えられたミサイルポッドが開く。

レーザーを照射、照準。

密室、天地返しとなっている標的(セツナ)へロックオン。


外さないし、躱せない。



――ファイア。



ミサイルの雨が発射された。

ミサイルが爆発した。


何度も連鎖して、煙が上がる。


爆発は、ビルの――前。

ミサイルは、ドローンの真ん前で連鎖爆発を起こした。


煙が上がる、ビルの前で。

硝煙が上がる、ビルの中で。


セツナがミサイルを撃ち落とした。

1発でも撃ち落とせば、全部落ちる。



正直賭けだった。

これはラッキーショット。

これはマグレ。


ラッキーで結構、マグレで結構。

勝負の世界、半端な人間には、ダイスを振る権利すら与えられないのだから。



ドローンから黒い煙が上がる。

気圧差で煙が、ビルの中に充満していく。

黒いスモーク。

それを、拳を握りしめた隼が切り裂く。



ストライクコア × 飛燕衝 = ライジングインパクト。



天地返し。

地上に向かって、ドローンを上から殴りつけた。


ドローンが急降下をする。

重力でさえ捕まえられない速度で、高度が落ちていく。


闘牛みたいなドローンも、これは堪えたらしい。

戦闘機のパイロット席に似た、機体の頭部分がひしゃげている。


回線がショートし、火花を散らしている。



ヘルスチェック。

照準器、ダウン。

駆動系、正常。



ドローンの頭が爆発を起こす。

機体が下に首を振る。



ヘルス‥‥チェック。

駆動系‥‥。



炎を纏った猛禽の爪が、ドローンに食いついた。


舐められた、ぶっ飛ばす。

ケンカを売られたら、ぶっ飛ばす。


()()が売ってきたケンカだ。

逃がさん。


ガントレットに覆われた右腕を、ドローンに突き刺す。

殴り、蹴り、穿って出来た穴。


機械の穴へ、腕を伸ばす。

機械も人体も同じだ。

内臓は、どちらの種族にとっても弱点。


銀色のガントレットが赤熱する。

セツナの身体が、後ろへと仰け反る。


反動だ。

魔法の火球を放った反動。


1発2発。

空飛ぶ戦車を、内側から焼いて破壊していく。


機械に張り巡らされた血管。

そこを流れるエネルギー。


魔法で発火して煙を上げる。

熱でガントレットが焼けて、ガントレットに腕が焼かれる。


3発4発。

構わずぶち込む。


左手で、タクティカルベルトのポーチに入った小瓶を取り出す。

小さなアンプル瓶。

中の赤い液体は、回復薬。


ガラスで密閉された封を切る。

中身を飲み干す。


生き延びるためではなく、殴るために回復する。


ガラスで口を切るもお構いなし。

この世界の血は、水みたいな味しかしない。



5発6発。

手応えが変わった。

――機械の心臓を潰した。


びっしりと詰まっていた、機械の内臓。

そこに、人間の肺に似た空洞が生まれた。


腕を自由に動かせるほどに、明らかな空間が生まれたのだ。


ドローンの、揚力を生み出すプロペラの動きが鈍る。

機械から、生気が抜けていく。

体の下から、溶けた液体を零している。



これを仕留めた。

完全に。


腕を引き抜く。

立ち上がる。


セツナは、ビルの方を向き、自由落下するドローンから飛び降りて脱出をしようと――。



その瞬間。

曇天の空、灰色の雲が溶けた。


空が涙を流す。

怯え、畏怖し、白い頭を垂れて跪く。



「――――!?」



空の異変に、セツナも気付いた。


‥‥身体が重い。

手足が鉛になったようだ。


鉛に引っ張られ、セツナの頭は、死んだドローンの上に擦りつけられる。


空から落ちて来た雲が、セツナとドローンにのしかかる。

重い。水蒸気が、滝のように重い。


雲に混じった微細な氷が、セツナの皮膚を裂く。


雲が地上に落ちる。

パンデミックを起こすみたいに爆発的に、白い恐怖が広がり、地上はパニックとなる。


スマートデバイスが鳴動する。

アームバンドの中で、画面を真っ赤にして騒いでいる。


ビルが赤く発光する。

近くにいないと気付けないほど、薄く、赤く。



――次から次へと、何が起こっている。



必死に顔を上げる。

濡れた髪、顔を伝う水。

かじかむ指先。


空の上。

見上げた先は、ビルの頂上。

セツナが、走って降りてきた場所。


‥‥‥‥。



龍だ。

龍が、飛んでいる。



空の上、摩天楼の頂。

この世の全て、一切を矮小だと断じる存在感。

唯我独尊、自分以外を下と見て、都市に住まう生物に、頭を下げさせる。


赤い龍だ。

雲の下に、太陽があると紛うほどに赤い。


灼熱を思わせる、紅に揺らめく鱗。

悠然と羽ばたき、龍の巨躯を軽々持ち上げる翼。


人間など、触れることも叶わない4つの足、獰猛な爪。



そして――。

大きな大きな、黄色い瞳と、目が合った。


目が、あってしまった。



黄色い瞳に、爬虫類のような縦に長い瞳孔。

彼方上にいるはずの龍と、目が合った。

その瞳が黄色いと、知覚できたのだ。



龍は、鎌首をもたげる。

口を開き、ゆっくりと呼吸をする。


空の全てを吸い込んでしまう。

矮小な者からすれば、そうとしか見えない。



セツナの、濡れていた身体が渇く。

髪、肌、服。

熱を帯びて乾いた。


龍の口から、炎が噴き出す。

空を奪った力を、そのまま憤怒に変換している。


セツナはドローンから飛び降りた。


それで何とかなるとは思えない。

が、じっともしていられない。


ドローンの影に隠れるようにして、高度500メートルを飛び降りる。

落ちれば、タダでは済まない。

けれど、龍に睨まれるよりは、生存率が高いはずだ。



とくに、何の予兆も無く。

何も知らされず、何も告げられず。


龍は、厄災を吐き出した。



――摩天楼は、上も下も、爆炎によって瓦礫と化した。



厄災は、龍の足元、摩天楼へと向けられた。

吐き出された厄災に、人類の文明は、触れる前に消滅した。


蒸発する。

溶けて、大気の中に霧散していく。


高さ3000メートルを誇る摩天楼が、みるみる小さくなっていく。


セツナの背後、みるみる光が強くなっていく。

蒸発して霧散したガラスが、鼻腔に入り込む。

気道を、ガラスの膜で覆っていく。


厄災から逃げるように、地上が近づいて来る。

重力の助けを借り、身体は速度を上げ、厄災から逃げる。


地上へ、地上へ。



‥‥‥‥遠い。

いつまでも、地上に着かない。


たった500メートルの高さ。

10秒もあれば地上に――。



身体が、浮いて‥‥。

引っ張られ‥‥。



――その厄災は、質量を持っていた。

質量は引力となり、厄災から逃げ出した臆病者を飲み込んだ。



厄災の中は、全てが止まっているかのようだった。

厄災が内包していた質量は、時間さえ、引き延ばしていたのだった。


龍にとっては一瞬。

龍を見た者にとっては1分。

セツナにとっては、数分の地獄だった。



‥‥‥‥

‥‥





「セ‥‥さん。‥‥‥‥ですか!」



オペレーターからの通信が入る。

通信障害が復旧したらしい。



「セツナさん、大丈夫ですか! 応答してください!」



通信が安定し、オペレーターの声がハッキリと聞こえるようになる。

冷静でいなければいけないオペレーターの声は、誰が聞いても分かるほどに動揺している。



「‥‥うん、生きているよ。新人には、中々タフな仕事だったけどね。」



必死の問いかけに、軽口が帰って来る。


生きている。

セツナは生存している。


奇跡だ。

オペレーターからすれば、そうなのだ。



セツナは、真っ暗な空間に懐中電灯を点けて、何か作業をしている。

硬質な音。

ピカピカと、音を立てている。


ふざけていない。

彼はいま、金ピカの鉄靴をスコップにして、風化した瓦礫を削っているのだ。

羽の生えたシェルターの中に入り込んだ瓦礫を、両手に嵌めた金色の爪で掘って、撤去していく。


エージェント候補生のセツナ。

彼は、極めて往生際が悪かった。


龍のブレス、引力を持つ厄災。

それに身体が引っ張られたとき、彼はドローンの体内に逃げ込んだ。


戦いの中で、彼がドローンに空けた穴。

火球で掘り広げた空間。

その中に逃げ込んだのだ。


さすが、空飛ぶ戦車。

居住性は最悪で、とりわけオイルの匂いが最悪だったが、厄災をやり過ごすことができた。


龍のブレスは、摩天楼を完全には破壊しなかった。

破壊できなかったのか、しなかったのかは分からない。


けれど、摩天楼を破壊する、引力を持つブレスという、絶望的な攻撃から生還を果たしたのだ。


人事を尽くし、天命を待つ。

ラッキーも、奇跡も、足掻いてこそだ。



安堵の息。

ふたつ。セツナと、オペレーターのアリサ。



「そちらに救出部隊を派遣しています。

 都市が混乱していて‥‥、到着に10分掛かります。」


「ありがとう。

 けど、こっちは後回しで良いよ。」



セツナは、ピカピカの爪を瓦礫に突き刺す。

コンクリートのはずの瓦礫は、土のような感触。


一瞬で、千年の時が流れたようだ。


風化した文明は、素手では掘れないが、道具があれば簡単に掘れる。

それくらいの塩梅。


土くれと化した瓦礫を、鉄靴をスコップ代わりに掘って進む。

ドローンシェルターの収容スペースはギリギリ。

腰を屈めるくらいのスペースしかない。


強襲ポッドによる豪快な突入、ゴーレムとの魔法を使った殴り合い、ドローンとの派手なパルクールチェイス。

そんな任務の締めは、スコップを使った穴掘り。



なんとも、楽しい職場である。



スコップとして使っているのは、現地調達した靴。

危険手当に嬉しい、ずっしりとした重さ。

怪我の功名とも言うし、塞翁が馬とも言う。

黄金に足を引っ張られた任務は、黄金の手助けによって終わる。


鉄靴を地道に突き立てていくと、瓦礫にヒビが入って、小さく砕けていく。

砕けた瓦礫を、自分の後ろや下の方にやりながら、埋もれたシェルターの外へ向かって掘り進む。


削って、掘って、(なら)す。

削って、掘って、均す。


何度か繰り返すと、外からの光が差し込んできた。

脱出は近い。


いよいよ、最後の瓦礫となった。

シェルターに蓋をしている土の塊を押しのける。

光が差し込み、明るさに瞳を焼かれる。


頭から飛び出す。

モグラのように、上半身が土の中からひょっこりと出る。

灰と砂まみれになった身体を、春風のように柔らかい風が包んだ。


‥‥‥‥。

周囲を、見渡す。


予想はしていたが、ビルは壊滅。

彼の居る場所が、ビルの最上階になっていた。



(このビル、相当広いんだけどな‥‥。)



1辺の長さが数百メートルはあろうという巨大建築。

それが、龍のたった一撃でこれ。


4桁の高さを誇った摩天楼は、今ではすっかり、数百メートル程度の高さまで縮んでしまった。

頭が高いと顰蹙(ひんしゅく)を買って、萎縮してしまった。

数分前までの、栄華と迫力。

微塵も残らず、色褪せてしまった。


所業は無常にして、連綿不断。

だがしかし、(あれ)は例外だ。


あれは、この世に断層を作り出す。

世の無常に爪を突き立てて、空白をもたらす。


セントラルは、龍に切り裂かれた。

摩天楼の下層だった場所が、今ではビルの屋上になってしまって、風通りも抜群。


周りを見渡して、ため息。

肺の下側から、目一杯吐き出すような息をつく。

少し、空気がざらついている。


シェルターから身体を引っ張り出す。

靴を履き直す。

髪の毛をクシャクシャとして砂を払い、服をはたいて汚れを落とす。

上着を叩いて、靴を叩いて、ズボンの前、お尻。


そこまでして、やっと彼は歩き始める。


上着の裾の、細かい汚れを払いながら、突貫リニューアルした屋上を進む。


瓦礫が積もって、土の山がこんもりしている場所。

ビルの跡地で、本当に一番高い場所。

そこを目指していく。


砂と石、それと鉄筋にまみれた山を登って、そこからの一望。



‥‥‥‥

‥‥





見よ、この世界の光景を。


先に歩いたのは瓦礫の山。

摩天楼だったものが、一瞬にして砂と石と鉄の山となった。

山の中には、羽の生えた戦車の亡骸が埋まっている。


眼前に広がるのは、ビルの群れ。

雲さえ突き抜けるそれは、ここセントラル繁栄のシンボル。


眼下に広がるのは、混沌たる群衆。


空から落ちて来た火を吹く戦車、崩落したビル。

混乱に乗じて無法者どもが、略奪と銃撃戦を繰り広げている。


そして、頭上に広がる光景は――。



曇天の雲は切り裂かれて、空には黄昏の黄金が覗いている。

黄金輝く暗い雲海に、紅い龍が轟く。



曇天の下、足元に積み上がった瓦礫の山。

曇天の下、夕暮れに()くる摩天楼。


暗がりに群がり、蔓延る暴力。

黄金の雲海を、ただ一頭、飛ぶのは厄災の龍。



今、セツナは、この混沌たる世界を見渡せる場所にいる。



物語は、龍との邂逅。

それがもたらした混沌から始まる。


赤い龍が、黄金の海原を飛び、暗い雲の中に消えていった。

セツナは、それを重い雲の下で、ただ呆然と眺めている。


眼前の、煌びやかに光る摩天楼。

眼下の、鳴り止まぬ銃声。


背後には瓦礫、上には黄金と黒雲が広がる空。






――ここは、理不尽で終わっている、終末の世界。






Magic & Cyberpunk

シグレソフト presents


チャプター1:終末

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