0.1_チュートリアル_A
――優れた猟犬にとっての「最低」は、いつだって、頼もしい仲間が持ってくる。
今日も、摩天楼の街に花が咲いた。
地上3000メートル。
|首都≪センター≫最大の超高層ビル。
致死量の赤い火柱を放出する強襲ポッドが、摩天楼の最上階をブチ破った。
無礼上等、アポもノックもなし。
無法に尽くしてやる礼などない。
栄華と繁栄を象徴する巨大建造物は、犯罪者どもの巣窟。
そこの一番高い場所で、黒い花が咲く。
花の送り主は、CCC。
犯罪を取り締まる、執行機関。
CCCが飼っている猟犬を収容するための檻が、犯罪者の巣窟に風穴を空ける。。
摩天楼最上階に突き刺さった強襲ポッド。
この摩天楼で一番偉い奴がいる場所へ、最短での到着。
下から攻略なんてしてやらない。
大物をぶっ飛ばして‥‥、それで終わりだ。
強襲ボッドの扉が蹴破られる。
赤熱して疲れた顔をするポッドから、白い煙が巻かれる。
かく乱用のスモーク。
猟犬を安全に外へ放つための安全装置だ。
室内に、直径10メートル。灯りの下、白い暗闇。
強襲ポッドから立ち上がる黒い煙を覆い隠す。
割れたビルの窓は、曇天の空模様を映している。
強襲ポッドによる奇襲。
スモークによるかく乱。
そこより放たれるのは、秩序の猟犬、エージェント。
ポッドより、1人の青年が姿を現す。
猟犬が解き放たれた。
獰猛にして不敵。
正義と言う名の暴力。
狩りの始まりを、猟犬は喜ぶ。
好戦的に口角を上げ、聴覚は獲物の足音を聞き分け。
そして、鋭い双眸は爛々と、涙を必死にこらえ‥‥。
‥‥目は涙を我慢し、顔は、オバケでも見たように、青い。
「‥‥‥‥うっぷ。」
強襲ポッドから猟犬が解き放たれる。
‥‥口を、手で抑えて。
強襲ポッド、最悪の乗り心地だ。
奇襲性能にパーツの全てに費やし、居住性というのは設計思想の埒外。
荷物を安全に届けるために、ポッドの外も中も丈夫にしようという発想。
現場を知る技術者が、現場のために設計したら、現場に嫌われる道具ができた。
‥‥確かに、これに乗せた荷物は、送り主の所まで確実に届くだろう。
無事に荷物は届くし、届いた。
倫理を置き去りにし、丈夫な生ものへの配慮を欠いたまま。
胃が、上下に踊って、千切れるかと思った。
荒波に揉まれる小舟も、強襲ポッドに比べれば上等に思える。
青年は、今の自分なら、荒波小舟で熟睡ができるとまで思ってしまう。
物理的に血の気が引いた頭で、そう考えるのだ。
「セツナさん、敵が混乱しているうちに、ターゲットの捕縛をお願いします。」
「‥‥‥‥。」
セツナと呼ばれた青年は、額に汗を滲ませながら、無言で2回、頷いた。
骨伝導による通信。
左耳付近の骨が振動し、若い女性の声が聞こえる。
彼に指示を出したのは、オペレーター。
猟犬のリードを握る、暴力の制御装置。
セツナは深呼吸をする。
ひとつ息を吸って、汗を拭う。
ひとつ息を吐いて、青い顔が健康的な色を取り戻す。
頭にも、手足の指の先にも、酸素と血液が行き渡る。
感覚が鋭さを取り戻す。
姿勢を低く、白いスモークの中から飛び出した。
猟犬が獲物を追う。
狩りが始まった。
強襲ポッドの乗り心地がどうであれ、奇襲は成功。
混乱に乗じて一気に、ターゲットの喉元に食らいつく。
食らいついて、そして――、強襲ポッドの乗り心地を、この仕事を作ってくれたターゲットにも味合わせてやる!
姿勢を低く、駆けだすセツナ。
被弾面積を減らしながら、スモークの中を走る姿は、セントラルの猟犬。
スモークが巻き上げられ、彼の背中を追っていく。
すると、猟犬の左腕。
そこに装着したスマートデバイスが鳴動する。
画面に、青い警告画面が表示された。
セツナは、警告に立ち止まる。
彼を追っていたスモークが、背中にぶつかって広がる。
セツナの前方。
白い煙が、不自然な流動を始める。
煙が、逃げていく。
室内の温度が上がった。
温度が上昇し、空気が膨らみ、スモークが割れた窓の外へ逃げていく。
人工的な霧の向こう、2つの太陽が横に並んでいる。
太陽は、みるみる大きくなり――、セツナの顔を赤く照らす。
「――――!?」
猟犬はトンボ返り。
踵を返し、直立した強襲ポッドの影に隠れる。
摩天楼の最上階が、赤く輝いた。
火炎放射。
強襲ポッドに隠れたセツナを、高熱で焼いていく。
余りの高熱に、目を閉じる。
目を保護するための涙が、沸騰をしているのだ。
熱波の壁が、スモークをビルの外へと押し出していく。
セツナを守る物は、赤熱した強襲ポッドだけとなってしまった。
火炎放射を受けた強襲ポッドには、水膨れができている。
熱くなり、背中をつけられない。
湯気を立てるポッドの影から、奥を覗き込む。
陽炎で揺れる室内の奥から、声がする。
声の主は、この摩天楼の支配者。
「どうだ? 赤い花は嫌いかね?」
摩天楼の支配者の、余裕の煽り。
その煽りに、セツナは2発の銃声を返した。
リボルバーによる射撃。
しかし、距離が遠い。
射撃は外れてしまう。
セツナが窓を割って入り込んだ場所は、社長室。
セントラル最大級の摩天楼は、社長室の広さも最大級。
彼我のあいだには100メートル以上の距離があった。
赤熱する強襲ポッドの影からの射撃。
陽炎で揺らめく視界。
焼けた瞳を冷却するために、ぼやけた視界。
到底、射撃を当てられるコンディションではない。
支配者も、それを分かっているのだ。
「せいぜい、香りを楽しんでくれたまえ。
安心したまえ。CCCから届いた荷物は、そこの棺桶に詰めて、送り返すさ。」
社長室の奥。
背が低く、それでいて太った男が立っている。
セツナが狙う、獲物だ。
男は、感情も抑揚もない歓迎の言葉をセツナに残し、重く分厚い金属の扉に消えた。
ターゲットが逃げた。
セツナは、左手で両目を擦る。
クリアになった視界で、社長室をクリアリング。
そこは、社長室というよりも、神殿や宝物庫といった様子の部屋だった。
天然物の大理石を敷き詰めた床。
必要も無いのに、天井を支えている柱。
部屋の両脇を覆いつくす金銀財宝。
キングサイズのベッドよりも大きな机に、王様が3人は座れそうな、偉そうな椅子。
そして、その宝物庫へ立ち入った侵入者を処刑する、心を持たない番人。
2両の、バトルポッド。
戦車のようなキャタピラの上に、トーテムポールのような円柱のボディが乗っかっている。
キャタピラは自由自在な機動が可能とし、丸いボディは、衝撃の受け流しに優れている。
ボディの正面には、金属のくちばし。
火を吹くための、機械の口だ。
全長、4メートル弱。
それが2機。
灰色と深緑の機体。
両方とも、トーテムポールのくちばしから、火を吹く。
セツナは、大理石の床を確認する。
床が荒れている。
傷がついているのだ。
それは、キャタピラが歩いた、靴の跡。
大理石の床が、キャタピラによって砕けている。
どうやら、あのトーテムポールは、臨時の倉庫番らしい。
(待ち伏せ‥‥?)
セツナは警戒度を高める。
彼が追っている、ターゲットが見せた余裕。
そして、2体の火を吹く番人による待ち伏せ。
‥‥強襲ポッドでの奇襲が知られていた。
そう予想をつける。
オペレーターから通信。
「作戦に変更はありません。
ただちに脅威を排除し、ターゲットを追ってください。」
奇襲がご破算になってなお、作戦は続行。
強襲ポッドを使っての離脱を、オペレーターが指示することはなかった。
彼女からは、作戦の続行と、脅威の排除を言い渡される。
「了解。」
短く返事を返した。
セツナは、右手にリボルバーを握り、強襲ポッドの影から飛び出す。
戦闘開始。
敵は、火を吹く戦車。
灰色のトーテムポールと、深緑のトーテムポール。
灰色の方へ射撃。
1発、最も脆弱そうな、くちばしを狙う。
距離は25メートル。
移動しながらの射撃。
狙った場所に当てられない。
放たれた、鉛色の閃光は、戦車の滑らかなボディによって弾道を逸らされる。
くちばしの10cm上に着弾した。
ボディが火花を散らしたあと、社長室の天井を無意味に支えている、太い柱に小さな穴が開く。
拳銃の弾など、戦車にとっては、回避行動を取るにも値しないらしい。
灰色戦車が火を吹いた。
道路の車線をひとつ占領できそうなほどの炎が、横方向に噴射される。
室温が上昇。比例して、呼吸が苦しくなる。
セツナの背後で、窓が音を立てている。
膨らんだ空気により、軋んでいるのだ。
セツナは、火炎放射をやり過ごすためにスライディング。
社長室に、無意味に設置されている大理石の柱に隠れる。
柱に背中をつける。
柱の両サイドを、赤い灼熱が通り過ぎて行く。
セツナは息を止める。
肺を焼かれないようにするためだ。
服の中に、熱気が入り込む。
膨らんだ空気が、首元や袖から逃げ出していく。
手首や首が焼かれる。
自分の服が焦げる匂いと、自分の焼ける匂いが、膨らんだ空気の中を漂う。
長時間、この熱に晒されては、身が持たない。
セツナの右手側、炎の壁の向こうには、積み上げられた金の延べ棒がある。
セツナを狙う火炎放射の余波に当てられて、溶けていく。
戦車たちは、宝物を守る番人ではなく、侵入者を狩る処刑人なのだ。
処刑人の火炎は、遮蔽物に隠れていても、体力を確実に奪っていく。
彼らの仕事道具が鉛弾であったなら、こうはならない。
カバーに隠れれば無効化できる銃弾とは異なり、火炎はカバーに隠れても完全には凌げない。
柱の影に、釘付けとなるセツナ。
劫火の向こうから、キャタピラの音が響く。
床も振動している。
音が近づくたび、振動も大きくなる。
戦車が――、こちらに――。
柱が砕けた。
セツナの隠れた柱を、深緑戦車が破壊した。
火炎放射で釘付けにし、大理石を砕くほどの質量で制圧する。
実に合理的な処刑方法。
自立型兵器が発展した世界で、エージェントという、歩兵の価値とは‥‥。
――セツナが、トーテムポールの上に足をつけた。
リボルバーの銃口を下へ向ける。
彼は、戦車が柱を破壊する直前、柱を駆けあがっていたのだ。
駆け上がり、戦車へ飛び移る。
リボルバーが火を噴く。
彼が手に握るは、拳銃と呼ぶにはおこがましい、大口径。
トーテムポールの頭頂部を、垂直に穿つ。
側面は滑らかでも、頭頂部は平坦だ。
衝撃は逃がせない。
2発撃ち込めば、装甲が窪む。
3発目を撃ち込んで、弾切れ。
リボルバーを腰に戻し、ナイフを抜く。
タクティカルベルトの後ろに装備したナイフ。
刃渡り15cmナイフ。
黒い刀身、白い刃。
ナイフを鞘から引き抜けば、白い刃が瞬く間に赤熱をする。
握っている右手が火傷をしそうなほどに。
金属さえ、貫けそうなほどに。
突き刺す。
トーテムポールの頭頂。
凹み歪んだ部位に、赤熱した切っ先を突きつけた。
瞬間、トーテムポールが大きく揺れる。
セツナは、宙に放り出された。
灰色戦車が、セツナが跨っている深緑戦車に突撃をしたのだ。
戦車の上から放り出される。
セツナは猫のように、器用に宙返り。
頭から放り出されたのに、床に足から着地する。
足元には、黄金の水溜まり。
金の延べ棒が溶けて、できたもの。
火炎放射。
深緑戦車が、首をぐるりと回し、火を吹く。
セツナの右手側には金銀財宝、左手側には、大理石の柱。
この柱は、まだ生きている。
戦車の上から放り出された衝撃で、1個下座の柱のところまで飛ばされたのだ。
セツナは右に飛び込む。
柱の影に逃げる。
咄嗟の判断。
咄嗟の行動。
違和感。
柱の影で、右足を確認。
‥‥飛び込んだ拍子に、右のスニーカーが脱げてしまった。
黄金のぬかるみに、足を取られたのだ。
「‥‥‥‥あっ。」
違和感の正体に気が付いた時、火炎放射が、セツナの真横を通り過ぎる。
黄金の水溜りが燃える。
財宝は溶け、スニーカーが消し炭となった。
「あぁ‥‥‥‥。」
情けない声は、情け容赦ない熱の暴力に消され、オペレーターに聞こえることは無かった。
火炎放射が止む。
‥‥深緑戦車は、動かなくなった。
再び、右足に視線を落とす。
靴の脱げた足、靴下に覆われた親指を、ぴこぴこと動かす。
すーすーする。
オペレーターから通信。
「セツナさん、18秒ください。」
セツナは走り出す。
オペレーターに返事は返さない。
灰色戦車が、彼を追いかけ始めたのだ。
1人と1両は、向かい側へ移動。
まだ部屋の柱も、金銀財宝も無事な方。
火炎放射に晒されていない方。
逃げるセツナに対し、灰色戦車は突進。
加速し、石の柱すら簡単に破壊するほどの突進が、セツナの背後に迫る。
セツナは、積み上げられた金の延べ棒をよじ登り、逃走。
彼の身長と同じくらいに積み上げれた、富の集積。
高い所を、上座へ。
激しい衝撃が、金塊の足場を揺らす。
戦車の突進が、集積した富をスクラップにした。
耳の穴が潰れるほどの音がした。
金銀財宝はぺしゃんこ。
振り返らず、猫のように高い所を逃げるセツナ。
足場が途切れているところで、跳躍。
金塊に混じって、金ピカ西洋甲冑が立っていた。
上に突き出されたハルバードの矛先を飛び越えて走る。
灰色戦車の火炎放射。
足元がゆるくなる。溶ける。ぬかるんでいく。
セツナの背後で、金ピカ甲冑も、光る泥になってしまう。
もう、まともに走れない。
高価な足場から脱出する。
猫の次は、猿の真似。
大理石の柱に飛びつく。
柱を駆け上り、高さを稼ぎ、戦車に衝突されないようにしてからピタリ。
手足を大きく広げて、摩擦を最大化。
柱に張り付く。
‥‥大理石の柱は引っ掛かりが無く、少しずつ、ずり落ちていく。
戦車の突進。
幸い、柱のシミになることは免れた。
しかし、憐れ柱は倒壊。
セツナは、柱に掴まったまま、床へ落ちる。
柱の方が先に落ちて、落下の衝撃が、仰向けのセツナの腹を突き抜ける。
前方には、柱を破壊した灰色戦車。
火炎放射。
柱の影に隠れる。
床に伏せ、姿勢を低く。
身動きが取れない。
釘付けにされる。
キャタピラの音。
床から伝わる振動が大きくなる。
近づいてくる。
柱の向こうから。
そして、柱の横から。
――18秒と、少し経った。
時間だ。
鉄塊と鉄塊が激突した。
セツナがナイフを刺した深緑戦車。
それが、味方であるはずの灰色戦車に突撃したのだ。
ハッキングだ。
セツナが刺したナイフは、マスターピックと呼ばれる万能ナイフ。
物理的破壊だけでなく、情報的破壊にも対応。
ハッキングは、オペレーターの仕事であり、得意分野。
彼女が、マスターピックを足掛かりにバックドアを構築し、戦車のシステムに侵入した。
スタンドアローンの兵器であっても、物理的な侵入は防げない。
物理的な装甲を猟犬が切り裂き、内部のプログラムをオペレーターが掌握した。
ハッキングされた深緑戦車は、馬力を上げる。
セツナを追い回していた灰色戦車を、シンプルな体当たりで肉薄する。
灰色戦車も、ハッキングされた戦車の敵対行動に素早く適応。
すぐさま、味方であった深緑戦車のステータスを「排除対象」へ更新、黄金さえ溶かす炎を容赦なく浴びせる。
ハッキング戦車のボディが赤熱する。
キャタピラを旋回させ、後退。
こちらも火を吹きながら、灰色戦車を追いかけ回す。
トーテムポール戦車が、社長室でカーチェイスを繰り広げ始めた。
セツナは、倒れた柱の影から、這う這う出て来て立ち上がる。
銃をリロードする。
腹を空かせている愛銃に、火薬の息吹を吹き込んでやる。
シリンダーを横に出し、イジェクトロッドを押して排莢。
タクティカルベルトから新しい弾丸を取り出す。
機関銃の弾帯に似たリロードツールをポーチから取り出せば、それはすぐさま、円状に丸まる。
短冊状の弾帯から、シリンダーに弾を挿し込みやすい円状の形へ。
これは、ラビットローダーと呼ばれるリロードツール。
携行しやすく、装填しやすい。
弾丸をシリンダーへ。
素早い装填。
セツナが反復練習により習得した技術と、優れた道具との相乗効果。
シリンダーに弾を挿し込み、ラビットローダーを引っ張れば、シリンダーが回転。
弾丸が弾帯から切り離される。
回転するシリンダーをスイングイン。
シリンダーが格納される。
スイングインという銃を痛めるガンマンのご法度も、セツナの銃にとっては、礼儀正しい作法。
強力な弾丸を扱うこの銃は、高威力であり、それ以上に高タフネスなのだ。
カチリ。
シリンダーの留め具が、機能美の音色を奏でる。
同時、駆けだす。
照準。
鍔迫り合いをしている2両の戦車。
その、くちばしを狙う。
撃鉄を起こし、引き金を引く。
引き金を引いたまま、撃鉄を左手で起こす。
リボルバーは、即座に2発目の弾丸を吐き出す。
ファニングショット。
カウボーイの早打ち。
この戦車は、拳銃の弾を避けようともしない。
それは、戦闘開始直後の射撃により、挙動を確認している。
だから、照準さえ正しければ‥‥、弾は当たる!
――大口径の弾丸が、灰色戦車のくちばしを捉えた。
爆発が起こる。
火炎放射の噴出口である、戦車のくちばし。
高温の熱を噴出し、脆弱になっている。
爆発の衝撃により、戦車を制御するシステムがダウン。
キャタピラの推進力が、一時的に減少する。
セツナの援護射撃を受け、ハッキング戦車がトルクを上げる。
鍔迫ったまま、灰色戦車を押し出す。
社長室の、下座の方へ。
穴が開いている、ガラス張りの壁の方へ。
リミッターを切り、車両の寿命を削りながら、全速前進。
壁まで、あと10メートル。
土俵際まで追い込んだところで、灰色戦車の出力が回復した。
鍔迫り合いが、拮抗し始める。
ハッキング戦車の履帯が、切れたのだ。
膠着状態。
それも長くは続かない、徐々に、押し返されてしまうだろう。
戦車同士の、泥沼の鍔迫り合い。
だのに、セツナは銃をしまってしまう。
もう、銃を使うつもりは無いようだ。
銃の代わりに、左腕に装着していたスマートデバイスを右手に握る。
液晶の画面を、ワンタッチ。
社長室に突風が吹いた。
突風は、細かい大理石の粉塵を巻き上げ、金色の水溜まりを冷却する。
この風こそ、チェックメイトの一手。
――火を吹く戦車が、空を舞った。
高度3000メートル。
地上へ向けて、真っ逆さま。
空には、赤い炎と、黒い煙。
強襲ポッドだ。
その、緊急離脱機能。
セツナは、ポッドの離脱機能を使って、戦車を外に押し出したのだ。
曇天の空、風が社長室へ入り込む。
一面のガラス張りの窓には、大きな穴が2つ。
低い所を飛んでいた雲が、摩天楼のお宝を狙って、2つ空いた穴から忍びこむ。
「敵勢兵器の反応、ロスト。先に進んでください。」
オペレーターの報告と、指示。
真面目で、ハッキリとした、迷いない声色。
戦車は無力化したので、進めとのことだ。
戦闘終了、任務は続行。
「了解。」
セツナは、短く息を吐いたあと、短く答えた。
割れた窓に背を向け、社長室の奥へ。
足を前に出す。
右足、すーすーする。
「‥‥‥‥。」
視線を落とす。
靴が脱げた足、靴下に覆われた親指を、ぴこぴこと動かす。
「あの、アリサさん?」
「はい、どうかされましたか?」
オペレーターの名前を呼べば、人当たりの良い、柔らかい声が返ってくる。
セツナは右足を上げ、足の裏を覗く。
「補給物資を要請したいんだけど?」
「――はい、分かりました。
明日には届くように、手配しておきます。」
「‥‥どうもありがとう。」
セツナは頭を掻く。
補給物資は、明日になるとのことだ。
要するに「さっさと行け」と、柔らかい口調で、ジョークを交えてオペレーターからそう言われたのだ。
口では勝てないセツナである。
勝てないので、大人しく指示に従う。
しかし、猟犬がこうも抜け作では、格好がつかない。
悪党を狩る猟犬とは、無法者から恐れられる存在でなければならない。
それが、無法への抑止となる。
悪党にとっての、恐怖の対象。
それは、法執行機関「CCC」であり、それは、暴力装置「エージェント」。
セツナは若く、そう思うのだ。
戦闘の残り火に、美しい絵空事を描く。
腰に装備した銃のグリップを撫でながら、社長室の奥へ。
社長室の最奥、ターゲットが逃げた扉へと向かう。
セツナの横には、積み上げられた金銀財宝。
輝きに興味を示さず、獲物を追う。
片方の靴を失った猟犬は、狩りを続ける。
‥‥靴下を履いた右足が止まった。
引き返す。
立ち止まる。
立ち止まったのは、金ピカの甲冑の前。
戦いの余波から免れた、ピカピカの甲冑。
「‥‥‥‥。」
しばし甲冑を眺めたあと、セツナは社長室の奥へと消えた。
重い金属の扉を開け、摩天楼の屋上へと続く、エスケープルートへと――。
‥‥‥‥
‥‥
◆
扉の向こうは、階段になっていた。
社長室の内装が、いかにも成り金だったのとは打って変わって――。
脱出用の非常口は、鉄骨と鉄板に、サビ止めの塗料で塗っただけの、無機質な階段だった。
コンコンコンと、小気味よい音を立てて階段を上り切る。
屋外へと通じる扉を蹴破って、ターゲットの前に颯爽登場。
重い曇天の下、ポツリと人が立っていた。
ターゲットを追い詰めた。
彼奴を捕縛するのが、今回のミッション。
空から逃げるつもりだったのだろうが、迎えの便はまだ到着していない。
‥‥どれだけ待っても、来やしない。
セツナは歩きながら、待ちぼうけをくらっている小太りの男を相手に、軽口を叩く。
「待ち伏せをするなんて、やってくれるね。」
余裕綽々のエージェント。
‥‥足元を、キラキラさせている。
「なあに、行儀の悪い犬に、躾を施したまでさ。」
ターゲットの男は、セツナの皮肉に、皮肉で返した。
人の家に土足で入り込む、躾のなってない犬の足元を見る。
猟犬の足元では、金ピカの鉄靴が輝いている。
補給物資が待てないので、現地調達した。
履き心地は、結構いい。
思ったよりも、しっかりと可動域が確保されている。
男は、現地調達した靴にとやかくは言わない。
むしろ、口角を上げる余裕を見せる始末だ。
懐からタバコを取り出し、一服する。
金色のライターが、擦れて火を起こし、タバコにそれを貸してやる。
タバコを上る、白い煙。
味わい、吐き出す。
「躾の続きだ、土足で上がり込んだんだ。
名乗ってみるくらいしてはどうかね?」
小太りの男は、そうやってセツナを嗜める。
セツナから目を離し、空に向かって煙を吹かす。
男の、タバコに火を点ける動作、煙を味わう所作、声色。
どれもリラックスしている。
緊張による震えが見えない。
セツナは、男の言葉に乗ってやることにした。
悪党に礼儀を語られるのは癪だが、一応これでも、猟犬は正義という首輪で繋がれている。
牙を向ける相手と、牙の剥き方は、選ばなければならない。
セツナは右手を前に出す。
ホロディスプレイが起動。
手の中に、エージェントのライセンスが表示される。
旧時代の、警察手帳に似た身分証だ。
「CCC(中央法治機構)だ。
ウールー=バスタード、貴方には、違法魔導兵器について聞きたいことがあります。
大人しくして貰いましょうか?」
「‥‥ふむ。」
セツナに、ウールーと呼ばれた男。
スーツのベルト周りがキツそうな中年。
高そうな腕時計を巻き、指には、金色の指輪をいくつもつけている。
彼は、セツナに追い詰められてなお、余裕を崩さない。
タバコをくわえたまま、左手の中指に嵌めた指輪を撫でる。
太く短い指。そこに指輪。
太い金色のアームに、青い中石が嵌めこまれている。
青い宝石は大粒で、中指の爪ほどの大きさがある。
青い宝石が輝くとホロディスプレイが起動。
セツナに見せつけるように、いくつもの画面が投影される。
投影された画面には、セツナの姿。
街の監視カメラが捉えた映像が、10を超える画面で再生されている。
ウールーは、ズボンから携帯灰皿を取り出し、吸ったタバコをそこにしまう。
風体は太った成金の癖に、タバコは捨てずにしまうのだ。
‥‥自分の城を汚すようなことはない、そういうことだろう。
「やはり、君の飼い主は躾がなっていない。
私が、自己紹介の補足をしてあげようじゃないか。」
煙を吐いたウールーが、セツナに代わって、彼のプロフィールをつらつらと述べる。
「エージェント・セツナ。19歳。
階級は候補生。
養成学校で優れた成績を残し、新人研修の最終テストとして、いわくつきの武器商人を捕縛する任務を任された。」
当たっている。
ウールーが言っていることは、間違っていない。
彼が投影しているホロディプレイには、セツナの新人研修の様子が映されている。
高級住宅街の屋敷で、給仕ロボットが暴走した事件。
それを、別荘ごと爆破して解決した様子も記録されている。
その様子は、一番大きな画面で表示されている。
ウールーが気に入っている映像なのだろう。
「今回の任務は、難易度の割りに、作戦は単純だ。
オペレーターによるハッキングで防衛網を混乱させ、強襲ポッドによる単騎での突入。
君のところの飼い主は豪胆だね。
こちらも、新しい犬の顔までは覚えられない。
おかげで、歓迎会の準備が遅れてしまったよ。
――正気の沙汰とは思えんがね。」
「‥‥‥‥。」
セツナは何も答えない。
下の階での待ち伏せは、必然であった。
わざわざ、新米エージェントに、可能な限りの歓迎会を用意してくれていたのだ。
問題は、どこでそれを知ったかだ。
セツナの右手が、ゆっくりと下がる。
ウールーは、セツナの動きを気にした様子もなく、言葉を続ける。
「なぜ私がそこまで知っているのか?
聞きたがっているね?
君の、お喋りで早口な相棒の方だ。」
セツナの右手が止まる。
口では勝てそうにないのを悟り、相棒の助けを借りようとしたところを、ウールーに機先を制される。
ウールー。
彼は、とんだ狸男だ。
やりにくい。
狸男は、青い指輪に触れる。
ホロディスプレイが消える。
「いやはや、年を取ると、どうにも教えたがりになってしまうね。
だからひとつ、若い君に教えてあげよう。」
ウールーは、スーツの裏ポケットへ手を伸ばす。
セツナは反応し、右手を銃のグリップへ。
相手が武器を抜けば、こちらもすぐに対応できるように構える。
そして、セツナの警戒に、ウールーも気付いている。
セツナが用心をするなか、悪党が裏ポケットから取り出したのは‥‥、小切手だった。
ウールーの銀行口座が書かれた、小切手の束。
それが投げられ、宙を舞う。
小綺麗な小切手が、セツナの足元に転がる。
「この街では、すべては金で買える。
人の命は安い。‥‥外の人間となると値が張ってくるがね。
そして、ここで一番高いのが、正義の値段だ。」
セツナは、足元に転がった小切手を拾う。
左腕のスマートデバイスが、即座に鑑識を行う。
結果が出る、本物だ。
この小切手は、正真正銘、銀行のお墨付きを得た本物だ。
「そこに好きな数字を書きなさい。
猟犬を辞めて、番犬にならないか?」
「‥‥‥‥。」
「君は若いが、子どもじゃない。
気付いているだろう?
君は確かに強いが‥‥、正義の味方にはなれない。」
無表情を貫いていたセツナの眉が、わずかに動いた。
動揺。
猟犬としてではなく、個人としての感情の揺らぎ。
同時、彼の左手が、動揺と小切手が灰を焼き尽くした。
手の中で突然発火して、灰が曇天に吸い込まれていく。
交渉決裂。
セツナは銃口を向ける。
「生憎、良い稼ぎ口を知ってるんだ。
いくらだって稼げる、ね。
ここはセントラル、なんでしょ?」
ここはセントラル。
金か力があれば、望む物が手に入る。
だから稼げる。
社会貢献によって、綺麗な金を、いくらでも。
小太りのウールーは、口元を愉快そうに歪める。
「これは一本取られた。
できるじゃないか。」
ネクタイを緩め、ボタンを外す。
金色の腕時計を外す。
「喧嘩をするのは、いつ以来だろうか‥‥?」
ウールーが屋上で待ってみても、迎えは来ない。
猟犬との交渉は決裂してしまった。
だから、セントラル人らしく、あとは喧嘩をするしかない。
ウールーが外した腕時計が輝く。
水色の光。
目を焼くほどの輝き。光が、手の平をすり抜ける。
空には雲が広がっているのに、地上から空を見上げれば、摩天楼を中心に、まるで青空が広がっているように見えるのだ。
セツナは距離を取る。
後ろに跳び退くと、スマートデバイスが反応する。
青い警告画面となり、アラートを鳴動させる。
違法魔導兵器の反応。
ウールーを中心として、幾何学模様の、魔法陣が描かれた。
魔法陣の中からは、巨大な物体。
重く重量がある。
屋上が揺れている。
そして巨大な物体は、ウールーを体内に取り込んだ。
セツナの前に現れた、強大な影。
それは、5メートルの体躯を誇る魔導ゴーレム。
眩い光が落ち着きを見せる。
視界の先には、魔導ゴーレムの、岩のような表皮。
科学の粋である、ロボットとは異なる外見。
ロボットにありがちな配線などが見られず、頭部分のモノアイだけが、曇天の下に不気味な光を灯し、若いエージェントを睥睨している。
ゴーレムの胸のところから、声が響く。
「これがあれば、肥え太った私でも、君と存分に殴り合える!
ただ、この図体だ。加減はできんぞ‥‥!」
セツナは、リボルバーを腰に戻す。
半身になり、徒手空拳の構え。
「そっちこそ、ビルから落っことされても、文句言うなよ?」
「ぬかせ!!」
ゴーレムが走り出す。
地響きを伴うダッシュ。
「地獄で騒いで、セントラルまで聞こえるとでも――ッ!」
魔導ゴーレム。
とてもではないが、岩の塊が平坦な場所で出す速度ではない。
20メートルはあった彼我の距離が、一息でゴーレムの間合いにまで詰められる。
岩の拳が繰り出された。
セツナの視界を覆うほどの、大きな拳。
(地獄からなら、ここまで届きそうな気がするけどなぁ。)
屋上に砂煙が舞った。
セツナの姿が、岩と砂煙に隠れる。
ゴーレムを相手に、生身で戦いを挑む。
正気の沙汰ではない。
狂気の沙汰だ。
‥‥それを、正気の範疇に押し込むのが、魔法という力。
砂煙が晴れた。
煙の中で、熱波が発生する。
細かい粉塵が燃え尽きて消える。
セツナが、ゴーレムの拳の上に立っている。
まるで最初から、そこに立っていたかのように。
ゴーレムが拳を引っ込めるよりも速く、セツナが動いた。
彼の足が炎を纏う。
魔法により生み出された炎。
セツナの身体が、不自然な加速をする。
慣性や摩擦を無視した動き。
その場に留まろうとする物理的な力を振り切り、1歩目の脚を踏み出している最中に、身体はトップスピードとなる。
ゴーレムの拳と腕に、焼き印が施されていく。
腕に、陽炎がいくつも揺らめく。
セツナが、足元の岩肌を強く蹴った。
ゴーレムの胸まで、一直線。
炎の蹴りを放つ魔法、ブレイズキック。
燃え盛る足が、ゴーレムの胸を捉えた。
巨体というのは、強みであり、弱みである。
大きい分、被弾をしやすい。
ゴーレムが、たたらを踏む。
生身の人間の蹴りが、岩の塊を怯ませた。
セツナは空中で宙返り。
キックの反動を使い、空を舞う。
ゴーレムは、怯みながらも左手を動かす。
悠長に宙返りをしているセツナを、捕まえようとする。
が、ゴーレムの腕は空を切る。
セツナを捉えた手応えはない。
岩の手から、0と1の数字が零れ、霧散していく。
セツナは、数字となって消えた。
彼は、時間と時間の隙間に潜り込んだのだ。
テレポート。
科学の知見において、時間とは離散的な数量であり、0と1のあいだと同じように、空間が存在している。
隙間に潜ったセツナは、物理空間上において「いないこと」として処理される。
しかし、消えた訳ではない。
セツナは、ゴーレムの足元に突如として出現する。
最初から足元に、彼は「いた」。
テレポートという現象は、科学の範疇であるから――。
物理空間は、彼の振る舞いを認める。
攻撃に転じる。
ゴーレムの脚に、右手で掌底を放つ。
素手での掌底が、ゴーレムの膝下を捉える。
ゴーレムの膝裏から、青い衝撃波が突き抜ける。
魔力を帯びた掌底。
飛燕衝という魔法。
貫通力に優れ、岩の体にさえ衝撃を浸透させる。
セツナの手に、魔力が岩を貫いた感覚が伝わる。
まるで、丸太を斧で割った時の感覚。
攻撃が、芯に効いている。
追撃。
セツナの足が、炎に包まれる。
ゴーレムの脚を駆け上る。
垂直の壁を、それを思わせないほど簡単に登っていく。
再び、ゴーレムの胸に炎のキックが叩きこまれた。
空中で身を翻し、後ろ蹴り。
馬蹴りを放つ要領で放たれた蹴りは、人間の脚の筋力を活かした蹴りだ。
脚の役割、歩くとか走るとかは、後ろに蹴る運動だから。
ゴーレムに背を向けて放ったキックは、ゴーレムを転倒させた。
背中からゴーレムが倒れ、屋上にヒビを入れる。
セツナも屋上に着地をする。
右手を横に伸ばす。
ウールーが、魔法陣を使って喧嘩道具を呼び出したのだ。
セツナも、自分の道具を呼び出す。
セツナの右手を魔法陣が包む。
白い、銀色にも見える輝き。
魔法陣が拳を覆う。
丸い幾何学が、拳から前腕へと移動して、消えた。
セツナは振り返り、ゴーレムの方を向く。
左手で、右の拳をさする。
左手に伝わるのは、金属質な手触り。
――魔導ガントレット。
銀色の、魔法の籠手。
それが、セツナの右腕に装備された。
立ち上がるゴーレムに注意しつつ、半身になり構える。
籠手に覆われた右手を前に出し、ハンドサイン。
かかってこい。
指で手招きをし、挑発。
ゴーレムを前に、余裕を見せる。
エージェント候補生、セツナ。
口では大人に勝てないが、腕っぷしには少々自信あり。
法執行の猟犬が、魔法という牙を剥き、本領を発揮する。
猟犬と悪党。
セツナと、ウールー。
両雄、同じタイミングで走り出す。
ゴーレムが、雄叫びを上げる。
「うおォォォおおお!!」
叫び慣れていない声。
喉を潰しながら、声を張り上げる。
選んだ攻撃は、テレフォンパンチ。
口八丁は得意分野だが、手は八丁に余る。
殴り合いとなれば、小細工は無し。
ゴーレムの硬さと重さを、大振りの一撃に込める。
対するセツナは、静かに走る。
走るフォームだけでも、彼が相当に訓練を積んでいることが分かる。
軸がぶれない、頭の位置が変わらない。
肩を揺らさず、エネルギーのロスを発生させず、最小の全力でもって屋上の床を蹴る。
左手の指を、タクティカルベルトのポーチに滑り込ませる。
取り出したのは、太陽の刻印が施されたマジックアイテム。
コアレンズ。
メダルにも見える魔法のレンズは、魔法の性質をジャックして、性能を拡張する。
魔導ガントレットの、甲の部分が開く。
古くはカセットテープのように、上に向けて開いた。
コアレンズを装填。
ガントレットのチャンバーに送り込む。
チャンバーを閉める。
セツナの拳が輝く。
魔力が高まる。
渾身の一撃。
――ストライクコア × 飛燕衝 = ‥‥‥‥。
「ライジング――、インパクトッ!」
ゴーレムの大振りの一撃に、全霊のアッパーを叩き込こんだ。
力と力が衝突する。
摩天楼の屋上に、蒼い稲妻が走った。
正面切ってのぶつかり合い。
行き場を無くした魔力が、物理空間の情報を書き換え、蒼い雷という突飛な現象を出力する。
拳と拳を中心に、稲妻が地上3000メートルを駆け巡る。
セツナの拳は、圧倒的な質量の前にしても砕けない。
ゴーレムの巨体を拳ひとつで耐え、1歩も退かない。
岩石のような体が軋みを上げる。
繰り出した拳に、ヒビや亀裂が広がる。
同じく、屋上の床もヒビ割れた。
ゴーレムの重みでそうなったのではない。
セツナの拳に込められた魔法が、足元までをも砕いたのだ。
「――吹き飛べッ!!」
ついに、セツナの一撃はゴーレムの巨体を持ち上げた。
アッパーの勢いで、ゴーレムと共に宙へ飛び、岩の巨体を大きく吹っ飛ばす。
ゴーレムの右腕が砕ける。
蒼い稲妻が、砕けた石や岩を焼いて回る。
ゴーレムの巨体を吹っ飛ばしたところで、ストライクコアによる魔法強化が終わる。
身体に漲っていた魔力が霧散する。
たちまち、ゴーレムさえも殴り飛ばす力が失せていく。
身体は重力に捕まって、下へ向かって降りていく。
吹き飛ばされたゴーレムは、彼の、さらにその上。
弧を描き飛んでいる。
セツナが静かに屋上へと着地する。
少しあと、ゴーレムの体が大きな音を上げて、屋上に叩きつけられた。
人間よりも圧倒的に優れた体格と質量を有する、岩の魔導兵器。
違法兵器は、人間との力比べに敗北し、魔導回路が衝撃により大破。
ショートした回路は、行き場を失った魔力により融解し、爆発。
ノックアウトされたゴーレムは、大の字に横たわったまま、炎と煙に包まれている。
当然、もう動くことなどできはしない。
このくらいは造作もない。
彼にとっては。
違法兵器を、生身で叩き壊す人間。
無法の世界で正義を掲げるならば、持っていてしかるべき暴力。
狂気を、正気の範疇とする。
魔法とは、そういう力だ。
‥‥‥‥
‥‥




