1.1_青い街
Magic & Cyberpunk 。
略称、M&C。
シグレソフトが開発した、VRゲーム。
いわゆる、マジックシリーズの、3作目にあたる作品。
1作目Magic & Warrior、2作目Magic & empire、3作目Magic & Cyberpunk。
1作目と2作目は、ガッツリとファンタジーな世界を舞台としていた。
しかし、3作目ではガッツリと転換。
摩天楼が立ち並ぶ、2XXX年現代のパラレルワールドが舞台になっている。
この方向転換に対して開発者いわく、「アクションゲームで出来ること、全部やりたいから」とのコメントがあった。
PVでは、テレポートとワイヤーを駆使し、摩天楼を駆けまわる立体的なパルクール(※)。
異界からの侵略者の軍勢を、銃火器で薙ぎ払う戦闘シーン。
それから、巨大ロボとドラゴンのバトルが流れていた。
※パルクール:簡単に説明すると、街中で行う障害物走。街中を、走って飛んで登って駆けるスポーツ。
M&Cは、過去作のノウハウを土台に、新たなシグレソフト流のゲーム体験を提供すべく開発された。
ゲームの舞台は、セントラルシティと呼ばれる、人類の一大都市。
きらびやかで壮観なビル群と、高度なテクノロジーに支えられている都市である。
ガラス張りのビルが多いため、ガラスに空模様が反射し、人はセントラルシティのことを「青い街」とも呼んでいる。
しかし、そんな都市の「青い部分」を少しでも外れれば、無法者と暴力が天下の往来を練り歩く。
空のように青く、ドブのように淀んだ街、それがセントラルシティ。
かつて、人類は深刻なエネルギー問題に直面し、それを解決するために様々な方法が模索された。
そして、ある時、異界への入り口を開き、そこから資源を持ち帰る方法を実験。
実験は成功し、人々は「魔力」や「魔法」といった、それまでは架空とされていた技術を手に入れ、魔法の恩恵を享受した。
しかし、魔法による発展の代償は、余りにも大きかった。
魔法による発展を遂げ、魔法が架空から日常になった頃、大きな厄災が地球を襲った。
異界からの侵略者、ディヴィジョナーたちが、地球に侵攻してきたのである。
ゴブリン・オーク・デーモン・ヴァンパイア。
架空の生物と思われていた魔物たちの侵攻、それと人類間での足の引っ張り合い。
侵攻と自滅によって、人類は絶滅の目前にまで追いやられ、秩序は崩壊した。
現在は、多くの無法地帯の中に、かろうじて文明的な社会が残るのみとなっている。
◆
CCC、中央自治機構。
英語で言うと、セントラル・シティ・コマンド。
要するに、セントラルを守るための暴力機関。
魔導ゴーレムを倒し、戦闘ドローンをやり過ごし、ドラゴンから生き延びたあと、セツナはCCCの支部に向かっていた。
セツナ、本名を久遠刹那。
どこにでもいる、ただのゲーマー。
バスケットボールやダンスなど、ストリートカルチャーが好きな、ただのゲーマー。
彼が所属するCCC支部の前に、車で乗り付けて、入り口に向かう。
セツナが車から降りると、車は、自動運転で駐車場に移動していった。
CCC支部は、3階建てのビルで、セントラルの摩天楼に比べると、こじんまりとしている。
‥‥と、いうのは建前で、実は地下に深いタイプの建物である。
暴力が天下の往来を跋扈するこの都市では、建物は上より下に伸ばした方が、合理的なのだ。
それでも、セントラルに摩天楼がそびえるのは、人の欲と見栄のせいなのだろう。
そんな、下に長い支部の横には、同じくらいの高さ、倍以上の広さを持つ武装棟が並んでいる。
設定では、CCC支部の構成員は、エンジニアが1番多いという設定らしい。
セツナのようなエージェントは少ない。
脅威の離職率と死亡率、ついでにクローン兵の存在もあり、一兵卒の命はとても軽い。
逆に、代替の利かない、オペレーターやエンジニアなどの専門職は、それはそれは大層に重用される。
支部の内部に入り、目の前の受付に声をかける。
受付をしている女性型アンドロイドは、セツナに3階へ向かいように促した。
受付の案内通り3階に向かう。
エレベーター、テレポート式のエレベーターを使って、3階へと移動する。
エレベーターを起動すると、一瞬で景色が変わり、3階に移動する。
3階はオペレーションルームとなっており、オペレーターたちが端末に向かい、業務を行っている。
エージェントが秩序の武器であるならば、オペレーターは頭脳の役割を担う。
エージェントのサポートだけでなく、エージェントが持ち帰った情報の精査や、ハッキングによる情報収集なども業務に含まれている。
3階を見渡し、オペレーションルームの内装は、大学の講義室のようだと、セツナは思った。
上座にデカデカと、大きなモニターが腰をつけており、そこをオペレーターの席が半円形に囲んでいる。
モニターを囲む半円刑のオペレーター席は、ひな壇状になっており、モニターから遠いオペレーターの視界も確保されている。
この世界、AR(拡張現実)やホログラムの技術があるのだから、別に中央のモニターが見えなくても問題なさそうなのだが‥‥、それは雰囲気というヤツなのだろう。
あるいは、ARやホロが使えない事態を想定しているかも知れない。
オペレーションルームに入ると、1人の女性がセツナに声をかける。
「あっ! セツナさん、お帰りなさい。」
セツナを担当するオペレーター、アリサが自身の席から立ち上がり、駆けよって来た。
「すいません、私の実力不足で‥‥、危険な目に遭わせてしまって。」
「大丈夫、大丈夫。こういうの、慣れてるから。」
不可視の敵にアンブッシュをされるのも、ドラゴンと戦うことも、慣れっこである。
そう言って茶化して、気にしていない旨を伝えた。
「――? そう、ですか? セツナさんは、面白い方ですね。」
アリサは、きょとんとした様子で首をかしげた。
彼女の疑問符に、セツナは肩をすくめて返しす。
「それはそうと」、そう言ってアリサが仕切り直す。
「局長がお呼びです、セツナさん。中央モニターの前にお願いします。」
ニコッとスマイルを浮かべて、中央モニターに続く下り階段を進むように、手で促した。
言われるまま、セツナは階段を下りていく。
その後ろを、アリサがついて来る。
彼女も一緒ということは、業務報告とか、そういう類いのものだろうか?
この後のイベントにあたりを付けていると、ほどなくしてモニターの前に着いた。
デッカいモニターの前に、それに負けないほどデッカい机があって、デッカい椅子が座っていた。
モニターの方に向いていた回転式の椅子が、セツナの到着を察すると、彼の方へ向き直る。
アリサがセツナの横に並び、局長に挨拶をする。
「ディフィニラ局長、エージェント・セツナ、帰還しました。」
ディフィニラと呼ばれた女性は、アリサの言葉に頷く。
ディフィニラ局長、CCC支部のトップにして、オペレーターをまとめる、ハイオペレーターという役職を持つ。
座った体勢でもシワひとつ無いスーツをピッシリと着て、目つきが鋭い。
褐色の肌の、その頬には傷が残っており、目つきと雰囲気と相まって、数々の死線を潜った猛者であることが計り知れる。
見た目は生命力に溢れ若々しいが、その周りを包む雰囲気は、老成した大樹を思わせる。
セツナの横に居る、アリサのふんわりとした印象とは、対局的な人物である。
「エージェント・セツナ、オペレーター・アリサ。まずは、任務の完遂ご苦労。」
女性らしくも、腹にズンとくる威厳のある声。
威厳を出そうとしているのではなく、素でこの調子なのだろう。
これは――、怒らせたら怖そうだ。
「少々、手筈とは違ったが、任務はおおむね成功と言っていい。
とくに、エージェント・セツナ。イレギュラーな状況から、良く生還してくれた。」
怒らせらた怖そうだが、ちゃんと褒めるべきは褒めてくれるらしい。
セツナは、褒められて伸びるタイプなので、まんざらでもない。
強面の女性に褒められて、ご満悦である。
彼の顔に、そう書いてある。
悦に浸っているセツナの表情を読んで、ディフィニラはゆっくりと、両肘を机に立てて、手の甲に頭を乗せた。
「――ところで。2人とも、この映像を見てくれ。」
ディフィニラの横に、ホログラムモニターが現れる。
セツナとアリサの視線がモニターに移り、ディフィニラも椅子を少し横に回してモニターを見る。
モニターから、映像と音声が流れ始める。
「投降しても無駄だ、抵抗しろ。」
「あら、しぶとい。いと、僥倖。」
「ふっふっふっ。時は満ちた。今こそ好機!」
「へいへいへ~い、ドローンさんよぉ~。密着されちゃ~、自慢のミサイルは撃てないよなぁ~。」
――映像では、セツナの、とてもエージェントらしからぬ、それはそれは愚行の数々が列挙されていた。
映像が終わり、ホロモニターがプツンと音を立てて消える。
ディフィニラは、セツナとアリサの2人に向き直る。
2人の表情を見てみれば、映像を見たアリサは苦笑いを浮かべている。
セツナは、イタズラがバレた大型犬のように、顔だけそっぽを向いて、自分の頬を指で掻いていた。
ディフィニラが、再びゆっくりと両肘を机に立てて、手の甲に頭を乗せる。
椅子と服の衣擦れ音が、妙に通り良く聞こえた気がした。
「さて、エージェント・セツナ。何か申し開きはあるかね?」
「‥‥‥‥。」
「ターゲットは、捕縛しろと命令したはずだが?」
「‥‥‥‥。」
「戦闘ドローンからは退避しろと指示があったはずだが?」
「‥‥‥‥。」
「貴官の常識では、ドローンに無謀にも突っ込み、挙句、頭突きをすることが退避と言うのかね?」
「‥‥‥‥。」
そこはほら、活路は前にあるって言うじゃありませんか?
‥‥なんて言える雰囲気では無かった。
沈黙を通すセツナに、問答を続けるディフィニラ。
「一応、申し開きがあるなら、聞こうじゃないか。どうだね?」
セツナの頬を掻く仕草が速くなっていく。
お肌のコンディションが変わって、イヤ~なしっとり感が指の触覚から伝わってくる。
「ふむ。どうやら申し開きは無いようだな。大変よろしい。」
セツナは、頬にあった手を、頭の後ろに持っていって――。
「いや~‥‥。あはは、それほどでも。」
そう答えた。
――ああ、これはやった。
そう思っても、時すでに後の祭り。
ディフィニラは、彼の返答に満足したかのように、ニッコリと笑みを浮かべた。
そして――。
「大馬鹿者!!」
机を叩く大きな音と、叱責の大きな声が、オペレーションルームに響いた。