9.02_魔法
魔法の戦術評価。
刹那は、科学者と教導隊に見守られるなか、城山との手合わせを行っていた。
現実の地球で観測されるようになった、魔法という現象。
ネクストと同じく、物理空間の上位領域に存在するエネルギー。
ネクストと異なり、物理法則を捻じ曲げる「塑性」に富んだエネルギー。(※)
※ここでの塑性とは、物理的な塑性という意味ではない。
どちらかと言えば、脳科学の用語としての「塑性」に近い。
脳のネットワークは、柔軟な変化に富んでおり、そのことを脳の塑性 (可塑性)と呼ぶ。
そこから転じて、科学者は、魔力を「塑性に富んだエネルギー」と表現している。
城山との手合わせ。
刹那は、この塑性を如何なく使うつもりだ。
魔導ガントレットの、甲の部分が開く。
チャンバーをオープン。
左手に、直径5cmほどのメダルを、虚空から取り出す。
メダルのように見える道具は、コアレンズ。
セントラルで、刹那が使っているマジックアイテム。
剣のシンボルが刻印されたレンズを、ガントレットに装填。
チャンバーを閉める。
コアレンズを装填する動作は、エンハンス・ルーチン (魔法制御)。
大きな力や、複雑な力を行使する場合、魔法は常に不発や暴発のリスクを抱える。
車の運転と同じだ。
車を時速60kmで、直線を走らせるのは、ドライバーにとって簡単なことだ。
誰でもできる。
だが、これが時速100km、120km,、160kmとなると話しが変わってくる。
例え直線を走るだけでも、ハンドルは取られやすいなる。
路面の見えない凹凸が、ハンドリングを狂わせる。
高速走行では、ドライバーが車を制御下に置くのは、至難となってくる。
魔法も同じだ、大きな力とは、車を高速で走らせるのに似ている。
複雑な力とは、曲がりくねった道を走らせるのに似ている。
大きくて複雑な力は、高速で山道を走る感覚に等しい。
事故のリスクが高まることが、容易に想像できるだろう。
このリスクを軽減するのが、エンハンスルーチンと呼ばれる行動。
いわゆる、魔法の詠唱や、忍者の印相が、エンハンスルーチンにあたる。
特定の詠唱、あるいは、特定の動作。
これらにより、魔力の成形を「明晰化」する。
詠唱や印相と、魔力の成形を紐づけることにより、複雑で巨大な魔力の運用を安定化させるのだ。
レーサーが、レースのコースを覚えるのと一緒だ。
コースを覚えることで、高速で複雑な運転を、安定させられるのだ。
このコースの暗記こそが、魔法ではエンハンスルーチン、詠唱や印相にあたる。
刹那の行った、エンハンスルーチン。
コアレンズを、ガントレットに装填する動作。
城山は、一連の動きを妨害することなく、興味深そうに見ている。
何が起きるのか、わくわくしている。
ガントレットが輝く。
月の光のような、青白い光。
魔力の出力を高める。
手元で暴れる魔力をコントロール、成形。
形を整え、意図した形で出力。
ソードコア × シルバームーン = 銀なる大輪
魔力を成形し、武器に変える。
新月の双剣、変則二刀の得物。
レイピアとカランビットナイフを握る。
セントラルでは、エストックとナイフの変則二刀。
だが、現実ではより実践を意識し、レイピアとナイフに変えている。
レイピアには、拳を守るカップヒルトが付いてある。
ロングソードなどとの打ち合いも想定し、刃の根元を厚くしてある。
刃渡り1メートルのレイピアを、城山に向ける。
ストッカータという、中段の構えを取る。
腹の前でレイピアを持ち、切っ先を相手へ向ける構え。
攻守の、バランスが良い態勢。
虚空から武器を取り出した刹那に、城山も、教導隊も、科学者も驚く。
魔力野が無くても、魔法素人でも分かる。
あの剣は、ガントレットやリボルバーとは、違う。
戦いのプロである教導隊たちは、別のことにも驚く。
刹那はすでに、魔法を使いこなしている。
魔法による戦術体系を、自力で築きつつある。
最近の若者は、しっかりしている。
良く学び、良く試している。
試行錯誤。
人間は、失敗によって成長するのだ。
先の明るい若者に、城山は満面の笑み。
このまま鍛えれば、相当な戦士に育つ。
自分の息子に、負けないほどに。
‥‥‥‥。
刹那が動いた。
左手に握るナイフで攻撃。
逆手に握るカランビットナイフを、順手持ちに。
虎が爪を出すように、ナイフを持ち変える。
ナイフのリングに通した、人差し指を中心に、ナイフが回転。
順手持ちにしたナイフを、横に振るう。
新月の爪から、銀色の斬撃が放たれた。
横に伸びた斬撃が飛ぶ。
城山に、襲い掛かる。
斬撃を、ギアによる硬化で受ける。
左腕を前に出し、ガード。
斬撃が直撃し、魔力が霧散する。
同時、絹を裂く音。
魔力が、ギアの守りを貫通した。
城山の迷彩服を切り裂く。
彼の皮膚が、薄く赤らむ。
切れてはいない。
が、摩擦熱のような痛みが走る。
ピンと張った裁縫糸で、腕を擦られるような痛み。
あのナイフからの斬撃は、先ほどキックで放った三日月よりも威力があるらしい。
魔法使いであれば、それを知覚できる。
魔力を知覚できるなら、レイピアとナイフが強い魔力を宿していることが分かる。
だが、城山にはそれが分からない。
攻撃を受けて初めて、そうだと分かった。
ナイフから、2発目の斬撃が放たれる。
2発目を、横に滑るように回避。
そこに刹那が踏み込む。
物理法則を無視した、異常な踏み込みと、異常な伸び。
水が流れるかのよう。
5メートルはあった間合いが縮まる。
レイピアの突きが、放たれる。
寸止めを意識せず、胸を貫く勢いで攻撃。
城山はギアによる硬化を使い、刃先を払う。
右腕から、肌の色が覗く。
肌が摩擦で焼ける。
レイピアとナイフ。
致命傷にはならないが、充分に脅威だ。
レイピアの間合いから逃げるように、距離を取る。
懐に踏み込んだとしても、左手のナイフに迎撃される。
あのナイフは相当に厄介だ。
ナイフからの斬撃は、ギアの防御を貫通する。
リーチの長いナイフとか、反則だ。
踏み込むにしても、捨て身になってしまう。
城山は様子見を選び、退く。
刹那が、それを追撃する。
レイピアを握る右手を、スナップさせる。
手首を、反時計周りに小さく振る。
レイピアから、飛ぶ斬撃。
鞭がしなる音がして、斬撃が床を切り裂きつつ城山に迫る。
咄嗟、半身になり回避。
鋭い魔力が、顔の横を通り過ぎる。
レイピアを、もう一度スナップ。
時計回りに、半回転。
上から下へ、魔力の鞭がしなる。
回避を強いられる城山。
間髪を置かず、ナイフによる斬撃。
潜って避けると、鞭が振り下ろされる。
‥‥埒が明かない。
斬撃を飛ばされ続けるだけで、封殺されてしまう。
近づけない。
ギアで身体能力を強化しているのに、拳の間合いまで詰められない。
野生動物を追い抜ける速度が出せるのに、近づけない。
魔力の塑性に、翻弄される。
――この場にいる誰しもが、思ったことだろう。
魔法は危険だ。
魔法は、人類の脅威となる。
既存の兵器に匹敵する、あるいはそれ以上の、ポテンシャルを秘めている。
だからこそ、教導隊の出番なのだ。
魔法は強い。
ネクストやギアを上回るほどに。
ならば、これをどうやって制圧するか?
それを考えるのが、戦術教導隊の仕事であり、城山の役目だ。
ここからは、魔法を倒す方法を考えていく。
戦いの中で学び、考え、習得する。
刹那が、城山の変化を感じ取った。
顔は笑顔のままなのだが、感じが変わった。
にこにこと、達者な若者を見守る大人の表情から、戦士のそれに変わった。
強敵との戦いに燃える、不敵な笑みとなったのだ。
刹那を、対等な戦士と認めた。
そして、狩るべき獲物と認めた。
レイピアを振るう。
城山が、踏み込む。
鞭のようにしなる魔力を、腕で受け止めた。
皮膚が裂ける。
浅く裂けて、若干の流血。
学ぶ。
身体に叩き込む。
魔力の手触り、重さ、熱。
魔法使いの視線、重心、身のこなし。
流血なんて気にしている暇が惜しい。
こんなのは、訓練じゃ日常茶飯事。
医療が発展した現代では、怪我のうちに入らない。
自衛団の訓練、特にランカーの訓練も、基本、流血沙汰だ。
刹那は顔色を変えず、レイピアを振るう。
‥‥鞭が、手刀で叩き斬られた。
日々の鍛錬で厚く硬くなった皮膚が、魔力を打ち消す。
常人なら、骨まで切れている。
常人じゃないから、傷ひとつ付かない。
中指の骨まで抉る斬撃を、城山は手刀で凌いだのだ。
その姿に、刹那はフレンドの姿を重ねる。
城山の体捌きに、JJの姿が完全に重なった。
城山は、あの武闘家の父親だ。
直感し、確信する。
近接戦闘では、負け知らずの友人。
強くて頼れる、同い年。
たまに、超能力を使ってるんじゃないかと思うほどに、強い友人。
城山は、その父親。
じわり――。
危機感が広がる。
脳が危機感を覚え、心が危機感を感じる。
この男は、レイピアとナイフでは止められない。
もう通用しない。
魔法の塑性。
初見殺しのアドバンテージを失った。
ならば――。
刹那は、カランビットナイフを、レイピアの根元に突き刺す。
月の光。
剣が眩く発光。
手元に、満月の大剣が握られる。
床を蹴り、空中に逃げる。
空中に足場を作り、そこに留まる。
足から、木の根が伸びるような感覚。
根を這わし、根が床を掴むことで、空中に足場を作れる。
ギアでは不可能な、完全な滞空。
空中における優位性を使い、攻撃。
重い大剣を、乱暴に振るう。
魔力の血管で、大剣を雁字搦めに絡め取り、大雑把に薙ぐ。
空中から、月の刃が降り注ぐ。
大剣のスイングが遅い分、躱すのは容易。
だが、城山は足を止める。
自分は今、勝つためではなく、学ぶために戦っているのだ。
集中状態になっている。
入っている。
腰を深く落とし、勢い良く右手で突いた。
岩が鉄板にぶつかるような音がした。
金属が変形する音に、岩が砕ける音。
城山の拳が、満月の魔力を砕いた。
手首の関節が悲鳴を上げる。
完全に固定化できていなかった部分に、ダメージが集中した。
魔法の受け方、掴んできた。
魔法は、意外と柔らかい。
刹那が空中でもう一度、大剣を振るう。
巨大な斬撃が、足元に目掛けて飛んで行く。
呼吸が乱れる。
消耗が大きい。
肉体の筋力だけでなく、魔力的な筋力も使って大剣を操っているため、疲労が加速的に蓄積する。
だが、この大剣であれば、流石に城山にも「痛い」と思わせることができるだろう。
城山は、放たれた2発目を、上段蹴りで受けた。
‥‥先ほどよりも、魔法の威力が上がっている。
迂闊。
見た目だけで、魔力の大きさが計れない。
魔力は霧散させられたものの、姿勢が崩れる。
床に背中から倒れ、受け身を取って素早く立ち上がる。
上を見上げる。
――刹那がいない。
身体の細胞が、思考を介さず、勝手に動く。
身体が勝手に、後ろ蹴りを放った。
蹴りは、刹那の腹を穿った。
先ほどよりも重い打撃。
魔力による防護を、さっきよりも貫通している。
ダメージで思考が鈍り、心が乱れる。
大剣の成形を維持できなくなり、消える。
城山の追撃を、その場から消えることでやり過ごす。
テレポート。
虎の子のとっておきを、初見で看破された。
刹那からすれば、超能力にしか思えない。
城山としても、理屈は分かっていない。
日々の稽古の賜物だ。
稽古により蓄積した、非言語的な感覚。
無意識による反応。
城山の無意識は、刹那の動きから、様々な情報を得ていた。
大剣を装備してから、消耗が大きくなったとか、「王手」の準備をしているとか。
心身の機微を、目敏く収集し、彼が王手をかけた瞬間、それを打ち破った。
魔法の防護を撃ち抜いて。
柔らかく入って、気持ち置いて、強く打つ。
スンと入って、シュッと待って、ギュッと打つ。
そうすると、防護を抜ける。
通常の打ち方よりも、インパクトを気持ち遅らせる感覚。
脱力した身体で触れて、筋肉や腱による固定化を、普段よりも気持ち遅らせる。
そうすると、抜ける。
刹那は、ふらつきながら徒手の構え。
ガントレットから、コアレンズがイジェクトされ、床に落ちて消える。
2枚目のコアレンズを取り出す。
次の装填を、城山は許してくれない。
熊が、突っ込んでくる。
エンハンスルーチンを行う余裕が無い。
レンズを捨てる。
指で弾いて、城山に向けて飛ばす。
杖のシンボルが刻印されたレンズが、赤く輝き、爆発した。
爆発に城山が怯む。
刹那はホルスターから銃を抜く。
この化け物を相手に、徒手は無謀過ぎる。
銃を、目の前で構える。
右手をしっかり伸ばす。
右の手首を、左手で握る。
リストブレースという持ち方。
戦術的な価値の低い、この銃の持ち方は、エンハンスルーチン。
(晶力解放――。)
心の中で呟く。
狙いを定め、引き金を引く。
晶力解放:蛇(ラピスサクスム/セルペンス)
異界武器が使っていた魔法を、現実世界で模倣する。
大きなリボルバーから、散弾が発射される。
紫色をした5匹の蛇が、城山を狙う。
弾速は、通常の弾丸よりも遅い。
だが、怯んだ的を狙うには充分な速度だ。
散弾が直撃。
胸や腹に命中し、足が床から離れる。
ただ、散弾を撃った刹那も、無事ではいられない。
じゃじゃ馬が、彼の顔面を蹴り上げようと手元で暴れる。
反動で、あわや顔面にぶつかりそうになる銃。
肘が曲がりそうになるのを必死に堪え、両手を思いっきり上に挙げる。
銃が大きな弧を描いて、天井を見上げる。
暴れ馬の後ろ蹴りをやり過ごした。
なんとか、じゃじゃ馬を宥めて、追撃。
足に魔力を纏う。
銀色の、三日月の魔力。
三日月が、紅に染まる。
セントラルでは、 ≪魔女のシルバームーン≫ と呼ばれる魔法。
魔法の質が変わる。
紅く、変質する。
魔法は感情に感応し、感情は魔法に感応する。
心で燃え盛る闘志が、ドロドロと溶けた鉄のようになる。
‥‥魔女の力は、多様厳禁。
変質した魔法を放つ。
三日月が、執念深い女のように、城山に絡みつく。
刹那が足を引く。
絡め取った対象を、強引に自分の方へ近づける。
城山は手で踏ん張るも、紅い月に抵抗できない。
筋力では逆らえない何かに引っ張られ、銃を構える刹那の元へ連れていかれる。
銃の引き金が引かれる。
また、銃口から蛇が襲い掛かる。
低い姿勢で受ける。
膝立ちになった脚と、両腕でガードを固める。
蛇が、脚と腕に食らいつく。
常人なら、骨が折れている。
ギア無しであったなら、命にかかわる一撃。
威力に押され、床を転がる。
追撃を止めない。
初見殺しで押し切る。
異界武器の魔法を、模倣する。
晶力解放:地(ラピスサクスム/テラフム)
足を上げ、強く踏み鳴らす。
床から、白く濁った結晶の柱が伸びる。
燃える足で、長さ2メートルの柱を蹴る。
柱が根元から折れ、城山に向けて蹴り飛ばす。
散弾の衝撃を、まだ完全にいなせていない城山。
飛んでくる結晶の柱を、肘で迎え撃った。
人体の骨の中でも、屈指の強度を誇る肘。
柱は止まり、されど砕けない。
膝の力を抜く。
膝立ちの姿勢から、抜重。
股関節の力を抜き、膝で歩く。
古武術の、膝行と呼ばれる歩法。
ギアの力で身体能力を強化して、柱を押し返す。
洗練された武人の身体操作。
ギアの出力。
あわさって、柱は野球のピッチャーが投げるボール並みの速度で返っていく。
テレポート。
柱をすり抜けて、銃を構えた状態で前に出る。
城山が、ひと呼吸で詰められない距離。
3発目の散弾を放とうとして――、立ち眩み。
次々と魔法を使った反動。
実戦に、まだ慣れていないツケ。
テレポートの原理は、ヨガの達人、ヨガの聖者に着想を得ている。
セントラルのように、時間の離散的な性質をどうこうはしていない。
ヨガの聖者は、川の上を歩いたり、雪の積もったクレバスの上を歩いて渡るという。
特に、クレバス渡りは、ヒマラヤ山脈に籠り修行するうえで欠かせない。
この時、彼らは瞑想をする。
瞑想をし、意識が深まると、川やクレバスが、1歩で跨げる距離に見えてくるらしい。
そして、川やクレバスを1歩で跨ぐと、自分は対岸へ渡れている。
それを第三者の視点から見ると、川やクレバスの上を歩いているように見えるのだ。
刹那のテレポートは、これを真似たもの。
この、1歩で跨ぐという理屈を模している。
ただし、セントラルのそれと異なり、消耗が大きい。
魔力も、精神力も、ごっそりと持っていかれる。
それを、この戦いで3度も使った。
他の魔法を織り交ぜながら。
大きな魔力を、短時間で何度も行使したことで、身体が反動を受ける。
立ち眩みもそうだが、心臓を違和感が苛む。
心臓に、ぽっかりと穴が開いたような感覚。
まるで心臓自体が、自分の身体から消えたような焦燥感と虚構感に襲われる。
魔法は物理法則を無視できる。
ゆえに反動も、物理法則を無視した物になる。
物理的には有り得ない虚構が、肌感覚してして襲い掛かる。
血の気が引く。
強烈な吐き気を催す。
――捻じ伏せる。
脳に憑りつく虚構を、気合いで捻じ伏せる。
眩暈にも負けず、虚構にも負けず、気合いと根性で引き金を引く。
だが、その一瞬を見逃す、相手では無いのだ。
一手、刹那は届かなかった。
何事も無く引き金を引けていれば、結果は分からなかった。
城山の連撃が炸裂。
顔と腹。
続けざまに拳が刺さる。
身体が曲がったところに、上から肘が振り下ろされた。
肘先が、後頭部の髪に触れて、止まる。
勝負あった。
「参りました――。」
その場に倒れ込む。
大きく、息を吸い込む。
――何度も。
やせ我慢していた分を、補いように。
手合わせをしていた教導隊の面々が、健闘を称えて拍手を送る。
城山の手を借りて、立ち上がる。
固くて、分厚くて、柔らかい手。
指が、刹那の1.5倍は太い。
「いや~、強いね! 久遠君!」
肩を叩かれる。
有り難く、賞賛を受け取っておく。
相手はギアだけの丸腰で、武器も使っていない。
なのに、何でもありの刹那は負けた。
プロには、叶わない。
お互い、殺しになってしまう手段は封じているのだから、それも言い訳にできない。
完敗だ。
自分の土俵で、きっちり負けた。
そんな刹那に、敗北を悔しがる時間は与えられない。
「ヨシ! 息を整えたら、次、行ってみようか!」
「はい‥‥。」
分かっていたことである。
たぶん、教導隊を全員相手にしないと、休憩は貰えない。
‥‥優しい。
息を整える時間や、休憩時間があるなんて。
ランカートライアルなんか、鼻血が出ても組み手を止めてくれないのだ。
むしろ、鼻血を使って目潰しをしてこいなんて、怒鳴られて殴られる始末。
だから、今日はみんな、優しい。
魔法使い初心者として、最大限の優しさで丁重にもてなされている。
深呼吸をして、立ち上がる。
刹那の元に、次の相手がやって来る。
‥‥怒鳴って殴った教導隊員が、やって来る。
「久遠君、本気で戦おう!」
「‥‥よろしくお願いします。」
彼は、訓練以外では「仏の吉村」なんて呼ばれているのだが‥‥。
訓練では「鬼の吉村」なのだ。
プロレスのヒールが、善人にしか務まらないように、鬼教官も善人にしか務まらない。
人の良さと信頼が無いと、悪者になれない。
礼で手合わせが始まり、その2分後くらいに、刹那の身体は宙を舞った。
‥‥‥‥
‥‥
その後、刹那は、教導隊による手厚い可愛がりを受けることとなる。
一通りボコボコにされた後、魔法を攻略するための実験台――、もといサンドバッグにされるのであった。
刹那としても、良い経験になった。
心置きなく、現実で魔法をぶっ放せる相手が、今まで居なかったのだ。
実戦経験として、有意義な時間を送れた。
科学者にとっても、今日は進歩のある1日だった。
魔力を検知する機材を開発した彼らにとっても、意義のあるデータが収集できたのだ。
ネクストの「万能物質」という性質を利用した機材。
魔力の波長に共鳴し、その振幅により魔力の大きさを計測する。
魔力野を持たない人間にとっては、その機材とセンサーが、魔法を見るための「目」であり「肌」だ。
観測された振幅と大きさを、刹那に評価してもらった。
彼の感覚と、観測された値が一致しているか?
フィードバックが欲しかったのだ。
その結果、感覚と観測には、ある程度の一致があることが分かった。
ならば、この理論や機材を叩き台に、ブラッシュアップをしていく。
科学者はルンルン気分で、今日も徹夜。
楽しい研究は、睡眠の時間を奪って困る。
刹那・教導隊・科学者。
三方良し!
そして、四方向目。
アイは、科学者のお手伝いや、刹那のケアなど、裏方でサポートをしていた。
‥‥自分の彼氏の、カッコイイところを見られて、満足していた。
平時の刹那は、カッコ悪いほど良いとされている。
そして、こういう時に、マジな一面を見せてくれる。
真剣に戦う姿、真剣に考える表情。
このギャップ。
カッコイイ。
そんなこんな、この日の午後は、有意義な時間を皆が過ごした。
刹那は実戦経験を積めて、教導隊は魔法の強さを肌で感じ、科学者は魔法のデータを集め、アイは心が満たされた。
4方向ヨシ、win - win- win - win。
――魔法は、人類や社会にとっての脅威だ。
だがそれは、あらゆる文明の利器にも共通することだ。
銃だって、ギアだって、ネクストだって。
すべて、便利であり、脅威である。
使い方と、使い手の、それ次第なのである。
善く使えば、兵器は平和をもたらす。
悪く使えば、包丁は人を殺す。
性善説で社会は回らない。
だから、各々が、各々の立場で、自分がやれることをする。
そうやって、社会は回っていく。
そういう社会で、刹那は魔法を身につけ、力を付けていく。
守るために、負けぬように。
‥‥‥‥
‥‥




