8.21_陽炎は青く灼け――。
――同胞の気配だ。
――我が同胞の魔力が、人間の魂から。
なぜ、人間に手を貸す? 人間に与する?
小さな器など、壊してしまえば良いものを‥‥。
分からぬ。
だが‥‥、我にも使命がある。
女神より賜りし、我が使命。
‥‥定めか。
同胞殺しこそ、我らが必定。
ならば、真の姿を。
偽りの太陽を捨て、真なる力で世界を灼こう――。
◆
サウザントの強襲を、セントラル混成部隊の奇襲によって乗り切った。
赤龍を、夢戻りのエージェントが撃破した。
セントラルの悪党が手を貸してくれなければ、サウザントの迎撃は叶わなった。
アゲハも、助けられなかっただろう。
ジャッカルたちエージェントが、赤龍の気を引き付けてくれなければ、ダイナを蘇生する時間が足りなかった。
語るまでもなく、全滅していただろう。
しかし満身創痍だ。
多くの者が傷つき、武器やCEは壊れ、それでやっと人々は生き残った。
セントラル本土は守られた。
暴走したアゲハが襲うことも、怒れる赤龍が襲うことも無かった。
――最悪の中の、最高だ。
問題は山積み。
それでも今だけは、喜ぶことを許されるだろう。
「アゲハ――。よかった‥‥、本当に。」
「もお‥‥。 心配‥‥、心配したんだから!」
正気に戻ったアゲハは、家族のデアソラとオラクルの元へ。
クルーザーの上、3人は固く抱き合っている。
互いに触れ合うことで、その無事を確かめている。
「ごめんなさい。
今回ばかりは、もう帰れないと思ってた。」
蝶の3人を、セツナたちは遠巻きに見ている。
左腕が絶賛欠損中。ヤタガラスの燃えカス、セツナ。
火薬に全生命力を注いだ大馬鹿、JJ。
短時間で2度の死亡を経験したデスポーン野郎、ダイナ。
他の者からすれば、生きているのが不思議な3人組は、床に座って気力を充電中。
ダイナがインベントリから出した、ペットボトルのスポーツドリンクを飲んでいる。
船の外では、海に落ちた人員の救助活動が行われている。
本当はセツナたちも手伝いたいのだが、カエデに強く止められたため、船で大人しくしている。
プレイヤーからすればノープロブレム。
ただその基準は、この世界の人々からしたらシリアスプロブレム。
蝶の面々は彼らを容易く蘇生したが‥‥、傍から見れば、生きているのが不思議な重体なのだ。
頼むから、隅っこでジッとしてて欲しい。
救助活動は、組織の垣根を越え、着々と進む。
終わり次第、混成部隊はこの地点を離れる予定だ。
速やかに救助は続けられ、もう間もなく終わるだろう。
蝶の3人が、エージェントの3人の元へやって来る。
アゲハが、3人に礼を言う。
「改めて、ありがとう。
あなたたちのおかげよ。」
彼女のお礼に、ダイナとJJが答える。
「気にしないで。」
「俺たちは、仕事をしただけさ。」
セツナは、アゲハに身体の状態を聞いてみる。
「身体は、問題なさそう?」
「ええ。見ての通りよ。」
そう言って、背中に羽を広げて見せたあと、羽を消す。
覚醒したことによって、ディヴィジョナー由来の力を、一部コントロールできるようになったようだ。
オラクルが、アゲハの背中を触る。
「ねぇねぇ! もっかい、もっかいやって。」
言われるまま、蝶の羽を展開するアゲハ。
オラクルが、羽に触れる。
触れようとして、手がすり抜けた。
「‥‥ありゃ?」
両手を使い、羽を触ろうとするオラクル。
ネコが壁を引っ掻くみたいに、両手を動かしている。
「触れない、触れない。
――触れたぁー!」
「ちょっと!?」
オラクルが、アゲハの腰に背後から抱きついた。
「いいじゃん、いいじゃん。
えへへへへ~~~。」
「この子ったら‥‥。」
諦めた様子で、アゲハはされるがまま。
頬すりしたり、お腹を撫でまわすオラクルに、されるがまま。
2人の様子を、デアソラは横から見ている。
「これで、今度の仕事は終わりかな?」
アゲハは、デアソラに笑みを返す。
「そうね。色々とあったけど、結果オーライね。」
蝶3人の視線が、エージェントの方を向く。
3人とも、含みのある笑みを浮かべている。
だが、その真意にセツナたちは気付けない。
つくづく、隠し事の多い女たちだ。
セツナが肩をすくめる。
腕の重さがない左肩が、少しだけ高く上がった。
「また、隠し事?」
「ふふ。言ったでしょう?
秘密と嘘は、女の化粧なの。」
「ならもう、一生ものだ。」
「いいじゃない。それで男も得をするのよ?」
船が動き出す。
エージェント全員に、アリサから通信が入った。
救助活動が終わったらしい。
ダイナの船は、港へ向けて舵を取る。
南西海域に集った面々が、散り散りに帰っていく。
自分たちの居場所へ。
今日、この時間、この場所において、ここに集った誰もが仲間であった。
だがそれも、ついさっきまでの話し。
セントラルに戻れば、またいつも通り。
互いが互いの理念に基づき、戦いや衝突が起こるのだろう。
セントラルとは、そういう場所だ。
脅威を前に協力はしても、馴れ合うことはしない。
敵の敵は、味方。
今回の共闘は、そういうことだ。
激戦を制した3人は、クルーザーのオープンバーを出る。
2階から1階へ。
船の後ろで、海風を浴びながら、海原を臨む。
海の上には、浮き島の遺跡群が浮いたまま。
魔法界の遺跡が、物理法則を無視して、空を漂っている。
ついに表舞台に姿を現した巨悪、サウザント。
圧倒的な力を有する幹部。
楽園の遺物であるAI、メリッサ。
サプライズサンタ、ナイスデイ。
自らを堕天使と呼ぶ、ルフラン。
そして、その幹部を統べる、まだ見ぬサウザントのボス。
今後は、サウザントと戦うことになる。
戦うべき敵の正体が明らかになった。
同時に、セントラルの戦いは、終盤へと物語が進む。
広がった世界が、エンディングに向かい収束していく。
赤龍との遭遇から始まった物語は――。
――赤龍の再誕をもって、終盤へと進む。
海から、月が昇った。
巨大な、青く白い、光の柱が。
天を貫く柱から、細い枝が伸びる。
枝が伸び、別れ。
柱は、青く輝く大樹となる。
大樹は、なおも枝を伸ばす。
伸ばして、空から海へ、落ちてくる。
「「「――――!!」」」
枝の末端が、クルーザーの近くに落ちた。
大きな水柱と、大きな波が起きて、船が揺れる。
オラクルが即座にクルーザーの操船席に移動する。
クルーザーの2階、オープンバーの前、船首側。
カエデが、カメラのついたドローンを飛ばす。
それから、操舵席の隣にある助手席に座る。
空から雨の如く伸びて落ちる大樹の枝を、クルーザーがすり抜けていく。
――龍の咆哮が轟く。
風は怯え、海は泣く。
海底に沈んだ赤龍が、大樹を背に翼を広げる。
海に飛ばしたドローンが、赤龍の映像を中継する。
胸に大穴を開けた赤龍。
死に体の龍は、クルーザーを睨んでいる。
夢戻りのエージェントが乗る、1隻の船だけを。
龍の咆哮。
月の大樹が、いっそう眩く輝く。
龍にとっては細い枝葉。
伸びて飛び、水平線の先まで樹冠を広げる。
枝葉はセントラル本土にも及び。
本土が青い光に包まれる。
‥‥‥‥。
――終末だ。
楽園を消滅させた灼熱の比ではない終末が、死に体の龍によってもたらされている。
ダイナの脳裏から、記憶が蘇る。
それは、楽園へ赴くきっかけとなった、新月の女神からの助言。
「青い‥‥オルギン‥‥‥‥。」
青いオルギン。
青い破滅は、人類への試練、創造の始まり。
海に、変化が起きる。
‥‥あり得ない。
海が、森に変わっていく。
海が、世界が、書き換えられていく。
南西海域に、青白い幹と葉を持つ木々が、大樹の麓から生い茂る。
海に、森が広がっていく。
信じられない現象に、カエデが驚愕する。
「これって‥‥! 異界化。」
異界化は、魔力災害のひとつ。
物理法則が崩れ、世界が魔法界の理に浸食される現象。
灼熱による破壊など、赤龍が振るう力の、一端でしか無かったのだ。
龍が、クルーザーに追いつく。
彼が飛んだ後ろは、全て森になってしまった。
船が止まる。
いや、止められる。
龍を前に、立ち往生させられる。
龍の体に亀裂が入る。
鱗と体が、内側から壊れていく。
自分を負かした存在に敬意を称し、その者たちの目の前で、真の姿を顕現させる。
――赤龍の殻を脱ぎ捨て、月の龍が顕れた。
赤龍とは異なり、手足を持たぬ、白い大蛇の如き姿。
翼を広げ、同胞の力を宿した戦士を見下ろす。
白龍は、傷ひとつない真の姿を見せつけ、月の光を伴い、その場から消えた。
船が、速度を取り戻す。
白龍の居た場所から逃げるように、全速力で舵を切る。
森が遠ざかって行く。
海に広がる海洋樹林は、龍が消えたあとも残り続ける。
森の奥では、世界樹を思わせる大樹が、海から逃げる船の背を静観している。
‥‥‥‥。
南西海域の戦いを生き残ったエージェントは、終盤へと物語を進める。
広がった世界が、エンディングへと収束していく。
サウザントがセントラルに持ち込んだ、人間をディヴィジョナー化させる兵器。
個々が強大な戦闘力を誇る、サウザントの幹部。
再誕した、青いオルギン、月の龍。
物語は収束していく。
エージェントは、物語にばら撒かれたセントラルを取り巻く脅威、これらを収束させていく。
物語は終盤。
エンディングは近く、余りにも遠い。
――余りにも、遠い。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「‥‥ちょっとくらい、勝利の余韻に浸らせてくれたって良いじゃん。」
M&Cプレイヤーは、模擬戦民族。
強敵の存在こそが、何よりのご褒美。
だから、今作は開発も頑張った!
つえー奴をたくさん用意したから、楽しんでね♪
それはそれとして――、だ。
現実世界に戻って来た刹那は、ベッドから身体を起こしつつ、ごちる。
勝利のアドレナリンを、もう少しくらい味合わせてくれたって、バチは当たらないと思うのだ。
ため息を吐き、頭を掻く。
今回のミッションで分かったこと。
それは、サウザントがヤベーってこと。
それと、月の龍がマジヤベーってこと。
あと、ルフランがウルトラヤベーってこと。
おそらく負けイベントの類いだろうが、ダイナとタイマンでやり敢えていたのは、ちょっと洒落にならない。
ダイナは、うちの最高戦力なのだ。
本人のスペックと、5強クラスのスペック。
プレイヤーのスペックならJJが一番だが、プレイヤーとしての総合力はダイナが一番。
そんな彼女が、一手でも何かが違えば一方的になっていた状況らしいから、笑えない。
笑えるけど、笑えない。
全プレイヤー最高峰の「メイジ」とバチバチに殴り合えるルフラン、強敵だ。
手加減状態でそれなのだから、決戦では、更なる苦戦は必至。
このゲーム、過去作よりも難易度が高い。
過去作はファンタジーであり、終盤の敵と言えば、人智を超越した存在が主であった。
天使の軍団とか、悪魔の軍勢とか、そんな感じである。
しかし、M&Cにおける終盤の敵は、人間。
化け物みたいな力を持っているが、価値観は人間のそれだ。
過去作では、強大な敵に対し、人間の小狡い知恵で対抗してきた。
それが今作は、相手も知恵を駆使して戦ってくる。
現に今回は、サウザントの策略に振り回されっぱなしだった。
その上、プレイヤーお得意の暴力でも、敗北した。
エンディングは近く、余りにも遠い。
‥‥テンション上がってきた!
ゲームでも、スポーツでも、醍醐味はジャイアントキリング。
強い者イジメこそが、醍醐味。
強いヤツ、凄いヤツは大歓迎。
なぜなら、それに勝った自分は、もっと強くて凄いヤツだから。
ジャイアントキリングは、気持ち良くなれる。
だから、競技の醍醐味。
刹那はベッドの上で伸びをする。
右耳に付けている、VR端末を外す。
時刻を確認。
2232年1月14日(土)、18:36。
ゆく年、去年は色々とあった。
テロリストが日本に侵攻したり、魔法の発現が地球で観測されたり――。
色々とあったが無事、年を越すことができた。
21:00からは、アイと電脳世界で会う約束をしている。
(晩御飯、買いに行こう。)
スウェットのズボンにスマートデバイス入れて、上の服を着替える。
厚手の長袖とパーカーに着替えて、出発進行。
歩いて5分のところにある、スーパーへと赴く。
‥‥‥‥。
‥‥。
一方その頃、アイは買い物の帰り。
トレンチコートにマフラー姿のアイが、ずっしりした買い物袋を片手に歩いている。
東京都、世田谷区。
渋谷駅から2駅のところに、三軒茶屋という場所がある。
そこが、彼女の住んでいる町。
駅前にある大型スーパーで買い物をして、帰宅中。
この辺りは住宅街となっており、この時間は人の往来が多い。
住宅街ということもあり、夜にお酒の飲める場所も多い。
今日は土曜日ということで、人の往来が平日よりも多い。
人々が労働から解放された現代においても、土曜日と日曜日は、人々にとって特別な日。
仕事に就いていない者であっても、平日は勉学や自己研鑽に励み、土日は休日として遊ぶ。
そのようなライフサイクルが、一般的となっている。
アイは、スーパーから歩いて10分の自宅へと歩を進める。
21:00には、刹那と会う予定がある。
ちゃちゃっと夕ご飯を食べて、いちゃいちゃ――。
表情の変化に乏しい彼女であるが、胸中は愉快なことになっている。
バレンタインは、彼に東京へ来てもらおう。
三軒茶屋の近くには、下北沢という場所がある。
元号が平成や令和だった頃から、若者の街と呼ばれる場所だ。
旧現代の街並みを一部残すその街は、ストリートカルチャーが好きな刹那なら、気に入ってくれるだろう。
あと、若者が多いから、いつもよりもスキンシップを多めに取れる。
若者の街の空気を吸えば、知らず知らず距離も縮まってしまうだろう。
下北沢は、街の雰囲気だけでなく、物理的なロケーションも都合が良い。
道は入り組んでおり、広さは人の往来に対して狭い。
狭いから、一緒に歩けば自然と密着することになる。
日本の人口が減ったとは言えども、東京は旅行の定番。
刹那の住む、にのまえ市よりも人が多く、土地は狭い。
だから仕方ない。
人が多いのだから、密着してしまうのは仕方がない。
人前でベタベタするのは気恥ずかしくあり、また嬉しくもある。
嬉し恥ずかし――、借り物競争。(?)
(ふふ――。ふふふ――。
カンペキ。カンペキですよ、私!)
マフラーで隠れた口元が、愉快な感じになる。
目元は、涼しげなポーカーフェイス。
口元は、妄想に熱を上げる、変する乙女。
買い物袋が軽くなるのを感じながら、帰路を進む。
そうしていると‥‥。
アイが、足を止めた。
振り返る。
通り過ぎた人々を、目で追う。
(声が‥‥、音が‥‥。)
アイの目の前を歩いている通行人が、彼女をすり抜けて通り過ぎた。
景色が塗り替わっていく。
常夜の都に、迷い込んでいく。
『あはははははははははは――――。』
どこからともなく、女の狂った嗤い声が響く。
空を見上げる。
都内では見えないはずの、星空が広がっている。
都は明るく、月も明るい空で、星空が広がっている。
◆
異変には、刹那も遭遇していた。
スーパーに向かう道すがら、道を歩く人々が突如として消えた。
彼の魔力野が、魔力の起こりを感じ取る。
人間として死に、悪魔として生まれ変わることで得た魔力野が‥‥、月の魔力を――。
「‥‥‥‥レイ。」
人の消えてしまった街。
月の結界に覆われた街に、新月の女神が姿を見せる。
「久しいわね。息災なようで、何よりよ。」
レイは、自身の右手に、青い火球を浮かばせる。
「少し、私と遊びましょう。
もちろん、あなたに断る権利など、ないのだけれど。」
‥‥‥‥。
‥‥。




