8.19_最後の堕天使
――お前はセンスが良い。
灼銀の姉に、満月の妹。
2人の力を借り受けるとは‥‥。
良いだろう。
私の祝福もくれてやろう。
◆
満月の女神が所有していたとされる神器、灰色の杖。
杖は暗い祝福を受け、刃渡り3尺 (約90cm)あまりの日本刀となる。
西洋の両手剣が、日本刀へ。
日本刀となる論理的な理由はない。
暗い月の女神に、人間の理屈を求めてはいけない。
求めるだけ無駄だ。
祝福のつもりらしいから、とりあえず受け取って、使えば良い。
暗い杖に、魔法を刻む。
スキル ≪魔導異書カースマイン≫ 。
抜刀。
スキル ≪魔女の飛燕衝≫ 。
体力が50ポイント減少する。
背中に背負うように構えた刀を抜き放つ。
背面抜刀。
物干し竿とも揶揄される、この刀。
5尺弱の身長しかないダイナの身に余る。
両手を大きく、身体全身を使い、3尺の物干し竿を抜く。
ダイナの背後で、暗い刃がぬらりとルフランを睨む。
青空の光を吸い込む、薄ら陰った銀鉛が解き放たれる。
刃が青空を切り裂く。
浮き島の空間を切り裂く。
遺跡広がる島に、星空が広がる。
星空は空間を切り裂きながら、ルフランを呪い殺さんと迫る。
「くふふふふ――――!」
紫色の瞳が妖しく光、空間が捻じれる。
呪い広がる星空を、ルフランの目の前で、捻じくれた空間が遮断する。
‥‥‥‥。
それでも、呪いは防げない。
怖気に、身の毛がよだつ。
血管に氷を流し込まれる感覚。
カースマイン、夕暮れの呪いを撃ち込まれた。
暗い刃がもたらす呪いは、魔女殺しの呪い。
この刃が魔法に触れると、それを唱えた者を呪う。
ダイナの姿が消える。
≪魔導真書ブレイズキック≫ 。
青炎を伴うテレポート。
暗い刃を鞘に込めたダイナが、ルフランの前に現れる。
右手で刀の柄を握り――、突き。
抜刀をすると見せかけ、刀の柄頭をルフランに押し込む。
魔法を伝って掛けられた呪いに意識を取られ、虚を突かれる形となったルフラン。
抜刀の揺さぶりに引っ掛かり、柄頭の一撃を腹に貰う。
この刀は暗い杖、暗い刃。
そして、暗い月の鎌。
スキルによる攻撃を受け、ルフランの体内の呪いが起動する。
星空の斬撃が空間を裂く。
星空がルフランを袈裟斬りに。
大鎌が振るわれたように、呪いの斬撃が彼女を深く切り裂く。
抜刀。
ダイナが、暗い刃を横一文字に放つ。
ルフランが、右腕で受ける。
薄ら陰る刃がぬらりと光り、白いワイシャツを浅く切りつける。
刃から、呪いが流れ込む。
呪いを撃ち込まれた。
防御が意味を成さない。
この呪いは決して受けられず、躱すほかに手立てが無い。
ルフランが、一歩前へ距離を詰める。
物干し竿を振り回すダイナとの距離を、拳の距離にする。
3尺の長物を、ましてや片手で振るう。
徒手空拳の距離となれば、それは致命的なまでに遅い。
ダイナは、足に青炎を纏う。
足を動かすことなく、後ろに下がる。
ダイナとルフランの距離が離れる。
物干し竿の上段打ち。
刃で触れて、呪いを起動させようとする。
――遅い。
その刀は、片手で振るうには大き過ぎる。
どだい日本刀とは、片手で扱える武器では無いのだ。
日本刀は、中華包丁や斧のように、ズシリと手に重い。
ダイナの上段打ちが到達するよりも速く、ルフランの掌打が命中する。
掌打が胸部を捉え‥‥、すり抜ける。
ホログラム。
本物のダイナは、ホログラムの後ろ。
スマートデバイスが投影した、ダミーホログラムが消える。
ダミーの後ろから、黒い鞘が伸びる。
刀よりも幾分軽い鞘が、ルフランの脇腹を殴る。
ダイナは、ルフランを殴った反動を使い、身体を反転。
相手に背を向けながら、納刀。
夕暮れが、ルフランを侵す。
胴体を両断する、黒鎌の斬撃。
空間を裂き、星空が広がる。
ルフランの上半身と下半身を分断する斬撃が走った。
腹を抑えるルフランに、黒い鞘が伸びる。
刀を納めた鞘の先端が、追い打ちと迫る。
ルフランの姿が消える。
テレポートとは異なる原理による瞬間移動。
亜空間に潜り込むのではなく、空間と空間を直接繋ぎ、一瞬で長い距離を移動する。
それを追うように、ダイナもテレポート。
2人の距離は、再び物干し竿の間合い。
ルフランが右手を広げる。
広げた手の上で、空間が捩じくれて狂う。
捻じれた空間は、薄っすらと紫色をしている。
右手を下から上へ。
ボールを下から投げるような軽い感じで、捻じれた空間を目の前へ放る。
ダイナは抜刀を断念し、半身になって攻撃を交わす。
ルフランの放った捻じれた魔力は、地面を深く、真っ二つに抉った。
魔力が噴き上がり、巨人を両断せんばかりの刃となって、浮き島を奔る。
ダイナの30メートル後方で、遺跡が真っ二つにされた。
‥‥ルフランが言うには、彼女の能力は、攻撃に使うに不向きらしい。
冗談ではない。
今の攻撃は、ファイヤーボールの感覚で撃って良い威力じゃない。
ルフランが、両手に捻じれた魔力を握る。
ダイナに向けて投げつける。
テレポート。
彼女が立っていた場所は、石畳が抉り取られる。
地面を抉りながら、巨大な魔力の球体が通り過ぎていく。
魔法砲台と化したルフランが、自分の圧倒的な魔力を、ダイナに押し付け続ける。
地面を掘削する球体が、絶えずダイナを襲う。
鈍い抜刀をさせぬよう、ひっきりなしに必殺の魔法がダイナを狙い続ける。
ルフランの周囲は、地面が低くなる。
ダイナが逃げ、ルフランが抉る。
それを続け、ルフランの足元だけ小高くなっている。
捻じれた魔力を投げつける。
ダイナがテレポートで消える。
消えたダイナを、追いかける。
瞬間移動したダイナの前に、ルフランが現れる。
ダイナの腹が、ルフランの指に穿たれる。
人差し指と中指が食い込み、捻じれた魔力が――。
『「ぐあぁ゛!?!?」』
渦巻く魔力が、ダイナを貫通。
捻じれる。
身体が‥‥、上体が、脚が、腹に向けて捻じれて引き込まれていく。
電脳の身体は原型を保つも、ダメージにより身体の力が抜ける。
ルフランは、ダイナの腹に添えていた手で掌底。
掌を密着させたまま、掌底。
ダイナの身体が、くの字に折れて、地べたを転がる。
掌底を打った手に、魔力が集まる。
後退り転げるダイナに向けて、捻じれた球体が放たれる。
「‥‥‥‥。」
ギロリ。
ダイナの視線が鋭くなる。
スキル ≪魔導真書オルラスビルガ≫ 。
Zキャンセル、ビルガステップ。
ダイナの右手に、黄金の魔力が宿り、即座に霧散。
迫り来る捻じれた魔力を、神話の加護で跳ね飛ばす。
魔力の中を無敵で突っ切り、魔法を無効化。
右手に主力火器を取り出す。
変則的なレバーアクションショットガン。
銃口を向け、発砲。
強力な散弾が、ルフランに向けて発砲される。
散弾は、彼女の目の前で止まる。
見えない壁に絡め取られて、子弾すべてが受け止められる。
弾を、跳ね返――。
暗い刃がルフランに迫る。
刃が、見えない壁を切りつける。
魔女殺しの呪いが、ルフランの体内に入り込む。
なぜ?
ショットガンを握り、手が塞がっているダイナが抜刀攻撃を?
ダイナが、瞬間移動でルフランの背後に現れる。
彼女が蹴って抜いた刀が、ルフランの目の前に転がる。
彼女は、刀を蹴ることで抜刀攻撃を放っていた。
燃える左足で、物干し竿の鍔を蹴り、抜刀。
両手を使うことなく刀を抜き放ち、ルフランに飛ばして攻撃したのだ。
抜刀術こそ友人に習ったが、ダイナは武人ではない。
彼女は戦士だ。
相手を倒すためなら、型破りだってする。
青炎の瞬間移動で距離を詰め、両手で鞘を振り下ろす。
鞘が、ルフランの頭部を上から殴りつける。
埋め込まれた呪いが起動。
ルフランの目の前に、大上段の斬撃が放たれ、斬りつけた。
ダイナが、ルフランの背後から組み付く。
右手で首を絞める。
左手に握る鞘を捨て、銃を抜く。
殴打。
銃のグリップ部分で頭を殴り、ルフランのこめかみに銃口を押し付ける。
ストライクプレートで守られた銃口から、銃弾が弾かれる。
首を絞められながら、弾丸を頭に浴びる。
4発。
マガジンに残っていた弾丸を全部、ルフランは食らった。
拘束を解放し、後頭部をグリップで殴る。
銃をホルスターに戻しながら、右手にショットガンを取り出し、スピンコック。
――発砲。
背中に散弾をモロに受け、ルフランは吹っ飛んだ。
ダイナは、地面に転がる鞘と刀を拾う。
拾って、納刀。
ルフランが、ゆっくりと立ち上がる。
ダイナに向き直る表情は、明るい。
この上なく、愉しそうに嗤う。
「ああ‥‥。なんと楽しい‥‥。」
ダイナが距離を詰める。
ルフランの狂言に付き合うつもりは無い。
こちらは、この姿でいられる制限時間があるのだ。
問答は無用。
切り伏せる。
抜刀攻撃。
拍子抜けするほど、簡単に命中する。
躱すつもりなど、毛頭ないようだ。
鞘で顔を殴る。
殴りながら納刀、ルフランに背を向ける。
星空が、ダイナの背後に広がる。
物干し竿の鯉口を切る。
身体を反転させる動きを使い、刀を抜く。
水平斬りが、ルフランに命中。
鞘を握る左手で掌底。
スキル ≪魔女の飛燕衝≫ 。
掌から魔法の衝撃波が発生。
衝撃波がルフランの胸を貫いて、吹き飛ばす。
仰向けに伏したルフランに三日月が落ちて、星空が広がる。
――納刀。
≪魔女の飛燕衝≫ を、暗い刃にエンチャント。
星空が浮き島を塗りつぶしながら、ルフランへと迫る。
膝立ちのルフランが、腕を交差させて星空を受け止める。
星空に押し込まれ、後ずさりをしながら、立ち上がる。
星空を、捻じれた魔力で払う。
瞬間移動したダイナが目前に現れる。
抜刀。
袈裟斬りに繰り出された斬撃を――、ルフランは片手で受け止めた。
「――――!?」
受けの成立しない呪いが発動する。
彼女の背を、逆袈裟に星空が切り裂く。
切り裂かれ、口元から赤いエフェクトが零れる。
しかし、狂言の紫眼は、笑みを絶やさない。
刀に、ダイナが力を入れる。
動かない。
岩に刺さってしまったかのように、動かない。抜けない。
足に青炎を纏う。
ルフランを蹴りつける。
腹を穿った前蹴りは、だがそれでも、ルフランを動かせない。
「くふふ――。充分です。
もう、あなたは充分に、戦いました。」
ルフランが、背中に翼を背負う。
二対四枚の‥‥、天使の翼。
「健闘を讃え、あなたに、絶望の深淵を――。
欲深き人の業を、お見せしましょう。」
二対四枚の翼が輝く。
金色の輝きは、明けの明星のよう。
肌が、焼ける。
月の加護が、明星に焼かれていく。
明星の光に吹き飛ばされる。
刀を握ったまま、地面を転がる。
うつ伏せのダイナに、光の剣が刺さる。
背中を貫き、地面に縫い付けられ、身動きを封じられる。
剣の四方が紫色に捻じれて割れ、そこから光の鎖が伸びる。
鎖が剣の柄を縛り、ダイナは封印される。
封印されたダイナは、天使の羽を背負う狂言回しの言葉に、耳を貸さざるを得なくなる。
「少しだけ、昔話を聞いてくださる?」
ダイナは、制限された動きの中で、刀を鞘に戻す。
反撃の機を、淡々を窺う。
「その昔、楽園で女神の子が誕生しました。
彼は、滅びる楽園の救世主となり、王となった。」
‥‥ボルドマンのことだ。
新月の女神、レイの祝福により生まれた、神の血を引く人間。
「今は、知る者を失った、救世主のお話し。
しかし、その昔、そのお話しに救いを求める者たちがいました。」
ダイナは、スキルを発動。
≪オルラスビルガ≫ 。
黄金の槍を、右手に握る。
神話の力で、封印を引き千切ろうとしている。
「救いを求める者たちの前に、救世主は現れませんでした。
‥‥だから人々は、人間の手で救世主を造ろうとしたのです。」
ダイナが、明星の封印を破る。
槍を片手に、ルフランへと突進。
突進は、ルフランに片手で受け止められる。
満月の黄金と、明けの黄金が衝突する。
「救世主の造り方は単純。
人々は、神の全能を再現しようとしました。
‥‥人間に、人間以外の力を埋め込むことで。」
黄金の槍が握り潰される。
抜刀。
狂言回しを切りつけ、鞘で殴る。
星空の斬撃すら気にせず、狂言回しの手が伸びる。
ダイナの、首を掴み、持ち上げる。
「動物、昆虫、魔物――。
魚、鳥、ディヴィジョナー。」
ルフランの手を、鱗が覆う。
爬虫類に似た鉤爪が、ダイナの首に食い込む。
「色んな物を埋め込んで、混ぜ合わせて――。」
「――堕天使が生まれた。」
人間が造った、堕天使。
人間が造った――、最初の悪魔。
ルフランは、ダイナを投げ飛ばす。
抵抗も出来ず、憐れに地面を転がる。
「そして昔話は――、このように終わります。」
明けの明星が輝く。
ルフランが、両手を胸の前で構える。
魔力が――、滝のような魔力が‥‥、立ち上がれない。
ルフランに、堕天使に、紫色の魔力が収束していく。
浮き島が、崩壊していく。
‥‥‥‥。
Ultを発動。
魔導神書ブルームーンクリーオウ。
青空が、夜に変わる。
灼銀の幻影が、ダイナに力を与える。
ダイナと灼銀の女神に、紫色の大瀑布が迫る。
灼銀が、ダイナの前に立つ。
青く燃える大剣で、堕天使の放った大瀑布を受け止める。
滝を灼炎で焼き払い、ダイナを守る。
‥‥‥‥。
――押されている。
女神の幻影が、堕天使の力に押されている。
ダイナが立ち上がる。
立ち上がった彼女の後ろを、満月の幻影が駆け抜ける。
槍を携えた満月が、灼銀に加勢する。
ダイナも、重い身体で、大瀑布を受け止める。
灼銀、満月、ダイナ。
3人で、堕天使の攻撃を受け止める。
「うっ‥‥! あァァ‥‥!!」
ダイナの髪から、銀色が抜けていく。
コートを染めている色が、抜けていく。
大瀑布は、なおも勢いが止まない。
なおも、止められない。
――そして、なおも勢いを増していく。
「くふふ――! あははは―――!!」
堕天使の嗤い声が、月を飲み込んだ。
夜空は、明けの明星に照らされる。
女神の幻影とダイナは、大瀑布に飲まれ。
声も上げられずに溺れて沈む。
理不尽なまでに暴力的な、堕天使の力。
暗い刃は宙に舞い、ダイナは力なく地に倒れ伏す。
‥‥体力は、まだ残っている。
‥‥闘志も、まだ萎えていない。
‥‥勇気だって、まだ最後のひとつが――。
地に刺さっている刀に手を伸ばす。
地面を不格好に、這う這う刀へと手を伸ばす。
なおも、戦おうとする。
まだ、終わってはいない。
ボロボロの身体に、強い瞳。
そんな彼女の顔を、長く美しい脚が蹴りつけた。
顎を掬うように蹴られ、ダイナは力尽きる。
あれだけ藻掻いていた身体の糸が切れ、ピクリともしなくなる。
――往生際が悪い。
――お前は、負けたのだ。
暗い月の幻影が、力尽きたダイナの頭を踏みつける。
灼銀の姉と、満月の妹の力を借り受けて、この様とは情けがない。
相手は、出来の悪い、ただの贋作だぞ?
だが‥‥。
幻影が、堕天使の方を向く。
ルフランは、地面に落ちているシルクハットを拾い、被り直している。
幻影と、ルフランの目が合う。
暗い月の瞳が、暗く濁る。
――なるほど面白い。
――これこそ私が愛すべき、人間の愚行。
人間は、自身の愚かさゆえに滅び、自身の愚かさゆえに生き長らえる。
人間は、愚かでこそ愛おしく、愚かでこそ愛らしい。
そういう意味で、目の前の贋作は極上だ。
物事の本質を見失い、形式に縛られるところ。
実に人間らしく、愚かで愛おしい。
全能へ至るために、万物を身体に埋め込むなど‥‥、まさに凡愚の骨頂。
そして今度は、間違った成功に囚われ、より多くの愚行を築いてきたのであろう。
その最期は、飼っていた魔獣に食い殺されて終わりか。
愉快である。
人間とは、これで良い。
こうでなければならぬ。
私の寵愛を、受けるために。
暗い月の幻影が消える。
ルフランは、紫色の空間を開く。
‥‥空の上で、龍が吼いている。
「ゲームオーバー。
次があるのなら、またお会いしましょう。」
浮き島の頂上から、ルフランが消える。
上空では、赤龍が海に向かって咆哮している。
‥‥‥‥。
‥‥。
原型を失った島には、力尽きたダイナだけが、1人残されている。




