8.18_ルフラン
浮き島が連なる空中登山。
JJと別れてからの登攀は、すぐに終わった。
魔導真書ブレイズキック による加速と瞬間移動。
それから、パルクールスキルの ≪ウォールラン≫ や ≪テレポート≫ 。
これらを駆使し、時間にして3分ほどで登攀を終える。
ダイナは1人、浮き島の頂上へと至ったのだ。
頂上の浮き島は、広く大きい。
今までよじ登ったどの島よりも、大きい。
そこには、苔とカズラに覆われた古代の遺跡が広がっている。
かなり古い建物が、島の所々に建っている。
おそらく、過去にはもっとたくさんの建物があったのだろう。
それが、諸行無常の流れによって、風化した。
頂上の浮き島には、風化から免れた、あるいは風化を待つ建物が、今もなお遺跡として残っている。
穴が目立つ遺跡の天井を時に走り、時に飛び越えて、島の中心へと向かう。
中心に着けば、そこは開けた場所。
石畳の隙間から草が茂る広場に、ルフランが1人、立っている。
「お待ちしておりました。夢戻りのエージェント。」
ダイナは、魔法の杖を構える。
左手に、ホログラムの魔法書を召喚。
スキルの状態を確認。
セツナに貸した、灰色の杖が戻って来ている。
杖に付与していた ≪魔導書マジックサイクロン≫ の欄は暗く表示されている。
本を閉じ、ホログラムが消える。
ルフランは、ダイナの所作を、ジッと観察している。
「3人、全員をお招きしたのですけど‥‥。
たどり着いたのは、あなただけですか。」
「‥‥よく言うよ。ここに、1人しか来させる気がなかったクセに。」
「くふふ――、ご名答。
わたくし、こう見えて小心者ですの。
あんなに大見得を切って、もし負けては、恥ずかしいではありませんか。」
「‥‥‥‥。」
嘘だ。
この女は、自分たち3人をまとめて相手できる。
それこそ、全員万全な状態であっても。
「あら? 疑っていますの?」
ルフランが右手を上げる。
2人が相対する広場の周りが、騒がしくなる。
ルフランから見て右手側、遺跡が倒壊し、岩塊となる。
岩塊が、ダイナに襲い掛かる。
スキル発動 ≪魔導異書ダークボール≫ 。
魔法の杖が、ダイナの血を奪う。
杖に、血管のような赤い模様が浮き上がる。
杖を振るうと、浮き島に黒い星空が広がる。
飛来する岩塊を、黒い爆発が飲み込み、消滅させた。
爆風が、ダイナの金髪をなびかせる。
ルフランは、頭に被ってい、小さなシルクハットを手に取る。
黒い帽子で、涼しげな表情の顔を自らを扇ぐ。
「この舞台を、この海原に呼び出したのです。
消耗しているのが、普通だとは思いませんこと?」
スキル ≪魔女の七つ道具≫ 。
投げ槍を召喚。
≪魔女の飛燕衝≫ をエンチャント。
白い魔力を纏ったジャベリンを投擲。
ジャベリンは、狙いを迷うことなく、鋭い軌跡でルフランに向かう。
放たれた投げ槍を、ルフランは顔を扇ぐついでに払いのける。
槍が宙を舞い、穂先が石畳に落ち、浮き島の頂上に無機質な音を立てる。
シルクハットを被り直す。
その余裕、その表情。
とても消耗している者の、立ち振る舞いではない。
ダイナが、杖を両手で握る。
「――ならキミは、普通じゃないんだよ。」
「あら心外。」
ダイナの足元に、青白い炎が燃え盛った。
炎が地面を蹴り上げ、ダイナの姿が消える。
≪ 魔導真書ブレイズキック≫ 、加速と瞬間移動により、ルフランとの距離を詰める。
この炎は、戦いの狼煙。
サウザント最高幹部、ルフランとの1対1が始まった。
◆
先手を打ったのはダイナ。
杖の石突きの部分を使い、突きを放つ。
胸を狙った突きを、ルフランは紙一重で躱す。
突きに臆することなく、前へと踏み込む。
ダイナは半歩後ろに下がりつつ、伸ばした杖を引っ込める。
引っ込めて、下段打ち。
今度は、ルフランの腿を狙う。
ルフランは、右斜め下から伸びてくる杖を、右脚を上げて捌く。
ダイナは、杖の中腹辺りを握り、再び突き攻撃。
先ほどよりもコンパクトに突きを打つ。
片脚を上げて、機動力が削がれたルフランの鳩尾へ、杖先が迫る。
ルフランの右脚がしなる。
鳩尾を狙う突きを、横から蹴り、杖の軌道を逸らす。
狙いが逸れた杖を、素早く手元に引っ込める。
ルフランが、また一歩、前へ。
ダイナは、首に身に着けているペンダントを左手で握り、引っ張る。
青い宝石のチャームが、両刃の細いナイフに変わる。
ナイフを、ルフランに向けて振るう。
彼女の胴体を、ナイフの刃が舐めるように、薄く裂くように沿わせていく。
ナイフの軌道が変わる。
ルフランの右体側を狙うナイフは、軌道を変えて左へと方向転換。
ナイフは小ぶりである分、取り回しがしやすく、他の武器では再現ができない、変幻自在なフェイントを入れることができる。
杖に臆さなかったルフランが、一歩、後ろに下がる。
ナイフは受けらないと判断し、距離を取る。
ダイナは、右手に持つ杖で、突きを打つ。
杖の石突きではなく、杖の頭の部分を使った突き。
繰り出された攻撃は、ルフランの顔の横を通り過ぎる。
ナイフを身体の前に構え、ルフランを牽制しつつ、杖を引き戻す。
三日月のように湾曲している杖の頭が、ルフランの首を後ろから捕まえようと迫る。
ルフランが頭を下げる。
下げた頭に、ナイフが迫る。
紫色の瞳の前に、曇りひとつない白刃が――。
ルフランは地面を蹴る。
地に足のついた立ち回りから一転、アクロバットな動き。
コークスクリュー。
地面と身体を水平にして、身体を捻る。
ダイナの左眼から、赤い涙が流れる。
≪魔導異書カースマイン≫ 、ルフランに夕暮れの呪いを植え付ける。
足に、青白い炎を纏う。
地上から足を離したルフランを、蹴り飛ばす。
胴体に、魔力の火炎が突き刺さる。
ダイナの左眼が、黄色く光る。
スキルが命中したことにより、夕暮れの呪いが発動する。
ルフランの胸で呪いが光り、全身に流れる。
血液を沸騰させんばかりの、魔力の激流。
爆発が起き、ルフランは吹き飛び、地面を転がる。
ダイナは、テレポートで爆発から距離を取る。
‥‥‥‥。
膝をつく、左眼を抑えて。
夕暮れの呪縛を受けたルフランが、立ち上がる。
一方、攻勢だったはずのダイナは、膝をついたまま。
「失礼。あまりにも綺麗な瞳でしたから――、思わず手が出てしまいました。」
ダイナの蹴りが命中した瞬間、ルフランは彼女の顔に手を伸ばした。
ルフランの指が、ダイナの瞳を抉った。
ショートレンジの戦いで、キックのリーチを最大限に使えなかった。
結果、ダイナの攻撃は、ルフランの間合いと重なってしまっていた。
ダイナの判断は間違っていない。
隙を見せた相手に呪いを掛け、態勢を立て直す前に一気に叩く。
その判断は間違っていない。
ただ、ルフランが一枚、上手だった。
目への攻撃は、偶然命中したのではない。
ルフランは、狙って当ててきた。
彼女の右手の中指から、赤いエフェクトがひとしずく、風化した石畳に落ちた。
ゆっくりと、ルフランがダイナに歩み寄っていく。
余裕すらある所作、表情。
「わたくしの能力は、元々は攻撃には向いていませんの。
ですから少々、体術には心得があります。」
嘘ではない。
ハッタリでも、狂言でもない。
体術に明るい友人と手合わせをしたことがあるから分かる。
彼女も、その友人と同列の技術を身に着けている。
ダイナは立ち上がる。
‥‥左の視界が、少しぼやけている。
ルフランが走り出し、距離を詰める。
ダイナは杖をしまう。
魔女の七つ道具、盾を右手に装備。
攻守が入れ替わった。
今度は、ルフランが攻めに回る。
腕をムチのようにしならせ、ダイナに攻撃。
ムチを、盾で受ける。
重い。
人体と盾が衝突したとは思えない甲高い音が、ひっきりなしに鳴り渡る。
ダイナは、両手で盾を抑える。
左手にナイフを握っているのに、反撃をできない。
ルフランの繰り出す掌打が、盾を殴り続け、ダイナのバランスを奪い続ける。
攻撃は最大の防御。
攻めているあいだは、相手に防御を強いているあいだは、守りを考える必要は無い。
ルフランの打撃は、中国拳法の崩拳に似ている。
歩きながら繰り出される掌打は、盾にもたれかかるように打たれ、異常なまでに重い。
魔力での身体強化もあるだろうが、とても小柄な女性のそれとは思えない。
まるで、熊に殴られていると、そう錯覚してしまうほどの打撃だ。
ルフランは、盾を思う存分滅多打ちにして、肩でぶつかる。
ダイナの身体を、津波のような衝撃が襲う。
衝撃をいなすために、後ろへと足を運ぶ。
目の前に、小石が飛んでくる。
ルフランが、足元にあった石を蹴り上げて手に取り、投げつけて来たのだ。
盾で頭を守る。
石が砕け、ルフランが懐に入って来る。
このままでは‥‥。
スキル発動、 ≪ 魔導真書オルラスビルガ≫ 。
盾とナイフをしまい、黄金の槍を握る。
身体に神話の力が流れ、ダメージを無効化する。
ルフランの掌打が3発、ダイナの鳩尾や腹にめり込むも、ビルガの力に守られてダメージを受けない。
無敵となり、槍を振るい、ルフランを追い払う。
槍の穂先を地面に突き刺すと、黄金の炎が一面に噴き上がる。
ルフランは、足元より噴き出す炎を躱しながら、前に進もうとしている。
スキル ≪魔導書フレアボール≫ 。
パッシブ、「法の拡大解釈」発動。
魔法の杖を取り出し、魔法を唱える。
小さな火球が、蜂の大群のとなって、ルフランに襲い掛かる。
ルフランは、顔を守るように、両手で守りを固める。
動きを止めたルフランに、接近。
魔女の七つ道具、ショートソード。
≪魔女の飛燕衝≫ をエンチャント。
白い魔力が白刃を覆い、魔法の斬撃を生み出す。
剣より放たれた縦に伸びる斬撃を、ルフランは半身になって避ける。
ダイナが剣で斬りかかる。
剣を、上から下へ。
そう見せかけて、ピストルを抜く。
左手で銃を抜き、発砲。
ルフランは、右手で顔を守りながら、ダイナに距離を詰める。
ショートソードから、横向きの刃が伸びる。
魔法の刃が、ルフランの右腕を裂く。
銃をしまい、左手に魔力を流す。
スキル ≪魔女の飛燕衝≫ 。
エンチャントをせず、魔力を直接、手のひらから撃ち出す。
撃ち出された魔力は、両腕を交差させて受けられる。
ルフランが、前に踏み出す。
彼女に対し、ショートソードを中段に構えて、近づけないようにしているダイナ。
ルフランが仕掛ける。
切っ先を向けるダイナに対して――、シルクハットを投げつけた。
このシルクハットに、特別な仕掛けは無い。
暗器も、呪いも施されてはいない。
だが、目の前に投げられれば、視界は潰される。
ダイナは、素早く横に飛ぶ。
生憎、そういう戦術が得意な友人が居る。
奇をてらったつもりかも知れないが、ダイナからすれば想定の範囲内。
‥‥だったのだが。
ルフランの掌打が、ダイナに叩き込まれる。
目の傷だ。
ルフランに負わされた左目の傷に付け込まれた。
ルフラン自体は、右目で見える位置にいた。
だが、彼女のしなる腕が、滲んだ左の景色から伸びて来た。
左耳に掌打を打たれる。
耳鳴りがして、平衡感覚が失われる。
歪む視界に、ルフランの腕がブレて映る。
鼻、頬、鳩尾。
腹、脇腹、胸。
掌打の連撃が、ダイナの身体をムチ打つ。
人体とは、急所だけが弱点にあらず。
体を覆う皮膚だって、立派な弱点。
ルフランの掌打は、皮膚の下にある筋肉を破壊し、血管を破裂させ、鬱血させる。
ダイナが、連打から逃れるため、ショートソードを振るう。
苦し紛れに振るわれた攻撃は、ルフランにあっさりと受け止められる。
剣を握るダイナの右手を取り、その手から剣を奪おうとする。
‥‥奇をてらうとは、こうやるのだ。
剣を収納。
ショートソードが、虚空に消える。
同時、ルフランの手が空を切る。
ペンダントをナイフに。
ルフランの脇腹に、ナイフを突き刺す。
ナイフは刺さるも、攻撃を止められない。
ルフランの掌打が、ダイナの顔面を叩く。
ダイナの前蹴りが、ルフランの腹を捉える。
互いの攻撃により、2人は反対方向へ、地面を仰向けに滑る。
ルフランが、腹に生えたナイフを引き抜く。
ナイフを事も無げにへし折り、刃を握りつぶして使えなくする。
右手から、ナイフだった粉がサラサラと流れる。
ダイナは鼻を拭いながら立ち上がり、ヒールストーンを砕く。
体力の2割が回復し、体力が7割まで回復する。
息を深く吐いて、吸い込み、呼吸を整える。
灰色の杖を召喚し、手に取る。
仕切り直し。
2人のあいだに、海空の冷たい風が吹き抜ける。
ダイナは少しだけ逡巡し‥‥、口を開く。
「ひとつだけ、聞いていい?」
ルフランは、ボディランゲージで「どうぞ」と返す。
彼女には、聞いておきたいことがある。
サウザントを裏切って、蝶を助けた漢女のことを。
「ハーマンは、どうしたの?」
「‥‥‥‥。」
紫色の瞳が、空を見上げる。
船の上よりも、雲が近く見える、青い空。
紫の双眸が、ダイナを見る。
その瞳の下で、唇は歪に吊り上がる。
「死んだ――。
いいえ‥‥、殺したわ。
わたくしが、この手で!」
‥‥‥‥。
灰色の杖を、空に投げる。
いつもよりも近い空から、いつもよりも早く、暗い月の加護が返って来る。
『「そうか‥‥。」』
そう呟いて、空から来たる暗い杖を受け取る。
背中に背負うように、納刀された大きな日本刀を構える。
AGを2本消費。
EXスキル ≪魔導異書ウィルドネスサイス≫ 。
ダイナの着ている白いコートが、暗く染まっていく。
金髪の色素が抜け、銀色となる。
左眼が、深き灰色に変わる。
灰色の杖は、暗い月によって歪められ、暗い杖に。
杖の形は、抜刀をするに洗練された形へ。
刀身は、いたずらに破滅をばら撒く、呪いの武器へ。
深海の如き、冷たい魔力を纏うダイナ。
その様子にルフランは、目元に薄っすらと笑みを浮かべる。
「ええ。小手調べは、終わりにしましょう。
遠慮は要りません。
その力、この首に届くかどうか、試してみなさい。
くふふ――。」
‥‥‥‥。
‥‥。




