0.2_チュートリアル_B
ゴーレムは炎上し、駆動を停止した。
火の粉がパチパチと音を立てて、煙を上げている。
ガントレットに挿し込んでいた、コアレンズがイジェクトされる。
同時に、余剰エネルギーが白い煙となって、籠手の隙間から吹き出す。
ギミックの動作終了を待って、セツナは武装のガントレットを解除。
戦闘の高揚感を静めるように、両手をヒラヒラと振った。
(ひ~~。相変わらず、相殺を狙うの怖い~~。)
ビデオゲームであれば、自身の操るキャラクターや敵は、別次元の存在。
強大な敵の攻撃を正面から受けるのも、綽々であっただろう。
しかし、バーチャルリアリティーとなると、話しが変わってくる。
いくら命の安全が保障されているからと言っても、視覚的なストレスは、しっかりと存在する。
人間の認知とは、そうできている。
そうで無ければ、ホラー映画が興行になるなど、ありえないだろう。
岩の塊が、殺意を持って突進してくる様は、まさにスリル満点。
大画面の大スペクタクルだって敵わない、大迫力である。
いつまで経っても慣れない、行き過ぎたリアリティーの、手に汗握る臨場感。
高揚感に混じる恐怖心を、手を振って追い出しながら、パチパチ燃えるゴーレムに近づく。
ゴーレムの残骸から、ターゲットが這う這うの体で出てきた。
「あら、しぶとい。いと、僥倖。」
セツナは、男を捕縛しようと歩を進める。
魔導兵器による犯罪の増加。
この男には、知っていることを洗いざらい吐いてもらう。
そのための捕縛命令。
死人に、尋問はできないのだから。
セツナがにじり寄ると、男は命乞いを始める。
「待て! 話し合おう!
望むだけの金を用意する!
ここはセントラルだ。
汚職や賄賂は常套手段だ。
な? だから、見逃してくれッ!」
セツナの手に、手錠が現れる。
虚空から道具を取り出す、インベントリの機能を使い、手錠を取り出した。
「それは魅力的。
だけど、お金は、アンタみたいな奴に手錠を付ければ、いくらでも稼げる。
色のついてない、足もつかない、綺麗なお金がね。
ここはセントラルなんでしょ?
そこら中、金になる犯罪者には困らない。」
手錠の輪っかに指を通し、手錠を回しながら、男の提案を一蹴した。
‥‥とても、正義を預かる者とは思えぬ言葉で、提案を蹴った。
交渉決裂。
男は、懐から銃を取り出す。
銃口をセツナに向けようとする。
手際が悪い。
スーツに銃のアイアンサイトを引っ掛けてもたつき、挙句セーフティを解除していない。
安全装置が掛かったままの銃をセツナに向け、引き金を引こうとする。
‥‥まあ、新人研修の相手は、こんな物だろう。
この小悪党をしょっ引いて、とっとと、大物の相手を――。
曇天の下に、嫌な風が吹いた。
湿気を多分に含んだ、生暖かい、頬を舐められるかのような風。
「――!? セツナさん、退避してください! 巨大なエネルギー反応が――!」
オペレーターの警告に、足が止まる。
警告は、途中で途切れてしまった。
通信に障害が起きたようだ。
「退避って言ったって、どこに――?」
戸惑うセツナに、返事は返ってこない。
彼を導くオペレーターが不在となり、屋上にポツンと取り残されてしまう。
さて、目の前の小悪党を、どうしょっ引いた物だろうか?
彼の疑問には、招かざる脅威が答えた。
ビルの屋上に、突風が吹き上がる。
ゴーレムから燃え盛る炎を、煙と共に巻き込んで、曇天の彼方へと伸びていく。
突然の強風に、反射的に両手で顔を覆う。
手で風避けを作って、状況の確認をしようと試みる。
すると、セツナの前方上空、そこの空間が歪む。
いや、光の屈折によって、空間が歪んだように見える。
(光学迷彩‥‥!)
セツナの前に、巨大な強襲用ステルスドローンが出現した。
戦闘機のような見た目をしたドローンが、空中にホバリングして、屋上を睨んでいる。
機体には、蜂の巣型のミサイルポッドが装備されている。
「無‥‥ド‥‥‥‥。どうして‥‥‥‥‥‥。‥‥ひを。」
通信に砂嵐のノイズが入る。
ノイズに紛れて、声が聞き取れない。
輪郭の定まらぬ乱入者に、あっけに取られてしまい、ドローンの行動を許してしまう。
ドローンは、感情の無いカメラで状況を判断し、攻撃のトリガーを引いた。
屋上に、ミサイルの雨が降り注ぐ。
セツナは、足元で腰を抜かしている男を立ち上がらせる。
男を生け捕りにすべく、ミサイルから逃れようとするも――。
爆風により、セツナは吹き飛んだ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ミサイルの狙いは、セツナではなく、男だった。
小悪党の断末魔が響いたあと、ドローンはさらにもう1回、ミサイルの雨を降らせた。
非情でで執拗な死体蹴りにより、ドローンは、男の存在を塵も残さずに掻き消した。
捕縛対象は死亡。
任務は失敗。
任務を更新。
プランB。
ドローンをぶっ飛ばす!
オペレーターに撤退しろと言われたことなんて、お構いなし。
やられたら、殴り飛ばす。
それが、電脳世界の流儀。
魔導ガントレットを装備。
右の掌に魔力を宿す。
「ファイヤ――。」
火球を練るセツナに対して、間髪入れずにミサイルの雨が降り注ぐ。
再び、セツナの身体は吹き飛ばされた。
先ほどと同じく、しっかりと爆風に身を焼かれて、身体にダメージが入る。
(‥‥‥‥。撤退!)
そこからの判断は速かった。
踵を返し、ドローンに背を向けて走り出す。
アイツはぶっ飛ばす。
だが、空を飛ぶ相手に対する手札が足りない。
なので、後ろに全速前進。
ぶっ飛ばせる、機を窺う。
視界にナビゲーションラインが表示される。
迷わずナビゲートに従って、ドローンから逃走する。
走る後方では、ミサイルの轟音が鳴りやまない。
セツナの反撃を許さぬように、無限とも思える物量で弾幕を展開する。
「クソ! 新人エージェントには荷が重い!」
背中から、この世界の悪意を、ひしひしと感じる。
‥‥そうだ、シグレソフトのゲームとは、こんな感じだった。
明らかに倒せそうにない敵に背を向けて、ただ走る。
シグレソフトとは、このゲームの開発会社。
ゲームだからできるエンターテインメント。
それを企業理念に掲げる、中小企業である。
何かとマニアックなゲーム性が特徴で、マイナー企業ながら、コアなファンを持つ。
セツナも、そのファンの1人。
リアルな体験というよりも、独特なリアリティを持つアクションや世界観が魅力。
悪意と爆風に晒されながら、屋上をナビゲートに従って走ること、数十秒。
セツナは、屋上の端に追い詰められていた。
「あの‥‥、ナビゲートさん? これ、詰みなんじゃ?」
困惑するセツナに、蜘蛛の糸。
ナビゲートのルートが更新される。
ドローンは、ミサイルのリロードに入ったのか、不気味な音を立てて、こちらを睨む。
機体の内部で、ゴトンガトンと、メタリックな死神が鎌を研いでいる。
ナビゲートが指し示した矢印が、ビルの真下に伸びる。
ビルの屋上から、ビルの真下を見る。
「‥‥‥‥。」
ナビゲートは、ご丁寧にチュートリアル用のホロゴーストの映像まで付けて、ビルの真下に向かって走るように指示をする。
ビルの壁を走って下るホロゴーストを、視線で追う。
ビルに当たった風が屋上に吹き上げて、セツナの顔を撫でた。
このビルは、とても高い。
現実では考えられないほどに。
それもそのはず。
ここは空の上。
現実世界の富士山に匹敵する高度がある。
そこから展望する地上の景色は、もはや人の姿なんて見えない。
車の姿だって米粒よりも小さく、もはや塵芥が小麦粉の粒である。
ホロゴーストは、超超高度の展望に絶句する彼を尻目に、ガラス張りのビルを走って下りて行った。
(いきなり、こういうのかぁ‥‥。)
壁を下りながらの鬼ごっこ。
鬼に捕まったら、落下死して即死。
ゲームの世界ではありふれた、即死ギミック。
しかし、ここはバーチャルなリアリティーゲーム。
落下死はゲームであれば、ありふれた死因であろう。
そこに、それ以上の価値は無い。
しかし、VRゲームでは、少々毛色が異なる。
VRゲームにおいて、落下死とは、リアルな滑落死体験なのだ。
どんどん加速していく身体、グルグルと回る視界、障害物に激突する際に生じる、瑞々しくも固い音。
人間の身体は、大半が水分で出来ている。
だから、勢いよく地面にぶつかると、水風船が裂けたみたいな音がする。
ちょうど、肺に空気も入っているし、まさに水風船。
‥‥VRゲームをやって知った、知りたくなかったリアルとリアリティ。
もちろん、これはゲームなので、セーフティが設けられている。
トラウマ防止用の、安全設計。
落下死に関してのセーフティは、落下時間や速度が、一定数を超えると起動。
デス扱いとして、リスポンする仕組みが設けられている。
だが、ゲームとしてのエンターテインメントを提供するためには、恐怖とトラウマのギリギリを攻めなければならないという、デザイナーにとって悩ましいジレンマが存在する。
摩天楼の絶壁を前に葛藤するセツナの後ろで、いよいよ死神が鎌を研ぎ終える。
――ガコンッ! ――ガコンッ!
ピ、、、、、ピ、、、ピ。ピピピピピ――。
ドローンがなんだか、やんごとない音を立て始めた。
さっさと飛び降りろと、ご立腹。
警告音によって、葛藤を振り切り、セツナは覚悟を決める。
「ええい‥‥。南無三ッ!」
進退窮まり、空へと飛び出す。
ふわり――。
ビルを吹き上がる風が、彼を歓迎した。
セツナはビルの壁に踊り出し、駆けて下りる。
エージェントは、パルクールスキルという技術を会得している。
壁を走り、地面を滑り、空中で跳躍する、忍者の如き技術。
パルクールスキルは、エージェントであれば誰でも使える。
プレイヤーだって、もちろん全部使える。
ドローンが追いかけてきた。
セツナの視界に、赤いサークルが出現する。
ミサイルの加害範囲を表示しているのだろう。
走りながら横にずれて、加害範囲から脱出する。
ミサイルの雨が、激しくガラス張りのビルを叩き、建物に風穴を開けていく。
爆発の余波が、ガラス片などを伴って、セツナを背中から追い抜いていく。
初撃はやり過ごした。
――のも束の間、頬を掠めたガラス片に、嫌な予感が脳裏をよぎる。
そして、嫌な予感を的中させるかのごとく、アラート音が頭に響く。
走りながら、後ろを振り返った。
するとそこには、ビルの残骸が。
先ほどまで、ビルの壁と床と天井であった建材が、セツナに迫っていた。
(‥‥ああ、これはやった。)
避けた先が悪かった。
テレポートでは、この状況を打開できない。
パルクールスキルに属する、テレポート。
瞬間移動による最大移動距離は、基本的に10メートル。
発動にはタメが必要で、使う時には事前の用意が必要。
長距離を移動するには、それに比例したタメが要る。
なので、今回のような不測の状況に弱く、また、広い面制圧に弱いという弱点がある。
まんまと初見殺しに引っかかり、セツナに床だった残骸が直撃した。
「~~~~~ッ!?」
声にならない悲鳴を上げる。
脚はビルから離れ、宙空に放り出された。
幸か不幸か、残骸によるダメージは、それほどでも無なかった。
残骸のダメージで戦闘不能になることは、無さそうだ。
‥‥しかし逆に、ここで生き残ってしまうのも困り物。
ここで耐えてしまったばっかりに、落下死の体験コーナー待ったなしの状況。
(まだだ! まだ終わってない。)
空中で姿勢を整え、左腕から魔法の鎖を射出。
鎖は、マジックワイヤーと言い、パルクールスキルの一種。
移動に戦闘に、使い道は様々。
左腕の前腕部分に、青く光る、魔法の仮想プロテクターが出現。
そこから青いワイヤーが撃ち出されて、伸びていく。
ワイヤーがビルの壁に刺さる。
刺さった場所を支点に弧を描き、無事に足場へと復帰する。
ガラス張りの着地地点に、ヒビを入れながら、両足で壁に張り付く。
ひとまず、復帰を果たしたものの、まだ無事とは言い難い。
セツナの受難はまだまだ続く。
空中遊泳で発生した落下の加速度と、壁への着地の際に発生した摩擦が、正面衝突。
身体が慣性に負けてバランスを崩してしまう。
慣性と摩擦がケンカして、脚がもつれる。
何とかバランスを取った結果、地上に背中を向ける形になってしまう。
これでは、壁を走れない。
走れないと、ミサイルを避けられない。
地上へ背中を向けて、両手をブンブンと回して、セツナは姿勢のバランスを維持。
だが、無情にも、ドローンのミサイルにロックオンが完了してしまう。
赤く表示される足元。
そして、こちらを睨み続けるドローン。
パルクールスキルを発動。
タイミングを計って。
ミサイルが射出された。
「そこ!」
ミサイルの着弾寸前、セツナはテレポートを発動。
一瞬で下方向へと移動して、ミサイルを躱した。
テレポートには、移動中の完全無敵がある。
無敵でミサイルの雨をやり過ごし、事なきを得る。
完全無敵のテレポートは、一見すると強すぎに思えるが、何も問題ない。
テレポートには制約があり、連続使用をするとタメ時間が上昇したり、移動距離が低下したりする。
基本的に、どんなに連続で使用しても2回が限度である。
戦闘時には、1回が限度。
また、強敵に分類されるようなNPCは、平気でテレポート狩りをしてくる。
平時の移動では便利だが、戦闘時での使用には、慣れとタイミングを見極めるセンスが求められる。
強力な手札を充分に与えて、その上で叩き潰す。
シグレソフトの常套手段だ。
テレポートの使用により、態勢を整えることに成功し、再びビルを駆け下り始める。
間髪入れずに、ドローンが照準を合わせてくる。
まだ、彼奴の攻撃を振り切るには速度が足りない。
セツナは、ドローンの攻撃を待つ。
タイミングを待って‥‥、ミサイルが放たれる。
――今ッ!
彼の足が炎に包まれる。
スキル ≪ブレイズキック≫ の予備動作である。
≪ブレイズキック≫ には、地上での予備動作中に、前方向に慣性が発生する仕様がある。
これにより、地上を滑るように移動することができる。
リアルな近接戦闘では、リーチの長さが絶対的なアドバンテージとして存在する。
そのアドバンテージを、ゲーム特有の慣性移動によって緩和しているのだ。
おかげで、徒手空拳であっても、ある程度は戦えるようになっている。
≪ブレイズキック≫ の予備動作に入ったセツナは、物理法則を無視した、不自然な加速をする。
まるで、ゴムバンドで引っ張られるような、不自然かつ急激な加速。
魔法による慣性によって、ミサイルの加害範囲をやり過ごした。
そして、攻撃モーションはキャンセル。
慣性を得たあと、 ≪ブレイズキック≫ の攻撃部分をキャンセルする。
≪ブレイズキック≫ には、フェイントキャンセル(Fキャンセル)という特性がある。
攻撃部分を、別の動作でキャンセルができるのだ。
これまた、ゲーム特有の動作である。
初見殺しが招いた窮地を、2度脱出。
3度目、ドローンからの照準。
――射出。
ミサイルの雨。
3度目の雨が降り注ぎ、着弾する直前――。
失敗した経験を、自分の手札として使う。
セツナの横を、ビルの残骸が通り過ぎる。
ドローンからの2度目の攻撃で、飛び散った残骸だ。
大きな残骸に向けて、マジックワイヤーを撃ちこむ。
セツナが加速し、ミサイルの加害範囲から脱出する。
残骸が上から降ってきて、自分に直撃するということは、残骸はセツナよりも速いのだ。
ならば、これを加速装置として使ってやればよい。
残骸は、妨害ギミックなだけでなく、支援ギミックでもあるのだ。
ワイヤーによって、セツナと残骸が繋がれる。
残骸の落下速度に引っ張られるように、セツナの移動速度も上昇した。
ミサイルは、彼の後方で爆発する。
身体に充分な速度が戻る。
死んでいた速度が元に戻り、ドローンの攻撃を躱しやすくなった。
ガラスの薄氷を下る逃走劇も大詰め。
知らないうちに地上も近づいている。
地に足が付けば、こんなドローンなんて、一捻りである。
地上に降りたら、どうしてくれよう。
彼奴とは、屋上で戦うには分が悪かった。
だが、地上には建物があり、壁がある。
マジックワイヤーにテレポート、そしてウォールラン。
それらで建物の壁を走り回れば、高度を稼げる。
ドローンの翼に、手が届く!
セツナは、生来のお調子者なのだ。
怖いもの知らずのバカでは無いが、向こう見ずのアホウではある。
すでに頭の中は、ドローンをやっつけるカッコイイ自分でいっぱいだ。
妄想に耽るセツナに対し、ドローンが挙動を変えた。
彼を直接狙うのは不毛と判断したのか、セツナに先回り。
先回りして、彼の動線を潰すようにミサイルを放ち、ビルを破壊。
彼の通る足場を奪っていく。
「それは効かないよ。」
風通しの良くなったビルのオフィス。
その溝に落ちないようにジャンプ。
それから、マジックワイヤーを使って足場に復帰。
ドローンがまた先回りして、足場を崩してくる。
なので、お次は恰好を付ける。
ビルから崩落している残骸に座標を指定して、テレポート。
ビルから残骸へ、残骸からビルへ連続テレポート。
足場に復帰する。
‥‥電脳世界を管理する物理エンジンは、悲鳴を上げた。
そしていよいよ、ビルの3分の1まで降りて来た。
やっと、地上の様子が分かる高度になってきた。。
長かった追いかけっこも、もうじき終わりそうである。
そうなると、セツナの心にも余裕が生まれてくる。
余裕が生まれてくると、欲が出てくる。
――時は満ちた。今こそ好機!
阿呆が、バカなことを考える。
ニヤリと口元を曲げて‥‥。
「1、2の――、3!」
セツナは、ドローンに飛び掛かった。
足場も何も無い空へと、フライアウェイ。
身を投げ出していく。
ドローンは空気を読んで、彼の奇行を受け入れた。
ドローンの上に、へばりつく。
AIを積んだ、コックピットにあたるであろう部分に飛び乗って掴まる。
滑り落ちないように、マジックワイヤーを撃ち込んで身体を固定する。
そして、バカは不敵な笑みを浮かべる。
「これなら、自慢のミサイルは撃てないよなぁ~!」
お調子者の煽りに対し、ドローンは何も答えない。
その場で、ホバリングを続けている。
「けっ! オレを脅かしやがって‥‥! ゆるさん!」
すっかり、チンピラモードのスイッチが入った、セツナ。
‥‥こんなのでも、電脳世界では、立派なエージェントとして扱われる。
正義の味方! 街のヒーロー!
電脳世界、様様である。
セツナが右手を、ドローンのコックピットへ向ける。
屋上での雪辱を注ぐため、 ≪ファイヤーボール≫ を発動するため。
片手を前に出した瞬間――。
突如ドローンが動き出す。
ホバリング状態からの、急加速。
ゲーム特有の慣性移動ができるのは、プレイヤーだけではない。
NPCにだって、世界の仕様は平等に適応される。
なぜドローンは、自分に飛び移るという、セツナの奇行を受け入れたのか?
それは、勝算があったからだ。
確実に、プレイヤーをやれる段取りがあったからだ。
だからドローンは、セツナが攻撃するタイミングを待っていた。
攻撃のために、隙を晒す瞬間を。
ドローンは、前方方向へ急加速。
無人兵器だからこその、パイロットの肉体と健康を考慮しない挙動。
一瞬で、時速180kmを超える速度まで加速する。
必然、物理的な慣性の力によって、ドローンと向き合っているセツナの身体は前のめりに。
そのまま、顔面をドローンに叩きつけてしまった。
「ぶふぅぅ!?」
お腹あたりがフワッと浮いたと感じたら、鋼鉄のクッションがこんにちは。
人間の頭蓋骨は硬いことで知られているが、さすがに鉄の塊が相手では分が悪かった。
ドローンは、バカタレがマヌケ面を晒したことを認め、急停止。
急加速からの、急停止。
制動距離にして、わずか3メートル。
無賃乗車する不届き者を、空に放り捨てる。
(‥‥そんなのあり?)
セツナの身体は、ドローンから引き剝がされて、ビルの方へと飛んで行った。
保険のためのマジックワイヤーも儚く切れて、蜘蛛の糸は、彼の手元から離れてしまう。
背中がビルの分厚いガラスを割る。
ビルの中で、景気の良い音を掻き鳴らす。
ビル内部の備品、PCやらデスクやらを巻き込んで、もむくしゃになりがら転がった。
「くぅ~~~‥‥!?」
ダメージエフェクトをまき散らして、室内の壁まで吹き飛ばされた。
頭と足が、天地返しになった状態のセツナ。
そんな彼を、ドローンが狙っていた。
――ガコンゴトン。
死神が、鎌を研いでいる。
「まっっっずい!」
ミサイルの照準。
赤いサークルが、部屋一面に広がった。
「いぃ~~~~!?」
天地返しの身体を起こす。
床に足を付けて、全力疾走。
ミサイルから逃れるため、ビルの奥へ。
そうやって走り出し――。
間を置かず、轟音が響いた。
◆
轟音が響いて、セツナの脚は止まった。
走るポーズを取ったまま、フリーズする。
ドローンに照準され、あわや絶体絶命。
――だったのだが。
待てども待てども、ドローンからの攻撃は、やって来なかった。
ミサイルの加害範囲を示す、赤いサークルも消えている。
おや? そう思って、視線を屋外へ。
そこには、予想外の光景が広がっていた。
なんと、ドローンから黒い煙が上がっている。
先ほどの轟音。
それと現在の状況。
推察するに、ドローンが攻撃を受けたのは明白だった。
(もしかして、CCCからの増援?)
ドローンは煙を上げ、出力が低下し、浮力を失って。
ついには地上に墜落していった。
墜落音が、高度数百メートルあまりの、ここまで聞こえてきた。
墜落音に驚き、首を引っ込める。
恐る恐る、割れた窓に近づいてみる。
そして、窓から下を覗いてみた。
墜落したドローンを確認して、撃破フラグを立てて、オペレーターとの通信復旧。
ステージクリア。
そういう筋書きである。
彼の脳内では。
窓が無くなったいるので、落ちないように注意しつつ、地上を見下ろす。
すると――。
大きな、大きな、黄色い瞳と目が合った。
黄色い瞳に、爬虫類のような縦に長い瞳孔。
灼熱を思わせる、紅に揺らめく鱗。
持ち主の強さと獰猛さを雄弁に語る、鋭く太い牙と爪。
そして、威圧感がありつつも神々しい、大きな翼。
‥‥‥‥。
それは、ドラゴンと呼ぶに相応しい容貌であった。
「んんーーーーーーー!?!?」
次から次へと、イベントが渋滞している。
ドラゴンとの予期せぬ会合に、セツナはフリーズし、口から声にならない疑問符が漏れ続ける。
眼下に顕れたドラゴンは、自分を見下ろす存在を許せないのか、翼をはためかせ高度を上げる。
セツナの目は、高度をみるみる上げるドラゴンに、釘付けだ。
3度の羽ばたきで龍は、セツナを見下ろすまでに高度を上げて――。
その獰猛な口を開いた。
口からは、メラメラと‥‥。
いや、そんな表現では生温い灼炎が燃え滾っている。
「――くそッ! なんて仕事だ!」
ドラゴンの意図を察知したセツナは、脱兎のごとく逃げ出した。
部屋を飛び出し、階下へと下るルートを探す。
――瞬間、摩天楼は上も下も、爆炎によって瓦礫と化した。
◆
「セ‥‥さん。‥‥‥‥ですか!」
オペレーターからの通信が入る。
セツナは、何とか生きていた。
奇跡的に、瓦礫の空洞ができ、崩落する建材から身が守られていた。
「セツナさん、大丈夫ですか! 応答してください!」
通信が回復し、オペレーターの声がハッキリと聞こえるようになった。
「うん、生きているよ。新人には、中々タフな仕事だったけどね。」
セツナの返答に、オペレーターの安堵の息をついた。
当のセツナは、瓦礫をナイフでガリガリと削って砕いて行き、瓦礫に囲まれた空間からの脱出を図っている。
ナイフは、マルチツールナイフと呼ばれるガジェット。
壁やオブジェクトに与えるダメージが大きく、ブリーチング (建物の壁や天井を破壊すること)に適している。
ナイフの刃を立てると、瓦礫にヒビが入って、小さく砕けていく。
砕けた瓦礫を撤去しながら、洞窟を掘り進む。
何度か繰り返すと、外からの光が差し込んできた。
脱出は近い。
最後の瓦礫を押しのけて、灰と砂まみれになった身体を、春風のように柔らかい風が包んだ。
‥‥‥‥。
周囲を、見渡す。
予想はしていたが、ビルは倒壊。
彼の居る場所が、最上階になっていた。
(このビル、相当広いんだけどな‥‥。)
1辺の長さが数百メートルはあろうという巨大建築が、たった一撃でこれ。
4桁の高さを誇った摩天楼は、すっかり数百メートル程度の高さまで縮んでしまった。
ビルの下層だった場所が、今では屋上になってしまって、風通り抜群。
周りを見渡して、ため息。
肺の下側から吐き出すような息をつく。。
少し、空気がざらついている。
髪の毛をクシャクシャとして砂を払い、服をはたいて汚れを落とす。
上着を叩いて、靴を叩いて、ズボンの前、お尻。
そこまでして、やっと彼は歩き始める。
上着の裾の、細かい汚れを払いながら、突貫リニューアルした屋上を進む。
瓦礫が積もって、一番高い場所。
そこを目指していく。
砂と石、それと鉄筋にまみれた山を登って、そこからの一望。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
見よ、この世界の光景を。
先に歩いたのは瓦礫の山。
ビルだったものが、一瞬にして砂と石と鉄の山となった。
眼前に広がるのは、ビルの群れ。
雲さえ突き抜けるそれは、ここセントラル繁栄のシンボル。
眼下に広がるのは、混沌たる群衆。
墜落したドローン、崩落したビル。
混乱に乗じて無法者どもが、略奪と銃撃戦を繰り広げている。
そして、頭上に広がる光景は――。
曇天の雲は切り裂かれて、空には黄昏の黄金が覗いている。
黄金輝く暗い雲海に、紅い龍が轟く。
曇天の下、足元に積み上がった瓦礫の山。
曇天の下、夕暮れに明くる摩天楼。
暗がりに群がり、蔓延る暴力。
黄金の雲海を駆ける厄災の龍。
今、セツナは、この混沌たる世界を見渡せる場所にいる。
プレイヤーがセントラルで織りなす物語は、龍との邂逅。
それがもたらした混沌から始まる。
赤い龍が、黄金の海原を飛び、暗い雲の中に消えていった。
セツナは、それを重い雲の下で、ただ呆然と眺めている。
眼前の、煌びやかに光る摩天楼。
眼下の、鳴り止まぬ銃声。
背後の瓦礫、黄金と黒雲が広がる空。
――ここは、理不尽で終わっている、終末の世界。
Magic & Cyberpunk
シグレソフト presents
チャプター1:終末




