0.2_チュートリアル_B
ゴーレムは炎上し、駆動を停止した。
火の粉がパチパチと音を立てて、煙を上げている。
ガントレットから、挿し込んでいたコアレンズがイジェクトされる。
同時に、余剰エネルギーが蒸気となって、籠手の隙間から吹き出す。
ギミックの動作終了を待って、セツナは武装のガントレットを解除。
戦闘の高揚感を静めるように、両手をヒラヒラと振った。
(ひ~~。相変わらず、相殺を狙うの怖い~~。)
ビデオゲームであれば、自身の操るキャラクターと敵は、別次元の存在。
強大な敵の攻撃を正面から受けるのも、綽々であっただろう。
しかし、バーチャルリアリティーとなると、話しが変わってくる。
いくら命の安全が保障されているからと言っても、視覚的なストレスは、しっかりと存在する。
人間の認知とは、そうできている。
そうで無ければ、ホラー映画が興行になるなど、ありえないだろう。
岩の塊が、殺意を持って突進してくる様は、まさにスリル満点。
大画面の大スペクタクルだって敵わない、大迫力である。
いつまで経っても慣れない、行き過ぎたリアリティーの汗ばみを、手を振って追い出しながら、パチパチ燃えるゴーレムに近づく。
ゴーレムの残骸から、ターゲットが這う這うの体で出てきた。
「あら、しぶとい。いと、僥倖。」
セツナは、男を捕縛しようと歩を進める。
魔導兵器による犯罪の増加。
この男には、知っていることを吐いてもらう。
そのための、捕縛命令。
死人に、尋問はできないのだから。
「――!? セツナさん、退避してください! 巨大なエネルギー反応が――!」
オペレーターの警告に、足が止まる。
警告は、途中で途切れてしまった。
エネルギー反応の影響で、通信に障害が起きたようだ。
「退避って言ったって、どこに――?」
戸惑うセツナに、オペレーターの返事は無い。
返答無き今、彼の疑問に、招かざる脅威が答えた。
ビルの屋上に、突風が吹き上がる。
ゴーレムから燃え盛る炎が、煙を巻き込んで、曇天の彼方へと伸びていく。
突然の強風に、反射的に両手で顔を覆う。
手で風避けを作って、状況の確認をしようと試みる。
すると、セツナの前方上空、そこの空間が歪む。
いや、光の屈折によって、空間が歪んだように見える。
(光学迷彩。)
セツナの前に、巨大な戦闘ステルスドローンが出現した。
戦闘機のような見た目をしたドローンが、空中にホバリングして屋上を睨んでいる。
機体には、蜂の巣型のミサイルポッドが装備されている。
「無‥‥ド‥‥‥‥。どうして‥‥‥‥‥‥。‥‥ひを。」
通信に砂嵐のノイズが入り、ノイズに紛れて声が聞き取れない。
あっけに取られている間に、ドローンの行動を許してしまう。
ドローンは、感情の無いカメラで状況を判断し、攻撃のトリガーを引いた。
屋上に、ミサイルの雨が降り注ぐ。
爆風の余波で、セツナは吹き飛んだ。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ミサイルは、ゴーレムの主だった男を襲い、男の存在を塵も残さずに、掻き消した。
男の断末魔を、吹き飛ばされながら聞いていたセツナは、素早く立ち上がり身構える。
右の手の平に、魔力を宿す。
「ファイヤ――。」
火球を構えるセツナに対して、間髪入れずにミサイルの雨が降り注ぐ。
再び、セツナの身体は吹き飛ばされた。
今回は、爆風の余波では無く、しっかりと爆風に焼かれて、身体にダメージが入る。
「撤退!」
そこからの判断は速かった。
踵を返し、ドローンに背を向けて走り出す。
視界にナビゲーションラインが表示される。
迷わずナビゲートに従って、ドローンから逃走する。
走る後方から、ミサイルの轟音が鳴りやまない。
「クソ! 新人エージェントには荷が重い!」
背中から、この世界の悪意を、ひしひしと感じる。
‥‥そうだ、シグレソフトのゲームとは、こんな感じだった。
明らかに倒せそうにない敵に背を向けて、ただ走る。
シグレソフトとは、このゲームの開発会社。
ゲームだからできるエンターテインメント。
それが企業理念の、中小企業である。
何かとマニアックなゲーム性が特徴で、マイナー企業ながら、コアなファンを持つ。
セツナも、その1人。
リアルな体験というよりも、独特なリアリティを持つ、アクションや世界観が魅力。
悪意と爆風に晒されながら、屋上をナビゲートに従って走ること、数十秒。
セツナは、屋上の端に追い詰められていた。
「あの‥‥、ナビゲートさん? これ、詰みなんじゃ?」
困惑するセツナに、蜘蛛の糸。
ナビゲートのルートが更新される。
ドローンは、ミサイルのリロードに入ったのか、不気味な音を立てて、こちらを睨む。
機体の内部で、ゴトンガトンと、メタリックな死神が鎌を研いでいる。
ナビゲートが指し示した矢印は、ビルの真下に伸びていた。
「‥‥‥‥。」
ナビゲートは、ご丁寧にチュートリアル用のホロゴーストの映像まで付けて、ビルの真下に向かって走るように指示をする。
ビルの下を覗き込む。
ビルに当たった風が屋上に吹き上げて、セツナの顔を撫でた。
とても高い――、現実では考えられないほどに。
人の姿が米粒ほどなんてものではない、車の姿が米粒よりも小さく、もはや塵芥が小麦粉の粒である。
ホロゴーストは、そんな彼の尻目に、ガラス張りのビルを走り下りて行った。
(いきなり、こういうのかぁ‥‥。)
壁を下りながらの鬼ごっこ。
鬼に捕まったら、落下死して即死。
ゲームの世界ではありふれた、即死ギミック。
しかし、これはバーチャルなリアリティーゲーム。
落下死は、ゲームであれば、ありふれた死因であろう。
そこに、それ以上の価値は無い。
しかし、VRゲームでは、少々毛色が異なる。
VRゲームにおいて、落下死とは、リアルな滑落死体験なのだ。
どんどん加速していく身体、グルグルと回る視界、障害物に激突する際に生じる、瑞々しくも固い音。
人間の身体は、大半が水分で出来ている。
だから、勢いよく地面にぶつかると、水風船が裂けたみたいな音がする。
ちょうど、肺に空気も入っているし、まさに水風船。
‥‥VRゲームをやって知った、知りたくなかったリアルとリアリティ。
もちろん、これはゲームなので、セーフティが設けられている。
セーフティの度合いはゲームによって強度が異なるが、いずれもトラウマにならないように、落下時間が一定時間を超えると、デス扱いとしてリスポンするなどの仕組みが設けられている。
だが、ゲームとしてのエンターテインメントを提供するためには、恐怖とトラウマのギリギリを攻めなければならないという、デザイナーにとって悩ましいジレンマが存在する。
摩天楼の絶壁を前に葛藤するセツナの後ろで、いよいよ死神が鎌を研ぎ終える。
――ガコンッ! ――ガコンッ!
ピ、、、、、ピ、、、ピ。ピピピピピ――。
ドローンがなんだか、やんごとない音を立て始めた。
警告音によって、葛藤を振り切り、セツナは覚悟を決める。
「ええい‥‥。南無三ッ!」
ふわっと、吹き上げの風が彼を歓迎した。
セツナはビルの壁に踊り出し、駆けて下りる。
ドローンが追いかけてきた。
セツナの視界に、赤いサークルが出現する。
ミサイルの加害範囲を表示しているのだろう。
走りながら横にずれて、加害範囲から脱出する。
ミサイルの雨が激しくガラス張りのビルを叩き、建物に風穴を開けていく。
爆発の余波が、ガラス片などを伴って、セツナを背中から追い抜いていく。
初撃はやり過ごした。
――のも束の間、頬を掠めたガラス片に、嫌な予感が脳裏をよぎる。
そして、嫌な予感を的中させるかのごとく、アラート音が頭に響く。
走りながら、後ろを振り返った。
すると、ミサイルで破壊されたビルの残骸が、ビルの床と天井であった建材が、セツナに迫っていた。
(‥‥ああ、これはやった。)
避けた先が悪かった。
テレポートでは、この状況は打開できない。
テレポートの発動にはタメが必要で、使う時には事前の用意が必要。
今回のような不測の状況には弱いという弱点がある。
まんまと初見殺しに引っかかり、セツナに支柱が直撃した。
「~~~~~ッ!?」
声にならない悲鳴を上げて、脚はビルから離れ、中空に放り出された。
幸か不幸か、残骸によるダメージは、それほどでも無く、体力にはまだ余裕がある。
‥‥逆に、ここで生き残ってしまうと、耐えてしまったばっかりに、落下死の体験コーナー待ったなしなのだが。
(まだだ! まだボールは生きてる。)
空中で姿勢を整え、左腕から魔法の鎖を射出。
鎖はマジックワイヤーと言い、エージェントであれば誰でも使える、簡単な魔法。
前腕部分に、緑色のレーザー線で形作られた、仮想のプロテクターが出現。
そこからワイヤーが撃ち出されて、伸びていく。
ワイヤーがビルの壁に刺さる。
刺さった場所を支点に弧を描き、無事に足場へと復帰する。
着地した場所のガラスにヒビを入れながら、両足で壁に張り付いた。
身体が、宙を落ちる状態から、ビルを伝って下に降りていく状態に変わる。
復帰を果たしてものの、セツナの受難はまだまだ続く。
宙を浮いて得た加速度と、着地して発生した摩擦が正面衝突、身体が慣性に負けてバランスを崩し、地上に背中を向ける形になってしまう。
足に摩擦エネルギーが発生して、速度が熱エネルギーに変換される。
急激な減速に伴う慣性をいなすために、足が止まり、ビルの側面を滑り落ちる格好になった。
足場に復帰はできたが、ミサイルを躱すための速度を失ってしまった。
これでは、ドローンの照準と攻撃を振り切れない。
(おちついて、まだ詰んでいない。)
地上に背中を向けて、両手をブンブンと回して、セツナは姿勢のバランスを取り戻そうとする。
だが、無情にも、ドローンのミサイルにロックオンされてしまう。
赤く表示される足元。
そして、こちらを睨み続けるドローン。
(タイミングを計って。)
ミサイルが射出される。
「そこ!」
ミサイルの着弾寸前、セツナはテレポートを発動。
テレポートには移動中の完全無敵があり、ミサイルの攻撃を受けない。
これも、エージェントであれば誰でも使える。
ミサイルの雨をやり過ごし、事なきを得る。
完全無敵のテレポートは、一見すると強すぎに思えるが、何も問題ない。
テレポートには制約があり、連続使用をするとタメ時間が上昇したり、移動距離が低下したりする。
基本的に、どんなに連続で使用しても2回が限度である。
戦闘時には、1回が限度。
また、強敵に分類されるようなNPCは、平気でテレポート狩りをしてくる。
平時の移動では便利だが、戦闘時での使用には、慣れとタイミングを見極めるセンスが求められる。
手札を充分に与えて、叩き潰す。
シグレソフトの常套手段。
(よし! まずは、ワンチャンス。)
テレポートの使用により、態勢を整えることに成功し、再びビルを駆け下り始める。
間髪入れずに、ドローンが照準を合わせてくる。
まだ、彼奴の攻撃を振り切るには速度が足りない。
「引きつけて~。」
セツナは、ドローンの攻撃を待つ。
タイミングを待って、ミサイルが放たれる。
――今ッ!
「ブレイズ。」
彼の足が炎に包まれる。
≪ブレイズキック≫ の予備動作である。
≪ブレイズキック≫ には、地上での予備動作中に、前方向に慣性が発生する仕様がある。
これにより、地上を滑るように移動することができる。
リアルな近接戦闘では、リーチの長さが絶対的なアドバンテージとして存在する。
そのアドバンテージを、ゲーム特有の慣性移動によって和らげる、そんな調整である。
予備動作に入ったセツナは、物理的には不自然な加速をする。
ゴムバンドで引っ張られるような、急激な加速によって、ミサイルの加害範囲をやり過ごした。
(そして、攻撃モーションはキャンセル。)
慣性を得たあと、 ≪ブレイズキック≫ の攻撃部分をキャンセルする。
≪ブレイズキック≫ には、フェイントキャンセル(Fキャンセル)という特性があり、攻撃部分を別の動作でキャンセルができる。
これまた、ゲーム特有の動作である。
(これで、ツーチャン。)
三度、ドローンからの照準。
――射出。ミサイルの雨。
「からの――。」
三度目の雨が降り注ぎ、着弾する直前――。
二度目のミサイル攻撃、そこで破壊されたビルの残骸。
それが、セツナの横を通り過ぎる。
すかさず、残骸にマジックワイヤーを撃ちこむ。
残骸が上から降ってきて直撃するということは、セツナよりも残骸の方が速度が速いのだ。
ならば、これを加速装置として使ってやればよい。
残骸は、妨害ギミックなだけでなく、支援ギミックでもあるのだ。
ワイヤーによって、セツナと残骸が繋がれる。
残骸の落下速度に引っ張られるように、セツナの走行速度も上昇した。
ミサイルは、彼の後方で爆発する。
(スリーチャン! 完全復活!)
死んでいた速度が元に戻り、ドローンの攻撃を躱しやすくなった。
ガラスの薄氷を下る逃走劇の最中、知らないうちに地上も近づいている。
地に足が付けば、こんなドローンなんて、一捻りである。
地上に降りたら、どうしてくれよう。
ミサイルドローンとは、屋上で戦うには分が悪かった。
だが、地上には建物があり、壁がある。
ワイヤーにテレポート、それらで建物の壁を走り回れば、高度を稼げる。
ドローンの翼に手が届く!
セツナは、生来のお調子者なのだ。
怖いもの知らずのバカでは無いが、向こう見ずのアホウではある。
すでに頭の中は、ドローンをやっつけるカッコイイ自分でいっぱいだ。
ここで、ドローンが挙動を変えた。
彼を直接狙うのは不毛と判断したのか、セツナに先回り。
先回りして、彼の動線を潰すようにミサイルを放ちビルを破壊。
足場を奪っていく。
「それは、さっき履修済み。」
風通しの良くなったビルのオフィス。
その溝に落ちないようにジャンプをする。
それから、マジックワイヤーを使って足場に復帰する。
また先回りして、足場を崩してくる。
なので、お次は恰好を付けて、ビルから崩落している残骸に座標を指定してテレポート。
ビルから残骸へ、残骸からビルへのテレポートで、足場に復帰した。
‥‥電脳世界を管理する、物理エンジンは悲鳴を上げた。
そして、いよいよ、残りビルの3分の1まで降りて来た。
やっと、人の姿が米粒くらいになってきた。
長かった追いかけっこも、もうじき終わりそうである。
そうなると、セツナの心にも余裕が生まれてくる。
余裕が生まれてくると、欲が出てくる。
「ふっふっふっ。時は満ちた。今こそ好機!」
ニヤリと口元を曲げて――。
「1、2の――、3!」
――セツナはドローンに飛び掛かった。
足場も何も無い空へと、身を投げ出していく。
ドローンは、空気を読んで、彼の奇行を受け入れた。
セツナは、戦闘機のコックピットにあたるであろう部分に飛び乗って掴まる。
滑り落ちないように、マジックワイヤーを撃ち込んで身体を固定する。
そして、不敵な笑みを浮かべた。
「へいへいへ~い、ドローンさんよぉ~。
密着されちゃ~、自慢のミサイルは撃てないよなぁ~。
んん?」
ドローンは何も答えない。
その場で、ホバリングを続けている。
「よし、じゃあ、さっきのリベンジ。ファイヤ――。」
屋上での雪辱を注ぐため、 ≪ファイヤーボール≫ を発動するために片手を前に出した瞬間、ドローンが突如動き出す。
停止状態からの、急加速。
ゲーム特有の慣性移動ができるのは、プレイヤーだけではない。
NPCだって、世界の仕様は平等に使用が可能なのだ。
ドローンにセツナが攻撃するためには、あるいは人間が攻撃を行うには、ある程度の不安定な姿勢にならざるを得ない。
だからドローンは、プレイヤーが攻撃するタイミングを待っていた。
ドローンは、前方方向へ急加速。
無人兵器だからこその、パイロットの肉体と健康を考慮しない挙動。
必然、物理的な慣性の力によって、ドローンと向き合っているセツナの身体は前のめりに。
そのまま、顔面をドローンに叩きつけてしまった。
「ぶふぅぅ!?」
お腹あたりがフワッと浮いたと感じたら、鋼鉄のクッションがこんにちは。
人間の頭蓋骨は硬いことで知られているが、さすがに鉄の塊が相手では分が悪かった。
ドローンは、物理的な慣性によって、セツナが釘付けになったことを認めると、急停止。
急加速からの急停止で、無賃乗車の不届き者を空に放り捨てる。
(そんなのあり?)
セツナの身体は、ドローンから引き剝がされて、ビルの方へと飛んで行った。
保険のためのマジックワイヤーも、儚く切れて、蜘蛛の糸は彼の手元から離れてしまう。
背中がビルの分厚いガラスを割り、内部の備品、PCやらデスクやらを巻き込んで、もむくしゃになりがら転がった。
「くぅ~~~~~!?」
ダメージエフェクトをまき散らして、室内の壁まで吹き飛ばされた。
頭と足が、天地返しになった状態のセツナ。
そんな彼を、ドローンが狙っていた。
――ガコンッ! ――ガコンッ!
死神が、鎌を研いでいる。
「まっっっずい!」
ミサイルの照準。
赤いサークルが、部屋一面に広がった。
「いぃ~~~~!?」
ドローンから顔を逸らし、目を閉じる。
閉じてから、そう間を置かず、轟音が響いた。
◆
「ぎゃ~~、いたい~~、やられた~~!」
穴の空いたビルの一室で、アホウが1人、騒いでいた。
ドローンに照準され、絶体絶命。
――だったのだが。
待てども待てども、ドローンからの攻撃はやって来ない。
おや? そう思って、目を開けてみる。
目を開けてみると、そこには予想外の光景が広がっていた。
なんと、ドローンから黒い煙が上がっている。
先ほどの轟音から推察するに、ドローンが攻撃を受けたのは明白だった。
(もしかして、CCCからの援軍?)
ドローンは煙を上げ、出力が低下し浮力を失って、ついには地上に墜落していった。
墜落音が、高層数百メートルあまりの、ここまで聞こえてきた。
セツナは、自分の姿勢を正す。
頭が下になっている、天地返しの姿勢を正し、床に足をつける。
それから、恐る恐る割れた窓に近づいて、下を覗いてみた。
墜落したドローンを確認して、撃破フラグを立てて、オペレーターとの通信復旧、ステージクリア。
そういう、筋書きである。
落ちないように注意を払い、地上を見下ろす。
すると――、大きな、大きな黄色い瞳と目が合った。
黄色い瞳に、爬虫類のような、縦に長い瞳孔。
灼熱を思わせるような、紅に揺らめく鱗。
持ち主の獰猛さを雄弁に語る、鋭く太い牙と爪。
そして、威圧感がありつつも神々しい、大きな翼。
――それは、ドラゴンと呼ぶに、相応しい容貌であった。
「んんーーーーーーー!?!?」
次から次へと、イベントが渋滞している。
ドラゴンとの予期せぬ会合に、セツナはフリーズし、口から声にならない疑問符が漏れ続ける。
眼下から顕れたドラゴンは、そんな彼を見下ろすまでに高度を上げ――、その獰猛な口を開いた。
口からは、メラメラと‥‥。いや、そんな表現では生温い灼炎が燃え滾っている。
「くそ、なんて仕事だ!」
ドラゴンの意図を察知したセツナは、脱兎のごとく逃げ出した。
部屋を飛び出し、階下へと下る階段を走る。
――瞬間、階段は上も下も、爆炎によって瓦礫と化した。
◆
「セ‥‥さん。‥‥‥‥ですか!」
オペレーターからの通信が入る。
セツナは、何とか生きていた。
奇跡的に、瓦礫の空洞ができ、崩落する建材から身が守られていた。
「セツナさん、大丈夫ですか! 応答してください!」
通信がハッキリと聞こえるようになった。
「うん、生きているよ。中々、新人にはタフな仕事だったけどね。」
セツナの返答に、オペレーターの安堵のため息をついた。
当のセツナは、瓦礫をナイフでガリガリと削って砕いて行き、瓦礫に囲まれた空間からの脱出を図っている。
ナイフは、マルチツールナイフと呼ばれるガジェットで、壁やオブジェクトに与えるダメージが大きく、ブリーチングに適している。
ナイフの刃を立てると、瓦礫にヒビが入って、細かくなる。
それを撤去すると、粒子になって消えていく。
何度か繰り返すと、外からの光が差し込んできた。
脱出は近い。
最後の瓦礫を押しのけて、灰と砂まみれになった身体を、春風のように柔らかい風が包んだ。
‥‥予想はしていたが、ビルは倒壊。
彼の居る場所が、最上階になっていた。
(このビル、相当広いんだけどな‥‥。)
1辺の長さが数百メートルはあろうという巨大建築が、一撃でこれである。
4桁の高さを誇った摩天楼が、すっかり数百メートル程度に丸まってしまった。
ビルの下層だった場所が、今では屋上になってしまって、風通り抜群。
周りを見渡して、肺の下側から吐き出すようなため息。
少し、空気がざらついている。
髪の毛をクシャクシャとして砂を払い、服をはたいて汚れを落とす。
上着を叩いて、靴を叩いて、ズボンの前、お尻。
そこまでして、やっと彼は、歩き始める。
上着の裾の細かい汚れを払いながら、今日付けで屋上となった階層の、瓦礫が積もって、一番高い場所。
そこを目指していく。
砂と石、それと鉄筋にまみれた山を登って、そこからの一望。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
見よ、この世界の光景を。
先に歩いたのは瓦礫の山。
ビルだったものが、一瞬にして砂と石と鉄の山となった。
眼前に広がるのは、ビルの群れ。
雲さえ突き抜けるそれは、ここ、セントラルシティ繁栄のシンボル。
眼下に広がるのは、混沌たる群衆。
墜落したドローン、崩落したビル。混乱に乗じて無法者どもが、略奪と銃撃戦を繰り広げている。
そして、頭上に広がる光景は――。
曇天の雲は切り裂かれて、空には黄昏の黄金が覗いている。
黄金輝く雲海に、紅い龍が轟く。
今、プレイヤーは、この混沌たる世界を見渡せる場所にいる。
きっと、この世界はキミを歓迎するだろう。
――混沌と、暴力によって。
ようこそ、理不尽な終末の世界へ。
Magic & Cyberpunk
シグレソフト presents
チャプター1:終末