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君と過ごした、最後の夏 ~僕が恋した令嬢は、隣国の第一王女でした~  作者: ぱるめりあ
第六部「二度目の恋」

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第44話 王女の帰る場所

エリーゼは冬の庭園にいた。


 最初に二人で話した場所。


 薄く残った雪の間から、小さな緑が伸び始めている。


 クラリスが僕の姿に気づき、何も尋ねずに少し離れた。


「テオ」


 エリーゼが駆け寄りかける。


 けれど途中で歩みを抑えた。


「父上は?」


 僕はすぐに答えなかった。


 彼女の前まで歩き、右手を差し出す。


「エリーゼ」


「はい」


「国王陛下から、正式に承認をいただきました」


 青灰色の瞳が、大きく見開かれる。


「本当に?」


「はい」


「条件も?」


「すべて確認のうえで」


「父上は、何と?」


「王女である娘と生きる者として、認めると」


 エリーゼは唇を結んだ。


 泣くのを堪えるように、一度顔を伏せる。


 それから、僕の手を取った。


「よかった……」


 小さな声だった。


「本当に」


「はい」


「これで、結婚できるのですね」


「正式には、両国の発表と準備が残っています」


「今は、そういう答えではなく」


「はい」


 握られた手へ、力を返す。


「結婚できます」


 エリーゼの目から涙が落ちた。


 今度は隠さなかった。


「父上に、何を聞かれたのですか」


「王女を辞めさせないのかと」


「何と答えました?」


「言わないと」


「ほかには?」


「貴女に泣かされた時は、自分で言うようにと」


「私が泣かせる前提なのですか」


「陛下へ申し上げたのは僕です」


「なぜ、そのようなことを」


「僕だけが泣かせるとは限りませんので」


 涙の残る顔で、エリーゼが笑った。


「やはり、以前より扱いにくくなりました」


「お互いさまです」


「それから」


 僕は声を少し落とした。


「亡き王妃陛下が、エリーゼへ残した手紙があるそうです」


 彼女の笑みが止まる。


「お母様が?」


「はい。最後の手紙だと」


「父上が、持っているのですか」


「まだ封は閉じたままです」


「なぜ、今まで」


「開く時を、貴女自身に決めてほしいと」


 エリーゼはしばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくり頷く。


「今日は、まだ開けません」


「はい」


「結婚を許していただけたことを、先に自分の気持ちとして受け止めたいのです」


「そうしましょう」


 僕たちは庭園の東屋へ向かった。


 僕は鞄から、青い糸で綴じられた願い帳を取り出す。


「持ってきていたのですね」


「アルディナへ来た時から」


「開きましたか」


「何度か」


「書き足しました?」


「いいえ」


 エリーゼが両手で受け取る。


 表紙の青い糸を、指先でなぞった。


「セレネへ取りに帰る理由として、置いてきたはずでした」


「僕が持ってきてしまいました」


「では、帰る理由がなくなりましたね」


「新しく作ればよいのでは?」


「簡単に言いますね」


 ページを開く。


 夏の日付。


 できた願いには、小さな印が付いている。


 海を見る。


 好きな菓子を自分で選ぶ。


 好きな人へ朝食を作る。


 家族と食卓を囲む。


 途中から、文字は少なくなっていた。


 最後に残された願い。


『王女である私を知っても、愛してもらう』


 エリーゼの指が、その一文で止まる。


「これは、いつ書いたのですか」


「正体を話す前です」


「ずっと、怖かった?」


「はい」


 彼女は僕を見た。


「今も?」


「少しだけ」


「では、まだ印を付けない方が?」


「いいえ」


 エリーゼは首を横へ振る。


「怖くなくなったから叶ったのではありません」


 机代わりの板へ願い帳を置く。


 クラリスから借りた鉛筆で、一文の横へ小さな印を付けた。


「怖くても、信じると決めたので」


 次の行。


『自分で選んだ人と結婚する』


 そこにも、ゆっくりと印が加えられる。


 鉛筆を持つ手が、少し震えていた。


「エリーゼ」


「はい」


「その人で、本当によいのですか」


 彼女は顔を上げた。


「承認された後で確認するのですか」


「念のため」


「テオ・レインです」


 迷いのない声だった。


「私が選んだ人は、貴方です」


 胸が熱くなる。


「ありがとうございます」


「また、お礼ですか」


「まだ慣れていないので」


「結婚する頃までには、別の言葉を覚えてください」


「努力します」


 エリーゼは願い帳の最後のページをめくった。


 そこには、まだ印のない一行だけが残っていた。


『愛する人と、同じ家へ帰る』


 僕たちは、しばらくその文字を見つめた。


「これは、まだですね」


 エリーゼが言う。


「はい」


「結婚を認めていただいても?」


「まだ、同じ家には帰っていません」


「では」


 彼女は願い帳を閉じた。


「最後まで残しておきます」


 青い糸を、そっと結び直す。


 王妃の手紙も、最後の願いも、まだ開かれてはいない。


 それでも僕たちは、そこへ向かう未来を、自分たちの言葉で選んだ。


 帰る場所は、誰かに用意されるものではない。


 二人が何度でも帰ると決めることで、初めて家になるのだ。

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