「変態」というのは生物の生育過程における形態変化を表す言葉であり、決して邪な意味合いはありません
「まっ、待って、勘違いしないで! これはそんな変な話じゃないから!」
「そっ、そうだよね? ノノ、びっくりしちゃった。急にせんぱいが変態の授業を始めたのかと思っちゃった」
「いや、変態の授業ではあるんだけど……」
「……ふーん?」
ひそめた眉。じっとりとした視線。見定めるように細められた瞳。溢れんばかりだった好意は鳴りを潜め、ノノは怪訝な顔を僕に向けていた。しれっと先生から先輩への格下げもされていた。
ノノは今、僕を軽蔑しかけている。僕のことを変態について教えようとする変態だと思いかけている。
この誤解を解かなければ、二度と「せんぱい♡」とは呼んでもらえないだろう。
「せんぱいって、変態さんなの?」
「違うよ! 僕は変態じゃないよ……た、多分……」
しまった。自信の無さが口をついて出てしまった。僕はどちらかといえば変態寄りかもしれないという可能性が過ってしまった。
ノノの瞳は更に冷え込んで、心なしか見下ろされているように思えた。
「多分? せんぱい、自信無いってこと? 変態さんかもって、自分でも思ってるってこと? ねえ、せんぱい?」
「それは、その……っ、ノノ君は勘違いをしているんだ!」
「勘違い? わわっ?」
僕はノノの座る席に駆け寄って、ちょうど開いていた教科書をぱらぱらとめくった。推定変態に急接近されたノノはビクっと震えこそしたものの、逃げはしなかった。
「えっと……あった! ほら、ここを見て? 変態って言葉が教科書にあるんだよ」
「んーと……? あっ、ほんとだ……」
教科書を読んだノノからはすっかり疑念が消え失せて、いつもの天真爛漫な笑顔を見せてくれていた。これでまた「せんぱい♡」と呼んでもらえそうだ。
「よかったぁ……ノノ、てっきりせんぱいが変態さんなのかと思っちゃったぁ……ごめんね、せんぱい」
「ううん、いいんだよ……ところで――」
それはただの思いつきだった。珍しく僕が優位な状況になったので、少しからかってみたくなってしまったのだ。
「――変態についての授業って聞いて、ノノ君は何を想像していたの?」
「……へぁ?」
「だって、気になるじゃない? 僕は普通に理科の授業をするつもりだったけど、ノノ君は別の想像をしていたんでしょ? それも、僕を軽蔑するような……どんなことを考えてたの?」
「……~~っ!?」
踊っているかのように宙を彷徨う手。言葉になり損ねた音を漏らす半開きの口。あちこち泳ぎながらも僕を見つめる瞳。顔を真っ赤にして狼狽えるノノの姿には普段とは違った愛らしさがあった。
こんな姿を見せられたものだから、もっといじわるをしたくなってしまって……こうやって油断するから、僕はノノに勝てないのだろう。
「ノノ君、どうしたの? 顔が真っ赤になっているよ? もしかして、そんなに恥ずかしい想像をしていたの?」
「あっ、あぅぅ……」
「言えないの? 人に言えないようなことを、ノノ君は授業中に考えてたのかな?」
「うあぁっ……っ、――」
反撃は一瞬で遂行された。たった一撃、たった一言で形成を逆転されてしまった。
柔らかな頬を赤らめながら――
熱を帯びた瞳を潤ませながら――
羞恥に耐えるように口を手で覆いながら――ノノは呟いた。
「――せんぱいのへんたい」
「~~!?」
自分でもよくわからなかった。僕がノノにいじわるをしているはずだった。
それなのに僕の脳は途端にオーバーヒートしてしまって、体も口も碌に動かせなくなってしまった。
そして、その隙を見逃すノノではなかった。
「あれ? どうしてせんぱいのお顔が真っ赤になってるの? ……もしかして、ノノがへんたいって言ったから? ……へんたい♡ あっ、もっと赤くなった! どうして? どうしてかな? どうして、せんぱいはノノにへんたいって言われるとぴくぴくってしちゃうの? ノノはただ、理科のお話をしてるだけだよ? ……へんたい♡ くすくすっ……おもしろいね♡ せんぱい、ノノにへんたいさんのことを教えてほしいな? ののにへんたいさんの授業をして? ねえ、せんぱい……へんたい♡ へんたい♡ へんたい♡ へんたいさん♡」
意味がわからないままに悶えるしかない僕と、無邪気に僕の反応を面白がっているだけのノノ。
誰も止めてくれないものだから、僕は直接耳に流し込まれる「へんたい♡」を享受し続けるしかなかった。




