お姫様を起こすただ一つの方法
トイレの為に席を外した僕が教室に戻ると、ノノは何やら机と向き合っていた。背中越しなのでよくわからないが、何かを読んでいるのだろうか。余程集中しているのか、僕が戻ったことにも気づいていないらしい。
邪魔をするのも忍びなく入る隙を窺っていると、突然ノノの身体がビクンっと跳ね、慌てた様子で机の上を手で撫でるような挙動をし始めた。
(なにしてるんだろ? ページをめくっているように見えるけど……まさかえっちな本をこっそり持ち込んで読んでるとか?)
僕はノノの怪しい挙動に呆気にとられていたものの、困惑はすぐに収まった。再び俯いたノノの頭が船を漕ぎ始めたからだ。
こっそりと近寄ってみれば机の上は空っぽで、えっちな本も見当たらない。横顔を覗き込むと、ノノは上下のまつ毛を何度も重ねては離して、小さな口を大きく開いて欠伸を漏らしていた。
「ノノ君、大丈夫?」
「ん……せんぱい……」
半分しか開いていない瞼に、とろんとした瞳。僕のことは認識しているようだが、見えているかは怪しいものだ。
「ごめんね、待たせちゃって。寝ちゃう前に帰ろうか。夜に眠れなくなっちゃうから」
「だいじょぶ……ノノ、どれだけお昼寝しても夜も寝れるから……ふわぁ」
むにゃむにゃとしていてよく聞き取れなかったけれど、このまま寝る気なのは確かなようだ。ノノは上半身を机に預けると、腕に右頬を乗せて完全に目を閉じてしまった。
本当は寝かせてあげたいけれど、閉門の時間も近くなってきた。そろそろ教師が見回りを始めてもおかしくなく、ノノとの逢い引きを知られたくはない。
まあ、実際には見られても逢い引きなんて思われないだろうけれど。それでもノノとの関係はなるべく密やかにしておきたかった。
「だめだよ、ノノ君。寝ちゃだめ。あとは帰るだけなんだから、もうちょっとだけがんばろう? ノノ君……ノノ君?」
「ん~……んぅー……」
これではデートではなく幼子の世話をしているようだ。ノノくらいの体格だったら、背負って帰れるだろうか。
可哀想だとは思いつつも無理矢理にでも起こそうと思い、僕はノノの肩へと手を伸ばした。しかし肩に触れる直前、それが目に入ってしまった。
「……」
それというのは、別に特別なものではない。普段から隠されているわけではないし、むしろ顔の中でも目立つ部位だ。僕はノノのそれを数えきれないほど見ているし、一度も触れたことが無い。
「……」
肌にほんの少しだけ朱を落としたような薄い桃色。見ているだけで柔らかさが伝わってくる山なりの形。時折上下を押し合わせているのは、何かを喋ろうとしているからだろうか。
「っ……おっ、起きないとっ……き、きき、っ、キス、しちゃうよぉ……?」
掠れて絶え絶えで、最後まで言葉になっていたかすら怪しい。緊張のせいか、それとも起きないで欲しいと思っているからだろうか。
「……ほ、ほんとに……しちゃうよ?」
確認は取りましたと弁明しても、きっと罪は免れないだろう。罪名は白雪姫を勝手に起こした罪だ。情けないし、卑怯だし、不名誉なことこの上無い。
それでも、僕はノノとキスがしたかった。




