ノノは逃げ出した
「おや? 聞き間違いでしょうか? 今、とても残念そうな声が聴こえてきたような……私の負けが決まったのですから、それは私の声でしかありえないはずなのですが……ねえ、ほむら先輩?」
その楽しそうで嬉しそうな声色で気づいた。タイマーを止めたままにしていたのも、シュシュの作戦だったのだ。僕は最初から最後まで、シュシュの掌の上で踊っているだけだった。
「まさかとは思いますが……先輩は今、おねだりをされたのでしょうか? ノノさんではなく、私に向かって……もっとこれが欲しいと、可愛くおねだりをされたのですか?」
「ちっ、ちがっ、あっ、あっ……だめっ、やめっ、おっ、ふっ、うっ……」
ノノが見ている。今の僕の姿を正面から、ノノが見ている。表情の消えた顔で、呆然と僕のことを眺めている。
それなのに、気持ちよさを覚えてしまった僕の体は、下腹部をほんの少し押されただけで反応してしまう。僕の体はシュシュの指を、気持ちよくしてくれるご主人様だと認識し始めていた。
「違うのですか? それなら、改めて先輩にお伺いしましょうか……これ、して欲しいですか?」
「っ……今は、いらないっ……」
「くすっ……この期に及んでも嘘だけは言えないのですね……可愛い♡ そんないじらしいことをされては、いじわるをしたくなってしまいます……♡ 今ここでおねだりしてくださらないのなら、もう二度とこれはして差し上げませんよ?」
「えっ!? なっ、なんでっ……?」
「理由なんて、ノノさんが悲しむからに決まっているではありませんか。それに、そこまで絶望されるほどのことですか? ご心配なさらずとも、ちゃんとノノさんにこれの手ほどきは致します。手取り、足取り、できるようになるまで寄り添って……まあ、ノノさんが私と同じくらいに上手くできるかまでは、保証いたしかねますが……♡」
「っ……そ、そんなの……」
「……せんぱい?」
ノノの視線が突き刺さる。勝負の前の自信なんて、もうノノの顔のどこにもありはしない。ノノの瞳からは、僕への期待も信頼も消えてしまっていた。
不安、焦燥、そして虚無。今のノノは、シュシュに敗北したという事実を受け止められていない……だからこそ、今ならまだ間に合う可能性があった。
これはノノとシュシュの心の勝負なのだから、諦めなければ、負けなければ、ノノが認めなければ、まだ勝てる。負けない限りは勝てる可能性が残り続ける……僕だって、まだ認めては――
「ほむら先輩♡」
「あっ――」
シュシュの指が、僕の下腹部を軽く押した。本当に軽く、決して芯には届かないように、僕の心を揺さぶった。
「とん、とん♡ とん、とん……♡ どうですか? こうやって指で優しくとんとんされてると、どんどん身体が熱くなってきませんか? もっと強く押して欲しい……♡ もっと深くまで指で突いて欲しいって……♡ おねだりしてくださったら、して差し上げますよ? さっきと同じくらい……いいえ、さっきよりも強く、深くまで……♡ おねだり、上手にできますか? ノノさんの見ている前で、私に向かって可愛くおねだりしましょうね……♡」
「あっ、あっ、あぁっ、ふぁっ……ほぅっ……」
ダメだ。ダメだダメだ、ダメだ……ちゃんと、はっきり言わないと……ノノが見ているのだから……ノノの前で、シュシュを拒絶しないと……ちゃんと、ちゃんとっ……――
「もう、いい……もう、いいもん……!」
――大粒の涙を零して、大きな声を上げながら、ノノは泣き出してしまった。
声を震わせて、体を震わせて、僕を悲しそうに、恨めしそうに睨みながら……ノノは泣いていた。
「せんぱいのばか! シュシュちゃんもばか! うわあああぁぁん!!」
ノノは立ち上がって、僕から逃げるように一目散に部屋の出口の方――
――ではなく、僕のベッドに飛び込むと、掛け布団の中に潜り込んでしまった。




