かわいいせんぱい、かっこいいせんぱい
丸まった掛け布団の山の中から、くぐもったノノの嗚咽が聞こえてくる。怒っていて、悲しみも感じられて、悔しさもあるようで……とにかく色んな感情がごちゃまぜになっているようだった。
「の、ノノ君……?」
名前を呼んでみると、泣き声が一層激しくなった。まるで赤ん坊の癇癪で、何かを叫んでいるようだったが、内容は判然としない。ただ、僕が拒絶されていることだけは確かだった。
今の僕では取り付く島もない。助けを求めるつもりで振り返ってみると――
「ふふっ……少々やり過ぎてしまいましたね♡」
――そこには、全然反省していなさそうなシュシュの顔があった。
「シュシュ君、余裕あるんだね……この状況で……」
「はい、私はルールに則って勝負をしただけですから。罪悪感も謝罪の気持ちも、後ろめたい感情は何一つとして……これでほむら先輩は私のものですね♡」
「茶化している場合じゃないよ……ノノ君、本気で泣いちゃってるのに……」
「良いことではありませんか。感情の発露は思い入れの強さの証です。それほどにほむら先輩を強く思っていたということ……勝負に負けてあっけらかんとしていたら、そちらの方が不安になりませんか?」
シュシュの言葉は一理あるようには思えた。ただ、泣かせた張本人のセリフではないだろう。
「少しは謝るとか、ないの?」
「勝負の結果について謝る方が配慮に欠けているかと。ほむら先輩をメロメロにしてしまい申し訳ありませんでした……いかがですか?」
「良くないと思います……」
「今のノノさんに声をかけるべきは私ではなく、ほむら先輩です。そもそも、先輩が私相手に鼻の下を伸ばしたのが敗因なのですから」
色々と言いたいことはあったけれど、誘惑されかかったのは事実なので何も言い返せなかった。
「でも、ノノ君が僕の言葉に耳を傾けてくれるかどうか……。それに、僕が謝ったところで、許してもらえるかもわからないし……」
「先輩が謝る必要もないと思いますよ? 先輩は先輩なりに頑張っていらしたのですから……ただ、初めから不利な勝負だったのです。先輩は敗因ではありますが、気に病む必要はないと思います」
「不利な勝負……でもそれって、僕が弱いからだよね? ノノ君が負けたのは、僕の心が誘惑に弱いからで……だから、やっぱり僕が悪いんじゃ……」
「いいえ、私が言っているのはノノさんの勘違いのことです。ノノさんの勘違いによって、ほむら先輩は勝ち目の薄い勝負に巻き込まれたのですよ。勝負の前のノノさんの発言に、違和感はありませんでしたか? おかしいとは思いませんでしたか? ノノさんは、先輩を何と形容していましたか?」
「それは――」
『そんなことないもん。せんぱいはいつだってすっごくカッコいいよ! 逆に、かわいいせんぱいは人前ではあんまり見せないんだから……せんぱいは、ノノの前でだけかわいくなっちゃうんだぁ……♡』
違和感なんて、いつだって感じている。ノノの感性は独特で、共感できないことが多い。僕は僕自身をカッコいいとは思っていないし、可愛いとも思っていないのだから。ノノにカッコいいところを見せたいとは思っているが、見せられた試しなんて一度もない。
情けないを可愛いと言い換えれば、多少は理解できるかもしれないけれど……しかしカッコいいだけは本当に理解できない。シュシュも僕がカッコいいという点に関しては否定していて、その意見の食い違いが勝負の発端だった。
でも、そういえば……さっき、僕をカッコいいと言うノノにシュシュが同調していたような……。
「ノノさんらしいと言えば、らしい勘違いなのかもしれませんね? 確かに、ノノさんの視点ではそう思い込むのも無理はないのかもしれません……ねえ、ほむら先輩♡ 恋人として、ノノさんの勘違いを正して差し上げるべきではありませんか? ノノさんの仰るノノさんだけの特別なほむら先輩が、本当はどんなお姿なのかを……ご健闘を心よりお祈り申し上げます♡」
それだけ言うと、シュシュは部屋の隅に引っ込んでしまった。姿勢良く正座をしながら、ただニコニコと笑みを浮かべている。
どうやらもう干渉する気はないらしく、事態を見守るつもりのようだ。
色々と言いたいことはあったけれど、シュシュの言うとおり今の僕が向き合うべきはノノだ。啜り泣く声が漏れ聞こえてくる布団の方へと、僕はゆっくりと歩み寄った。




